オジイチャン
主人公がどんどん人間をやめていってる……でも、ゼンゼンダイジョーブ!心配いらないアルよ!
しばらくして、敬一さんはおやつの礼を言って帰っていった。嵐のような魚だ。台風一過、台風一過。
さすが魚兄さんと言えばそうなのだが、この私も、窓に!窓に!の向きからこんな和やかムードになるなんて思わなかった。楽しい時間だったなあ。今度からは、ダゴンに関わってもちゃんと玄関を開けて応対しよう。
おっと、ゼリーを冷蔵庫にしまわないと。悪くなってしまいそうだし、あまり置いておくと止められない止まらないしてしまう。スイーツを食べすぎたら太りそうだ。とりあえず、今すぐには手の届かない場所にしまわないと。
夕飯どうしようかしら。冷蔵庫のドアを閉めるのをちょっと止めて、考えた時だった。
「おう、やっとるか」
「うちは飲み屋でも小料理屋でもないわよ」
先ほど話題に上っていたおじいちゃんもとい壮二が現れた。鍵は閉めたはずなんだけど、どうせ触手だから仕方ないよね。
そもそもこの長屋って、セキュリティがいいとはお世辞にも言えないから、触手がなくてもちょっと知識があれば開けられるでしょうね。でもセキュリティの視点から見て、ちょっと知識があれば機能しない鍵ってどうなの?触手ならともかくさあ。
壮二は爺臭い笑みを浮かべて、飲み屋の暖簾を押し上げる身振りを爺臭くして、上がってきた。おじいちゃんめ。
「そんなだったら、おじいちゃんって呼ぶわよ」
「悪くないのう。年長の男性に向けた敬称であろう?許す」
「上から目線よね、おじいちゃん」
これから絶対おじいちゃんって呼んでやる。私は心に決めた。おじいちゃんは勧めてもいないのにちゃぶ台を前にして座る。おじいちゃんに本当に料理を出して小料理屋になるのも嫌なので私も対面に座った。
「えぇと、リューシっていうのよね?私に何があったのか説明してちょうだい。わけがわからないの」
おじいちゃんがちょっと目を見開いた。料理はまだか?ではないらしい。そりゃあ違うわな。さっきからうちは小料理屋でも飲み屋でもないアピールしてるもんね。
「何があったか、か。特に何もないぞ?ぬしが寝入ってしもうた後、持って帰って着せ替え人形じゃ。その他は何も」
「いきなり女の子の腹を蹴り飛ばすような人に『何も』って言われても困るわよね」
しかも着せ替え人形って言っちゃってるし。人形扱いしちゃってるし。位置づけとしてやらしいほうの人形になるのも遠くないだろう。
「だからすまなかったと儂は何度も何度も……」
「そうね。疑ってごめんなさい」
「ぅえ?あ、ああ……まあ良い。何にせよ慎重なのは良いことじゃ。それより……さっきの魚」
魚兄さんのこと?話をしたけど、それがどうかしたのかしら。なんてわかり切っていることを聞いてみる。
定型句じゃないかって?そうよ。だって辞書に載っている言葉も最近の若者言葉も私やあなたが作ったものじゃないもの。乱暴に言うならコミュニケーションは一定の意味を持たせた定型句で成り立つのよ。
「そうじゃ。会話は聞いておったよ。よく聞こえなんだが、ひとのことを怖いだの戦闘狂だの……勝手なことを言いおって」
「悪口ばっかり拾えるなんて、とんだローテクのピーピングトムキャットね」
ぴーぴ?何じゃ?情けない顔になっておじいちゃんが聞いてくるのを、Gで始まるあのワードで片付ける。すなわち、ググれカス。
おじいちゃんは無言で弓削のスマホを取り出した。ぽちぽち。しばらくしてお望みの検索結果が出てきたらしい。何度もうなずいている。
「解決したかしら。本題に戻っても構わないわよ」
「うむ、戻る。じゃがその前に、ちょっと良いか?」
何か言っておくべきことでもあったらしい。一応耳を傾ける。
「儂は戦闘狂ではない。ただ快楽に正直なだけじゃ」
「それを戦闘狂というのよ」
おじいちゃんは、投了、と言った。この言葉、知らないけど気にならないわ。
「……儂の名を聞いたか」
「本来の発音は聞かなかったわ。略して発音しやすい親切仕様にしたらリューシになるってだけね」
私が聞いたのはニックネームよ。そう言ったのにおじいちゃんは渋い顔をしている。
「名前というものは、依。呼ぶためにあるのじゃよ。呼ばれぬ名に意味はなく、呼ばれればそれが名じゃ。じゃから、それはまさしく儂の名前なのじゃ……リューシ。そのうち、ちゃんと教えようと思うたのに、余計なことを」
けっこう細かいことにこだわるのね、おじいちゃん。ぎりっと歯噛みして、本当に悔しそう。タイミングとかシチュエーションとか、私は気にしないわけではないのだが、過敏に見えた。
小さい男だ、との率直な感想は置いといて、無言でドクダミ茶を突き出す。それさっき敬一さんに出してなかったかって?敬一さんは結局一口しか飲んでないから無問題。もーまんたい。アコウダイ。
自分の名前に関することなんだし、気にする人はするだろう。かくいう私も自分のフルネームは強調して名乗るわ。衣川はともかく、依ってあまりない名前らしいのね。聞き取りづらいそうよ。
うちの両親は太郎に花子だから、珍しい名前へのコンプレックスが次の世代に顕著に出た。祖父母の牽制で一文字に収められた私はともかく、弟に至っては一種のキラキラネームだわ。
弟の名前?今、それ重要かしら?話に戻っていいかしら?
「何の解決にもなりやしないけど。……どのみち私はおじいちゃんって呼ぶからあまり関係ないと思うの」
「呼ばれたくないわけではないぞ」
「私が呼びたくないのよ。言ったでしょう、そんなだとおじいちゃんって呼ぶわよって」
弓削の顔面が机に沈んだ。ただでさえ低い鼻が!大変!助けなきゃと思った頃に起き上がる。
「………うん、言うておったな」
「おーじーいちゃーん」
「なーんーじゃー」
「べーつーにー」
作品名、おじいちゃんと一緒。あー楽しい。おじいちゃんがクラッとした。肩がガクッと下がる。うーん、そんなにびっくりするようなことが起きたか?




