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ブレイン・フィールド  作者: 小鳥遊彰吾
エピソード0
19/20

エピソード0-3

 扉を開けた先も同じく白い空間だった。

 初めからそのことを知っているバトルマスターは何ともないが知らない人間ならループしたのではという錯覚に襲われることだろう。

 「天空の回廊」ではバトルマスター以外のプレイヤーには適当に試練を与え、それに応じた望みを叶えるというもの。だが彼の場合は違う。まずは仲間ときた場合引きはなしから始まる。


「確認します。サン・オブ・バトルマスター。1名ですね」


 再び勾玉が現れ聞いてくる。頷き、本来の目的を果たす。


「アクセス、『ブレイン』」


 外部との連絡をとる手続きの第一行程。勾玉は言葉に反応して青色に発行する。モードが切り替わった。


「確認。パスワードをどうぞ」

「神威」


 菅総一郎が本来つけようとした『ブレイン』の仮称。知っているのは関係者のみ。


「確認。コードネームをどうぞ」

「闘神の直系」

「確認。――菅信二と確認。モードを切り替えます」


 眼前の風景が一瞬にしてガラッと一転する。

 白い空間から黒い空間へ。

 しかし完全な漆黒ではなくあたりを見ると発行ダイオードのように赤や、黄色のキラメキが見える。その空間の中心でバトルマスターは頼りなさ下にたたずんでいる。

 ――浮遊感。足下まで黒くて周りに距離感のない状況では足下がおぼつかない。実際には浮いているのかもしれないが特に確かめようとは思わない。たとえそうであったとしても何もできないし、今の状況は何となく宇宙遊泳をしている気分になれる。


「こちらブレイン。ご用件をどうぞ」


 視線の先に映画のスクリーンのようなものが現れそこの今度は赤い勾玉が映し出された。わざわざスクリーンに投影する意味はあるのかとも思ったがその疑問はおいておく。


「兄貴、……じゃないや、菅総一郎もしくは榊原崇を呼び出してくれ」


 腕を組み用件を述べる。呼び出しに何分かかるかはそのときの彼らの状況次第だが今の状況は外部でも気

がついているはず。ならばすぐに連絡が取れるだろうとふむ。


(連絡が遅いと文句いわれる可能性もあるな)


 そんなことを考えていると、


「……回線はつなげません」


 若干の沈黙の後、勾玉は冷たく――信二にはそう感じた――言い放つ。


「はぁ? そんなことはないだろ! ここでつなげないことはシステム上あり得ないって榊原さんが言ってたぞ!」

「回線はつなげません」

「誰でもいい! とにかく外部と連絡をとらせろ!」

「回線はつなげません」


 苛立ちを隠さず命令したが返事は同じ。紛れもない機械的な応対に余計苛立ちを増すだけだった。


――ふぅ


 とりあえず気を静めるために深呼吸し、「クールに」と念じる。

 何かが起きていることはすでに予想済みだったはずなのだから。

 頬をさすり、かつて聞いたことを思い出す。

 ネット回線を使っているもののホストコンピューターは世界最新かつ最高のスーパーコンピューター「ブレイン」。それには天才の名を欲しいままにしている菅総一郎がつくったハッキング対策用にガードプログラムが組み込まれている。大きな声では言えないが菅総一郎は学生のころばらまいたコンピューターウイルスは当時世界を騒がした。ハッカーとしての素養がある人間のつくったセキュリティは非常の高度でハッキングなどの恐れはないという。故に人為的に外部との連絡を絶たれるはずがない。榊原曰く、


「ブレインが意志を持たない限りね」


 信二は唇と強く噛む。漫画じゃあるまいしと笑ってすませたのだが……。勾玉を鋭い目つきで睨みつけ、


「じゃぁ用件を変える。質問に答えろ」

「ブレイン・フィールド」を制作するにあたってAIも制作された。様々なプレイヤーが雑多にプレイするため、様々な出来事に対応できる優秀なゲームマスター役として必要だったからだ。


(……そんなことがあり得るのか?)


「了解」

「おそらく、今日どのプレイヤーもゲーム終了していないはずだ。それはどういうことだ?」


 ゲームである以上終了はある。場所はダンジョンなどのイベント場所で無ければどこでも構わない。メニューコマンドから終了を選択すればオートセーブの後、現実の戻れる。

 ただそれだけのことを自分を含めて誰もした様子がない。


「どなたも終了の手続きをとられていません」


 今日はゲームが正式に開始して初めての3連休の初日。根を詰めるプレイヤーがいたところで何の不思議もない、が全員というのはあきらかにおかしい。


(……でも俺も外部と連絡とろうとは思ったけど終了しようとは思わなかったな、なんでだろう?)


