エピソード2-1
エピソード 2 真摯なる瞳に見つめられて平気ですか?
レイン=アンハート(♂)
HP:96 AP:28 OF:31 DF:24 SP:21
(HP=体力、AP=特殊技ポイント、OF=攻撃力、DF=防御力、SP=スピード)
特殊技登録 :炎舞陣、ウェーブ、疾風撃
必殺技登録 :猛虎散弾突
武器 :パワーランス(OF:+13、SP:-2)
防具 :帝国騎士正式鎧(DF:+15、SP:-3)
アクセサリー :力の腕輪(OF:+3)、キャロルのペンダント(効果なし)
*注{帝国登録しているのでHP・OFともに+5}
希望シチュエーション :身分違いの恋
ワックスがやけに塗っているせいでキュッキュと鳴り響くタイル製の廊下を一人の男が歩いていた。
蛍光灯でよく反射する金属製の鎧は白く輝く。胸部のみならず腕、脚まで覆った鎧は重く見えるが帝国騎士のみ装備することを許されるもので硬度と軽さを兼ね備えている。槍を背に歩いている男は甘いマスクで一見すると頼りなさげに見える。
やや歩いた後、目的の場所につく。
が重く鉄製の扉が閉ざしている。男は左右を見渡す。扉の横にあった液晶パネル部分が大きいインターホンを見つけ、規定通り左手でタッチパネルに触れ、
「レイン・アンハートです」
「はい確認しました」
電子音がピット鳴った後、女性の声が聞こえる。手を置くだけで登録している人間を確認するシステム。防犯の意味もありミスト帝国の居城でも重要な場所に施されている。 鉄製の扉が横に自動的に開く。
(いつみてもアンバランスだよなぁ)
この居城は外見こそよくRPGゲームなどでみられる中世風の城であるのに内部では機械やらコンピューター、照明も蛍光灯といったものが使われている。
しかし本人はそう思いつつもアンバランスさを楽しんでいる。
――ビィィィィ
扉を通ろうとした瞬間ブザーが鳴る。反射的にバックし、何事かと辺りを見渡す。するとすかさず中から先ほどのインターホンの声の主、秘書ふうの女性が現れる。
「執務室に入られるときは武器を外してください」
「おっと失礼」
レインは規定を思い出す。執務室は上級騎士以上でないとなかなか訪れる機会が少なく、彼のようにようやく騎士になったプレイヤーには縁がない場所なのだ。
「パワースピアをアイテム欄に移行」
言葉が終わると背中が急に軽くなる。首を回してみるとすでに消えている。このゲームでは装備も言葉一つで瞬時に行えるのだ。
再び中に入る。当然のことながらブザーは鳴らない。
「執務室まっすぐ進んだ突き当たりです。そこで衛兵に話しかけてください」
「了解」
途中、左右の壁に扉を見つけるが勝手にあけて入ると言うことはせず、言われたとおり進む。先ほどの扉よりも大きな分厚そうな扉が見え、厳つい顔をした衛兵が2人立っていた。
(厳重なこって)
胸中つぶやく。この最深部でここまでの警備はいらないだろうと思うが威厳や風格を示すためにはいるのだろうかと納得はしている。
「お疲れ様です」
こんな何もないところを警備しているのは自分と同じプレイヤーではなくシステム側がつくったノンプレイヤーだろうと見当をつけるが、一応軽く敬礼をする。
「レイン殿ですね。伺っております。少々お待ちを」
「はっ」
2重扉となっている鉄製の自動ドアが一枚ずつ音を立てて開いていく。ゆっくりと開く待ち時間に何となく思う。
(なーんか悪いことして職員室に呼び出されてるみたいだ)
居心地の悪い緊張感をまさかゲームでまで味わうとは予想もしていなかった。
「中へどうぞ」
完全に開ききって衛兵がレインに促す。
気は進まないが仕方ないと覚悟を決める。背筋を伸ばし大きく息を吸う。
「ミスト帝国近衛騎士団、キャロル第2王女付、レイン=アンハート。ただいま出頭いたしました!」
噛まずに言えたと胸をなで下ろす。自分の所属を言うのは堅苦しくて苦手なのだ。
ちなみに帝国軍は大きく分けて3つの所属がある。陸戦兵団・魔法兵団・機械兵団。帝国に所属するものは得意とする戦闘方法によって各兵団に振り分けられる。レインもプレイ開始当初は陸戦兵団に所属していた。陸戦兵団長指示のもと訓練や任務をこなしていた。他国との戦争にもかり出されたこともある。そのときはさらに上官の将軍が3つの兵団を混成編成して指揮した。
