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依代と神殺しの剣  作者: ありんこ
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喪失の夜

「あー、由美?神社でバイトしてきたけど質問ある?」

 2ちゃんねるのスレッドみたいな問いを投げかけても携帯は沈黙していた。由美?由美ってば。電波悪いのかな?もう一回掛けなおそうかな……そう思っていたら由美の声が酷く怯えた調子で聞こえてきた。

「ない……ないから、もう切ってよ……!」

「何でよ?どうかしたの?」

「やめてよ……もう、もうやだよ……」

 おかしいな、会話がかみ合ってない。電波の向こうはどういう状況なのだろう?思いをはせてみる。

「ねえ由美、今どこ?どうしたの?何があったの?落ち着いて説明して」

「切ってッ!」悲鳴だった。「それ以上私の友達の声で私の友達のふりをしないで!」

「ふり?何言ってるのよ、私は依だけど?ねえ由美ってば、」

「切れって言ってるでしょッ!」

 背筋が震えた。由美とは小学校からの付き合いだ。中学の部活でも由美は短距離私は長距離で、相談こそあまりしなかったものの仲は良かった。少なくともこんなハバネロ対応をされる間柄じゃない。

 踏み込んで聞くという選択肢が私にはあったのだけど、できなかった。ガラスのハートとまでは言わないが衝撃を受けた。ヒビだって入った。

「……わかったよ。でも、どうして?私わけわかんないわよ……」

 受話器を伏せた絵のボタンを押した。ベッドに座り込む。わけわからん。他に当たってみようという気はもうなかった。頭の芯が鉄の棒になったみたいだ。

 まあ、後で他の友達というかアドレスを知っているすべての人に電話してみたら軒並み着信拒否されてましたがね。

 原因には心当たりがない。二日前までは普通だったんだ。何をしたんだ私。

 それこそ私のいない間に誰かが町内に誹謗中傷のビラを撒いて、それを誰もが信じ込んだような状況だ。遠い親戚とかにも連絡してみたが着信拒否、出回りすぎだろう、誹謗中傷。

 逆に、私のいない間に何かあったと考えるのが正解?それも、私一人に?

「おお、衣川依。あなたは疲れているのよ……なわけないか」

 正確には疲れているのだけど。それもめちゃくちゃ。出所不明の薄っぺらい疲労感が全身に漂っている。

 私一人が疲れたって周りが皆コロッと態度を変えるのは普通に考えてあり得ないのだ。それとも逆か?私が気づいていなかっただけで衣川依って着信拒否をされる人間だったのか?メールの受信ボックスをあさる。

 記憶にある通りのやり取りが保存されていた。次は送信ボックス。私の発言にも特に変わったところはない。頭が痛くなってきた。何で?何で?

 今ここで騒ぎだしたらみんなが出てきて、ドッキリでしたーって落ちはないだろうか?

 全部夢だったってことはないだろうか?

 いっそそうならいいのに、つねった頬の感触とつねられた頬の感触は現実感を伝えてくる。痛い。じゃあ何だっていうんだ。いっそ気でも狂えば楽になれるだろうか。

「馬鹿みたい……」

 どこにも通じない端末を特に意味もなく目の前にかざして、私は電話帳の最後のページが開かれているのを目にした。

――忘草甘味。

 まだこの人には、連絡を取っていない。急いで電話をかける。わすれぐさあまみ。帳簿で最後のページになるためだけに生まれてきたみたいな名字のこの女は、何を隠そうバイトとやらに私を誘った神社の巫女だ。

 血のつながった叔母だ。

「はーい、よりちゃん?」

「お……おばちゃん」とっさに言葉が出てこなかった。「えっと、あの、」

 この状況にあって、どうしてこの人はこう通常運転というか、異常運転なのだ?平常時は異常だし、今は、この非常時には通常だ。

「あんたの言いたいことは概ねわかってるよ」

 手が震えた拍子によくわからないボタンを押して、押したのだろう。ベッドの上に携帯が転がる。叔母の声は変わらずそこから流れ続けている。

「お母さんがおかしい、お父さんがおかしい、皆がおかしい。そんなところだろう?違うかい」

 違わない。その通りだ。

「答えないってことはそうなんだろうね。残念ながら、あんたはまだ幸運にして皆が知ってる衣川依ってことさね――ま、とっくに変わってるんならこんな電話をかけて来ようはずもないさ」

 残念ながら幸運にして?言葉の意味がよくわからない。皆が知ってる私。意味の分からないまま脳をいくつも単語が駆け抜けていく。変わるって何に?

「いや、あんたがわかる必要なんかないのさ。あんたはただ聞くだけでいいんだから――耳にさえ入ればいいんだから。なんせ儀式自体もう60年前のことでね、もともと変わるときがいつか、二つの説があったのさ。片方は今私に電話をかけてきたことで消えた。もう片方は」

 意味も分からないままに、息をつめて、次の言葉を待った。

「おっと喋りすぎたようだ。この辺にしておこう」ずこー!まさに私の心境はそんな感じだった。実際倒れそうになった。

「そのままではいろいろと不便だろう?家は準備してあるから、今日にでもこっちにおいで」

 じゃ、とか言って叔母は電話を切った。置き去りだ。これじゃ何もわからない。儀式と、神社。あの「依代」。つながってそうでつながってない三つが頭をくるくるかき回して、かき回して……。

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