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依代と神殺しの剣  作者: ありんこ
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Bye-Bye,My home! 

 一人称視点慣れねー……ゲームも一人称視点は酔いますなあ。酔えるくらいのものに仕上がっていれば幸せです。

 気づくと日にちが変わっていた。部屋は電気がついたままだから時刻が分かりづらいが、時計を見ると深夜である。

 どうも眠ってしまったらしい。あー腰痛い、とか婆臭いことを言いながらもふもふと起き上がる。

 下降りて何か食べようか……うーん。今行ったら撃たれそうなんだよな。親……あの人たちピリピリしてるし。叔母の言うことも気になる。静かにしてるか。

 机に向かうと置きっぱなしの紙――メモパッドとシャーペンが一本転がっていた。夢中で手に取る。書き込むことは、そう。私のこと。

 私は衣川依。書いてから、考える。本当にそうだろうか?いや、こんなことで引っかかっていても仕方ない。書け。なんでもいい、書け。

 迷いながらも刻むように黒鉛を紙に突き立てる。神社。叔母さん。依代。神輿。今年の祭りは特別。手が震えて芯が折れた。

 汗ばむ手でカチカチとクリックする。芯が出た。一泊。由香。ハバネロ対応。友達のふり。お母さん。恐怖。私の声。声――の一文字が紙ごと歪んでたわんだ。

 涙を手の甲で拭う。涙?ああ、そうか私悲しいんだな。そりゃあ悲しいわ、両親が幽霊でも見たような顔であんなに懐いてた弟がギャン泣きで友達が……鼻水がついでに出る。

 悲しいに決まってるじゃないか。ティッシュをあてがって、声を殺す。泣いてる場合じゃない。考えないといけないんだ。愛想笑いでもしなよ。今は。

「……っふ」

 言葉の羅列を睨む。私の今の状況を睨む。涙を乱暴に拭いながら、そこに潜む元凶を探す。見つける。見つけてやる。

 まず、どう考えても神社と叔母。この二つが一番怪しい。今年の祭りは特別って何だ。お母さんは何に恐怖したんだ。由香はなぜ怒った。

 私じゃない何かが、私のふりをしていることに恐怖し、憤怒したとすれば?

 一つの仮説が生まれた。涙が引く。目の下がひりひりする。それ以上に腹の底がひりひりする独特の感触。

 全くどうかしている、でも間違いなく私の気分は高揚している。やだなにこれ面白い。

 とりあえず仮説に合わせて出来事を整理する。あの変な祭りをやる神社には人を変質させる何かがあって、私は既に変質したか、したと思われている。

 その情報が先行して周囲に伝わり、全員が変質した後の「何か」が衣川依のようなふるまいをすることに混乱している。

 依代。自分の身に神を降ろして、言葉などを伝える仲介役。だったかな、ちゃんと覚えてないけど。ただそう考えれば変質の中身は想像がつこうというものだ。

 私には神が降りている。ふざけるな、私は私だ――まだ私は自分の意識を保っている。この筋道に従えば、降りているにも拘らず何らかのアクシデントか、それとも悪ふざけか何かで神の意識が表に出てきていないということになる。

 そもそも神なんているのか?何らかの実験の可能性は?そこまで延々と殴り書きして、一種の不快さに「にへらっ」と笑った。

 B級ホラーか、これは。びりっと一枚だけを破いて、くしゃくしゃっとして、机の上から追放する。こんなもの、小説家が書いたら編集者に拳で連打されること間違いなしだ。例えば両親に説明しても。

 そろそろ、おいとましようか。

 クローゼットを開く。少し情けない格好に潰れた、私が持っている中で一番大きいカバン。お気に入りでもないが、色々なところに持って行ったボストンバッグ。

 知美の家に泊まりに行った時もこれを使った。そんなに入れるものなんかないのに。修学旅行のときだってこれだ。由香と、あと……。

 存外気に入っていたのかもしれない。持ち歩いた記憶が次から次へと溢れる。びゃっ、とチャックを開けて大きく口を開く。

 下着類。これは絶対必要。日ごろから上下を合わせるようにしているからカウントもしやすい。持っているのは五つ、ここにあるのは四つ。一つは着ている。

 生理用品もいるだろう。パンツパンツと。あーでも、ナプキンは下か。そっちは向こうに行ってから薬局で買おうかな。

 次に肌着。これも五枚。私などは不精なもので長袖とかきゃみそうるとかいうものは持っていない。白のタンクトップ、というよりランニングが五枚だ。最近の肌着は変な方向に進化しすぎておじさんわからねえよ。

 ないと地味につらい靴下。冬の必需品、モコパン。制服はいらないかな。本当に要るものだけ入れたらパンパンになるだろうし。

 服は普段着と、よそ行き……そんなのいらないね。行けるよそがもういないからね。パジャマをカバンに押し込む。

 これは好きだった本。あれは新品の卒業アルバム。もう、こういうのは置いて行こう。

 携帯の充電器。かける相手はいないけど……警察を呼ぶくらいには使えるか。私はベッドを見た。枕は変わっても寝られる。問題ない。

 あ。目覚まし時計。

 かさばらないという理由で今は亡き祖母にねだって買ってもらったそれを掴んで、カバンに入れる。コートは一番暖かいのを持って、着て行こう。

 由香にもらったマフラーと手袋は……置いて行こうか。彼女にも「衣川依」を悼む時間とかそういうのは必要だ。

 私は静かに階段を下りた。未明の人家は驚くほど静かだ。お気に入りの靴を二足スーパーの袋に入れて、カバンに入れる。変な形にカバンが膨れた。ブーツに足を差し込んで、留める。

 それから、その場で一回転。15年を共に過ごした家族と、1年と十月十日一緒にいた弟と、2年間を見守ってくれた新築建売一戸建てに、礼。

 さあ、財布は持ったか?

――行くぞ依、最初で最後の家出だ!

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