表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ブレイン・フィールド  作者: 小鳥遊彰吾
エピソード2
8/20

エピソード2-4

「オズの……言うとおりかもな」


 レインはフラフラと力無く歩きながらひとりごちる。心の奥底ではたかがゲームだと考えているのかもし

れない。違うとは否定できない。

 気がつくと見慣れた部屋の扉が、キャロルの部屋まで来ていた。

 彼女の顔が無性に見たくなり、インターホンに指をかけようとするが……できなかった。

 ただそれだけの作業なのに勇気が、桁外れの勇気がいった。本心を知った後にあの瞳にみつめられるのは。


――姫の想いに甘えすぎてないかい?


 オズの一言は何より痛かった。実際キャロルに甘えている。その現状でよいのかと聞かれたら答えは……。


(いいわけねぇ!)


 意を決してインターホンを押す。


「……はい。どなたですか?」


 しばらくの沈黙の後キャロルの声が返ってくる。

しかしいつもの明るい声ではなく若干沈んだ声だった。理由は明白だ。


「……レインです」

「レイン!」


 パッと咲いたように明るい声に変わる。その事実が芽根をよけいに締め付ける。


「どうぞ中へお入りになって」


 はい、と素直に返事してキャロルの顔が見たい衝動にかられた。レインは頭を大きく振る。

 できない。決心が鈍りそうになるからだ。


「いやいいんだ。このままで。すぐ終わるから聞いてくれ」

「……はい」


 当然ながら怪訝そうな声。


「……明日、俺……戦うよ」

「れ、レイン! そんな無茶な!」


(確かにな)


 オズは勝てる可能性は〇でないといったが、〇に限りなく近いことは間違いない。


「無茶かもしれない。……でも俺は勝つ! キャロル、君のために!」


 そして自分のためにも。それがレインの選択だった。


 オズと話して気がついた。キャロルに、いやこの世界がゲームということに甘えているということに。

 だから一度恋人になれば彼女から一方的に別れるということや、二人の間を引き裂く邪魔は入らないと思っていた。

 だからキャロルの瞳にみつめられるのが辛くなった。

 キャロルは心底レインを愛してくれている、その愛に正面から向き合えなかったからだ。

 所詮はゲームという考えが良心に訴えかけた。


――オマエハ カノジョニ ツリアウノカ?


 キャロルへの愛が本物かどうかいくら考えても証明できない。どうしても根底にはゲームという考えが否定できないからだ。それでも……。


「……レイン」

「信じてくれ……なんてかっこいいことは言えない。……でも、でも逃げるわけにはいかないんだ!」


 もしもこれが従来のギャルゲーなら一体どんな愛し方をしただろうか?

 キャロルのイラストの入ったグッズやフィギュアなりの収集をしていただろう。金を使いグッズを集めるという行為で満足していただろう、そんな一方通行な愛の形で。

 でも今はそんなことで満足できない自分がいることに気がつく。こればゲームであってゲームでない。現実により近いゲームなのだと。なら同じ自己満足でも少しでも彼女に想いを届けたい。

 だから逃げない。もしも勝てれば初めて彼女と正面から向き合える、そんな気がした。


「いえ、信じます! 貴方の勝利を!」


 キャロルの一言に救われた。




 デュエル開始までの時間プレッシャーに押しつぶされるかと思っていたがそんなことはなかった。心地よい緊張感が包んでいる。


「いい顔になったね」


 デュエル開始直前にやってきたオズの一言は自分でも理解できた。腹をくくるというのはこういう状態なのだろうと。


『レディ』


 デュエル開始の無機質な合成音が闘技場に響く。

 眼前に立っている男は『ジェネラル』の称号に恥じず立っている。顔を含めほぼ全身を覆っている白銀色の甲冑、左腕には凹凸のないまるで鏡のように磨かれた盾を装備した大男は威風堂々という言葉を体現しているかのようだった。

 ランディは派手な文様の入っている三叉の槍を片手で持つ。地面スレスレの位置で止められた穂先は黄金色の輝いている。


(まいるね)