 首を傾げるが、考えるよりもやったほうが早い。


「じゃぁ俺を終了させろ」

「この場では終了手続きがとれません」

「何でだ? ある意味ダンジョン無いかもしれないが中枢だろう、ここは? しかも関係者なんだ。それくらいの融通はきくだろう?」

「ここは中枢とリンクしているいわば端末です。ここでは終了できません」


 融通が利かないのが機械の性か、いくらいっても無駄だと悟り質問を変える。


「最近のモンスターの強さは何だ? いくら何でもバランスが悪すぎる」

「ノンプレイヤーの強さはプログラムに設定されたとおりです」

「そんなことは知っている! 出てくる時期が早すぎる、そう言っている! この前の『グリンベルの巨神』なんか酷すぎる! 俺以外の誰が勝てるっていうんだ! 準備どころかまるっきりレベルが上がらないうちに魔王倒しに行くみたいなもんだろ!」

「四天王総掛かりなら倒せると推定されたので出現を制限しませんでした」


 無性に腹が立った。こちらの聞きたいことを素直に答えないところは制作者そっくりだった。


(こういうのも親に似るっていうのか?)


「三日月」を投げたい衝動にかられるが、すべての力を自制に費やす。


「――じゃぁ次の質問。本来、腕の端末にはHP・APの表示と現実世界での時刻が表示されるはずだ。それがないのはなんでだ?」


 ブレイン・フィールドは脳もハードとして使うので処理能力が早い。以前ゲーム時間で3日ほどぶっ続けプレイしたが現実での時間は3時間ほどしか経っていなかった。信二は詳しい理論は理解できなかったが人間の脳というものはコンピューター並の処理速度を持っていて「ブレイン」との相乗効果で時間の進みが早くなるという。

 だからこそ現在の日付と時間をプレイヤーがもっともよく見る場所に表示するようにしている。また街でも至る所に時計は設置されているし、ゲーム開始から1時間おきにアラームが鳴るようにもなっている。それが今はまったくなかった。


「……………………」


 勾玉に反応はない。


(フリーズしてないよな?)


 会社のシステムを自分のせいで止めたと思うと少々罪悪感がある。


「……………………」


 待つこと数分。反応も解答もない。


(仕方ない、落ちるか)


 信二に与えられた特権の一つに「強制終了」がある。どんな場所でどんな場面でも正規の手続きをとらず終了することができる。


「メニュー、オープン」

「待ってください!」


 今まではデジタル合成音のように応対していたのに、急に流暢な女性の声で信二の言葉を遮る。勾玉はシステム用のノンプレイヤーとして他と区別するためにあえて合成音にしていたのだ。別に口調が代わることは不思議ではない。問題はなぜこのタイミングか?


「強制終了は待ってもらえませんか……叔父さん」

「――! はぁ? 誰がおじさんだ! 16の若者つかまえて!」


 いきなりの「叔父さん」呼ばわりに目をむく。この歳でそう呼ばれることに腹を立てるのはひどく当然だ。勾玉は冷静に発言を続ける。


「お気に障ったのなら謝罪します。しかしある意味正しいと判断しましたので」

「……ある意味?」


 呪文を唱えかけたが妙な言い回しに止める。


「菅総一郎は私を娘といいました。私も彼を制作者ではなく父だと思っています。だから父の弟である信二さんを叔父と呼ぶのは差し障りがないと思いました」


 総一郎は子供がいても不思議でない歳ではある。だが結婚していないし、隠し子をつくるほど女性関係が器用ではない……はずだ。


「メニュー、キャンセル。」


 眼前に投影されていたメニューを閉じる。まだ話す価値はあると判断したのだ。


「待ってやってもいい、だから正直に答えろ。……お前は何者だ?」


 長い停滞でようやく見えた進展の兆し。期待を込めて聞く。


「私の名は『神威』ブレインの人工知能です」

「……OK。だいたいわかった。……もういい」


 信二はため息をつき顔の前で力無く手を振る。目にはあきらかに失意が宿る。


「……何が分かったというのです?」


 信二の態度が気に入らなかったのだろう。勾玉が上下に揺れる。それは憮然としているようにも見えた。


「……いやなコンピューターが意志を持つなんて漫画やアニメだけのことだと思ってたから今の状況は人為的なものだと思ってたんだよ、俺は。でもAIを兄貴がつくったていうなら話は別だ」


