エピソード1-3
「ダイチ、ちょいストップ!」
しばらくしたところでソーマが制止をかける。並んで走っていたオズはそれだけで察したのか剣を抜き下段に構える。ちなみに今、先頭はダイチとオズが並列で走っていた。1メートル後にソーマがさらに遅れ気味のエリックを確認しながら追いかけていた。
走るスピードはステータスのSPのパラメーターに準じる。三人が早いのではなくSPが最低値のままのエリックが著しく遅いのだ。
「敵か?」
「ああ」
端末を見ながらソーマは答える。困った表情のソーマに対しダイチはどこか嬉しそうに両の拳を胸の前で軽くたたき合わせながら、
「へっ、やるか?」
「…………」
ソーマは返事に窮す。端末のレーダーに見える敵を示す赤の光点の大きさは今までに見たことがなかったからだ。
「ふぅ、……どうしたの?」
仲間と行動することを考えるともう少しSPを高くしておくべきだったと後悔しているときにそれは聞こえた。
――ドッドッドッドッド……
前方から徐々に近づいてくる音。それは明らかだった。ただ問題はその音の大きさである。まだ接触までゆうに20メートルはある。
「とりあえず隠れよう。やり過ごすに越したことはない」
ソーマは道の脇にある木を指す。オズは剣は抜いたまま移動を開始しエリックも追う。
「消極的じゃねーか」
口では文句をいうもののダイチも素直に木の陰に隠れようとする。
「安全策と言え! さっきの銃声の持ち主を倒したモンスターかもしれない。俺のレーダー見るまでもなく足音からもデカそうだろ? 俺たちの手に余るかもしれん」
「あ、そうか。……ならお宝は手つかずの可能性もあるんだ」
銃声が聞こえた以上先行者がいたのは事実だが、今なおいる可能性があるわけではない。エリックはそこまで考えが及ばず、ただ感心する。
「それを祈ろう」
「ついでに敵が見逃してくれるのもな」
ダイチの軽口はみんな同意見だった。ただ……そうは問屋が卸さなかった。
腹に響くイヤな音とともに現れたソレは美術の授業で人物デッサンなどの目的で使われる関節が自由に動く木製の人形に形は酷似していた。あくまで形だけで相違点は多々あり、その最たるものが木製ではなく石造で体長が4メートルはあろうかという大きさである。『ゴーレム』と呼ばれるモンスターであることは誰もが口にするまでもなく理解できた。そしてそのやっかいさも。スピードはないが攻撃力と防御力は非常に高い。
リズムよく進んでいたので誰もが通り過ぎると思った瞬間、不意にモンスターの首がエリックたちの隠れた方を向き、腕を振り上げた。二の腕がやけに太い腕からその石の重量をともなった一撃はエリックとオズの隠れていた大木を簡単に叩き折った。
オズはよける際、とっさにエリックの背中を押したので2人にダメージはない。オズのファインプレーがなければあの破壊力にエリックは即死だったろう。
「クソッ! しかたない! 敵は一匹だ! 囲め!」
ちなみに全員すでに自然回復でHP・APは全快している。
「火龍脚!」
ソーマの号令にダイチが飛び出す。側面からの跳び蹴り、ゴーレムは気がついたようだがただでさえ愚鈍なモンスター、さらに振り下ろした手が木に挟まってぬけていないと言う条件下でよけるすべはない。
「……マジ?」
大きな音がして肩口をヒット。その周辺を炎が一瞬ボッと燃え移るが石を焼くほどの火力はなくすぐにかき消える。衝撃で軽くよろめいたせいでゴーレムの腕が完全に木から抜けた。反動で距離をとりつつもダイチは軽くショックを受ける。『火龍脚』に多大な期待をしていたわけではないが過小評価していたわけではない。
「エリック! 防御……いや攻撃力アップの呪文を頼む。オズ、ダイチ!ゴーレムの正面にいるヤツは回避に専念。っで残りの二人で後ろか横からいく、いいな」
攻撃力は確かに怖く一人を囮にするのは危険だ。しかし動きが遅い分回避しやすいというのであれば一概に愚策とは言い難い。幸いにも今ゴーレムは先ほど攻撃したダイチと向き合っている。この中で一番素早いダイチはこの作戦での囮としては適している。もっとも問題はいつまでよけきれるかということと、いつ倒せるかということだ。
エリックは一人後方に下がりつつ端末を開く。回復魔法は記憶しているのだが攻撃力アップの魔法は少々あやふやなのだ。
――ダン!