 レインは急に自分が品供装備をしているように感じる。白い鎧は上半身のみ、槍も穂先一つの槍は鋼鉄製とはいえ相手と比べると明らかに攻撃力が劣る気がする。


(これでも帝国では上級騎士にしかもてないんだけどな)


 支給品と自分で苦労して手に入れたレアな装備では性能のみならずグラフィックにも差が出る。気の弱いモノだと戦う前に負けてしまう。


『ファイト!』

「ウェーブ!」


 開始の合図早々にレインは仕掛ける。離れた間合いで下段からすくい上げるように振るう。――同時、地面を衝撃波が波打つように走る。

 ランディは慌てない。迎撃するでなく、ただ数歩横に移動する。

 既存の格闘ゲームと違い飛び道具はそれほど重要ではない。もちろんそれなりの威力やスピードは持っている。が遠距離から真正面めがけて使われたなら対処法は簡単だ。追尾できるモノもあるがほとんどは直線にしか進まないのだから。


(百も承知さ!)


 死角からもしくは相手の対処できない近距離から不意をつかないとあたらないことはよく知っている。だが牽制にはなる。レインは一気に駆け出す。


――フッ!


 ランディの口元が歪む。真正面から突っ込んでくるレインをバカにするように。


(そう思っててくれよ!)


 レインが間合いにギリギリのところに差し掛かるとランディは大きく槍を振りかぶる。


「ウェーブ!」


 振りかぶったのを確認してレインはバックステップ。その動きにランディは攻撃する動作を急に止めた。そこを狙って再びレインは特殊技能を使う。

 バカ正直に真正面から攻めることで格下だと油断を誘う。一気に決めようと大振りをしてほしいと期待していたが、まんまと作戦通りだった。無理に動きを止めたせいで体勢が少し崩れているうえ、この間合い。回避不能と思われた。


「フン!」


 レインの希望は衝撃波とともにあっさりと消える。ランディは動きを込めることを放棄して、逆に槍を振り下ろす。向かってくる衝撃波に叩きおろすとウェーブはあっさりと霧散した。


「ちぃぃ! これだから伝説級はタチが悪ぃ!」


 毒づきながらフットワークを使い回り込もうとする。通常の武器でランディがいま見せた防御は不可能なのだが、レアの武器はAP使用量の少ない特殊技能や魔法なら無効にできる。


――シュ!!


 風を切る音とともにランディの槍が目の前に現れる。身をかがめ、どうにか避ける。

 確かにランディよりもレインのほうがスピードはある。だが回り込もうとするレインとその場で回転するように移動するランディでは移動距離が少ない分、ランディに分がある。

 さらに厄介なのはランディの洞察力。レインのように脚でかき回そうとするプレイヤーとの対戦経験が圧倒的に多いのでどういった行動を起こすのかという読みと対処法は並ではない。


「っとう!」


 かがんだ体勢のまま反射的に槍を繰り出す。体勢が悪くスピードが乗っていない槍があたることはない。ランディは一気に懐に入り込み膝蹴り。レインはどうにか肩でガードするが予想以上に重い衝撃に驚く。無理に受け止めることはせず、転がるように吹き飛ばされる。


「ってぇ」


 現実世界のクセで思わず肩をさする。ブレイン・フィールドではダメージを受けた際、プレイヤーに知らせるために一瞬だけ刺激を与える。持続するモノではないのですでに痛みはないし、ゲーム側に配慮からたいした刺激ではない。だがゲームに入り込んでいるので相応の痛みを感じた気になる。

 不意に近づく重たそうな足音と鎧の金属音に恐怖を感じ這うように逃げる。無様だとも思うがなりふり構っていられないがその判断は間違ってない。さっきまでレインのいた場所を槍が払われる。


「クソ! アブねぇ」


 ホッとする間はなかった。ランディは槍を金属バットのように両手で素振りする。レインはどうにか体勢を立て直す。地面と垂直に槍を構えを両足で踏ん張る。十字に交差したときにキンッという甲高い音が鳴るがダメージなかった。

 ランディは少し感心した表情をし深追いすることを止め、間合いをとる。


(いけるか!)


