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ブレイン・フィールド  作者: 小鳥遊彰吾
エピソード1
2/20

エピソード1-2

『ブレイン・フィールド』


 二一世紀初頭に起きたゲームニューウェーブと言うべき革命的なゲームがある。個々人に専用のフルフェイスのヘルメットをかぶり、インターネット経由で久遠社の誇るメインコンピューター『ブレイン』にアクセスすることで『ブレイン・フィールド』という仮想現実の世界を楽しむことができるという画期的なゲームだ。


『ブレイン』について、またこのゲームについて企画された理念や経緯、システムはゲーム誌のみならず新聞やテレビで大々的に報道されたがエリックはそのすべてに目を通したわけではないので詳しいことまでは知らない。ただ「半覚醒の状態なのに意識はゲーム世界に行き、自分の思い通りの――もっというなら自分が身体ごとゲーム世界にいった体験ができる」という一文にひどく心を惹かれた。ボタン操作も必要なく手を動かそうと思っただけで、もっというなら無意識にする癖や反射的な行動すらこの世界では行える。


 このゲームフィールドの特性――若干重力が軽いことと、本来の自分と違う身体の大きさや身体能力に慣れるまでに多少の時間がかかるが自然に覚えられる。それ以外は現実世界とほぼ同等。たとえば水に入れば実際に濡れてもないのに寝れた感触と負荷がかかる、物を持てば重量を感じる。そういうふうなデーターが送られてきてそう感じるだけという辛口の批評もあったが、それでもそれが体験できるシステムはほぼ満点に近い評価ではないだろうか。


 3度にわたるテストプレイのモニター応募は様子を見たが一般に販売しプレイできるようになった時には迷わず購入を希望した。脳波を関知するシステムがついたヘルメットは個々人専用の特注するため製造に時間がかかるうえ年齢制限チェックに、料金体系に手間取り発売が半年ほど延び、あげくに完全な同時スタートというわけにはいかなかったがそれを差し引いても満足なデキだちエリックは思っていた。


 このゲームはまずプレイ開始時にプレイヤーの分身となるキャラクター作成からはじめる。モンタージュのように顔の部品を組み合わせて好みの容姿にするもよし面倒ならば『ブレイン』にまかせてランダムにすることもできるし、自分自身の写真を入力することで本人を登場させることもできる。ちなみにエリックはブレインが用意したランダムのキャラの中からアイドル系の顔を選んだ。


 次にパラメーターの振り分け。

HP:50 AP:20 OF:10 DF:10 SP:10

 これはパラメーターにおける最低数字として定められており、これ以下にすることはできない。一般的に「力がない」や「足が遅い」と言われる人でも全く力がなく何も持てない、走れないということはない。人間の能力は実際の数値として表すにはもっと細かい分類に分けて行わなければならないがゲームと言うことで最低基準をこう定められている。

 これに与えられた100ポイントを自由に五つのパラメータに振り分けることで個性を出させようとする。

 HP:90 AP:35 OF:25 DF:25 SP:25

 平均的に振り分けたパラメーターがこれであるが本人の自由意志に任される。極端な話SPにすべてを加え110にしてもかまわない。スピードがあれば攻撃をよけやすいというのは事実である。だがしかし実際に攻撃をよけるのは自分であるということを忘れてはならない。操るプレイヤーの判断や反応が遅く攻撃をまともに食らえばDFがやHPが低いその身体は簡単に死に至る可能性を考慮しなければならない。一度決めたら変えることはできないのだから。


 もっともこの数値は本人の基本スペックにあたる。装備品――武器、防具、アクセサリーにより最終的に数値は変わる。

 またHP・APの最高値はオフェンス並びにディフェンスにも関係する。HPが高ければ物理的な攻撃並びに防御が、APが高ければ魔法などの特殊技能の攻撃並びに防御が高くなる。逆もしかり。

 ちなみにAPとはアクションポイントの略で登録したある特殊技能・必殺技、詠唱による魔法などの際に定まられた数値が使用される仕組みだ。HP・APは非戦闘中に限り徐々にだが自然回復する仕組みになっている。


