マツヨイグサ
惨劇の予感……ごめん、最初からそうでしたね。
シャッター状の扉を開けて中へ入ると、だだっ広い空間の先に下へ降りる階段があった。
床は外側と同じで赤いガラスだ。これはあれか、玄関ホールか。それとも多目的ホールか。ブルーホールか。タージマハールか。またか。また階段か。鉛直下向きの移動が多すぎる!
いや、上かも。だって二つの階段が絡み合いながら上へ続いているんだもん。上だ。そう思うことにしよう。上だ……上に賭ける……ッッッ!
「降りるぞ」
「またぁ!?」
ざわ……ざわ……何かが破産した。私の声も裏返って悲鳴みたいだった。破産したのは私の声帯だったかもしれない。
「案ずるな、降りるのは儂一人じゃ。ぬしはまだ発狂の危険があるからのう。そこで待っておれ……そうじゃ、ソファを呼んでおこう」
「ソファって呼ぶものなの!?」
「発狂の方にはツッコまんのか……おーいソファー」
本当に来た。
ただし、ヒョウが。
「まああああああああああ!!」
私の絶叫に驚いて、ヒョウが壮二の背後に隠れる。何を取り乱しておるのじゃ、って、ねえ?取り乱さないでどうする選択肢があるのよ。私だってびっくりする。だってヒョウだよ?肉食獣!食われる!
「灰色には乗っていたではないか」
「だって灰色くん見た目がでっかい犬だもん!まだ言葉が通じそうなのよ!でもこの子、猫にすら見えないじゃん!完全に猛獣じゃん!」
「ソファは雌じゃが……」
「それ名前なの!?もはや家具なの!?」
ウンウンとでも言いたげに頷いて、ソファちゃんは「ちょっと足元お借りしますよ」とでも言いたげな抜き足差し足で私の後ろに回って、伏せのような姿勢をとった。動くたびに斑点模様が滑らかにうごめく。
ごめん、飛び掛かってきそうで怖い。灰色くんの方がまだ座れた。ていうか雌じゃがってどういうこと?何がどう安心なわけ?
値踏みするように、大きな目がキラキラ光っている。見るなー私は食べてもおいしくないぞー。尻尾はまた別の生き物のようにうごめいていた。
「座らないんですか?と言っておるぞ」
さっき似たような命令を出された灰色はブルッてたけど、ソファちゃんはどMか何かなのか?
「うう……なんかヤダ……」
結局私は折衷案として、床に腰を下ろしてヒョウに背中を預けた。ガラス質の床は意外に温かい。しばらく座っていたら慣れてきた。もしかしたらガラスに似ているだけで別な材質なのかもね。仮定が全く意外でも何でもない。
ぬくぬくだがちょっと視線を横にやると冷え冷えだわー。顔面怖いわー。自分から触るとか無理。あー、今座ってるね。でも手を伸ばして触ったりはできないよ。噛まれたりしそうで怖いからね。その毛皮ですら十分怖いからね。
萌えー、とか言わんばかりのにやけ顔で壮二がこっちを見ていた。引くわー。あからさまに顔が歪んだのだろう、壮二は肩を落としてとぼとぼ階段を降りていった。
猫背っぷりに一瞬弓削かとすら思った。本来がイケメンなのかもしれないけど、依然貴方の顔面は弓削よ。キモイから身の程を弁えろ。
待つ身は辛いってよく聞くけど、案外はき違えの塊のクソフェミニズムの産物でもなさそうだ。動いている分、向こうの方が体感時間は短いはず。何もしていないと人間、ろくなことを考えない。すぐわかんだね。
ともかく、実際に待っていた時間は大したことないのだろうけど、10分とか20分とか待たされているように感じた時だった。階下から、何か重たいものが倒れる音がしたのだ。
何かって何だって?知るか。何か重いものだ。重いってどのくらい?そうねえ、正確に何キログラムかなんてわからないけど、人が一人倒れたくらいかしらね?
あら、私が人が倒れた時の音を聞いたことがあるかないかなんて、気にしちゃだめよ。『そう感じた』だけなんだから。
この音があまり大きかったものだから、私はびっくりして立ち上がった。依然、赤い光に包まれているが、今はものの個有色が見える。といっても床も天井も赤いガラス質なんだけどね。あまり違いがない。
足元に視線をやると、ソファちゃんが、もういいんですか?と言いたげにこっちを見ていた。いいのいいの。でも壮二に怒られたらヤダからそこにいてね。
あと飛び掛かってきそうで怖いからあんまりこっち見ないで。