そんな中でも近衛騎士団は特殊な位置づけである。帝国首都防衛、要人の護衛などが専らの任務。故にあらゆる敵にも対応できるように各部隊から強い人間を選出し編成する。レインも最近近衛兵になったばかりだ、本人の目的通り。
「うむ」
会議室らしく円状の大きな机に十席程度のイス。各席には小さなモニターが設置してある。正面の上座側の壁には一面を使った巨大スクリーンかあり、帝国の現在の戦域図が表示されている。執務室というよりは作戦司令室という表現が近い。
部屋にはレインを含めて4人しかいない。上座に初老の男が座り、両脇に若い男が立っている。レインから見て右に立っている長い金髪の美形は今の直属の上官、つまり近衛騎士団団長の任にある男。鎧自体は色も含めてレインと同じものだが真っ赤な上質のマントを身にまとっている。それがいかにも様になっており上級騎士としての威厳があふれ出ている感じさえする。
名をグレーダー。『ライトニング』の称号を持つ彼は帝国でも一,二を争う強者である。
「緊張することはないよ、楽にしなさい」
「はっ!」
そう言ったのはもう一人の黒髪の男。彼が誰か気がつき、内心で驚くが表情にださないように注意する。
(帰ってたんだ)
中肉中背だが筋肉質の男は隣の優男ふうのグレーダーよりも戦闘では頼りがいのある印象を与える。
今はなぜか同じく帝国製の鎧を着ているからなおさらだ。
だが彼が強いかどうかは誰も知らない。普段は魔法兵団の将官用の赤い軍服を着ているのにどこにも所属していない。帝国に加入してから日が浅いという話だが、現れてすぐに「軍師」の地位に抜擢されたので実際に彼が闘う姿を見ていない。
軍師として有能かと言えばそれもわからない。
彼には称号はないが異名はある。「放浪の軍師」――帝国に所属する人間にしては稀である『通行手形』を持っており、国にいるより世界中を飛び回っている。もっとも何をしているのかはレインのような立場の人間には不明だが。
それでも今では古参であるグレーダーよりも上級の地位、将軍になっている。レインは何とも思っていないが『放浪の軍師』オズをいぶかしがるものは多い。
「今日君に来てもらったのはひとつ頼みたい任務があってね」
何あたり前のことをと胸中つぶやく。任務以外で自分がここに呼び出されるはずはない。
「いいオズ、ワシが話す」
「はっ!」
低く重みのある声がオズを止める。中央に座している初老の男、彼こそがミスト帝国皇帝にあたる。あごひげを生やしている顔にこそ老いを感じるがかつては屈強な戦士だったと思わせる眼光は威厳に満ちている。間違なくゲーム会社が作ったノンプレイヤーだとは思いつつも畏怖を感じる。
一概にいえないのだが技術力で、より人に近い行動をするノンプレイヤーと実際のプレイヤーの見分けは顔だと言われる。自分で好きに選べるのならば自ら好んで変な顔や老人にする人間は少ない。美形、かわいい系、渋い系などから人並以上の容姿を選ぶ人間が圧倒的だ。
ちなみのこの部屋の三人の男はそろって美形だ。
「決闘、正確には違うのだが……戦いを申し込まれた。もちろん断ることは帝国の威信にかかわる」
皇帝は机の上で拳をきつく握る。その後の展開が読めたレインは面倒くさいことになりそうだと気分が落ち込みそうになるが努めて表情にはださない。
「故に挑戦は受ける。そこで汝にその役を任命しようと思う」
「それは『バトル』でありますか? それとも『デュエル』でしょうか?」
「『デュエル』だ」
皇帝でなくグレーダーの返答だったがとりあえず胸をなで下ろす。負けることは考えたくないがもしものときは助かるからだ。
二つの違いを簡単に言うと『バトル』は死ぬ場合があるが『デュエル』は死ぬことはない。
基本的に一般の戦いは『バトル』と呼ばれ、いつどこでどんな戦いになるのかわからない。敵はモンスターかもしれなければ同じプレイヤーの場合もある。場所も森の中や、街道といったフィールドや、ダンジョン、はたまた街の中でさえありうる。