 最後に決めるのが希望するシチュエーション。

 このゲーム内で自分が一番してみたいことを入力する。それによりゲームマスターである『ブレイン』がその望みを叶えるのに適した環境や特殊技能、装備を追加する。


 エリックが希望したのは「回復専門のトレジャーハンター」。彼はゲーム内で特に目的のない状態――自由を満喫するにはトレジャーハントがもっとも適していると考えた。ゲームをするからには楽しみたいという欲求と一緒に目立ちたいという欲求があった。しかしながらリアルの彼は身体を動かすことが得意でない。ゲームでは運動が苦手な人もすごいアクションができるのも売りの一つだがその選択をするにはイマイチ乗り気になれなかった。前線だと目立てないと考えた彼は特殊種を選んだ。それが回復専門である。いくらHP・APが至便に回復するからといって戦闘中は別である。アイテムを使うか回復系の魔法を使うかになる。前線で戦闘している人間が回復もするよりは、後方に控えた自分が回復に専念した方がパーティーの生存率があがる。そしてこういったゲームの場合多くの人が戦うことを選択するのではと考えから、そういった自分の存在は貴重になるのではと考えたのだ。


 エリックがプレイを始めると最初から『詠唱』の特殊技能が備わっていた。特殊技能はイベントや師匠につくなどで手に入れることができるのだが、彼のようにシチュエーションによっては初めから手に入れている場合もある。


 特殊技能とは攻撃系・補助系・防御系と分類され様々なものがある。それを登録しておくことで言葉一つで使用することができる。局面によっては非常に役立つ物なので自分の個性にあった物を状況に応じて使うことがこのゲームの鍵となる。また特殊技能とは別に必殺技という項目もある。特殊技能が3つまで登録可能なのに対し1つしか登録できないがそれには理由がある。同じ技を使ったときでも性能が50%アップするのだ。故にうまく使えこなせば局面を変えうることさえできるまさに必殺技なのだ。


 そんな中でも特殊な物が「詠唱」である。

 これ以外の能力は宣言するだけで使えるが詠唱は登録だけでは意味がない。特殊技能と同じく魔法も数多く用意されている。それを特殊技能の欄に登録することも可能だが登録欄が3つしかない以上戦闘職業を魔法使い系に希望したプレイヤーに不利にあたる。故にこのシステムがとられた。

 「詠唱」を登録しておくとAPさえあれば呪文を唱えることで魔法が使える。つまりは覚えた数だけ使うことができる。

 しかしいいこと尽くめではない。初級用ならばショップでも売っているが破壊力のある魔法はダンジョンや特殊なイベントでしか手に入らない。また高等魔法卯になればなるほど呪文が長くなり詠唱を終えるまでに時間がかかる。一瞬を争う戦闘の最中にはそれが命取りになる場合もしばしば見られる。

 

 エリックは「詠唱」を最初から持っていたものの呪文を知らなかった。これでは意味がないと思っていたのだがよく見たら自分のプレイ開始位置が病院になっていた。そこで人と話しているうちに医者の先生の助手になるイベントが発生。それをこなしているうちに当座の金と一番必要なもの回復魔法「ヒール」を教わった。

 回復系魔法としてはもっとも威力が低い魔法であるので彼はすぐに必殺技登録をした。そうすればいざというときに呪文を唱えることなく発動できるし威力も増すという利点からだ。病院で教えてもらえるて戦闘中に役立ちそうな回復系を一通り覚えるのに少々時間がかかり今日まで当初の目的「トレジャーハント」ができなかった。このゲームをやってはじめてできた仲間とともに今まさに冒険をしている。戦闘は直接していないもののそれなりの緊張感に胸が高ぶっている



「もう大丈夫かな?」


 オズの左腕に回復魔法をかけ傷口がふさがったのでとりあえず聞いてみる。このゲームでは自分のパラメーターは見ることができても他人のはわからない。それがパーティー登録している仲間であっても。回復専門のみとしては少々不便に思うがリアルさを追求した結果だといわれれば文句は言えない。したがって当の本人に聞いてみたのだが……。


