エピソード1-4
目的地に到着するまでモンスターは現れることもなく、またゴーレムも追ってくることもなかった。誰も喋らずの黙々と進む空気は非常に重苦しいものだった。
(オズはどうなっただろ?)
エリックは一人でゴーレムを倒したオズがこっちへ向かってきているのではと祈るように思っている。可能性が低いという事実を頭の隅に追いやっても楽観的になることはできない。
(たかがゲームなのに……ちがうか)
ここまでリアルなゲームだからこそ仲間を失ったときは苦しいのだと。単に感情移入と言われるかもしれない、だからといって今の気持ちはニセモノではないとエリックは考える。
オズが生きていてほしい――楽観的にはなれないが現実で彼がいつもするように、都合のいい希望ばかり考えてしまっている。
(そうか戦うってことは……)
「見えた」
ソーマがぼそっと言う。頂上の開けたところにそれらしいものがあった。四方をトーテムポールのような石柱が立っておりその中央にはこの世界でよく祭壇として見られるタイプの石室があった。ただ思っていたものよりは大きな造りで一辺3メートルの立方体は圧巻であった。単純な期待感だが祭壇が大きい方がお宝が期待できるからだ
「入り口はどこかな?」
「こっちが裏手か? まぁ一回りすれば見つかるだろう」
エリックの言葉にダイチが応じる。言葉通り一回りしようとしたダイチに戦闘のソーマは端末を見つつ手を伸ばし止める。
「誰かいるのか?」
エリックはビクッと身体が震える。先客がいるということは……。
「あらぁ~? 人が来るなんてぇ~」
高く柔らかい女性――それもひどく間延びした声が聞こえる。
「クソッ! 先客かよ!」
ダイチはやり場のない怒りに強く握った右手で左手を叩く。暗黙のルールとしてトレジャーハントは早い者勝ち。奪うこともできるがマナー違反だ。
「ハーイ、ど~も」
石室の陰から若くかわいらしい女の子が出てくる。柔和そうな顔と裏腹に彼女の装備は少々物々しい。モーターや回線がついている機械製の鎧。頭にはゴーグルが付属したヘッドギア。肩や腰、腕に備えつけられたショットガンとハンドガンと呼ばれる銃器。
「貴方達はぁ、そっちからきたのでしたら~、ゴーレム行きませんでしたぁ? けっこう強かったのに、よく倒せましたねぇ~」
悪気なく言う。がその口調は何とも小バカにされた印象を受ける。ただでさえ仲間を亡くしたこととお目当ての宝が手に入らなかったことで苛立ちが頂点に達しているというのに。ダイチにいたってはすごい剣幕で睨みつけている。
「さっきの銃声は君?」
エリックは他の二人が怒りに満ちているので仕方なく会話をする。彼は冷静なのではなく落ち込んでいるのだ。殺気むき出しに睨まれているというのに少女は特に気にした様子はない。
「そうよぉ~。1匹は倒したんだけどねぇ~もう一匹は逃げちゃったのよぉ。まさかここの番人が逃げるなんて思いもしなかったぁ。ゴメンねぇ」
「謝りゃいいってもんじゃねぇだろうが!」
「ちょっと待てダイチ!」
深く意味を考え無かったダイチは反射的に叫ぶがソーマは止める。冷静になるように深呼吸して一歩少女に近づく。
「質問いいかな?」
「いいですよぉ~」
ニコニコと緊張感無く応じる少女にどう切り出すのがいいかわからず肩をすくめるが、結局いつものようにすることにした。
「1匹は倒したと言ったな。ってことはここには2匹のゴーレムがいたってことだな」
「ええ~、そ~です~」
「君以外のメンバーは? 向こうにいるの? それとも……その、死んだのかい?」
聞きにくそうに、気をつかって訊ねる。ダイチとエリックはオズのことを思い出し顔をしかめたが、少女は相も変わらずニコニコしている。
「いいえぇ、ここには私一人で来ちゃいましたのでぇ~」
「はぁ? 嘘だろぉ」
ダイチは叫ぶ。彼らがこのイベントを始めたときは確かに一番乗りだった。途中で抜かれたわけでもない。それなのに彼らより先にここにきていると言うことはもう一方のルートを選択したことになるのだが……。
「じゃぁ何か? お前は単独で険しいコースを進みここにいたゴーレムを一匹倒したというのか?」
タチの悪い冗談を聞いたと頭を押さえる。が少女は指を一本立てて、
「ピンポーン! ほぼ正解でぇ~す」
「ふざけんなぁ!」
ダイチの怒声に一番ビックリしたのは仲間のエリック。少女は涼しい顔だ。
「ふざけてなんかないですよぉ」
