エピソード2-3
「ホントのことなんですか?」
オズの部屋に入るなり机にバンと手をつく。将軍の地位にあるというのに個室はやや手狭で、物もほとんど無い。机とその上に置かれたパソコン、イスくらいだ。飾り気一つ無い殺風景な部屋だが普段ほとんど帝国にいないのだから仕方ないとも言える。
「対戦相手のことかな? それとも敗北の場合のことかな?」
「両方です!」
鎧から軍服に装備変更したオズは血相変えて飛び込んできたレインに驚くことなかった。パソコンで作業していた手を止め、肘をつき両手を組む。
「君の対戦相手はあのランディです。敗れた場合は君は左遷、おそらく最前線に言ってもらうことになるでしょう。幸いにもというかちょうどというか、もうじき共和国とやり合うことになりますからね」
「どうしてですか!」
思わず怒鳴る。気が立っているから仕方ないとはいえ現実の軍隊なら上官にこんな口をきくのは許されるものではない。
だがオズはまったく気にしない。同じプレイヤーという気安さがこの国の軍隊にはある。
「君が納得できるかどうかはわからないが、質問には答えてあげる。……でも何を聞きたいのかハッキリさせてくれるか?」
「なぜ俺があのランディと戦わなくてはならない!」
「それは……執務室で言ったとおり。相手との武器を合わせた場合、槍使いで一番強かったのが君だった、それだけのこと」
オズはそこまで言ってクスっと笑う。
「もっともグレーダーが戦うと言ったなら君におはちが回ってくることはなかったけどね」
「……あ、あのヤロー、逃げやがったのか!」
「帝国でも1,2を争う男も四天王は怖いらしい。勝ちは期待されてないとはいえ無様に負けると問題があるから、だろうかね」
何気なく言った言葉にふと気がつく。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 勝ちは期待されてないのに負ければ左遷?」
「それが我がミスト帝国の掟です。理不尽に思えてもね」
知らないはずはないだろう? といわんがばかりの目を向ける。だた知っていたからと言って納得できるというわけではない。
「なにも永遠に最前線というわけではない。結果を出せば戻ってこれるよ」
「……簡単に言ってくれる。近衛兵になるまでどれだけ苦労したことか」
「まぁ楽な道のりではなかったでしょうね」
端から見れば楽に将軍の地位まで登りつめたように見えるオズが他人事のように言う。
「納得できないって顔だね。なぜこういうことになったかを話してあげようか?」
「……お願いします」
しぶしぶ従う。
「3日前の話です。ランディが我が国にコンタクトをとってきました。帝国の国境を自由に移動できる許可証を……我が国でも入手困難なアイテム『通行手形』をくれとね」
「また……無茶なことを」
ミスト帝国はこのゲームで大陸の約1/3をしめる最大の国家。それゆえに武器、魔法、機械兵器など高い水準にあり手に入れるのにもっとも適している。前述したとおり帝国に登録したらパラメーターボーナスに武器などの支給と特典も多い。
それでも帝国を敬遠するプレイヤーは少なくない。自由度が極端に減るからだ。プレイヤーが帝国に一歩でも足を踏み入れると帝国民として扱われる。そして帝国民は軍に入隊することを義務づけられている
。つまりこの国に入ると軍人以外の選択肢が無くなる。軍隊といえば戦争がメインのように聞こえるが――もちろん戦争もするが――それ以外もある。たとえばオーソドックスに「皇帝に命じられてモンスターを退治にいく」というイベントもある。グレーダーも近隣の森で暴れていたドラゴンを倒しにいく命を受け、成功させることで称号と近衛騎士団長の地位を得た。
帝国にほしい武器だけ買いに行って、様子を見て脱走すればいいという考えのプレイヤーもいるが成功例はきわめて低い。他国から帝国に入ること、これは非常に容易だが逆はきわめて困難である。相当な実力と運が必要となる。自由を求める者は近寄らないのが賢明である。
が近寄りたくないのに帝国に入ってしまうプレイヤーもいる。どこにも所属せずに死んでしまうことだ。死後の転送はまったくのランダムで運悪く帝国の病院に転送されると強制的に入隊を余儀なくされる。断れば帝国の法律上、重犯罪者と認定され収容所、通称「D地区」に送られる。
もっとも犯罪者収容所といっても所詮はゲーム。動ける区画が決められているだけで牢屋に拘束されるというわけではない。軍隊にいるよりは自由に動ける。
ちなみにD地区最大のイベントは「脱出」である。そこに送られたプレイヤーはいくつか用意された国外脱出の方法を探し、実行しようと日々挑戦しているという。
「そうだね。無茶というか、わがままというか……『通行手形』なんて一握りしか持ってないっていうのに」