「…………」


 オズは左腕の端末を見てこっくりと頷くだけだった。あまりにも喋らないオズがエリックは少々苦手だった。このパーティーの中では新参者のエリックはオズの声を聞いたことがないがソーマの話でも出会った頃からほとんど話さなかったという。


「多分『無口な傭兵』って希望シチュエーションにしたんじゃないか? いいんじゃないか、人それぞれだし」


 とソーマはさほど気にしていない。ダイチとエリックがことあるごとにもう少しコミュニケーションをとってほしいと言っているのだが相変わらずこの調子だ。


「傷口は塞がってるみたいだから……とりあえず大丈夫かな。リーダー、じゃ回復いくよ」

「うーん、ちょっい待ち。エリック、APどれくらい残ってる?」


 座って自然回復を待っているソーマに向かおうとするが手で制された。


「えっと……」

(……あれ? なんか忘れているような気が)


 HPとAPが簡易表示されている水晶型の端末を覗いているときに不意にそんな思いにおそわれた。が、深く考えようという気は起こらなかったのでとりあえず無視した。


「残り25だから、だいたい半分使ったね」

「そうか……ならいい」

「へっ?」


 おもむろに立ち上がるソーマに目を丸くする。その様子に「ああそうか」と気がつき、初心者にこの世界でよく使われる常識を説明する。


「俺もいまだいたいHP半分くらいまで自然回復したんだ。っでHPもAPも自然回復の伸びというか比率は同じだろ? 俺を回復してさらに減ったエリックのAPの回復を待つ時間はこのまま俺たちが自然回復を待つ時間より長くなるだろ?」

「……ああ、そっか」


 単純な算数だ。気がついたエリックにしたり顔で笑う。


「そういうこと。だからほっとくのさ」

「オズが大丈夫なら進んでもいいくらいだな、俺も全然平気だし」


 会話に入ってきたダイチの意見を聞き若干の思考を巡らす。


「だな、このルートなら連戦したらしばらくモンスター出ないだろうし、出たところでとりあえずの盾がいるし……行くか」


 歩きながらでも回復はするし、急な遭遇でも2人が食い止めている間に回復をかけてもらえば十分に戦闘はできる。


「おう」


 ダイチが飛び起きるように立ち、それに続いてオズものそっと立つ。


「え、……う、うん」


 エリックはその光景にとまどう。自分の気持ちとしては少し休憩したかった。だがこれがトレジャーハントとしての、いやこのゲームでパーティーを組んだ場合に一般的なペースであるというのならば従った方がいいと判断する。まだほとんど役に立っていない身としてはお荷物に思われたくないし、他人とする以上妥協も必要だ。

 リーダーであるソーマを先頭にダイチ、エリック、オズの順で一列になって進み始める。


「でもよぉー、わざわざ敵の少ないルート選んだのに結構出るなぁ」

「それに思った以上に質も高い」


 頭に手をやり無造作に進んでいるダイチの軽口に一応辺りをうかがっているソーマが答える。今彼らはこの山の頂上にあるという呪文を記した巻物を探しにきたのだ。このイベントを始めるにあたって2つのルートがあると教えられた。比較的に安全だが遠回りのコースと敵の数が多く険しい道だが近道。エリックがこのゲームを始めてパーティーを組むどころか戦闘自体初めてと言うことから前者を選択したのだが。エリックも会話に参加する。


「ってことは近道はもっと敵が多いのかなぁ?」

「たぶんな」

「ちょっとおそろしいね、あっち行く人いるのかな?」

「いてもいいけど、たどり着けるほどのヤツらじゃなきゃいいけどよ」

「確かに」


 こういうふうな「お宝探し」系のイベントは数時間に1回という割合で起きる。参加者全員に手に入るということはなく早い者勝ちだ。参加者の数次第では競争率は跳ね上がるし、逆に1組しかいなければたどり着けさえすれば確実に手に入れることができる。幸いにもこのイベントを始めるとき辺りにたの参加者は見あたらなかったが、自分たちがスタートした直後に近道ルートを選択したものがいないとは限らない。そして先を越されて無いとも。