 レインは逆に間合いを詰めながら右手をひいて左手を押す形で柄尻で半円を描く。

 その先にあるのはランディの顎。人体の急所のそこは、現実の世界ならかするだけでも容易に脳しんとうを引き起こす。『ブレイン・フィールド』では実際に脳しんとうは起こらないが身体が数秒間硬直する。

そのことをよくわかっているだけにランディは上半身を反らすことでやり過ごす。


「だあぁぁぁぁぁ!」


 空振りしたことに悔しさはない。まだ攻撃は終わっていない。

 レインは今まさに上段に大きく振りかぶった状態になっている。レインはなんの迷いもなく力一杯振り下ろす。この一連の連続技はレインの得意とする攻撃。――これで近衛兵までのし上がった。


 高レベルの上下の連続攻撃にランディは慌てること無かった。――後ろに飛ぶことで間合いから外れる。


(憎たらしい!)


 冷や汗をかきながら実感する。称号は伊達ではないということを。


「オリャァァァ!」


 ランディの咆哮。叫び声に意味がないことは十分承知しているが自らで意味を持たせてしまった。


「炎舞陣……しまった」


 大声で叫びながら突進してくるランディに、最強クラスのプレイヤーに恐怖を感じ、いつものクセで使ってしまった、オズに禁じられた炎舞陣を。

 しまったと思ったときにはもう遅い。特殊技能は言葉一つで出せる利点があるが口にしてしまえばキャンセルできない。すでにレインの周りに炎の結界が生まれる。

 ランディは炎を見てもまったくひるむことなく突進を続ける。本来なら触れればダメージをくらい弾きとばせる技なのだが、ほんの少しスピードが遅くなったくらいであっさりと突き破る。


「――ガハァァァ」


 炎の結界という状況は逆に言えば閉じこめられた状態。正面から襲いくるランディになすすべ無くレインはまともに攻撃をくらい吹き飛ぶ。


――PiPiPiPi……


 目覚ましによく似た電子音が耳に届き慌てて端末を見る。HPが9になっていることに愕然とする。攻撃力に特化しているからといってもまともに食らったこの一撃で瀕死に追い込まれた。


「レイン! 負けないでください!」


 HPが一桁になると自分だけに聞こえる警告音をかき消すように応援の言葉が聞こえる。確認するまでもない最愛のキャロルだ。


(負けて、……たまるか!)


 彼女の言葉は弱気になった心にたやすく喝を入れる。

 レインが先ほどの一撃で大きな傷が付いた鎧に構うことなく立ち上がる。すでにランディはとどめを刺そうと中段に構えた槍をすさまじい勢いで突いてくる。


「――――」


 後で考えてもなぜそんなことができたのかレインにはわからなかった。避けようとした一心で身体をひねったら勢いよく突っ込んできたランディが通りすぎ、無防備の背中が見えていた。

 自分で考えた末の行動ではない、単なる偶然。「負けたくない」という強い思いが奇跡を起こした。


「そこだ!」


 オズの声が聞こえた。軍師の言葉はまさに的確だった。


「疾風撃!」


 槍の穂先に風が渦を巻く。力任せにランディの身体に叩きつけると爆発音がする。レインが特殊技能に登録している3つの技の中でもっとも威力のある技。武器の打撃にプラスして小型の竜巻と呼ぶべき代物が敵を吹き飛ばす。

 無防備のランディは転がるように地を這う。セオリーなら追い打ちをかけるべきだろうがHPにもAPにも余力がないので動けない。また四天王の一人からダウンを奪ったことに軽く感動を覚えた。