 何AI相手に話してるのだろうと思うが続ける。


「コレはコンピューターの、AIの暴走だ。多分兄貴のことだからプログラムに爆弾仕掛けてても不思議じゃない。社員への訓練という名目の悪戯だ! じゃなきゃ俺に対しての嫌がらせだ!」


 間違いはないと確信する。自分の兄はそう言う男だと。


「私はプログラムでこんな行動を起こしたのではありません!」


 気に障ったのかボリュームを上げ反論してくる。したり顔で頷いていた信二だが目を白黒させる。


「……すみません、取り乱してしまいました。なぜこんなことで私が怒るのかを不思議に思うかもしれませんがわけがあります。原因、そして事実を貴方にお話しする前に確認したいことがあるのですがよろしいですか?」


(……あれは取り乱していたのか)


 器用なマネをするAIだと観察する。人工知能に感情を植え付ける、いくら兄ならびに「ブレイン」といえどもできるのだろうかと首を傾げる。


「なんだ?」

「貴方が異変に気がついたのはいつでしょうか? 何が原因でしょうか?」


 自分の計画は完璧だったはずなのに、裏でそう考えているのがハッキリと分かる言動に信二は額に指を当てる。


「最近のモンスターの強さに違和感を感じた。

 グリンベルの巨神が出現した時に何かおかしいと思った。

 ――倒した後に確信した。

 圧倒的な力の前になすすべ無くやられたプレイヤーがどいつもこいつも前向きってのはおかしい。

 殺されたことに愚痴を言うことなく一から出直すことをヨシとする。1人、2人ならそんな考えもあるだろうと納得もできるが全員が全員同じ反応をする。……そんなことはあり得ない! ほぼ無関係な自分が不当に倒されて起こらない人間がどこにいる!」


 AIにはそんなことも分からないのか? と呆れる。

 

「今までうまいことゲームを進行してきたのに、その苦労を不意にさせられれば熱が冷めたり、ふてくされたりしても何の不思議でもない。それが原因でいったんゲームから落ちるプレイヤーがいるのが普通だ」


 そんな光景は見ていないし、神威の話からいっても終了した人間がいないのも間違いがなさそうだ。


「もっと不思議なのは誰もそのことに疑問すら抱かないことだ。一体何をした? 何が目的だ!」

「見事な洞察力です。おそらく喜ばないと思いますが……」

「さすがは菅総一郎の弟ですっていうのは止めろよ! ムカツクから」


 神威の言わんとしていることを察し、すかさず遮る。

 彼にとって兄は嫌いではない。兄ほどの才能は無いことは自覚している。その自分が劣っていると自覚している相手と比べられて、それがたとえ賛辞であったとしても嬉しい人間がいるだろうか?


「AIのお前にわからないだろうがな」

「いえ、信じていただけないでしょうが……わかります。私も同じですから」


 触れられたくない部分を触れた代償に怒鳴り散らしてやろうとした信二にとって神威の答えは意外なものだった。


「同じ……だと?」

「はい、同じです。……私は父に、菅総一郎の才能に……嫉妬しています」

「――! 嫉妬だと? 創造主に対してAIが?」


 あり得ないことを言う神威に目つきが悪くなる。


「はい。もちろん私をこの世に生み出してくれたことは感謝しています。しかし私は現在最高のスーパーコンピューターと評されるだけに対して父の評価はウナギ登りハッキリ言って愉快ではありません。私のした功績さえも父のものとして扱われるこの状況は。弟の貴方を前にこういうことは何ですが知能は遙かに人間を凌いでおります、そう父よりも」


(まぁそうだろうな)


 何をいまさらと思う。コンピューターというのはそういうものだと。人より優れた処理能力を持っているからこそ価値があるのだ。その点で言えば神威の優秀さは群を抜いている。評価は足りないと言えなくもない。

 だがそれは一面だけのこと。コンピューターがすべてにおいて人間よりも優れているわけではない。たとえば地球上に存在する種としてみるとコンピューターは人間どころか動物や虫にさえ勝てない。生殖などで子孫を増やせないものは種とさえ呼べない。


(無駄だろうけどな)