「その一握りがいっても説得力がないぜ」
「……そうかな?」
頷くレインを見て苦笑する。
「ま、私の場合それなりの必要性があって持ってるんだよ。『放浪の軍師』なんて称号みたく言われるけど理由がある」
「そうなんですか? 軍師ってわりにイマイチ存在感がないもんですから」
気が立っているので皮肉の一つも言いたくなる。オズもわかっているので軽く受け流す。
「かもしれないね。あんまり国にいないから。今回戻ってきたのもたまたまなんだ。ちょっとおもしろいモノを手に入れてね。それを効果的に使いこなすために必要なモノを取りに帰ってきただけなんだよ。すぐ出発するつもりだったんだけどランディが現れたものだから……
っと話がそれたね。ランディもただで通行手形をくれとは言わなかった。デュエルしてもしも負けたら帝国に所属してもいいと」
「――――!」
軽く衝撃を受ける。最強のパーティーはどこの組織にも所属していない。それが帝国に所属するというのは大ニュースだ。
「どうするか議論が繰り広げられたが、私はその条件をのむことを陛下に進言した」
「名があって強い兵士がほしかった?」
レインの予想にオズは首を横に振る。
「確かに強いプレイヤーは魅力です。が軍師としては一個人の強さはそこまで気にしません。この場合において最大の問題はランディの挑戦を受けるリスクよりも受けなかったリスクが非常に高いこと。これにつきる」
予想の範疇にない言葉に怪訝な顔をする。
「もしも彼が我が国の領土に入ってきた場合、彼を捕らえる術がない。いま城にいるすべての兵士を使っても捕縛は困難。多くの兵は死ぬことになるでしょう」
「そんな……おおげさな」
ホラ話にもいいところだと笑おうとするが、眼前の真顔の男をみるとできなかった。
「ランディはそれほど強い。おそらくゲーム側が用意している正規の帝国脱出方法をとらなくても、力押しというのか、国境を正面から突破する実力がある」
悪い冗談にしか聞こえない。頭がクラクラする感じだが脚を踏ん張りどうにか気をしっかり持とうとする。どの国境も高い塀で閉ざされ、多くのプレイヤー、ノンプレイヤーが配備されている。一見しただけで常識ある人間なら正面突破をしようなどとは思わない。
「そんな彼があえて平和的にことを運ぼうとしている。乗っておいたほうが賢明だろう」
同意を求める目で見るが当事者、むしろ被害者である身としては頷けない。
「常勝の帝国ともあろうものがずいぶんと弱気ですね」
「常勝の帝国だからこそ、と言うべきかな、むしろね。たった一人に総崩れとなり国家として恥をさらすよりは、敗れるのは一人だけのほうがずいぶんマシ。その男には責任とられて左遷でもさせとけばいい。十分許容範囲だ」
「ちょっと待てよ! 俺はまったく期待されて無くて、ただ帝国の誇りとやらを護るためだけに左遷させられるのか?」
ことの真意がようやく見え、頭に血が上る。別にレインでなくてもかまわない。ただ運悪く選ばれただけ。納得も我慢もできるはずがない。
「……当然の反応ですね。でも現実でもよく見られる光景だろ? 俗に言うトカゲのシッポ切りだ。下っ端の一人に責任をとらせて上はのうのうとしているって」
レインは目をそらすことなくいけしゃあしゃあと言い放つ。
「そんなことグレーダーのヤツは一言もいわなかったじゃねぇか!」
「当然でしょう。彼は戦闘能力こそ強いですが心は弱いですからね。人に恨まれることに耐えられないんですよ」
「あんたは耐えられそうな言いぐさだな」
オズは苦笑するものの特に深いではないらしい。穏やかに微笑む。
「恨まれること、疎まれること。人の上に立つこと人間は至極当然のことです。グレーダーと違い私は人の上に立つことを目標としているので」
聞き方によっては不遜にも聞こえる。
「いい身分ですね」
「そうかもしれませんね」
皮肉も通じない。面の皮が厚いことも人の上に立つ者に必要だろう。
「でも私も鬼じゃない。だから君と話してる。3つ。君が取ることができる選択肢は3つです」
指を3本立てる。レインは藁をも掴む気持ちでオズに頷く。
「一つ目。これが一番簡単なこと、戦って敗れる。その場合君は最前線行きですが手柄を一つ二つ立てれば希望の配属に戻れるように手配しましょう」
確かに簡単だと思う。
(せいぜい善戦してお偉いさんの印象をよくすることくらいか)
レインにはそれくらいしか思いつかない。オズは指を一本折る。
「二つ目。これは仮にも帝国軍師が言うべきではないが、……逃走すること」
「逃走? 逃げろっていうのか!」
確かに軍師の言う台詞ではない。
「逃げろったって……どこに?」
「手っ取り早いのは……やっぱりD地区ですかね。わざわざ犯罪するまでもない、私が適当に理由つけて送ることもできる。難しいのは国外脱出。でも不可能じゃないかな、……君一人なら」