「まぁでも遠回りでこれだけ手間取るんだ、近道ならよっぽどの上級者パーティーじゃなきゃキツイんじゃないか?」

「たぶんな」


 ダイチの楽観的な考えだが、あながち間違ってないなと同意する。


「急がば回れは……正解ってことかな?」

「そうだな、あとはいるかどうかわからないけど後続者に抜かれないように気をつけようぜ」

「あっ。そうか」


 エリックはようやく仲間たちが早く進もうとしていた本当の理由に気がつく。出がけに競争相手がいなかったからといって後から庫内とも限らないのだと。のんびりして抜かれたらせっかく先行した意味が無いどころかただのマヌケだということに。

 このパーティーの中で詠唱が使えるのはエリックとダイチのみ。巻物の内容によってはまったく使えないかもしれないが自分たちに必要がないからと言って他のプレイヤーもそうだとは限らない。正規のルートで魔法関係の店に売っても、また裏ルートで欲しがっているプレイヤーに売ることも可能だ。裏ルートだと当人同士の交渉次第なので高値になる可能性も十分にある。金があるにこしたことがないので彼らは売ることを前提にいま冒険をしている。


「どうだ、エリック。初めてのトレジャーハントは?」


 一瞬ソーマが誰に話しかけたか悩むが自分のことだと気がつき慌てて返事をする。


「え、ああと……おもしろいね。まぁ僕は前線に立たないから気楽なのかもしれないけど」

「いや、でも回復系が一人いてくれるとずいぶん助かるぜ。これで俺も何の遠慮もなく暴れれるってもんだ」

「そーか、あれでもお前は遠慮してたんだ。ならこの先おそろしいなぁ」

「キッツいなぁソーマ」


――プッ!


 ソーマとダイチの会話にエリックは思わず吹き出す。それにつられるように笑いが広がる。


「コラ、いつまでも笑ってるんじゃねぇよ」


 バツが悪くなって軽くエリックの頭をこづく。といってもダイチ本人も半笑いだ。オズも表情が軟らかい。


(こういうの……好きだなぁ)


 自分の求めていた仮想現実のゲームを楽しんでいる実感がわく。


「ソーマをいつまでも笑ってんじゃねぇよ、先頭らしく辺り警戒しとけよ」

「おお、ワリィ」


 ソーマはスクリーンを投影した端末に目をやる。彼は特殊能力に『索敵』を登録しているので端末を開いていれば半径50メートルの敵は察知できる。


「大丈夫、サクサク行こうぜ」


 後ろの仲間に笑顔を見せ歩を速める。その様子にダイチはヤレヤレと肩をすくめる。


「ちょっとはらしくしろや、一応リーダーなんだし」

「お前がいうなよ」

「俺は関係ないだろ、一仲間なんだし」


 ダイチのあたまも当然の主張と言わんばかりの発言にソーマも倣うことにした。


「いいんだよ、大隊のリーダーならともかくこんな少人数のパーティーなら威厳もカリスマもいらないだろ。気のいい兄ちゃんってほうが頼りがいがあるように見えるってもんだ」


 エリックの目には後ろ姿でも胸を張っているように見えた。


「……それは経験からか? 元『真戦組』五番隊隊長の」

「『真戦組』ってあの? 真に戦うって漢字の?」


 ダイチの言葉にエリックは驚いて叫ぶ。オズも一瞬だがぴくっと眉を動かす。


「おう、たぶんその『あの』だ。悪名高き、な」

「うわぁ」


 エリックは目を丸くする。第二次テストプレイヤー募集の際、有名になったパーティーというよりグループがある、いやあった。当時パーティーとして最大――今でも十人越すことはパーティーは稀――五人編成の小隊を六つ、それをまとめるリーダー(局長)と補佐(副局長)の計三人のグループ。当時雑誌やネットでも話題になった。


