背中って目が届かないよね。
ちょっとずつシリアスにシフトしていきますよー!
二度目の挫折を経験した。一度ならず二度までも同じ本で。日が昇って、私は学校に行こうとしたけれど、制服を着て家を出たところで今日は休みだと思いだした。畜生、優等生は辛いぜ。
昨日から、というよりもうちょっとくらい前から、自分の内心が妙に落ち着いているのが変な感じだったが、私自身も首筋の何かに影響されているのだろう。発狂エンドだけはないと見た。
つまり狂気に呑まれることもできずにこれから起きることを真摯にとらえて行かないといけないのだろう。ある意味嫌な展開だな。あれ?どうして笑っているの?
「お、衣川」
声がしたので振り向くと弓削壮二がいた。はいそこ春だからって桜の花びらとか散らなーい。そんな風流なもの植わってなーい。野山のサバイバル系動植物の他は二つ隣の爺さんが栽培している緑のプチプチくらいしかなーい。
壮二?と呼びかけてみたら、名前呼びとか新鮮だな、と返ってきた。弓削の方だ。
「少し質問があるのだけど」
「今日なら休みだぜ。そして俺からも質問がある」
そんなことはわかってるんだよ。気の毒そうな顔をするな。
「言っておくけど私が先よ」
「じゃあ俺から」
「レディファーストってご存知?」
「レディ?どこにいるんだそのUMA。合成でいいから画像くれ」
弓削はいつも通りの減らず口で私をイラつかせたが、瞳の中か何かに映ることの重大さとかそういうものに打たれたのだろう。結局先に質問をさせてくれた。質問の内容は決まっている。昨日の出来事だ。
「昨日?えーっとほら、衣川が俺をチャリのケツに乗せて暴走族を追い抜いて」
ちょっと待てそんなことしてない。動揺には気づかないのだろう、無神経にも続ける。
「病院についたらうなじを切り裂かれた気がするけどそこから小さい人が出てくることもなく……朝起きたら自分の部屋にいたっけ。てっきり夢だとばかり……ってことは、あれ、現実か」
「ええ、私が自転車で暴走族を追い抜いたところ以外ね」
「つまり逆説的に衣川がとっつぁんに追い回されたり空を飛んだり宇宙人とコンタクトしたのは現実ってことか」
「あなたの中で私って何なの?」
まあいい、本題に戻ろう。
弓削。あなたの中に神らしきものがいる。私はできるだけ言葉を選んで長々とその事実を伝えた。私は便宜的に壮二と呼んでいるけれど、あなたは知っているの?
「知ってるわけねーだろ。つーか気持ち悪い事実だな。お前がこんなくだらない嘘をつくとも思えねーし実際に記憶が飛んでるしデコは痛え腿は筋肉痛、朝から風邪気味だから信じるけど、お前はその俺……壮二本人に直接聞いたんだろ?よく正気でいられるな。いや、正気じゃないのか?もう狂気なのか?」
答えられなかった。デコから風邪気味まで原因を予想できたからではない。ここで返答でも待たれたら気まずかったが、弓削の無神経さが役に立った。彼はすぐに言葉を継いでその先を続けたのだ。
「にしても、今考えるようなことじゃねーが、壮二って自分で言うのちょっと照れるな。兄さんがいたころみたいだ。ああ、俺、あの頃の兄さんと同い年なのか」
そう言って遠い目をする。あの頃はよかったなあ。遠い目って何から遠いのだろう。何を基準に遠いのだろう。基準はきっと現実のような気がした。
「それ逃避行動なんじゃない。お兄さんどうかしたの?」
「遠くにいる。幸せだろうさ」ここで私は弓削の兄が死んだものと思ってしまった。
「何たって憧れの、何て言ったかなアメリカの大学で教授だもんな。奥さんも美人だしなー、あー」
生きてた!
「あ、あらリア充なの。お子さんとか……あなたからは甥姪になるけれど、いらっしゃるの?」
「ううん。自分たちの子供は体外受精のち人工子宮で育てるんだーって夫婦そろってマッドサイエンティストやってる。失敗続きではや7年、くそっ倫理観仕事しろ」
確かに遠くにいて幸せだ!人としてどうかと思うけど!まあ、元気らしいことはわかったからいいとしよう。何にニヤついてんだよ、と言われてごまかしを考える。だって笑ったつもりはない。
「――つまりあなたの代わりはいるってことね」
「見捨てる気か!?」
ちょっと間違えただけなのにそんな過剰反応することないじゃないか。自分はぼろくそに言うくせに柔いものだ。仕方ないので弓削の質問を聞いてやる。ほらほらどんと来なさい。ない胸を貸してやる。
「あいや、質問自体は――つまり俺が用意していた質問はさっきの話で消化されたようなもんなんだが、そのおかげでまた一つ別な質問が出現したからそれを聞くぜ。……俺は助かるのか?」
「わからないわ、壮二は個人に固執していないようだから。だけどそうね……あなたが死んだら、別の依代を見つければいいと思ってる。私にも言えることだけど」
まだ私には話し相手としての利用価値があるのかしら?ここまで来て初めて心の中が揺らいだ。
あれが私を消すために動けば、どうすることもできない。ストレートに命の危機を感じたわけで、ストレートな危機じゃないと何も感じないということの裏返しでもあったけれど、背筋に何か冷たいものが這う。思わず声が漏れた。
「うッ……はぁ、休みなのに出てくるなんて私も優等生すぎて困っちゃう。ばいばい、帰って寝るわ」
「おう、寝すぎたら脳みそ腐るぞ」
余計なお世話よ、といつもなら言ってやるところだが、何も言わずに家に戻った。震える手で鍵を閉める。閉めたことを確認する。
土間を上がり、奥の寝室として使っているほうへ移動する。部屋を仕切る襖はぴしゃりと閉めた。ベッドの横に姿見が置いてある。その前へ背を向けて立つと、私は制服のブラウスを脱ぎ捨てた。
何か冷たいものって、それ、慣用表現の一種じゃないからね?




