後さき考えないってすごく楽
やっと書けた4話です。
「依られたか」
「ああ、すでに」
「今年の祭りは特別だ。ぬかるなよ」
どこからか声が聞こえる。大人の声。私は知らない。気が遠くなってゆく。もうすぐ私は目覚めるのだ。おそらくは自宅のベッドの上で……そしてまた退屈な一日が始まる。
目を開けたら板の天井が目に入った。昨日泊まった神社じゃないか。身を起こすと着せられた白い衣が寝乱れてはだけていた。
夢の中で割れた腕や腹を見てみる。ちょっと前にあちこちぶつけた青痣とか知らない間に増えてる擦り傷はあるけれど、割れ目はない。おかしいなもっと下……いや、下ネタ的な意味じゃなくて。
夢だったのだろうか?
「うわー、あんたすごいことなってるね!」
私に次いで起きた名前を知らない女の子が声を立てて笑った。つられて私も笑う。あんたもたいがいだよ。遠山の金さんみたい。うわ、何その例え。古っ。
「あの、あなた夢とか見たの?」
「えっ?ううん。私、ここ5年くらい連続で依代してるけど、ここで夢を見たことはないよ。何か見たの?」
いいえ。私は首を振った。やはりあれは現実なのか?確かめたい気もあるがこの人は大したことを知らないだろう。どちらにせよ声高に言うことではあるまい。頭がおかしいと思われる。思われる。
だって私は正常じゃないか。
それこそ正常すぎるくらいに。
「ふうん。それより早く着なおしなよ。男子組が来るよ」
そういえばいたな、そんなの。私は素早く衣の前を掻き合わせた。しばらくして男子組とやらが駆け込んでくる。手に手に持つのは……枕?
「お祭り恒例、枕投げだぞー!」「起きろ寝坊助どもー!」
「っしゃ、応戦してやらあ!」
私は一時的に夢のことをすべて忘れて枕を拾い、立ち上がった。人生で最後にして人間が感じるものとして最高の楽しみをこんなところで消費したわけだ。もうちょっとなかったものか。
依代に枕投げで疲れ切った私は帰ってきた家の異変に気づけなかった。
私の家は一戸建てで、今の季節は、暖房を入れないと家の中の方が寒い。日が差さない分だろうが、冬は暖房がなくても外とあまり気温が変わらないのがおかしなところだ。
ただ、その異変というのは気温ではなかった。鍵を開けて中へ入る。
「うー、さむ……暖房入れてないのー?ただいまー」
リビングには私の家族が全員そろっていた。公務員父、専業主婦母、乳幼児弟。誰もが羨まないごく庶民的な中流家庭の眺めだ。
特殊なところといえば弟と私の年が離れすぎていること。15歳の姉と、0歳の弟。引くことなくそのまま年の差だ。いやあ、うちの禿親父もまだ枯れてなかったんだのう……なんて下ネタ。
そろっていたって言っても、死体が人数分そろっていたとかそういうことはなかった。生きていた。
「ただいまー」
答えはなかった。私はもう一度、ただいまを言った。返事はない。お父さんとお母さん、喧嘩でもして今家庭内冷戦とかそういうのになってるのかな。深く考えず、私はリビングに上がり込んだ。
上がり込んだ。侵入した。
「バイト、面白くなかったよ。ただ座ってるだけでさあ。あっでも、お菓子はおいしかったわ。持って帰ってきてないけど、ごめんねー」
聞かれてもいないのに喋りながら、私はテーブルの近くに腰を下ろした。ちょっと寒いな。テーブルの上からエアコンのリモコンを見つけて、暖房のスイッチを入れる。
「よりしろ?だっけ、あんなんでほんとにお金入るの?お小遣い増やしてくれたらうれしいなって」
ねえお母さん。母は呼んでみたらひどく驚いたように目線をそらした。何だろう。
「私の顔、何かついてる?」
ねえお母さん。
「変なの。お父さん、何かあったの?」
「い、いや、何も」父も視線をそらした。「その、頑張れよ」
何を?と笑ったところでこの両親が、私を注視していたことに気が付いた。眠っていた弟が目を覚まして私の方を見る。
大声で、この世の終わりみたいに泣き出した。
まずいところに来たものだろうか。リビングを出る。階段を上がって、突き当りが私の部屋だ。荷解きでもしようかと思って部屋に入ったら、机の上の携帯が目に入った。
由美にでも電話してみよう。