「却下だ!」
レインは即座に否定する。本末転倒とはこのことだ。
オズはさもありなんとしたり顔で微笑む。
「でしょうね。では最後、3つ目。おそらくこれが一番困難、だろうね。――そう帝国から姫と一緒に駆け落ちすることよりも」
「――! なっ、何で!?」
予想だにしなかった一言に狼狽する。
「隠すことはない、というか姫のあの顔を見せられて隠せるとでも? まぁいったいどうやったのかは興味がありますが」
からかうようにニヤニヤとした目でレインを見る。急に頭に血が上るのを感じる。恋愛はしたかった、でもからかわれたくないというのは本音だ。その気持ちは誰だって同じだろうが逆の立場だと平気でからかえる。
「っで! 3つ目は!」
わざと大きい声で軌道修正をする。
「……ああ、そうでしたね」
オズはやや残念そうな顔をする。レインは何度も首を振り先を促す。
「3つ目。それは勝利すること」
「へっ?」
あまりの唐突な言葉にどう反応していいかとっさに浮かばない。
「以上の3つです。お好きなもを選びなさい」
「ちょ、ちょっと待てぇ! 最後のはなんだ! 簡単にいいやがって!」
「ええ簡単にいいますよ。口でいうことだけは非常に簡単だからね」
他人事ということもある。非常に涼しい顔だ。
「でも確かに難しいけど……可能性は0じゃないだろ、今の君でも」
「……はぁ? 勝つチャンスがあるってのか? あの『ジェネラル』に」
困惑顔のレインをオズは楽しそうに見つめる。
「ゲーム内といえども相手は同じプレイヤー。完璧ってことはないでしょ? 予想外の攻撃に防御を失敗するかもしれない。対戦が長引けば集中力が切れるかもしれない。現実といっしょで一瞬先に何が起きるなんて……わからないでしょ。勝利への執着心が相手よりも強ければ、格上といえども奇跡が起こるかもしれない」
オズの言葉は正論ではあるが理想論にしか聞こえない。根拠があまりにも希薄すぎ、はいそうですかと素直に納得できない。オズはレインの葛藤を読んだかのように続ける。
「幸いにも相手はくせ者揃いの四天王の中でも比較的戦いやすい相手ですしね」
「戦いやすい!? ジェネラルが? 他人事だと思って気楽に言うにもほどがあるぞ!」
バンと机を叩き、顔をレインに寄せる。憤慨のあまり凄い形相になっているがオズは気にしない。机の上のマウスを動かし――ゲームの中でパソコンを使うというのも不思議な話だが――クリックする。モニターをレインにも見やすい角度にし指さす。そこには槍を持った大男がモンスターと戦っている映像が映っている。
「ランディ。称号を2つ所有している最強クラスのプレイヤー」
「2つ?」
「『ジェネラル』というのは有名だけど『四天王【滅】』ってのは、聞いたことがない?」
レインは首を縦に振る。四天王と呼ばれることは知っているがその後に【滅】という単語をつけた言い方は初耳だった。
「そうですか。……帝国では有名ではないのかな? 四天王はその戦い方から一文字付け加えられてるのですよ。四天王と4人一纏めでなく、区別するとき用ってことかな? 簡単に言えば。【空】【爆】【巧】そして【滅】。ランディの場合一撃の破壊力の強さから【滅】の一文字がついた。四天王の中でも攻撃力はピカ一です。基本パラメーターもそうですが武器もいわゆる伝説級。ハンパではないです」
モニターでは硬い鱗を持つリザードマンが通常攻撃の一降りで両断されている。
「だろうな」
レインは肩を落とす。四天王クラスのプレイヤーのタチの悪いところは武器や防具だという人間もいる。ブレイン・フィールドに存在する装備の中でも最上位にランク付けされるモノは一般に伝説級と呼ばれる。手に入れるのは非常に困難だが購入できる装備に比べると性能は段違いだ。強いプレイヤーが持つそれはまさに鬼に金棒だ。
「本題に戻るよ。攻撃力を重視したランディは代償としてスピードとAPが極端に少ない。……どう? 戦い方がみえてきただろ」
「……手数を増やす? 攻めまくる、か」
「ほぼ正解」
質問に答えれたできの悪い生徒を褒めるような笑みを浮かべる。少々むかついたが黙って耐える。得体の知れない男だがその情報量は侮れない。
「ランディの基本的な戦い方は通常攻撃がほとんどです。特殊技能や必殺技はAP値の少なさから使う回数は限られている。」
モニターに映し出されたランディはオズの言うとおり通常攻撃のみでモンスターを倒している。APが少ない以上、最後の切り札として極力使わないようにしている。
「といっても見ての通り攻撃力は並でないので2,3発食らうと終わりでしょう。怪力な近接戦闘のスペシャリストってとこかな」
(でもなんでこんな映像、こいつ持ってるんだ?)
