エピソード2-2
『ブレインフィールド』というゲームが発表された当初、彼はハッキリ言って期待していなかった。
この手のゲームは話題が先行するものの結局期待はずれになる場合が多いからだ。後々はゲームのみならず防犯対策まで利用しようという計画まで(たとえば悪の概念が乏しいと言われる人間に犯罪者の立場をシミュレートさせる。反抗から闘争、逮捕、裁判を経て投獄生活まで。それによって罪を抑制しようという計画)あるという話だが、当面できることは仮想現実体感RPGのみ。
興味はなかったがそれでも流行りものだからとゲーム誌で紹介されていた第1期から第3期までのテストプレーの記事や遊び方例の一覧を眺めていたときに彼好みで、心トキメクものがあった。
やり方によってはこのゲームでも彼の大好きなジャンル「ギャルゲー」も可能であるという。
それならばと彼は速攻で予約をした。
口では期待していないと言いつつも発売日当日は年甲斐もなく興奮した。オンライン登録の手続きさえももどかしかった。
女の子受けしそうな美形を作成しいざゲーム開始。その視界に入った世界に圧倒された。
あまりにもリアリティーのある世界は目的を忘れさせるほどの衝撃だった。脳波感応システムと呼ばれるシステムが組み込まれたヘルメットをかぶり、目を閉じただけで異世界にでも迷い込んだかと勘違いしそうになる。そこをしばし満喫した後、当初の目的にかかった。
「……レイン」
目的の場所に行こうと通い慣れた廊下を歩いていた。十字になっている場所をまっすぐ進めば目的地と急ぎ足で中央に差し掛かったときに左手のほうから声をかけられた。優しい弦楽器の調べのような声はまさに今一番逢いたい人の声であった。
「キャロル姫」
立ち止まり膝をつく。薄いベージュのドレスをまとった小柄な美少女。柔らかそうなブロンドの髪は色艶やかで王冠など無くとも高貴さをかもし出し、白魚のような指には指輪などはかえって野暮に見える。
掛け値なしの王女、レインはそう思っている。
自分が護衛する相手であり、求めていた憧れの君。
「どうされました? なにやらおつらそうに見えますが?」
そんな彼女が顔を曇らせている。一大事と思い言葉を紡ぐ。
ゲームの世界とは思えないほどノンプレイヤーは表情や仕草が豊富である。顔を見ただけで言葉が無くとも理解できるこもあれば、注意深く観察しなければ見落とすこともある――現実世界と同じように。
「聞き……ました。……明日闘われるそうですね」
彼女は美形であるがノンプレイヤーである。人間タイプのノンプレイヤーの中でも主要なキャラは個別に専用の人工知能が備わっている。先ほどの皇帝もそうだが喋る言葉は非常に豊富で既存の恋愛シミュレーションなど比較にならない。
「ええ、いま辞令を受けました。明日正午、闘技場で『デュエル』を命じられました」
「…………ださい」
「……はっ?」
声が小さく聞き取れなかった。彼女はおとなしそうな印象だが不思議と声はよく通り、聞き逃すのは稀だというのに。
「お願いです。……止めてください」
潤んだ目で見つめられる。
(まいったな)
胸が詰まる思いがする。そうでなくとも最近彼女と話していると原因は不明なのだが妙に罪悪感を感じて困っているといういうのに。
「ど、どうしたんですか、いきなり」
ハッキリ言ってレインは彼女に本気で惚れている。
初めて姿を見たときに惹かれ、彼女に仕えるようになって話をしてまた惚れた。
初めはいつものギャルゲーの感覚で単に「落とそう」と軽い気持ちだった。
だというのにこんな気持ちになるとは思いもよらなかった。ゲームではもちろん現実でもここまで人を好きになったことはない。
彼女のためなら何でもしてやりたい。不覚にもそう思っていた。
「お願いで……うぅ」
そんな彼女が最後は消え入りそうな声で言い終わる前に顔を伏せる。よく見ると肩が小さく震えている。
「お、姫。……いったいどうなされたんです?」
キツイなぁとうつむいた彼女を見て途方に暮れる。
キャロルに泣かれたのはこれが初めてだった。狼狽しつつ思案する。
(こういうとき、他のゲームじゃぁどうするんだっけな? ……くそ! 自分の言葉ですべて表現できるシステムはおもしろいけど、選択肢が出ないときはこういうときに困る。……ああ! そんなことグチってる場合じゃないか。なんとか、なんとかしなきゃ……)
