病室
「何も君が無理して助ける必要はないと思うけどな。彼、依代さえあれば発狂はしないみたいだし」
どちらにせよゆっくり考えなさい、と年相応に分別のある言葉を吐いて、枕元にあったペットボトルの水を含む。ちょっとおじいちゃんに冷たいな、と思う私はとっくに調教済みなんだろうか。
「地下世界は知ってる?」
「はい。何か赤くて、ガラスの神殿みたいなものがありますよね」
「そうそこ。どういう仕組みか知らないけど、あの赤いのは地面が光ってるんだよね。原理はともかく夜になったら光が消えて真っ暗になる。これを利用するんだ」
真っ暗になったら人間程度の視力しかないおじいちゃんも何も見えないんじゃ?
「神殿の地下にさ、赤い部屋があるんだ」
「好きですか?ってやつですか」
「あー一時はやったね。もちろん違うよ!ただ壁も床も家具も赤いだけだから」
だよね。むしろ紳士たちが大勢集まって奇怪な話をしあう場所よね。
「赤い部屋に本体がいるけど目も閉じてて意思の疎通は難しいから、胸に何か書くんだ。そうすれば多分目を開ける」
そしたら、と誠一さんは言葉を止めて、ベッドの下に手を差し入れた。出てきたのは、懐中電灯。言いたいことはほぼ分かった。光が赤しかなくて見えないなら、別の光で照らせばいいのだ。
「これで照らしてあげたら、たぶん見える。僕が僕の時に、怖いもの見たさで何回か見に行ったから」
はあ、でも、とちょっと情けない声が出た。
「おじいちゃんは、本体を見ると発狂するかもしれないって」
「うん、多分嘘。確かにちょっとSAN値が減りそうな外見はしてるけど、だったら僕はとっくにおかしくなってるでしょ?いってらっしゃい」
ありがとうございました。触手をしまって、ちょっと旧式の懐中電灯を受け取って病室を後にする。
おじいちゃんの嘘つきめ。実は蹴りたかっただけなんだろう。あとで〆てやる、とか思いながら、帰路についた。
だって夜になるまで寝たほうがまだ健康にいいでしょう?え?夜中に抜け出す時点でいろいろ手遅れ?わかってんのよそんなこと。
目覚まし時計を夜の10時にセットして、ベッドに横になる。じっと目を閉じて動かないだけで睡眠に近い効果が得られるのだったっけ。そういうことにしておこう。
だから最初はそんなに寝るつもりはなかったのだけど、例によって泥のように眠りこけてしまった。あとは夢の中へ一直線、よくあることよねえ。
え、本題に戻れって?夜の10時まで飛ばせって?私はビデオレコーダーじゃないわよ?それに、脇道にそれてなんかないし脱線なんてしてないわ。
だから、本題は夢の中よ。
「またここか……」
白一色の世界で、私はつぶやいた。空も地面も白い。足元にはもやもやと霧がかかっている。いつだったか、神社の中で見た夢と同じに見える。っていうか、同じだ。
違うのは、あのぐちゃっとしたものがいなくて、私自身がぐちゃっとなってることくらいね。三歩くらいはそのまま歩いたけど、でかいし重いし動きづらい。
自分の声もなんか変ね。一瞬自分の声かどうかわからなかったわ。ちょっと不便。もとのちびっちゃい系女子のほうが動きやすいなあ、どうにかして戻らないかなあ、と頭を悩ました。
お!?
何だか体のあちこちから変な音がする!ごきゅっとかぐにゅっとかごぼごぼっとか!もしかして変形してるんじゃない私?いけるんじゃない私!?気分はそう……最高にハイってやつだあああああ!
あ、服は忘れないでね。全裸は嫌よ。
「ふっ……完・璧」
何もない誰もいない真っ白な世界で両手を広げてドヤ顔を決めるパジャマ姿の女子高生がそこにいた。足も裸足のまま。ノーブラのほうは胸自体ほとんどないようなものだからいいとして、パジャマの上にはどてらを羽織っている。
何が完璧だというのだろう。頭は大丈夫か、こいつ。
ていうか、私だった。
「うーん、もう一回やってみようかな……」
ていうか、やれ。可及的速やかに。
さて、この後私の服装は、えっちなレースクイーン風になったり就活生みたいなパンツスーツになったり、いろいろなことがあったけれど、最終的に普段着に落ち着いた。いちいち言っても面白くないでしょうから略すわ。
もちろん今着てる服とはジャンルが違うわよ。あの頃の普段着は、短パンにTシャツ、それからパーカーか何か羽織ってたと思うわ。
靴だってこんな厚底のじゃない。ちょっとぼろいスニーカーだったかな。お気に入りだったような気がするけど、よく思い出せない。何でこれを持って家を出たのかしら。ほかにも靴はあったでしょうに。
え、今?今はもうダメになっちゃったから燃えるゴミに出したわ。それがどうしたの?