その間延びした口調が癇に障るのか極限までに苛立ったダイチをみてエリックがハタでハラハラする。ソーマも何か思うところがあるのかダイチを止めず黙って少女を観察する。
「じゃぁゴーレム1匹を4人がかりで倒せなかった俺らはよっぽど弱いみてぇじゃねぇか」
「4人……ああそういうことですかぁ」
少女はようやくすべてを悟る。
「そーですねぇ、確かにあのタイプのゴーレムは強い部類に入りますかねぇ。倒せれば結構知名度を上げれますかねぇ~。まぁ~だからあえて追いかけなかったのですけどぉ」
「どうして?」
「えっ、だって無名でも強い人いるじゃないですかぁ~。その人が知名度を上げるために使ってもらえれば~と」
エリックはなぜ自分の知名度を上げるために倒さなかったのかと思ったが、1人で1匹倒した人間には必要がなかったのかと勝手に思う。ダイチは何か言いたげだが歯ぎしりをして我慢する。
ソーマは話を戻す。
「君がここにきたのは呪文を手に入れるためだよな?」
「呪文? ああ、巻物のことぉ? 私はぁここに『天空の回廊』の入り口がないかと探しにきただけだよぉ。そっかぁー、ここはアイテムしかないんだぁ。探して損しちゃったぁ」
『天空の回廊』とは、と聞き返すより早く少女は石室を指さし、
「巻物だったらぁ、あそこにあったわよぉ」
突然の言葉に目を丸くする。
「俺らに譲ってくれるのか?」
「サンちゃんやテンちゃんいっしょなら別ですけどぉ、私一人じゃぁ呪文は唱えられませんしぃ、……予備の弾薬に銃でいっぱいでアイテム欄に空きがないんですよぉ~。だからぁ、あげます」
「一体お前何考えてんだ! 俺らが仲間失ったことへの同情だと言うなら殺すぞ!」
なんだかんだで情に厚かったダイチは理解できないことばかり言う少女と完全に馬が合わない。
「うーんとですねぇ~、……同情がないかと言われたらぁウソになりますねぇ」
「――んだとぉ!」
今にも飛びかからん形相のダイチに平気な顔で油を注ぐ。
「サンちゃんがぁ前に言ってたんだけどぉ、闘うということはぁ、それも相手を倒すこと前提で闘うのであればぁ、逆に自分や仲間が倒される可能性があることもぉ忘れてはいけませんよぉ。相手がノンプレイヤーのモンスターでもぉ、僕らと一緒で死にたくないんだからぁ~……って」
その言葉にエリックは背中が寒くなった。自分が考えたことと同じだったからだ。闘いは自分たちだけでなく相手にも言い分があると言うことを。
「それにぃ、死に別れてあえないのがイヤだっていうならぁ~、どこかの国に登録しておけばいいだけのことでしょう~。そうしなかったのはぁ、きっと貴方達が望んだ自由でぇ~、仲間が死んだのはぁ自由に生きるほどぉ力がなかっただけ。ぜーんぶ貴方達の責任。それがぁ自由の代償ですぅ」
エリックはうつむき奥歯をかみしめる。彼女の言い分は知っていた。ただ理解していなかった、それだけのこと。安易に自由を選んだ結果が今のこれだ。
「でもお前がゴーレム2匹とも倒して入れば……」
「やめろ、ダイチ!」
「……わかってる! わかってるけど!」
正しい言い分は少女。自分は身勝手なことを言っているだけ。
「もし彼女がいなければ俺たちは2匹のゴーレムと闘わなければならなかった。そのときは確実に全滅してただろう。」
現実と同じく「もし」はない。がその可能性は十分にあった。
「ねぇダイチ、まだオズと二度と会えないって決まったわけじゃ……だからさ……」
エリックはなぐさめようとするがいい言葉が出てこない。ただ思いは伝わった。ダイチは目を伏せ、力無く肩を落とす。
「……わかってる」
「わたしと闘うことでぇ気が済むというのなら相手してあげますよぉ。でもぉその場合は全滅の覚悟をしてくださいねぇ」
不遜――つまらなそうに言った少女の言葉はまさにその一言につきる。ダイチがとうとうキレるのではとエリックは心配したが逆に唖然としていた。
「き、君は何を……」
「わたしはサンちゃんと違ってぇ手加減できませんからぁ~」
頬に指を当てて首を曲げる。このかわいらしい少女はエリックたちが倒せなかったゴーレムを倒したという。その言葉が本当なら弱くはない。だが言うほど強くも見えない。
「君は……いったい……?」
このゲームは男女に力の差はない。だからといって少女にここまで言われるのは男として悔しい。
「そーいえばぁ、自己紹介、まだでしたねぇ。私はモエって言いますぅ。称号はぁ……」
――ブゥ!
