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依代と神殺しの剣  作者: ありんこ
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〇〇物件

あけましておめでとう。そんなときに投稿しました。

 私は市営のバスに乗ってうつらうつらしながら隣町へやってきた。隣町は山の手で緑が多い。どこぞのナチュラリストなるやつらが喜びそうなところだ。私はそういうやつらの意見には賛同しかねるが、気に入るやつもいるんだろう。

 バスに乗って30分もあれば着く、同じ市内なのに私の住む――住んでいた町とはまるで様相が変わる。

 ビルの外側のコンクリートの灰色や、住居の外壁の茶色、時としては突飛な、たとえばそう、YとかKとかいう子が住んでいた家みたくオレンジなんてみょうちきりんなフレッシュカラーが、どんどん消える。

 やがて車窓の四角く切り取られた景色は見渡す限り、枯れ草と枯れ枝とアスファルトと古い民家と芽吹いた若葉のくすんだ色合いに呑み込まれる。

 ちらほら咲いた梅やら木瓜、家の軒先に咲くチューリップなんかがどうしようもなくくすんだ感じを大いに引き立ててくれる。ありがとうピンク、花を添えることで残念な感じを増してくれているんだね。

 たっぷり60秒も眺めれば飽きがくる。冬はもっとひどい色だ。モノクロームにすらならない。地域的に雪は降らないからわびさびの一つだってあったもんじゃないのだ。

 いや、一言も言ってないよ?ここに引っ越すのが嫌なんて一言も言ってないよ。そう聞こえたって?きっとそれは気のせいさ。

 バス停には叔母の姿がある。ぱさついた黒い長い髪。この寒いのに薄手な黒いワンピース一枚で、異常に白い肌が浮き上がって見える。それはいつものことだけど、いつから待っていたんだろう。

「もちろんあんたに電話をかけた時からさ、よりちゃん。当たり前さね」

 聞いてない。それも確かに聞きたいけど、一番聞きたいのはそこじゃない。

「えっと……寒くないの?」

「うん?そう見えるかね?あんたこそ暑くないの?」

 叔母は寝起きの雪女そのものの風貌に似合わぬきょとんとした顔で私を見つめてきた。世の中には着るだけで温かい謎の布があると聞く。

 でもこれはさすがにないだろう!文系脳で理科が大っ嫌いな私でも物理法則とかそういうのを無視してる気がする!

「ま、まあいいや。おばちゃん、私めでたく家おん出て来たんだけど、こっからどうすべきかしら」

「あははほんとに家出て来たの。まっ出てこなきゃ私らでお迎えするつもりだったけどさ。さ、こっちこっち」

 元凶に一番近い叔母に招かれるまま、私はのこのこ明るくなり始めた街を歩いた。この道。憶えている。うわあ。うわあ。御神輿の中で通った道だ。嫌な思い出になりつつあるが納得以外何もない。

 どのくらい歩いただろうか、町の中心部からそれた小高い山の上にやってきた。まだ家があるからおそらく頂上ではない。ただ、けっこう高いのは確かだ。空気の味が薄くなっている。

 ぬるりと気を付けをしたウナギが横たわっているような滑りのあるオーラを纏った長屋のある扉の前で叔母は足を止めた。

 外観は埃を薄く被ったような、おそらくは木造の普通の長屋。のちに聞いたところでは築25年とのことだったが、ありえない。絶対50年はここにある。

 薄青い血管の浮いた生白い指が力を込めてがちゃがちゃと鍵を開ける。鍵穴が錆びついていたのだろう。

 反時計回りに4分の3回転して、時計回りに3分の1。それから反時計回りに一回転……回し方が不思議だった。

 それから叔母は両手の十爪を引き手に思い切り突き立てて、立て付けの悪そうな扉をがたがた揺すって、開いた。

 埃と虫の死骸がこびりついた蜘蛛の巣が千切れ飛ぶ。みょーんとぶら下がって、蜘蛛本体。久方ぶりに開いた扉からの風で木製の靴箱の中の埃が舞い、朝日に反射してキラキラと輝いた。

 棚に使われている板は、最初はどんな色だったのか、経年劣化で黒ずんで、木目が浮き上がってすべすべしている。その下には砂埃がうっすら溜まったコンクリート。ざらついていて白っぽい。うーん。これは、土間だ。土間ですな。

 タイルの一枚もない。よく言えばレトロなガラス障子が見える。ガラスは透明度が低く、すりガラスな上に渦巻の模様があって向こうが見えないけど、たぶんこの奥が居住空間なんだな。

 率直に言う。

――きたねえ!