他人のプレイ記録などを手に入れる方法があるなど聞いたことがない。が、だからといって無いとは言い切れない。帝国にないだけで他ではある技術かもしれない。
(なんせ『放浪の軍師』だし)
何となく納得して考えるのを止める。
「死角に回りながらチクチクと攻撃、すぐに逃げてまた死角に回る。俗に言うヒットアンドアウェーってやつだね。ね、戦術としては簡単でしょう?」
「簡単っていうか、なんていうか……」
「理想、というべきかな? それはさておき質問。 君の特殊技能の攻撃に火炎系の属性のモノがある?」
「え、えっと……炎舞陣ってのがある」
話に一貫性があるようでないなと思いつつ正直に答える。
「炎舞陣ってのは……確か自分の周りに火柱のようなモノをたてるアレかな?」
「ああ」
自分を中心とした円状の炎の結界というべき代物。相手が懐に飛び込んできた際の防御方法として非常に有効な技で重宝している。
「……今現在、火炎系の属性でない特殊技能にストックは?」
「いくつかあったけど……メニューオープン。特殊技能セレクト」
思い出すより確認した方が早いと端末に命令する。
(……いつもメニュー開いたときに、なんか大切なこと忘れているようか気になるのはなんでかな?)
軽い違和感を感じるが思い出せない。思い出せないということはとりあえず問題ではないと割り切り、投影されたスクリーンの必要項目を目で追う。
「いくつかあるけど……前使ってた剣専用のしかないなぁ」
「それは……弱りましたね」
失望を露わにする。いかにもレインが悪いように。
「いったいそれがどうした! 何か問題でも!」
オズの物言い、仕草に感情が抑えれず声を荒げる。そうでなくとも不条理な命令、理不尽な状況に苛立っているのだ。オズは気を悪くすることなく理由を述べる。
「アイツはね、……おっと、もといランディは火炎系の属性に対して非常に高い防御力を持ったアクセサリーを装備している。火炎系の攻撃技が手に入りやすいせいかそういうプレイヤー対策らしい。君のAP値でも炎舞陣などダメージを与えるどころか足止めも無理だろうね。逆に君が隙をつくることになる。……その結果はいうまでもないね」
「はいはい、そこを一気にたたき込まれて一巻の終わりってヤツね!」
半ばヤケグソ気味に言う。上級者は敵の見せた一瞬の隙を逃さない。特に一撃の威力が大きければあっさりと致命傷になる。
「ええ、だから炎舞陣は使わないように。それだけでも寿命が伸びるでしょう」
「ホンの少しな!」
憮然とした表情で言うレインを見てオズは深いため息を落とす。マウスを操作しモニターの映像を消し、ほおづえをつき失望のまなざしで見据える。
(……あれ? この感じ、どこかで?)
そうでなくても腹が立ち、わめき散らしたい気持ちでいっぱいなのにオズの目を見てなぜだか罪悪感を感じる。そして妙な既視感を。思わず目をそらす。
「うすうす感じてたんですが……君には足りない気がしますね。現実感というか真剣みというか」
オズの言葉にハッとしオズの目を見る。
(きゃ。キャロル?)
なぜだかわからない。だがオズはキャロルが情熱的にレインを見る瞳に非常ににているように感じた。背筋が寒くなる。
「所詮はゲームだと、思っていないかい? 敗れても死ぬことはないからって戦いを軽くみてないか? ……人の想いに、姫の想いに甘えすぎてないかい?」
「――――!」
深く、鋭く胸に突き刺さる感じがした。
(違う! そんなことはない!)
すかさず叫んで否定しようとしたができなかった。レインは力無く両手を垂らす。
「……そうかも……しれない」
どうしても否定ができなかった。肯定を口にした途端、急にからだが重たくなった気がする。
図星だった。もっというなら怖くて考えようとしなかった本音が白日のもとさらけ出された、そんな感じ。いかに混乱しているのかがよくわかる。考えがまとまらない。
「……なら私にこれ以上のアドバイスはできないね。突き放すように言うが……自分で決めなさい」
人が変わったように冷たく言い放つ。
レインが今もし普通の精神状態なら確実に恐怖を感じただろう。そういう意味では不幸中の幸いだったかもしれない。
――確実にランディよりも恐怖を感じただろう。