「へー驚いたー。こんな身近に有名人がいるなんて」

「有名って……そんなたいしたもんじゃない。それより『称号』持ってるヤツの方がよっぽどいいさ」


 どこか自嘲めいたような口調で言う。その雰囲気を察しエリックは「何か悪いこと言ったのかな」と身を縮める。悪名高きグループだったから思い出したくなかったのかもしれない。


「気にすることねーよ、エリック」


話題を振った当の本人が明るくフォロー。


「こいつはなぁ、解散のしかたが気に入らないだけなんだから」

「へっ?」

「おい、ダイチ」


 ソーマは口止めしようとするがかまわない。


「まぁいいじゃねぇか。気のいい兄ちゃんが少々のこと気にすんなよ。……それに仲間に向きになってまで隠すようなことでもねーだろ」


 そう言われては仕方ないのか口をつむぐ。そんなソーマの肩を叩き、エリックに語り出す。


「昔むかし『真戦組』という悪名高きグループがありました」


 なぜ昔話風に話すんだろうと聞き返す前に話は続いていく。


「局長と副局長、各隊の隊長の戦闘力は高くまたその組織力は非常に高かった。それを利用して主だったアイテム収集を行っていました。その結果『真戦組』は国家クラスの軍隊に匹敵するとさえ言われました」

「実際、アイテムの独占しすぎが問題になって共和国の軍隊と衝突したよ。まぁほとんどノンプレイヤーだったんで返り討ちにしたけどさ」


 あきらめたのかソーマも加わる。


「そう、総勢32人の人数を利用した1対多数という戦術は非常に有効でかつ圧倒的だった。もっともそこが数にモノを言わせたと悪名を上げる原因となっているのだが」


(どうでもいいけどダイチ、熱はいってるなぁ)


 せっかく止まっているのだから座って聞き入ろうかという考えが頭によぎる。


「全員にある程度装備がそろったころ局長の頭に一つの考えが浮かんだ。それは国家を乗っ取ろうという計画だった。その不遜とも言える計画だが何でもできるこのゲームのにルールに反しているわけではないし、そこまでした人間はいない。名を残すにはもってこいだと思ったようだ。しかし最強のチームと黙されていてもたとえ小国でも軍隊の一部分ならともかく完全に乗っ取るには少々戦力が心許ない。そこでその当時個人としての知名度で『真戦組』と匹敵する『サン・オブ・バトルマスター』を……」

「ちょ、……まって、サ、サン……」


 ダイチの口から出た思いがけない言葉にエリックはどもる。


「そう、誰もが知っている最強の称号の持ち主『サン・オブ・バトルマスター』。その当時はまだ今ほどでは無かったとはいえ、その彼を『真戦組』に引き入れようとするとは、まさに無謀と言うにふさわしい行為!」


 ダイチの言い方が気にくわないのか、思い出したくない過去なのかは不明だがやや憮然とした面持ちのソーマ。その彼を見てオズはなぜか気まずそうな顔をした。


「ふへぇー」


 話を聞き目を丸くする。無謀だと表現したがエリックも反対する余地はない。

『サン・オブ・バトルマスター【闘神の直系】』――ゲーム内での知名度はナンバー1。

 最強の証として用意された称号を得たプレイヤー。登録名よりも称号が一人歩きしているフシもあるが多くのプレイヤーが彼の圧倒的なまでの実力を認めている。ゲーム誌などでも紹介されファンすらいる一プレイヤーでエリックも噂は数多く耳にしている。


「局長の引き抜きに彼は言った。『困りましたね、自分より弱くリーダーとしての資質の劣る人間の下で働くなんて……屈辱、ですね』この一言で戦闘が始まった。一対三十二の明らかの不利をものともせず勝利をおさめた!」


 いつの間にか主語が『真戦組』から『サン・オブ・バトルマスター』になっている。


(なるほどダイチがやけに熱こもってたのは『サン・オブ・バトルマスター』の逸話をだからか)