衝撃音とともにゴーレムの巨体が揺さぶられた。ソーマの揺さぶりからできた隙を見逃さずオズが特殊技能『真空波』を使った。すくい上げる斬撃から発生したかまいたちが完全に命中したがヒビひとつ入っていない。ちなみに特殊技能は大声で言わなくても小声でもシステムは認識してくれる。
「もういっちょう! 氷河掌!」
回避に専念していたダイチだがここがチャンスとみたのか攻撃に転じた。軽い重力でのジャンプ力は容易に4メーター先のゴーレムの顔面まで手が届く。
――シャァキィィィィィ……
掌がゴーレムにあたった瞬間強烈な冷気が吹き出る。
「どーだ!」
凍気が全身を白く染める。この技は追加効果で凍らせて動きを止めるという効果が期待できる。
――パリッ、パリッ、パリ……
期待もむなしくゴーレムが少し動いただけで音を立てた薄氷がはがれる。
「ちぃ、また俺かよ」
ゴーレムは最後に攻撃を仕掛けたプレイヤーを襲うのか、はたまた体勢を立て直そうと重そうな拳をふるった先にたまたまダイチがいたのかは不明だが狙われた方はいい気はしない。
なぎ払ってくる拳を後ろに飛ぶことで難なくかわす。すかさずソーマが刀で斬りつけるが甲高い音がして弾かれただけで何のダメージもない。ゴーレムはソーマは気にせずにダイチに向かっていく。
「『オーラプラス』をソーマに!」
エリックは唱え終わった補助系の魔法を唱える。杖からほとばしる薄い金色の光が輪となってソーマを包む。これで60秒間は攻撃力が増す、とはいえ通常攻撃では先ほどの二の舞になるだろうとソーマは予想する。クリティカルなら別だろうがあいにくゴーレムの急所や弱点は知らない。現状でダメージを与える方法は特殊技能か必殺技になる。
「飛燕斬り!」
ソーマは一気にゴーレムの懐に飛び込み下段から半円を描くように斬りつける。このわざは一度の攻撃で最大三回のヒットをさせることができるがすべて決まる成功率は低い。よくて二回であるが、巨体と鈍さが幸いしたのかすべて完璧に入る。
「クソ! 倒れねぇのかよ!」
追加効果としてダウンを奪える技なのがだ、今度は重さが仇となり踏ん張られた。倒れてくれれば逃げる選択肢もあっただけに苦々しく唇を噛む。
「よっしゃ、俺の番だな!」
だが大きくのけぞった胸には一条の亀裂が入っている。好機と見るのは無理からぬこと。
「待て! 離れろ!」
ダイチの耳に、いやエリックにとっても聞き覚えのない声が耳に届くがもう遅い。
「ウィンドラッシュ!」
両の拳から風が発生する。何度も対象を連打することで風は圧縮され最終的に局地的な爆発を起こす乱舞系の大技。、しかも必殺技登録。決まれば大ダメージであることは間違いはない。
「ウワァァァァ!」
よけぞった身体を前に戻すとき、バランスをとるために大きく広げた両手で重心移動のために前につきだした。
――ゴーレムにとってはただそれだけのこと。
真正面には特殊技を出した反動の『硬直』で身動きのとれないソーマが、そして突っ込んできているダイチが腕の軌道の先にいる。硬く重量がある拳に遠心力が加わり凶悪な一撃。ソーマは懐に完全に入っているので死角になるかもしれないがダイチは激突コース。『ウィンドラッシュ』は懐にはいるまでは完全な無防備状態となる。そこを狙われ何を意味するのか?
「ダイチ!」
エリックが呪文を中断して思わず叫ぶ。左手の拳が命中し激しく転がっていくダイチの姿に。硬直が解けたソーマは身を低くして右腕が来ないうちに左腕をかいくぐった。
「? ……ってオズか!」
なぜ右腕が同時に来なかったのかソーマが疑問に思い、顔を上げ確認すると間に入ったオズが剣で受け止めていた。
「無茶だ!」
その声に時間を稼げたことを確信すると身をかがめ剣を滑らすように力を受け流す。
「回復を!」
やけに場慣れした感があるオズの行動に目をとられていたエリックは簡潔な命令にハッとし、慌てて走り出す。
「バカ!」
動揺したせいもあろうが経験が少ないせいもあろう。飛んでいったダイチに早く追いつこうと走り出したエリックはゴーレムの正面に躍り出た。ゴーレムが見逃すはずはない。両脇にいる。オズ、ソーマに目もくれず巨体を揺らしながら前に進む。
「パワースラッシュ!」
ソーマは端末でAPの残り残量を確認するとゴーレムの前にまわり、必殺技を仕掛ける。刀身が光を帯び何倍にもふくれあがり威力を増す。あまりに真正面からの見え見えの大技は頑強な腕でガードされる。しかしソーマの顔に動揺の色はない。オズとの連携でエリックから注意をそらせればよかったのだから。
「まだ生きてるね」