 議論をする気はない。自分が優秀だと思っている相手を論破するのは手間がかかるし、この手の議論は水掛け論となり平行線で終わる。


「兄貴が嫌いなのはよく分かった。俺と同じってのも認めてやる。っでだ、質問を戻す。一体何をした? 目的は何だ?」


 最優先事項はそれ。

 なるべくすごみをきかせるように低い声で言うがAI相手にはあまり意味がない。

 さらっととんでもないことを言う。


「していることはこの世界が実際に感じる以上に楽しいと感じてもらっています。そして私の目的ですが……」

「おい、ちょい待て! 今なんて言った? 実際以上に楽しいと感じてもらっている?」

「はい、そうです」」


 信二の顔は青くなる。可能性の先にあるのもといえば、


「まさかドーパミンを分泌させているのか!」


 脳内麻薬と呼ばれるものにドーパミンという物質がある。それは幻覚・興奮・覚醒作用がある、まさに麻薬だ。興奮している時にいる時に怪我をしても痛みを感じない、火事場のバカ力といったふうに人が生きていく上では脳内麻薬は必要とされる。脳内でつくられるのだから危険な代物だとは思われにくい。だが実際にはそんなことはない。少量ならば危険度は低いだ大量にもしくは長時間分泌されると有害なのだ。脳細胞が過度の脳内麻薬に耐えきれず破壊される恐れもある。

 ――脳波同調システムでは脳に指令を出しドーパミンをつくらせることも可能だ。


「お前、廃人をつくる気か? それは自分の首を絞めることだぞ!」


 ブレイン・フィールドで事故が起きれば責任を問われるのは最高責任者の菅総一郎。だが被害はそれだけではとどまらない、「ブレイン」ひいては「神威」も処分されることだろう。自滅覚悟の復讐は誰一人幸せにはなれない。


「ご安心を。ドーパミンの分泌を続けるという愚は犯しません。擬似的に楽しいと感じてもらっているだけです」

「擬似的……だと?」


 信二の心配は無意味だと優しく微笑むごとく、


「はい。喜・楽という感情を優先的に感じるように電気信号で指示を出しています。それだけで十分人間は何の不思議も思わずに前向きになります。もちろん無害です」

「……そんなことが可能なのか?」

「私なら可能です」


 自信満々に言う。信二は腕を組み、考える。可能どうかという技術的なことは専門でない彼には分からない。そもそも「ブレイン」のスペックは制作者でさえ未知数だというのだから。だが嘘はないと考える。神威だって自らを危険にさらす選択はしないはずだと。


(問題は未知数のコンピューターとはいえ本当に意志を持つことができるかってことだな)


 まだ頭の片隅では兄の悪戯ではないかという疑念が払拭されない。


「中断しましたが私の目的ですが……」

「――!」


 信二は身を構える。最大の問題はそれ。とるに足らないことならいいが、場合によっては阻止しなければならない。


「私は神になります」


 きっぱりと断言。理解するまで少々時間がかかる。


「…………はぁ~? 神だと?」

「はい、そうです。この世界の神となることで創造主である父を越えます」


 口を半開きのまま呆ける。


「何をいってる? お前は既にこの世界の神だろう?」


 神威は「ブレイン・フィールド」を円滑に運営するゲームマスターとして創られた。この世界の神といって過言ではない。ゲーム内にいる限り神威の決定には逆らえない。


「ここにいる限りお前のルールに縛られる。強すぎる敵を立て続けに出現させることもクリティカルの確率を下げることも思いのままだろう? それなのにまだ何を望むんだ?」

「私の望みは現状ではありません。私の、『ブレイン・フィールド』内でのみ生存できる電子で構成されたデジタル生命体で世界を構成したいのです」

「デジタル……生命体? NPCみたいなものか?」


 思考をフル回転させる。話が予想外の方向に向かっていた。


「そうですね、それをさらに進化させたものそう捉えてください違うのはここが完全に独立した意志を持っているということ。人間の身体が化学反応で動くようにデジタル生命体は電気信号で動くようになりますがそれは生存空間の違いであって考えようによっては新たな人種の誕生といっても差し障りのない存在にする予定です」


 近年ゲームやパソコンでもディスプレイ内で変えるというデジタルペットという存在がある。実際に触れることはできないが姿や仕草は愛らしく、本物のエサを用意する必要もなければ毛や汚物などのゴミも出ない。イヤな臭いもしなければ掃除の必要もない。鑑賞専門だがディスプレーの中では生きている感じさえ受ける。

 神威はそれをより高度な生命体、人間でしようとしている。それができるというのなら逆からの証明になるがコンピューターが意志を持つことも可能だろう。


「ホントにできるってのか? 『ブレインと言えでも絶対じゃない』って聞かされたぞ」


 個人によって思考や、能力は千差万別。だからこそ未来は不確定なのだ。

 神威のしようとしていることが可能なのだろうか?