「泣いてる女性に優しい言葉の一つもかけられないのでは騎士失格だぞ。レイン=アンハート」
うろたえているレインの後ろからからかうような声が聞こえる。反射的に振り向きその人物に目を丸くする。
「お、オズ……軍師。こ、これは……」
皇帝について立ち去った男がなぜここにいるのか? またこの場をどう取りつくろうか? 頭を抱えて絶叫したい衝動にかられる。
「姫は知っておられるのですよ。明日の君の対戦相手を。そして負けたときの君の処遇を」
「どういう……ことだ?」
オズの言葉はパニックに陥りかけたレインを多少なりとも落ち着かせた。言った後で上官に対しての口の利き方ではないと思ったがオズは気にした様子はない。
「教えてもあげるよ、そのために来たんだから。どうせグレーダーは言わないと思ったしね。……でもいま君は最優先事項があるだろう?」
レインはキャロルを慌てて見る。彼女は今もなお泣いている。聞きたいという好奇心はあっさりと吹き飛ぶ。
「キャロル……姫。とりあえずお部屋に戻りましょう」
肩を抱くような形で動かそうとする。レインはこんなときだがゲームということを一瞬忘れる。触れた手から感じる身体の柔らかさ、暖かさ、強いて言えば香りまで感じることができるのだから。
「……ハイ」
レインはゆっくりと歩き出す。オズの横を通ろうとしたとき、
「質問があれば部屋まで来てください。これから少し用事がありますが6時には部屋に戻ります」
「……感謝します」
にこやかの表所を崩さないオズに言えた精一杯のことだった。
「落ち着かれましたか?」
部屋についた後もしばらくはソファーに座ったまま泣いていた。
泣きやむまでの間レインは正直生きた心地がしなかった。今までの人生で行った善行すべて足しても今日彼女を泣かしたという悪行は消せないのではないかと。地獄に落ちてもしかたないと思った。
「……すみません。……あなたのせいではないのに……」
たとえそうであってもなぜだか救いにならない気がした。
「かまいません。姫のなさることなら迷惑だとは思いません。むしろ光栄です」
「まぁ……」
キャロルの嬉しそうな顔を見、この言葉は成功だったと満足する。同じソファーに座るように手招きしつつ、
「……レイン。約束は? 二人きりのときは……」
「そうだったねキャロル。二人きりのときは姫と騎士ではなく恋人同士だったね」
にっこりと微笑む。言葉は演技だが笑顔は演技でない。心からの微笑みだった。
一月前決めた約束。帝国軍に入隊し近衛兵となり、彼女付の護衛になり幾度かの任務をともにして姫に好意を告げられたあの日に。
「で、教えてもらえるかい? 知っていることを」
「……はい。……実は」
キャロルはレインを見つめる。が反射的に目をそらしてしまった。
(そんなつもりはないのに……なぜだ)
ひどく胸が痛んだ。レインの葛藤に気がついていないキャロルは手を取る。
「レイン……もしもあなたが負けたら……左遷されると聞きました」
一瞬意味が理解できず何度も言葉を頭の中で再生する。
「左遷……だって?」
確かに常勝をよしとする帝国では敗北者にはペナルティーが課せられることもある。だがそれは『バトル』のことであって『デュエル』でされたという話は今まで聞いたことがない。
「わたくしは……あなたと離れたくありません!」
耐えきれない、とレインの胸に飛び込む。左遷がどの程度のものかは不明だがキャロルと離れることは確定だろう。
「……もちろん、俺も……同じだ」
なぜか口ごもる。気持ちにウソはない、が逆の気持ちも心に生じた。
否定するように頭を振り、
「でも大丈夫だよ。まだ負けると決まったわけじゃない。勝てばいいいんだし」
そう勝てばいい。それならばなんの問題もない。
「身分違いの恋」というシチュエーションを実現させるためには高貴な身分と話せる立場が必要だといくつかの方法の中から近衛兵になることを選択した。手っ取り早いかと思ったがそれでも簡単なことではなかった。近衛兵はいってみれば帝国のエリート部隊。何より強さが求められた。
