取り残された部屋
由香ちゃんが頑張ります。応援してあげてね!
「あの子ね、いつもは自分で部屋の掃除してるから、つい忘れちゃって。バカよねー。今、窓を開けるわ」
おばさんは昔みたいな明るい笑顔で、明るい口調で言った。
今、してるって言った?してた、じゃなくて?聞き返せない。埃っぽい部屋の中をざくざく進んで、窓を開けたおばさんは、どうぞーなんて言って出て行った。
元になんか戻ってない。ただどうしても受け入れられなくて、現実を見ないようにしてるんだ。おばさんの中では、依は普通にいて、普通に生活してて、ただちょっと部屋が空いているだけなんだ。
これ、矛盾してるって依なら言う。でもその矛盾にも気づいてない。おばさんにとっては矛盾しない。
頭がくらくらして、埃の積もった勉強机の前に座る。しっかりしてた依らしく、机の上はよく整頓されている。
一枚だけ乱暴に引きちぎられたウサギの絵のメモパッドとシャーペンが一本転がっているだけで、あとは本は本棚に、ペンはペン立てにあった。
ああ、あの本。依は面白いって言ってたけど、私には何のことやらわからなかったなあ。えーと……タコの出てくる話だっけ?外国の作家さんの。もう一度読もうとは思わないけど懐かしいな。
椅子に座ったまま、机の周りを見回してみる。紙屑のようなものが落ちていた。
ティッシュみたいな薄さではないし、白くもない。埃まみれだけど薄いピンクだ。机の上に出てるメモパッドと同じ色。察するに依はこの紙に何か書いて、くしゃっとしてポイしたのだろう。ごみ箱には入れ損ねたのかな?
何が書いてあるか気になって、拾ってみた。
『私は衣川依。神社。叔母さん。依代。神輿。今年の祭りは特別。一泊。由香。ハバネロ対応。友達のふり。お母さん。恐怖。私の声。』
一瞬何が書いてあるのかわからなかった。依の字なのに、どう見ても依代になった後に、私が電話を切った後に書いている。でも、ありえない。
声、の一文字はどうして歪んで、紙がたわんでいるんだろう。
私たちは、依はもう帰ってこないって聞かされた。神様の依代になったから、もう依の心はなくなって、体をそいつが動かすだけになるんだって。
何人も白ずくめの大人が来て、私たちを集めてその話をした。捕まったら頭から食われるような、そういう神様なんだって。どうして依なんだっておばさんたちが嘆いていた。そのあとで依から、依だった何かからあのふざけた電話が来て。
だから、私はあの時、間違ってなかったはずなんだ。
『あの変な祭りをやる神社には人を変質させる何かがあって、私は既に変質したか、したと思われている。その情報が先行して周囲に伝わり、全員が変質した後の「何か」が衣川依のようなふるまいをすることに混乱している。』
そのはずなのに……何、これ。まるで依がまだ依のままで、私たちの反応に困惑して、状況を整理しようとしたみたいなことが書いてある。そんなわけないのに。
『依代。自分の身に神を降ろして、言葉などを伝える仲介役?私には神が降りている?』
あの神様の悪趣味もここまで来たか、もうその手には乗らないよ。乗らないんだ。だからもう、この紙は捨てるんだ。胸糞悪い。こんなもの捨てちゃったほうがいいに決まってる。さあ、捨てちゃえよ……手が震えて動かない。
動かないから、目は続きを読んでしまう。