「驚いた。……なかなか強いな」


 無傷、ということはさすがにない。がダメージを感じさせないようにユックリと立ち上がる。


「皇帝のヤツは全然本気には見えなかったが……本気だったとはな。油断させる気だったのか」


 初めて聞く声は予想通りというべきか低く落ち着いた声。


「いいや、俺は捨て駒だとよ」

「……それにしては真剣じゃないか?」

「捨て駒にも意地があるっていいたいけどちょっと違う。あんたに勝たなきゃ俺はアイツに釣り合わないんだよ!」


 キャロルの気持ちに答えるために。自分の気持ちを本物にするために。

 その眼差しにランディも真顔になる。


「同じ……だな」

「へッ?」

「俺も同じだ」


 予想外の言葉に戸惑う。


「……でも、あんた『通行手形』が欲しいだけだろ? 俺とは状況が違うだろ?」


 自分と一体何が同じなのかわからない。オズから聞いた情報を確認してみる。


「ん、別にくれなくてもいいのさ。なんなら帝国と戦えばいいだけの話だしな。……むしろそのほうがトレーニングにもなるし名声も上がるだろうし」

「はぁ? あんた何言って……。今でも十分強いし、名声なんていまさらだろう?」


 レインから見ればランディは雲の上の存在にも等しい。正直な話これ以上になられたら普通のプレイヤーに迷惑だと思う。がランディはニコリともしない。むしろ歯を食いしばり呻くように言葉を紡ぐ。


「アイツには届かん! ……俺はアイツのライバルにもなれてないんだ!」


 ランディの悔しさがにじみ出た言葉に眉をひそめる。


(アイツって誰だ? ……ランディが届かない相手って……まさか!)


 ランディの強さの上をいくプレイヤーはたった一人。


「サン・オブ・バトルマスター……」


 レインの口から漏れた称号にユックリと首を縦に振る。誰もが知っている最強のプレイヤー。身を以て体験した四天王すら届かぬほどの実力という発言はなんだか悪い冗談を聞かされているようだった。


「俺はアイツに認められたい! それも少しでも早くな。だから探さなきゃならない。世界すべてでも探してやる。だから『通行手形』が欲しい。帝国も探したいし、他の場所いくのに帝国を迂回して遠回りなんて手間がかけれないからな」


(どういうことだ?)


 ランディがサン・オブ・バトルマスターに認められたいのは理解できる。ただなぜランディが彼を捜しているかが理解できない。四天王はサン・オブ・バトルマスターのパーティーであるというのに。なにかあっていまバラバラなのだろうか? 訊ねようとする前にランディは槍を地につけ、背筋を伸ばす。


「だからお前を倒させてもらう。お前みたいに強くて目的のあるヤツと戦うのが自分を鍛えるには一番だからな。改めてお相手願う。我が名はランディ! 称号は『ジェネラル』並びに『四天王【滅】』」


 おかしなものだと笑いそうになる。普通名乗りは最初におこなうものだろう。すでに自分は死にかけているという状態なのに。


(もっとも、ようやくってことか)


 やっとレインはランディに認められる状況になったということだ。

 レインは同じような姿勢をとる。名乗られた以上応じるのが礼儀だ。


「ミスト帝国近衛騎士団、キャロル第2王女付、レイン=アンハート。俺とてただ負ける気はない!」


 ランディは満足げに頷く。絶望的な状況だがその行為に胸が熱くなる。

 レインの勝算は非常に少ない。もう一度先ほどのように死角に回り込み、今度は必殺技『猛虎散弾突』――至近距離から十数回連続の突きを浴びせる技を使うしかない。ダウンを奪ってさらに追い打ちをかけれればもしくは……。


「いざ尋常に勝負!」


 ランディの声を合図に一か八かの最後の攻防が始まった。



 結果、あっけなくレインは敗れた。本気になったランディは洒落にならなかった。十秒も持たなかった。そして予定通り最前線に左遷された。


「立派……でした。貴方を好きになってよかったです。待ってます。わたくしはレインが帰ってきてくれることを信じて、待ってます」


 キャロルの言葉は不覚にも涙をこぼしそうになった。


「絶対帰ってくるよ! 約束だ!」


 今度は絶対に約束を破らない。必ず帰ってくる。

――そのとき初めてキャロルの目が見れるだろう。

エピソード2はコレで終了です。

エピソード3も息切れせずこのペースで

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