まず所属した陸戦兵団で訓練を受けつつ強さをアピール。与えられた任務は確実な成果を上げるということを繰り返してきた。言葉でいうと簡単に聞こえるが実際はかなり苦労した。ある意味前例がないことをしているのでこれといった攻略手段が確立しているのではない。
暗中模索の毎日は自分の行動が正解かどうか不安でたまらなかった。あきらめかけたこともあったがギャルゲー内の女の子を落とすためのパラメーター上げやミニゲームだと思いコツコツとこなしていった。
体を動かした戦闘ということになかなか慣れなかったので頭も使い戦術を練った。
槍という武器も思考の末だ。プレイヤーの多くは武器が剣である場合が多い。一概に剣といっても種類は豊富でが日本刀だったり西洋刀のようなソード系、両手で持つ大剣のブレード系、レイピアやサーベルといったものまで。値段もピンからキリまであり選択の幅は大きい。また既存のゲームやアニメなどの主人公の武器が剣が多いということも理由の一つかもしれない。
レインも当初は剣を使っていたが今では槍である。子供のころ呼んだマンガに「剣で槍に立ち向かうのには3倍の技量がいる」という台詞を思い出したからだ。「なら槍を使えば剣相手には3倍強くなる」と考えるほど単純ではなかったがまったくのデタラメとも思わなかったのだ。多少なりとも有利になるのであればという軽い気持ちから武器を変えたのだが予想以上にハマッた。
槍の扱いが慣れたころには訓練の一環で行われていた『デュエル』での勝利回数が増えた。気をよくし槍での戦い方を研究した結果今の地位まで上り詰めれた。
「俺はこれでも結構強いよ。そう簡単には負けないよ」
同じ槍使いにその法則は役に立たないだろうが、それなりに自信もあった。
「……わたくしもそう思っていました」
信じて応援してくれる――その予想はあっさりと外れた。キャロルは胸から顔を上げ絶望的な表情を見せる。
「信じたいんです、わたくしも……。でも、でも相手が悪すぎるのです!」
「……いったい、誰だっていうんだ?」
キャロルがきっぱりと言い切るので急に不安になる。ノドを鳴らし、おそるおそる聞く。
「ランディ……『ジェネラル』の称号を持つ戦士だそうです」
よくノンプレイヤーは対戦相手やモンスターを誇大して言う。キャロルは特に大袈裟に言うところがある。今回もそうだと、そうであってほしいと思っていた。
が、期待はあえなく裏切られた。ノドがカラカラになるのを感じる。
「あの……『ジェネラル』ですか?」
キャロルはゆっくりと頷く。最悪の展開にめまいを起こしそうになる。
「最強『サン・オブ・バトルマスター』に従う四天王が内の一人。一説には単に攻撃力のみなら彼をも上回るといいます」
サン・オブ・バトルマスターほどではないがランディにも多くの伝説がある。尾ひれを差し引いたとしても……。
(俺がどう逆立ちしたって勝てるわけねぇじゃんかよ!)
言葉を無くし、呆然としているレイン。
「わたくしが父上にお願いします! レインが戦わなくても済むように」
「――――!!」
とんでもない一言にレインは目をむき、即座に止める。
「ダメだ! それはダメだ」
同意が得られると思っていただけにキャロルは驚く。
「なぜ? 他に方法は……」
「皇帝陛下が一読出した命令に逆らうことは……許されない。逆らえば反逆罪となる。娘だからといって例外ではない、だろ」
レインがいる帝国、ここは『ブレイン・フィールド』の中でも特殊な場所。帝国に所属すると武器や防具が支給され給料も出る。またHPとOFのパラメーターに+5のボーナスもつく。プレイする上では非常に有利な特権ゆえに極端に自由度が減る。その最たるものが今の状況。皇帝の命令に絶対服従しなければならない。逆らえば特権を剥奪されたうえ犯罪者収容所、通称D地区に送られる。
「わたくしならどうなってもかまいません!」
「――――!!」
ウソのない透き通った瞳が胸に突き刺さる感覚を与える。キャロルは本気でそう思っている、自分のために。ひどく――ひどく痛みをともなう。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
その痛みに耐えきれなくなりキャロル唐逃げるように立ち上がる。
「お。オズ軍師に聞いてくる。だ、だから……早まるな! いいね」
念を押し部屋から飛び出した。