そんな千差万別な『バトル』に対し『デュエル』は特定の街や城にある闘技場のみで行われ相手はプレイヤーオンリー。いわばプレイヤー同士の模擬格闘戦というべき代物。
レインは帝国登録しているので『バトル』で死んだところで帝国の病院に転送されるだけで大して状況は変わらない。死んだ場合のペナルティーとして所持金の半額、アイテムをランダムで失うというものもあるが、所持金は半額になったところで痛くないくらいしか所持しておらず、高価なアイテムといえば武器や防具だが近衛兵クラスになるといくらでも軍から無料で支給されるのでどうでもいい。
ただ嫌なことがある。端末から見れるステイタス欄の下段に記された死亡回数。今までせっかく〇だったのに1となるのは悔しいものがある。つまらないこだわりかもしれないが、こういうのは〇に越したことはない。
「他の人物を出すことも検討されたんだけどね……」
オズがちらっと横を見る。その視線に気がつきグレーダーは咳払いをする。大げさに肩をすくめ話を続ける。
「結局相手と武器を合わすってことになってね、っで君になったというわけだ」
「武器……ですか?」
「そう、相手も君と同じく槍の使い手。我が国の槍使いで、いま城にいる槍使いは君だけだ」
槍という武器は人気がないのか使い手があまりいない。数少ない兵士は近々行われる予定の紛争のため共和国との国境沿いに配備されている。
「もっとも他にいたところで君以上の槍の使い手はいまい」
オズの言葉に気をよくする。たとえ社交辞令であってもほめられるのは気分がいい。
「やってくれるな」
「はっ。非才の身でありますが全力を尽くしあたります!」
皇帝の言葉にすかさず敬礼し模範解答をする。ミスト帝国では皇帝の言葉は絶対である。逆らうことは許されない逆らえば軽くて降格、最悪の場合重犯罪者として扱われる。上の命令は素直に聞く、帝国の常識だ。ゲームであるという甘えた考えは通用しない。ここは現実以上に厳しい国なのだ。
「うむ、詳しいことはグレーダーから聞くがよい」
そこまで言うと皇帝は立ち上がり奥にある上階級用の扉に向かう。オズはレインに何か言いかけようとするが止め、皇帝の後を追う。
(何だ?)
不思議に思うがわざわざ呼び止めるわけにもいかない。皇帝の指示をまずこなさなければならない。
残ったグレーダーを見る。オズに好感を持っていないのだろう、彼の後ろ姿を睨んでいるが、レインの存在を思い出し咳払いの後、話し出す。
「さて決闘の日にちだが……急で悪いが明日ということになっている」
「……ホント、急ですね」
くだけた口調でいう。皇帝さえいなくなればそれほど言葉遣いに気をつけなくてもすむ。地位は自分より上だが相手も同じプレイヤーなので目くじらたてて注意はされない。
「ああ。で対戦方法はデュエル無制限一本勝負。どちらかのHPが無くなるまで。武器は槍指定だが。防具・アクセサリー・特殊技能等は自由だ」
グレーダーはレインの口調には気にしないが自分の口調は完全に上官が部下に言うものだった。少々窮屈に感じたが長くこの地位にいることと本人がこういうシチュエーションを望んだのだろうとレインは自身を納得させ我慢する。以前にいた陸戦兵団の団長はくだけた人でつきあいやすかっただけによけいにそう思う。
「わかりました。俺は、いや自分はいつも通りのデュエルのつもりでかまいませんね」
「ああ、結局のところな。それで時間なんだが明日の正午だ。場内にある闘技場の西ゲートにいくように。当日は陛下も観戦なさる。以上だ」
「俗に言う御前試合ですか……」
予想以上に面倒くさいことになったため息をつく。が覚悟を決めざるを得ない。
「そういうことだ。質問は?」
「いえ、ありません」
「よし、では明日に備えてくれ。……そうそう明日まで王女の護衛は免除しよう」
その一言にレインは目に見えて狼狽する。
「い、いえ。かまいません! ……そ、そうそう、いつも通りのほうが落ち着きますんで」
ウソではない。が不自然に慌てる。グレーダーは不審に思うが詮索はしない。
「ま、どちらでもいい。好きにしろ」
「あ、はい! では、失礼します!」
レインは部屋から逃げるように立ち去った。