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依代と神殺しの剣  作者: ありんこ
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THE☆無刺激拷問

 休みに入って、家を出ることがなくなると、刺激がないので時間も曜日も感覚が狂っていきますね。といって学校があったらあったで、時間がないのでつい夜更かしをして、生活習慣が狂っていくわけですが。

「地下にある儂の本体は、少々面倒なことになっておる」

「外に出たらこの一帯の生物が死滅するってやつ?それなら聞いたわよ」

「依代を介して地上を知ることで、それは正直ほとんど克服したようなものじゃ。神を舐めるな。今じゃちょっと頑張ったら地上で活動しても環境に及ぼす影響の小さい分身を作れるわい」

 環境ねえ。地球温暖化への影響かしら。何への影響なのか知らないのかって?知ってるわよ。言わないだけで。ボケをかましているだけで。

 言わない理由……?ふふ、それを言っちゃったら全部喋ったのとおんなじよ。

「じゃあ何だって言うのよ」

「妻に封じられている」

「……は?」

 聴神経から脳に刺激が行って、音が感覚になって、言葉の意味が飲み込まれない。

「地下の神殿の階下に。儂の本体は目しか機能しておらん。ヒトでいうところの手足もなければ嗅覚もない、声も出せないし耳も聞こえん。ほとんど芋虫みたようなものじゃ」

 別れろよ、じゃなかった。ほかに選択肢がなかった、でもなかった。かつて言っていたように情が移って捨てられないわけでもない。

 別れようにも選ぼうにも捨てようにも、行動が著しく制限されていて自分からは動けないのである。本当に拷問だった。

「いや、目も機能しておらんようなものじゃな……視界はヒトと変わらぬ。だからいつ目を開けても、閉じても、赤一色じゃ。ああでも、たまに人影が見える時も、あるかな」

「どうして……」

 何を聞けばいいのかわからなくなって絶句してしまう。でも聞きたいことなら山ほどあった。どうしてそんな人を選んだのかとか、どうしてそんな仲になっちゃったのかとか、どうして私に話すのかとか、どうしてどうしてが終わらない。

 でもどれを聞いても、きっとおじいちゃんを傷つけてしまう。

「選んだのは本当に選択肢がなかったのじゃよ。故郷の星でも儂のような存在は、他にはあれくらいじゃ。思考を始めた時からずっと、互いに自分の伴侶は片割れであろうと思ってきた。妻もそうだったろうな、なんて儂が勝手に思っているだけなのかもしれんが、少なくとも儂はそうじゃった。それが、こういう関係になった理由にもなるかの」

 だから口をつぐんだのに、おじいちゃんは私の聞きたいことを予想して、想定して、解答をよこす。泣きそうな笑みを浮かべながら。とっくに私の考えることなんか読まれているのだ。

「敗因。油断していた。いくら何でも封じられるとは思わなんだ……無警戒に過ぎたのう。しかし、警戒しながら女を抱く男はどこかがおかしいと思う、仕方なかろう」

 外からは蝉の鳴き声が聞こえる。もう明日から7月に入るのだ。汗をかくわけだ。汗。そうか、暑いんだ。暑いはずなのに、どうしてこんなに体の芯が冷めていくの。

「ぬしには話さねばならぬ。もう長いこと、諦めてきた。依代があるから出歩けないわけではない、ゆえに困るようなことも特にない、きっと儂が悪い、自業自得じゃ、そう思ってきた。……今までは。今は違う」

 正座を几帳面に正して、冷たい畳に額をつける。また、この姿勢だ。謝る電力会社みたいな、不祥事を起こした政治家みたいな。それから――神に祈る、ヒトのような。

 よく見る姿勢ではあるけれど、ヒトに祈る神なんてできたら一生見たくなかったわ。

「助けてくれ、依。儂はもう――もう嫌じゃ。こんな薄布を透かしたような日々は。世界は自らの身をもって体験したい。それも完全にでなくていい、あの赤い部屋の中だけでも構わない。せめて適合率があるとするなら100になる分身で、外を歩きたい。ぬしと話したい。……頼む」

 今度は、すぐには返事ができなかった。だって助けてあげたいけれど、彼を助けるということは、封じた彼の妻を敵に回すことになるでしょう。相手は本物の神。彼女からもらった触手で変異を起こした神獣もどきの女子高生が敵う相手かしら?

 最悪、私のことはいいわよ。でもね、彼女はおじいちゃんと違って封じられていないの。まあそれでも、私があっさりやられちゃえば何とかなるかしらね。手も足も出ずに虫けらのように殺されてしまえば。

 最悪なのはそこそこいい勝負をして負けるか、勝って彼女に逃げられてしまうことだわ。そうなればこの辺一帯が砂漠化っていうのも案外ない話じゃないもの。しかもそれは顔を出すだけで、ってこと。じゃあ、そのまま外に出られたら……日本全体が、危ないわね。

 つまり、私一人の問題じゃない。私とおじいちゃん二人だけの問題でもない。でも決める責任は私一人のもの。割に合わない。

「ごめん……」私は無理に言葉を絞り出した。弓削の背が、おじいちゃんの背が震える。「すぐには、返事できないわ」

 しゃあしゃあと鳴くのは、クマゼミだ。日本人には、大きくて黒いものに『熊』とつける習慣があるみたいね。アブラゼミも鳴いている。

 アブラゼミっていうのは、食べると脂っこいからじゃなくて、鳴き声が油でものを揚げているときの音に似ているからよ。ミンミンゼミと同じ名前の付け方なわけね……。

 何の話か分からなくなっちゃったって?そんなこと言わないでよ。私はずっと、たった一つの事柄について話しているんだから、もう少しだけ、ね。

 どうしてか、私、そのとき三種類の蝉の声を聞き分けているの。

「そうか。すまない、妙なことを言った。忘れてくれ」

 四種類目の蝉は静かに、小さな声で一声だけ鳴いて飛び去ってしまったから、三種類。

「助けたい、のにな」

 詭弁を吐いてただ見送った彼はわずか10秒後に弓削になって戻ってきた。帰宅途中で切り替わって、家を間違えたらしい。あと学校をさぼった件についていろいろ言われたけど、早々に追い払った。

 しばらく、一人にさせてちょうだい。

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