使途不明刃物
使途不明金があると背筋が寒くなります。机の上に使った覚えのないボールペンがあったら思わず半歩退きます。食べた覚えのないおやつの包装紙がくしゃっとなってテーブルに落ちてたら激怒します。行った覚えのない店からダイレクトメールが来るとカルシウムがほしくなります。
「……この呼び方は、罪悪感が募るのう」
「罪悪感?やっぱり何かしたの?したのね?この下郎」
「そうではない……これからさせるのじゃ」
「さては私に乱暴する気ね?そうなのね?」
もしくは私に乱暴される気ね?静かに果物ナイフを構えた。えーとこれは……昨日だと思う、何かに使ったまま出っぱなしだったのね。何に使ったのかしらこんなもの。果物なんて最近買ってないけど……。
構えておいて難だけど、触手あるのに果物ナイフを装備ってナンセンスよね。私、疲れているんだわ。きっと。
「うーん現在進行形で乱暴されているような気がする。落ち着け落ち着け、何もせぬしそういうことではない」
「乱暴する気はないってこと……じゃあ、私にあんなことやそんなことをさせるのね!乱暴されたいのね!」
「なぜそうなる。興味がないわけではないが落ち着け。話を聞け。いったん座れ」
がるるる、興味あるのかよがるるるるる。威嚇はそのままに、果物ナイフを持ったままに、一応座る。
ところで私は自分が座る姿が好きじゃないの。どうも子供っぽくって。元々背が高くないせいもあるでしょうね。何というか、ちんまり、せせこましく納まってしまうのだ。
堂々とした座り姿に憧れるが、それを自分で再現してみてもやっぱり駄目だ。半径25センチくらいの小さな円錐形に全身が納まってしまう。
小さいのはかわいい?ありがとう。
「実は相変わらず、妻と連絡が取れんのじゃ。恥ずかしながら」おじいちゃんはここでドクダミ茶を含んだ。うぇーい間接キスだー。うぇーいうぇーい。「盆ということで、羽虫が増えると言うたであろ」
「ああ、言ってたわね」
そう、憶えてるかしら?私がいないと戦力にならないってやつ。あの話が現実になりつつある。ちょっと迷惑、と感じるけれどおじいちゃんが困ってるなら手を貸してあげたいのも真実ね。
「助けてほしいの?」
「助けてほしいのじゃ」
弓削の顔で上目づかいとかされてもでっかい鯉を上から覗き込んだみたいで気持ち悪いだけだけど、真剣さは伝わる。すぐにオーケーしてあげた。拝んでもいいのよ。
「ところで、前々から思っていたんだけど。あなたたちが人間を保護する理由って何?」
「保護?どのあたりのことじゃな?」
「妖怪とか駆除してるじゃない。あれ、人に悪影響を与えるんでしょ?駆除するってことは、回り回って人間の保護ってことにならないかしら」
あーそれは保護しておるのう、とおじいちゃんは半分嘆いた。
「妻がの、この惑星の生き物が好きなのじゃ」
「この惑星の住人としては嬉しい限りね」
もしかしてあの地下都市も嫁さんの趣味かしら。どうでもいいけど嫁さんの趣味について話すって、私が浮気相手みたいだから嫌ね。いやあ、料理にはされたくないわー。
私を食べたらどうなるかって?下痢と腹痛で数日間のたうち回った末に死ぬわよ。地獄の苦しみを味わった後で本当に地獄に落ちるわよう。フクロツルタケってご存知?あれに近い毒性があるわ。もちろん冗談じゃなくてよ。
試してみる?あら、嫌なの。残念ね。
「いや、半分儂の趣味じゃ。モフモフが好きでつい……」
ふうん……モフモフに酷いストレス与えてたけど、いいとしましょう。灰色くんにはご愁傷さまね。ペットショップで胃薬売ってないかしら。積極的に探そうとは思わないけど、灰色くんたちの胃粘膜が心配だわ。
「……おっと、脱線してしもうたのう。儂はモフモフなら何でもいいのじゃが、妻は、地球人類がピンポイントに好きなのじゃ」
「それは病的ね」
猫派・犬派って派閥分けしても、だからって犬以外は駄目とか猫じゃなきゃダメとか、そういう人はあまりいないイメージがある。
かくいう私も猫派を公言しているが、犬が嫌いなわけではない。ヤモリも嫌いじゃない。蛇かわいい。大きいのは、かっちょいい。フェレットは怖くて触れる自信はないけど可愛いと思う。
それをピンポイントに、人類だけってちょっと変な感じね。触り心地とかで両生類とか、体の構造的に豚とか好きそうなのに。
「そうなのじゃよ。なぜに一種のみに執着するのかわからぬ。そもそも我らは……いや、やめておこう。ぬし、少しこちらへ寄ってもらえぬか」
何かしら。お小遣い?膝でいざり寄ると、ぎゅっと抱き着かれた。
「んな、な、何を」
「すまん。しばらく、このまま」弓削ではない。おじいちゃんの方だ。ただ弓削の手は汗ばんでるからやなんだよな。「このまま……もう少しだけ」
セクハラにしては切羽詰まっているので大人しく抱かれてやる。なんか乳とか尻とか触られてるわけではないし、おじいちゃんだから許すけど、ぬるいー、おじいちゃんぬるいよー。人肌の温度、微妙!
「ああ……ぬしは、温かいのじゃな。初めて知った」
「感覚がないの?」
おじいちゃんは腕をほどいて、うん、と頷く。痛覚がないのは知っていたが、温感も薄いのだろうか。私は元のようにおじいちゃんの対面に戻る。
感覚がないとか、薄いとかってどんな気分なんだろう。きっと、面白くはないんだろうな。っていうか無刺激拷問だろう。それ。
「……依。ぬしにはもうひとつ、真実を伝えねばならん」
どんな?逆に、まだ嘘ついてたの?ちょっとだけ悲しそうに言って上目遣いをしたらたじたじと目をそらした。後ろ暗いな、おじいちゃん。
「いや、嘘はついておらん。真実をすべて話しておらぬだけじゃ」
そう来たか。どこの淫獣だよ。思ったが横やりは入れないで話を聞く。どちらにせよ本当のことを言おうとすることはいいことでしょ?
今はそうだとは限らないって思うけどね。
そのナイフは容器にぴったりついてるタイプのお菓子の袋とかを開けるのに使ったんだろうと真顔で言ってみたり。