「とりあえずここ……『ホ』があんたの家だ。まずそのおっきな荷物を置いてきたまえ」

「あ、うん」

 嫌だこれ汚い。率直な感想は胸の奥にしまい込んでガラス障子の引き戸を開けた。奥の居住空間は思ったよりマシだった。

 壁は元は土壁なのを塗り直したのだろうか、白い漆喰。年月に茶色くなったぱさぱさの畳。縁がもとは何色だったのかわからないが、黒い。あまりささくれていないのでほっとした。靴下の足裏に謎の繊維がくっついてきたけど。

 何もないから広く感じてしまうけど、畳を見る限り四畳って感じか。貧乏の引き合いによく出される四畳一間ってこんな感じか。

 いや、奥にもう一つ部屋があるようだ。元の色か何なのか、黒ずんだ嫌な色の襖を開ける。手をかける部分が錆びついている。あーもー慣れましたよー。こっちはあまり埃がないし、素手で触っちゃいますよー。えい。

 奥はフローリングだった。重苦しいこげ茶色をしている。こっちは少し広くて、四畳半だろうか。やっぱり何の家具もないが中心部分に黒い人影が染みついている。そう、まるで誰かが寝ていたような形に。

 やだー事故物件って言いませんかこれー。

「おやおや、浮いてきてるのかね」

 いつの間にか足を踏み入れていた叔母が言った。この人は靴のまま上がっている。おい。ありか、そんなの。うらやましくなんかない。

「こいつがあるからせっかく金を出して、フローリングを張り替えたってのに、まあカーペットでも敷いて隠せばいいさね」

 よくねええええ。私はできる限り黒い染みを踏まないように注意しながらその部屋を通り過ぎた。またガラス障子がある。開けたらまた小さな土間と出入り口があった。裏口という奴だろうか。

 土間の左右はトイレと風呂のようだ。右がトイレ。開けてみる。ちゃんと水洗の洋式便器が出て来た。古い木材と山の匂いの他は何も匂わない。新居に来て一番うれしかった。神様ありがとう。なら左が風呂か。期待はしない。

「……ちっさ」

 ちゃんと浴槽はあった。けっこう奇麗だった。シャワーもついていた。だがしかし。小さい。面積が小さい。たぶんこの風呂一つで一畳にしかならない。一畳を半分に割って、半分を浴槽にしましたみたいな感じだ。

 足を伸ばして入浴なんて夢のまた夢。んの字どころじゃない。体育座りだ。この家は体育座りを強要しているッ!

 さっき期待はしないと言ったが、予想はしたわけで、予想は見事に裏切られた。女の子の部屋だから、お風呂は大きいかなと思った時代もあったのだ。忘れよう。女の子が来るなんてこの部屋は予想もしちゃいなかったんだ。

「そう言わず。キッチンはまともさね」

「うわ!おばちゃんまともって言ったわ!相対的にここら辺がまともじゃないって言ったわね!」

 言質が取れた!っしゃ引っ越そう!

「細かいこと言う子は嫌いさね。さっさ、家具でも見に行こうかね」

 叔母はスルーした。諦めてカバンを新居に置く。よろしくねマイホーム。今日からマイホーム。

 あの、性別不詳の床の染みさん。楽しい日々とかそういうのはまったく求めないから呪わないでください。楽しい日々なら私が作るんで邪魔しないでください。

 それにしても「ホ」って何だろう。ここは確か五番目の部屋だから「5」だと思うけど……あ、いろはにほへとか。気づくとバカバカしいものだ。

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