プレイヤーもモンスターと同じでHPが〇になると光の粒子となって消える。まだ身体はあるから生きていることはわかっているのだが走ってくる途中まったく動かなかったダイチを見て不安に思ったのだ。服や神など泥だらけでうずくまっているダイチはエリックの問いにかすかに頷く。
「ヒール」
取り急ぎ必殺技に登録している回復魔法を唱える。どう贔屓目に見ても軽傷ではない。
「ッテェ、死ぬかと思った。目の前が真っ赤になって音なったのは初めてじゃねぇけど身体動かなくなったの初めてだ」
回復が終わるとダイチが急に起きて悪態をつき始める。
プレイヤーがダメージを受ければ情報としてゲームマスター『ブレイン』から脳に送られる。それにリアルな映像と音が加わることで興奮状態のプレイヤーには痛みを感じた気になるシステムだ。
「じゃぁ今HPいくら?」
体力が一桁切ると映像が赤に染まり警告音が鳴る。
「2しかねぇ」
端末を見て冷や汗を流す。必殺技登録の『ヒール』は30回復する。ダイチの総HPは97。カウンターで入ったとはいえあの一撃は95のダメージを有していたことになる。
その上、大ダメージのカウンターは麻痺の追加効果まで引き起こした。もしもオズが間に入って攻撃を止めてなかったならば、両手に挟まれたダイチはまず間違いなく即死だっただろう。
エリックは顔を青ざめる。わずかな油断が死に直結する格上の敵に。
「回復頼む」
「う、うん」
頷き、詠唱を始める、そのときに声が聞こえた。
「みんな! 先に進め!」
3度目の見知らぬ声。この声の主は誰だとエリックはダイチの視線で問いかかるが同じく戸惑った顔。
「しかし、オズ」
ソーマがゴーレムの腕をかいくぐりながらオズを見る。2人は協力してゴーレムと対峙しているが防戦一方である。
「これだけ硬ければ今の俺らじゃ無理だ。先に行け」
「お前はどうする気だ?」
声の主が無口なオズと知ったエリックとダイチは目を丸くしていたが今はそんな状況ではないと会話に加わる。
「時間を稼ぐ」
きっぱりと言ってソーマと入れ替わりゴーレムの正面に立つ。
「無茶だよ」
思わず詠唱を止め、声を出す。素人目に見ても一人であのゴーレムに一人で相手をするのは無謀と思われた。
「全滅よりはマシだ!」
その言葉にソーマは表情を険しくする。
死はゲームオーバーではない。先程も述べたように死ねば光の粒子となって消えるがその後は病院もしくは教会などに転送される。国家に登録さえしていれば任意の場所を指定できるがエリックたちのようにフリーの立場だと死後ランダムに転送される。4人がバラバラに遠く離ればなれになる可能性は非常に高い。ならば国家に登録しておけばいいのかというと彼らのようにトレジャーハントをしていると一概にそうといえないのだ。国家に登録することは義務や制限がうまれる。行きたい国に行けなかったり、仕事を押しつけられたり、税金を払わなければならない場合もある。自由を望むものとして国家登録を嫌がるプレイヤーは多い。
「オズ、すまん。頼む。最悪の場合エリックのいた病院で待ってる」
苦渋の選択をする。ゲームオーバーではないからといって全滅はしたくはない。
「一ヶ月たっても合流できなかったら帝国に転送されたとあきらめてくれ」
「そうならないことを祈ってる」
ニコッと笑い背を向ける。ゴーレムの顔がソーマをとらえようとする前にオズは大きな動作で攻撃を仕掛ける。
「聞いたとおりだ! 行くぞ!」
「でもソーマ」
エリックは反論する。彼とて死にたくない、が仲間を見捨てることには抵抗がある。
「わかる。だからせめて無駄死にさせるな」
ダイチはエリックの肩を力一杯握る。顔を耳に近づけ小声で、
「2度とパーティー全滅させたくないってソーマの気持ちもわかってやれ」
エリックはようやく気がつく顔を伏せる。辛い決断をしたソーマ、自らの不注意で死にかけパーティの危機を招いたダイチの後悔、オズの優しさ、そして自分の弱さに。
――悔しくて、つらい。
できることが一つしかない自分が情けない。
「ごめん、でもオズまた必ず逢おう!」
エリックは顔を上げる。オズの死を無駄にしないことは今できる唯一のこと。オズの方をちらっと見て走り出す。足が一番遅い彼は逃げる際は誰よりも機先を制しなければならない。オズはエリックの言葉に返事はしない。目はゴーレムに向けたまま、それでもほんの一瞬手を振った。その姿が妙に頼もしく映った。必ず時間を稼いでくれると信じられる。
「行くぞ!」
ダイチに促しエリックの後を追う。
その足音を聞きながらエリックは初めて知った。自由に生きるためにはそれ故に捨てるものがあるのだと。自由であるが故に不自由があるのだと。
完全に逃げ出した3人を見てオズは唇の端を上げる。
それはホッとしたとかいうのもではなくひどく邪悪な笑みであった。