3人が一斉に吹き出す。上から下までの装備を再確認した後そろって叫ぶ。
「重戦車!?」
「ぴんぽーん!」
モエという少女の微笑みは破壊力を秘めているようだ。ソーマは絶望した表情で天を仰ぎ、ダイチは仲間に向かって責める。
「誰か気がつけよ! 見りゃわかるだろ! バカ高い機械鎧や銃を全身に装備してる女が他にいるかぁ」
「そういうダイチだって……だいたいそっち系の話はダイチが詳しいんだろ?」
突然の展開にエリックも焦るが言い分は間違ってない。数種類の重火器を使いこなし敵を吹き飛ばす様からついた称号が『重戦車』。そして彼女は四天王の一人である。
「バカ言うなエリック、ああいう話は聞くもの、話すものでモノホンにあえるとは思わないだろうが!」
そこまで言ってふと思い当たることがあり、
「じゃぁサンちゃんって言うのはもしかして……あの、『サン・オブ・バトルマスター』のことか?」
「ええ、長いからぁ私はサンちゃんって、いっつも呼んでるのぉ。でぇ、テンちゃんってのがぁ『エンジェル』から天使になってぇ、っでテンちゃんなのぉ~、かわいいでしょう」
有名人の名前が続々と出てきてエリックは立ちくらみを起こしそうになる。噂通りの彼女なら単独で険しいルートを進むこともゴーレムを倒すことも容易だろう。そしてこの場でエリックたちを全滅させることも。
「……本物、だよね?」
エリックはおそるおそる聞く。名を語ったニセモノという可能性もなくはない。パラメーターは人に見せることはできない(登録名前の照合は街ならできる)
こういったことは言われ慣れているのかモエは焦ったふうも困ったふうも無く、ただ腕の銃を見せて、
「確かめてみますかぁ? 命をぉ賭けてぇ~」
口調からは相変わらず強そうな印象を受けない。がよほどの自信がなければ3対1で闘おういう気は起きない。
「やめとく。これ以上犠牲を出したくないんでね」
エリックの肩を叩きソーマが代わりに言う。
「あと礼を、宝、譲ってくれてありがとう」
エリックとダイチもソーマにならい慌てて頭を下げる。
「いーえ、ど~いたしましてぇ」
表情がいっそうゆるむ。今までは一応警戒していたのだろう、彼女なり。
「話がすんだようなのでぇ、わたしは行きますねぇ~」
と踵を返す。それにみんな苦笑する。迷わず険しいコースに向かう。それこそ自分が『重戦車』だという証拠だといわんがばかりに。
「お互い、お友達にぃ~再会できるとぉいいですねぇ~」
不意に彼女は振り返り手を振りながら言う。エリックは「お互い」の意味がわからず問い返そうとしたがすでに彼女はスキップするように走って行った。
「とりあえずお宝もらって帰るか」
「だな」
ソーマとダイチは気にした様子はなく、すでにこれからのことを考え始めている。前向きだなぁと思うが自分もそれに倣うことにする。モエにはモエでイロイロあるのだ。自分たちと同じように。
「戻ってオズを待つんだね」
「ったりめぇだろ!」
ダイチが乱暴にエリックの頭を触る。それが妙に心地よかった。
「じゃぁ行くぞ」
ソーマの指示に従い彼らはじゃれるのを止め進み始める。
(うん、ゲームはこれからだ!)
エピソード1はここで終了です。
キャラと舞台が変わってエピソード2をはじめます。