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依代と神殺しの剣  作者: ありんこ
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お迎えさんいらっしゃーい

――眠れない。

 無意識に糊のきいたシーツの間で冷えた足先をこすり合わせた。寝返りを打つ。どうも落ち着かない。自分の体を含めて、この世のすべてに違和を覚えている。重症だ。こういう時は眠れない。

 あー髪の毛うっとうしー。そのうっとうしい髪の毛は肩につくかつかないかのあたりで切りそろえていてそんなに長くないのに思い始めた。ハゲにしたら落ち着くのか、馬鹿めが。

 一人ボケツッコミが始まった。だめだだめだ、余計な事考えるな。寝ろ。

「おーい、依ちゃん」

 とうとう幻聴が始まった……逆に考えるんだ。これは夢で、私はもう夢の中にいる、寝ていると、考えるんだ。ほうらそうすればなにもおかしくない!

「依ちゃん、起きて」

 誠一さんの声が聞こえてたりすることにも説明がつく!

「ねえねえ、帰っていいみたいだよー」

「ほんとですか!?」

 飛び起きると確かに誠一さんがいた。しわしわだけど目元が涼しげで、あー昔はイケメンだっただろうなって顔だ。

「……でも、何で」

 お迎えが来てるよ、とだけ言って、疲れたのか壁によりかかる。ありがとうございました!と言って病室を飛び出す。

 あれ?ひっかかるな。迎えって誰が?両親はあの通りだし、友達もいない。クラスメイト達もそもそも仲良くないし、今ごろ楽しく合宿していらっしゃるだろう。あの世からってのも考えにくい。

 ということは、今迎えに来たっていうのは。

「おばちゃん?」

 入り口の脇に立つ少年が、呼びかけた声に反応して顔をあげた。ヒョロヒョロ伸びた背、薄い胸。弓削だろう。弓削なのだが、私は思わず一歩後ろに下がった。はっきりとは言えないが、何かがおかしい。

「……誰ッ」

「帰るぞ」私の呼びかけは聞こえていなかったのか、いやに低い声で弓削のようなものが答えた。抑揚が違う。「夜が明けると面倒じゃ。早う来い」

 さっさと背を向けて歩き出した。困惑しながらも、他にどうしようもなく、ついてゆく。爺臭い口調。堂々とした歩き方。しゃんと伸びた背筋。

 後ろからでも、とてつもなく違和。一方で問い詰めても無駄だ、渋い顔をして見ているしかできないと思ってしまう自然さがある。

 私たちは裏方らしい薄暗い廊下を何本か通り抜けて、病院の裏口から出た。散りかけた無残な桜の木がある。山の端が白っぽくなってきている。こっちが東らしい。

 自転車はどこに停めた、と聞いてくる。わかっているだろうに、と思いつつ駐輪場と答える。わかっているだろうに、もしもこいつが弓削なら。

 いや、違うのか?こんなところ、病院の裏口なんてところ、地元民でも知るまい。

 さて弓削もどきはさっさと自転車にまたがると、荷台を指して「乗れ」とのたもうた。

 こいつ正気か?と思いつつ、乗せてくれると言うのならと籠に突っ込んであるバスタオルを畳んだままクッション代わりに敷いて、スカートを気にしつつもまたがる。

 ええと、手はどうするんだったかな?弓削は確か腹に手を回したりはしなかったはずだ。

 サドルの後ろを探っていたら、手首を取られた。

「何を遠慮しておる、存分に抱きついておれ」

「あんたにそんなこと言われる筋合いないわよ」

 しかし他にどこに手をやるべきかわからなかったから自分よりは広い、狭い薄い背中に抱きつく。当たってる……なんて頬を染めて言ってきたら許してやらんこともない。当てるほど胸はないがな。

 ほどなくして自転車はふらつきもせず動き出した。電動アシストは……肩越しに見たところ、ついていない。ますます怪しい。こんな体力あいつにあったか?

「気分はどうじゃ」

「寒い」

「うむ……50パーセントだものな」

 弓削もどきは路肩に自転車を止めた。上着を脱いで私の方にかける。こんな寛容な奴でもなかったと思う。残る体温が肩を温めてくれた。

「すまぬ、しばし耐えてくれ」

 それからも彼はきこきこと自転車をこぎ続け、坂の下までやってきた。降りようとしたがぐっと踏み込むのでしがみついているしかなかった。だからその背中に耳をぴったりつけていたが、息一つ乱れる様子はない。

「ねえ、あんた誰よ」

「今更ではないか……いや、ああ、そういうことか。壮二という」

 よし、とりあえず壮二っと。弓削と壮二で呼び分けは可能だ。私は衣川依、と名乗る。坂をずいぶん上がって、家の前までやってきた。駐輪場へ停めてくる、と私を下ろす。いちおう、ついていく。

「依……か。このためだけにあつらえたような名じゃ」

 私の存在を知らなかったかのように呟いて、それから私を見た。何となく察することができた。

「何じゃ?今日はずいぶん優しいのう」

 どういう扱いをされていたんだこの人は。予想では人じゃないと思うけど。

「あーうん、嫌ならやめるけど。あと、私は衣川依だから」

「さっきも聞いたわ。フルネームで呼べばよいのか?」

 そうじゃなくて、と自転車の鍵を抜く手を見守る。なら何じゃと返ってくる。もしかしてまだ気づいていないのだろうか。

「すごく言いづらいのだけど……誰かと間違えてない?神様」

 朝もやの中、がしゃっと自転車に額をぶつけた音がよく響いた。

 うん、哀れだ。

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