表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
依代と神殺しの剣  作者: ありんこ
70/100
74/98

風の終着点

 ひどい、とは思うけど無理もないわ。だって私、もうこんな風だから。逃げて当然だわ。

 心配しなくても私はもう追いかけやしないわよ、あなたの走る影のあとなんてね。ゴールがまだ見えないのは私もあなたも同じよ。とはいえ私は私で遥か彼方の未来に向けて走り続けるけどね。

 由香が帰ってから、やっと落ち着いて元通りの可憐な依ちゃんに戻ることができたわ。遅すぎるったらありゃしない。もっと早くに戻ってなきゃいけなかったのよ。

 え、由香について語れって?嫌あよ。時は消し飛んだの。過程はなくて結果だけが残ったの。それでいいじゃない。何だって私の口から語らせようとするの?

 東の空が白み始めていた。私はベッドに入って、肌掛けを頭の上までひっかぶると無理やり自分の意識を眠らせてドリームランドへ落ち込んだ。

 誰でもいいからそばにいてほしかったの。でも、またうっかり『失敗』しちゃうかもしれないじゃない?そしたらまた置いて行かれちゃう。だから、まず失敗しない相手、なおかつ失敗しても気にしないだろう相手を選んだの。

 我ながら卑怯だわ。何て嫌な女。でもその代わり、迷いはとっくに消えていたの。

 夢の中の自分の家の前には、当然おじいちゃんが立っていた。何となく落ち着かなげに石を蹴ったりもぞもぞしてみたり、ただ立っているとも言いづらいけどね。

「ああ、依」

 現れた私をぎゅっと抱きしめた。ちょっとー、セクハラで訴えられるわよー。できるだけいつものように軽口を叩く。

「聞こえる……触れられる。温かい。温かいな……しばらく、このまま……」

 体温が高いのはあなたのほうだから、温かいのはあなたのほうよ。

 腕も、胸も、私の肩のあたりに落ちてくる雫もね……なんて歯が浮くようなあまーいセリフでも吐ければよかったけれど、あいにくとヒーローじゃないのよ、私。

 となると、するっとほどいて頭をポンポンするのが何のとは言わないけどマニュアルでは推奨されるのかしら?それも無理ね。がっちり捕獲されてるから。

 信じられないかもしれないけどねえ、おじいちゃんの手首って私の二の腕より太いのよ。背も高いし胸なんて私の倍くらい厚いんじゃないかしら。あら、もちろん私が貧乳であることは計算に入れてよ。それでもやっぱりするっとほどけるわけもないわ。

 それに……見られたくないでしょう、泣いているところなんて。なら見ないわ。好きなだけ泣きなさい、ない胸は貸してあげるから。

 でもマグロっていうのも難だから、できるだけ手を背中に回して、撫でてみた。背中にちゃんと手が回るわけではないから、実際は脇腹だった気もしないでもないけど勘弁してよね。

 胸筋に押し当てられている鼻が潰れそうなこと以外、わりと快適だわ。

 嗚咽が止まってから、おじいちゃんは(おそらく涙をぬぐってから)私を抱きしめていた手を離した。圧迫されていた肺が久々に酸素をたっぷり吸いこむ。しゅごー。

「ありがとう。あのまま……放っておかれたら、狂うかと思うた」

 そうよね。狂いそうになってたわよね、あれ。ふさふさの眉毛の後端がいつもより下がっている。

「もう大丈夫なの?」

「うむ。……ぬしさえいれば、またやっていける。いつまでだって」

 ぼふっと顔が真っ赤になってそっぽを向いた。どうやら照れたらしいわ。

「げ、げふん。……しかし、どうやって封印を解いた?解く以前に記憶をなくしておったはずじゃが」

 いっそ私より人間らしい情動だけど、旧支配者的にそれは大丈夫なのかしら?参ってると思った方がよさそうね。

「我が家の記憶と実態に差がありすぎて記憶なしバージョンの私でも違和感バリバリだったのよ。あとは推理ね。奥さんも意外と甘いようで」

「左様か。ぬしはもともと賢いのだな」

 えっへん。もっと褒めてもいいのよ。ありもしない胸を張る私を、おじいちゃんは素晴らしいとかよッ絶世の美女とかさんざ褒めちぎってくれたわ。何とかショックからも立ち直れそうね。

 ああ、本題は別にあったっけ。

「おじいちゃん、私やるわ」

 何を?珍しく頭が回らないみたいだった。いつもは何か言う前に先回りさえするくせに、こういう時は鈍いのね。それこそ決まってるでしょ?

「奥さんを殺すの。そうしたらおじいちゃんはもう泣かなくて済むんでしょ?だから、もっと教えて……この体の使い方」

 ひゅううっと息を吸い込んだ音がした。怖いのかしら?そりゃあそうよね、200万年もの間あんな部屋に幽閉されていたんじゃ恐怖して当然だわ。一瞬の間をおいて、おじいちゃんの手が私の頬をなぞる。

「……すまない」

 どうして謝るの?ひどく悲しそうな顔をしているけれど、どうしたの?返事はない。ただ、謝罪を繰り返している。どうして謝られているのかわからないわ。昔はわかったような気がするけど、気のせいね。

 気のせいじゃないとしても、どうせ戻れやしないんだからなんだっていいわ。

 そもそも、おじいちゃんがやれって暗に言ってたんじゃない。私に果物やジュースに見せかけて奥さんの肉を食わせて血を飲ませて、力を吸収させてたじゃないの。

 あれ、おじいちゃん自身の肉じゃあだめなのよね。だってそっちは再生しないから、すぐにばれちゃうでしょ。

 旧支配者的にはこの状況、ありなのかなあ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