エピローグ
「神威! 計画実行まで1分をきりました!」
「久遠社」第二課――「ブレイン・フィールド」を制作・管理している人間はほぼ全員が緊張していた。
スーパーコンピューター「ブレイン」が稼働している部屋はエアコンがよく効かせているのだが忙しそうに作業する人間の熱気でやや熱く感じる。
「全員、準備はいいな! 何度もいうようだが開始は30秒前からだ!」
この場で2番目に地位の高い人間の榊原が全員に聞こえるように声を出す。
「大丈夫です」というたぐいの言葉が次々と耳に入ってくるが確認はしない。促すことが目的なのだから。
ここにいる人間はほとんどが「ブレイン」に直結した、モニターの前に座って作業している。全員徹夜の作業で披露しているはずだが緊張感からか端で見ている人間にはまったく感じさせない。
「カウント開始します!……9,8,7,6,5,4,3,2,1,0!」
「セーフティー機能作動します」
「セーフティー機能確認!」
「……セーブデーターの、コピー終了しました。転送します」
「データーを『ブレインⅡ』に転送完了。チェック開始します」
カウント終了と共に慌ただしく動き出す。カタカタとキーボードを叩く音が鳴り響く。
――ビィィィィ!
電子音の警報がなり、非常時用の赤いパトランプが灯る。
「ブレイン、もとい神威。我々との回線を遮断しました」
「ユーザーへメールの送信開始します」
手違いがありましていったんサービスを一時停止させていただきます。コレよりしばらくはメンテナンスのためプレイできないことをご了承ください。なお再開は……。
といった内容が個々のユーザーに送られていく。
「異常がないかチェックしてくれ! 些細なことも見逃すなよ」
と緊張した面持ちでいいつつも榊原は内心ホッと胸をなで下ろす。どうにかこれからの業務に支障のないところまで軌道修正できた。
「ゴクローさん」
「まったくな」
今まで何もせずのんきに後ろで見ていた痩せ形の男が気安く肩を叩く。緊張感のない軽口に思わず怒鳴りかけたがすんでのところで堪えた。
「まぁそういうなよ。こうなることは開発段階からの予想通りなんだし」
「だからこそいくらでも最善策とれたっていうのに、お前の気まぐれで我が社にどれだけの被害があるのか分かってるだろう、総」
榊原はキッと後ろにいた菅総一郎を睨みつける。「ブレイン」の開発者にして久遠社社長はヤケに上機嫌だ。
「いいじゃないか、たまには社長の好きなようにさせてくれても」
「いつも好き勝手だろうが、お前は!」
総一郎はヤレヤレといった感じで肩をすくめる。
そうでなくとも「ブレイン・フィールド」の制作チームは疲労がたまった上に睡眠不足なのだ。これ以上は刺激しないほうがいいと判断した総一郎は榊原に背を向け、
「信二のとこに行ってくるよ」
弟の菅信二は久遠社の中、仮眠室からアクセスしている。
「……あんまりいじめてやるなよ」
榊原は無駄だろうとは思いつつもいわずにおれなかった。
「あの極限時の選択において冷静な判断や打算、本音、どれをとっても94%の確率で神威に協力することは予想できていたんだ。……お前も承知で信二くんを選んだんだろう?」
自分が信二と同じ立場だった同じコトをしただろうと一言付け加えようかとも思ったが止める。
「分かってるって、なんていってもかわいい弟だ」
言葉とは裏腹にな微笑みを見て榊原は心底同情する。きっとネチネチといじめられることだろう。
(……あのバカの愛情表現は歪みまくってるしな。……最終的には俺も信二くんに嫌われるかな)
今回の件で信二はハッキリ言って被害者だった。会社側は「神威」に信二が協力することを前提で彼をプレイヤーとして選んだのだから。
「……後はやっとくよ。神威のことで呼ぶかもしれないけど」
とはいえまだやることは山積みである身なので助け船を出すこともできない。
「ああ、頼んだ」
フラフラッと出て行く総一郎を見て榊原は大きくため息をつく。
総一郎が丹念に作り上げたAI「神威」が意志を持つことはシミュレーションの結果予想できていた。そして何をするかも。ゆえに神威の基礎プログラムに禁止項目を打ち込むことで事前に事件は防げたはずだった。だが総一郎が意志を持ったAIの行き着く先を見てみたいと周囲の迷惑を顧みず改善をしないままゲームは開始された。
だからといってゲームを終了されるのは困る。メーカー側の沽券もあるので対処策としてブレインが回線を断ち切る直前にセーブデーターをコピーし、用意したもう一台「ブレイン」に移し業務を再開するという策をとることになった。
「そりゃぁ『ブレイン』はウチでつくってるから手に入れるのは簡単だけどさ、……儲けがないだろう」
と榊原が愚痴るのも当然のことだった。
ちなみにセーブデーターを移した「ブレインⅡ」にもAIは組み込まれているがあらかじめ禁止事項を組み込んでいるので「神威」のように暴走することはない。あと数時間もすれば本来の予定通りの業務が行えるはずだ。
「コンピューターが神になる……か」
榊原は自分のディスプレイに映像を映す。
そこには神威が作り出した人間そっくりなデジタル生命体が動き回っている。神威の好きにさせるといってもこちらからモニターできなければ意味がないのでいくつかの回線は残せるように神威にも気づかれないように基礎プログラムに組み込んでいるのだ。そのおかげで保存もされている過去の映像も見ることができるが今映っているのは現在の映像。指導者であると思われる女性が幹部と思われる数人の男性に作戦の指示を出している。口ぶりからすると国家建国を旨とした作戦のようだ。
確かに一つの世界を形成しているかのような錯覚を覚えると同時に疑念も生まれる。
「夢……ようだな」
もしかしてこの世界はコンピューターの見る夢なのではないだろうか? 自分がもしもこの世界の住人であったらこんなコトをしたい、あんなコトをしたいという様々な種類、形態の夢。
今後この世界がどうなるかは予想できない。繁栄するかもしれないし破滅への道へ進むかもしれない。
「……とりあえずいい夢を」
榊原は誰にも聞こえないように呟きモニターを切る。
とりあえず神威の行く末よりも「ブレイン・フィールド」の再開のほうが先なのだからと榊原は移動しながら部下に指示を出してゆく。
<完>
これにて「ブレインフィールド」第一部の終了となります。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
第2部「最強の俺が大人の事情に巻き込まれ、武器や魔法、特殊技能のみならず身体能力すら封じられて別ゲームで戦うことになったのだが」的な話を書きたいと思っています。よかったらそれも読んでください。




