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依代と神殺しの剣  作者: ありんこ
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男老いてなお狂うがごとし 2

 おじいちゃん、SAN値チェック。

 妻を愛していなかったわけではないと我ながら思う。いや、愛していた。

 美点をいくらでも言えた。封じられてからもしばらくは、すぐに出してくれるものと信じていたし、このままでも妻といられるならそれもいいかとも思っていた。

 それでもいつまでも出してくれないから、何かして怒らせたのだろうと思った。ずっと、心当たりはないかと考えていた。

 自分で言うのもなんだがまったく心当たる節がない。数えることすら忘れた幾星霜の間、ほんのちょっと邪険にしたこともないのじゃ。

 いや、妻が人間を狂愛しているということを知ってから考えてみれば、一度ヒトについてどう思うか聞かれた際に、どうでもよい生き物じゃというようなことを言ったのが唯一心当たるか。

 しかし、心当たりを見つけたところでこの状態では改めようもなければ謝りようもない。正しくは謝ったこともあるが束縛を逃れたいがための口約束程度にしか思われなかったらしい。

 心当たりなどのあるなしがどこまで問題になろうか?

 あんなことから、何がどう彼女の中で動いてかような凶行に走らせたのか儂にはわからぬ。思えば最初にこの星へ来たときから、妻の思考は儂の理解を遠く離れておる。

 引き金になった人間とは単なる猿の一種に過ぎぬものじゃ、そう思ってきたし事実そうに違いない――違いないが、あの対して知能も高くない動物は妻の中でひとかどの権力を持っているらしい。それもまた事実じゃ。

 どうしてこのような関係になってしまったのだろう。今までと同じように、思う。それから、どうして儂のほうでも妻を嫌悪してしまったのだろう、と。それは決して物理的な距離ではないが、深い轍が長々と横たわっている。

 悲しい。己の心変りがどこまでも悲しい。間違いなく愛していたのに、泉のごとく湧き出ていた愛情はどこにもない。いくつ見つけたかわからないあの美点も、もう一つも言えない。言い交わした言葉は蛆虫となって神経を苛む。

 ただ、こんなことで涙が出るほど弱くはなかったはずじゃ。それだけは言える。

 依という存在にすっかり依存してしまっていたのだろう。あの官能的な一種の清涼剤に。忘れてしまおう。手が届かない星には、背を向けてしまえばいい。

 儂は今、どこまで正気なのじゃろう。もうほとんど気狂いの領域じゃろうが、そうは思いたくないものじゃ。この上自覚が成ってしまったらもう戻れない気がする。

 やがて視界が赤く染まった。

 朝が来たのだ。また一日が始まると思うと暗澹たる気分にはなるものの、ドリームランドに精神を逃がせない。依代にも移れない。封印が増えたのか。対して強い封印でもないが、振りほどくだけの気力ももはやない。

 姿が見えん。いつの間にか妻は去ったと見える。

 やがて視界が赤くなった。夜明けは希望の象徴と聞くがそのように感じたことは一度もない。動かし方も忘れた唇を動かしてみる。ちまちまとした動きは中々に暇を慰めてくれた。

 眼球を転がす。動いているのかいないのか自分ではいまいちわからない。これまでだって耐えてきた、これからだって、いや、何をしているのだろう。どうせ助かる道はないのに何のために耐えようというのか。

 叫びだしたくなった。頭を掻きむしりたくなった。どこでもいいから走り回って騒ぎたかった。口元と胴体がわずかに動くだけで、およそ運動と名の付くものは許されない。

 静かに気が狂っていくことのみを許されている。

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