浴衣デヱト
これは夢だ、って夢の中でわかる珍しい夢だった。何だかふわふわ浮いてるみたいなの。最初は白一色みたいな世界だったけど、だんだん暗くなって、何かが見えてきた。
遠くのは鳥居?坂だ。私は坂の真ん中に浮いてる。黒いぼんやりした影が、私の周りを通り過ぎていく。周りにはいくつもお祭りの屋台が出ていた。オレンジの電球の明かりで、地面近くは割と明るい。古臭い石畳の道だ。
しばらく、周りを黒い影が通り過ぎていくのだけを見ていた。
私は誰にも見えてないのかな。影たちは私に気づかず、通り過ぎていく。影はただ黒い中にふたつ、顔のあるあたりに白っぽい点がふたつある。目なんだろうね。
他はとっくりみたいに上のほうがすぼまっているだけで手も足もない。なのに何だか人間臭い動きだった。屋台をそっとのぞき込んだり、どれがいいかな、って迷ったり、ふと会った別の影と何か話してるみたいだったり。
何となく親近感を覚えながら、きょろきょろと見まわしてた。
視界の端に、まともな人影が映った。見たことある顔。ちょっと前まで見慣れていた顔は今、色素薄めの髪を二つに分けて括っていた。きゃしゃで小さな体に、白地に紺の縞模様の浴衣がよく似合う。
――依っ!
呼びかけたはずだったけど、聞こえなかったみたい。依は誰かと腕を組んで、ニコニコ笑いながら坂の上から歩いてくる。表情筋が駆逐されてるのに珍しいな。
一緒にいるのは男の人だ。これまた珍しい。あんなに男っ気なかったのに。で、その人がまた、何か言ったみたい。あははと声を立てて笑った。きっと冗談か何かだろう。
でも……その人について行っちゃだめだよ。
だってその人は、人じゃない。輪郭が融けてるよ。浴衣が歪んでる。顔が一秒ごとに変わるなんておかしいよ。
変形が繰り返されて、姿は判然としない。真っ白な髪と黒い両目だけがどうにか見て取れた。
組んでいる腕もイカやタコの足になったり、虫みたいに殻ができたり、忙しいなんてもんじゃない。時計の針のようにくるくる顔のパーツが回っている。
どうして依はこんなのと腕を組んでいられるんだろう?どうして楽しそうに笑ってるんだろう?気持ち悪いよ。
何度も何度も呼びかけたけど、やっぱり気づいてくれない。依も、その隣の誰かも。依はちょっと誰かの腕を引っ張って、屋台のリンゴ飴を手にとった。つやつやと真っ赤な表面が何だか厭らしい。ほんとはリンゴでも飴でもなかったりして、なんて洒落にもならないよ。
何だか、光が強くなってきた。明るくなるにつれて世界が白に沈んでいく。とうとう白一色に戻った。目が覚めたのは、それから。
なぜか両手をぎゅっと握ってた。
手を開くと掌に爪が食い込んだ痕が赤くなって、それから紫色に変わる。足の指も全部、エビみたいに小さく丸まって、白く筋が浮いて、爪が真っ白だったから、一本ずつほぐさないと立てそうになかったよ。
窓から見える外が真っ暗だったから、あまり長い時間寝ていたとは思えなかったけど、後で聞いたら丸一日寝てたそうだよ。こんなことってあるんだね。
さっき見た夢のことを思う。依がいた。やっぱり、助けに行かなきゃ。財布と教わった住所のメモをカバンに突っ込んだら、ひらりとプリクラが舞い落ちた。
毒々しいピンクの背景に補正の入った私と加奈子と久美と……依の顔。目が大きくなりすぎて完全に別人じゃんってみんなで笑ったなあ。
あれは、拾ったかどうか覚えてない。大急ぎで部屋を出ちゃったから。
それから外出禁止のことを思い出したけど、パパとママはもう寝てたみたい。こっそり靴を履いて、玄関を出ていく。最後かどうかはわからないけど、初めての家出だ。足の裏にある靴底がずぶずぶと柔らかい泥になったような、水の上に浮かんでいるような感じがした。
ねえ、依、依もこんな気分だったの?
隣町へは市営のバスがある。こんな夜中にバスあるかな?って不安だったけど、バス停に行ってみたらちょうど最後のバスが来た。乗客は私一人だけ。暗いだけで見慣れた街並みはギャングの潜む外国の街に変わる。身震いしながら、目的のバス停につくのを待つ。
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