 ダイチはファンの一人なのだろう。証拠というわけではないが逸話に事欠かない彼だが――エリックでも知っているような有名な逸話では一人で千人のノンプレイヤーを倒した、街一つをあっさりと証明させる力を持った古代巨人兵器を破壊したというもの――『真戦組』の話はマニアックなネタである。

 ともかく『ブレイン・フィールド』内でもっとも敵にまわしたくない、回すべきではないプレイヤーだ。


「正確には2対32だ」

「えっ?」


 ソーマの訂正にダイチは首を傾げる。


「あの時にはもう一人いたよ、後に四天王【空】、エンジェルの称号を得た女がな」

「マジで?」

「当事者を疑うなよ。……まぁ俺はサン・オブ・バトルマスターの方にやられたけどな」

「へぇ」


 ダイチはその今まで知らなかった事実に軽く驚く。『サン・オブ・バトルマスター』は今現在は五人パーティーだという。仲間は四天王と呼ばれそれぞれが称号を持っている。最強のプレイヤーの仲間である、言うまでもなく戦闘力はすこぶる高い。


「お前は誇張された噂のほうしか知らないってか」


 ソーマ呆れたようにつぶやく。


「でもそれで全滅してあっけなくチームが解散したってのはあってるだろ?」

「まぁな」


 エリックはソーマの表情にどことなく陰を感じた。借り物の顔であるが無意識の行動すら再現できるゲームでは間違いなく本物だろう。


(悔しい……のかな? 自分がいたチームが一人の男の逸話の一つになったってことが)


 と何となく思うが口にするのははばかられた。


「っで、どうなったの?」

「どうなったって……」


 エリックの質問にソーマは頭をかく。


「どうしようもなかったってことか。メンバーバラバラになって集まれなかったから仕方ないっていうか、成り行きというか……自然消滅ってヤツか。風の噂じゃ局長、帝国にとばされたらしいし」

「帝国! じゃぁ……しょうがないね」

 帝国――ミスト帝国には入国は簡単にできるが出国には難易度の高いイベントをクリアーしなければならない。さらに帝国に一度――望むと望まないにかかわらず――入国すると義務が生じ自由が制限される。それを嫌うプレイヤーは少なくない。ソーマもその一人でだからこそ帝国に入ろうとは思わない。

「携帯とかで連絡取れればまた違ったんだろうけど」


 このゲームには個人用端末で通話やメールのやりとりができない。ヘルメット状のゲーム端末の使用上、通常のパソコンでするような機能がとりつけられず、またそんな機能がない方が新しいタイプのゲームとして差別化もできる、一期一会の冒険ができるなどの理由が挙げられているが真相は変人で名高い社長の趣味と言われている。


「イロイロあったんだね」

「だからこそおもしろいんだろうなこのゲームは、人生と同じでイロイロ起きる、何が起きるかわからない。でも人生以上に何でもできるってね」


 その一言はエリックにとって至言に思えた。何の束縛なしに自由に。このゲームに求めたそれだって可能ということだ。


(うん、そうだ!)


 一瞬心が明るくなった、その瞬間、

――ドゥゥゥーン!! 


「――――!!」


 突如遠くから音が響く。


「……銃声、いや、砲撃音?」


『ブレイン・フィールド』には銃などの近代兵器や機械兵器もある。手に入れるのも少々手間がかかるがそれ以上に維持費がシャレにならない。銃弾が必要な場合には弾代が、エネルギー兵器の場合はバッテリー代が必要となる。高いうえに使い捨て。財力のない初・中級者には敬遠されがちの武器であるが、コストにみあう強力な武器。


「って何? 誰かが戦ってるってこと?」

「違うことを祈りたいぜ、何せ進行方向から聞こえたぞ」


 ダイチの言葉にエリックはハッとなる。誰かがもう一方のルートから先回りした可能性に気がつく。


「急ぐぞ!」


 もっとも銃声が聞こえた時点でそんなことに気がついてなかったのはエリック一人。ソーマは返事も待たず走りだすが、誰もが後追って走り出した。


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