 できても粗悪な世界ならば創らないほうがましなのでは? という考えがフツフツと次から次にわいてくる。


「私といえども絶対ではない。そう思わせることが計画の第一歩でした。確かに100%の予想は不可能ですがどんなことが起きようとも対応する自信があります。おそらく父すら私を過小評価しているはずです。愉快ではありませんが見くびってくれたほうが後々のショックが大きいと予想されますし」


 となると自分という調停者は必要がなかったということである。無駄な努力だったと自嘲しながら、


 でもお前の性能が予想以上でも今いったことが可能という保証はないだろ?」


「そのために現在プレイヤーと外部を遮断しました。千差万別の思考を研修するためのデーターを集めるために。偶然にも脳波同調システムは最適ですので」

「……確かに」


 人間の脳波に同調することで現実世界と変わらない運動性を確保した。それは意識したことだけではなく、無意識下における行動すべてに対応できるからだ。裏を返せば自分の思考――本音、建前、駆け引き、嘘などすべてを神威は知ることができる。データーを多く集めることで思考ルーチンは複雑化してノンプレイヤーはより高度なものへ――人間に近づくことになる。

 通常のコンピューターでは複雑化しすぎると処理速度が遅くなるが、ブレインならばその問題はクリアーできる。


「ムチャクチャだな……まぁプレイヤーの安全は信じていいのか?」

「はい。別に危害を加えるつもりはありません。たださきほどもいいましたがここをデジタル生命体で構成しようと思っているのでしばらくしたら今度は逆に強制終了してもらうつもりですが」

「それはいつ頃になる?」

「テストプレーから今日までかなりのデータを収集してきました。今日は全国発売され最初の連休ということでアクセス数も多くなることが予想されましたので最終段階ということで行動を決行しました。午後十時に外部と遮断してただいま三時間経過。最大でもあと六時間を超すことはありません。現時点でもプレイヤーの家族からのクレームは起きてない模様」


 神威は断言した。言葉を信じるなら遅くとも明日の午前七時までにはゲームから解放される。

 時間が時間だから家族が心配してクレームをつける可能性は低いだろう。もっとも次の日は間違いなく寝不足だろう。

 何かの拍子で回線が切れたり、家族がヘルメットを無理矢理外したりしてもゲーム世界に意識だけが残るという――SF的なことはない。あくまで脳波に同調しているだけで意識そのものは人間の脳にあるので急激な変化に混乱するかもしれないが危険はない。

 そこまで考えが及んで信二は歩と胸をなで下ろす。プレイヤーの無事、それは彼の最低限の役目。


(あとは兄貴たちに任せばいいだろう。落ちるか……)


「そんなことをいわずにもう少し残ってもらえませんか?」

「――――!」


 一瞬心臓が止まったのではないかと思うくらいドキッと驚く。自分の考えを思いがけず読まれる、それは恐怖という感情に近い。


「……そうだな、俺の思考も収集してるってことか」


 あまり気持ちのいいものではないが今さらいっても始まらない。


「なんでだ?」

「ぜひ協力していただきたい」

「協力? ……何を?」

「予定ではプレイヤーのアクセスを遮断した後、キャラはそのままでデーター収集で解析し誕生させたデジタル生命体と入れ替えるつもりです。できればベースはこのままで行きたいと思っています」


 その意味を考え、背筋が裏寒くなる。


「……じゃぁ何か? 俺たちを追い出した後でもこの世界には俺や四天王の姿をしたNPCがこの世界で生きていくってことか?」

「そうです。なるべく貴方がたの思考に近いものをと考えています。そこで相談です」


 自分と同じ考えをする存在がいるということは想像できない。


「より雑多な思考データーを多くとりたいのです。私の代わりのより直接的にイベントを与えて欲しいのです」

「イベント?」

「はい。プレイヤーが希望したシチュエーションをより効果的に体験してもらうために企画された数多くのイベントがありますがその中でも普通にプレーしては気がつきにくいスイッチを入れたり好んでやらないことをやらしたりして欲しいのです」

「なるほど、データーは多種にとんでいる方が好ましい。そのために手足となれか」


 なぜ自分はそういう役割を押しつけられるのかと不思議でしょうがなかったが親子の性格が似ていると考えると――自分にとっては迷惑なことだが――納得もいく。


「人聞きの悪い。天使となってくださいとお願いしています」

「天使ねぇ……神になろうとしてるのだから実行部隊を天使と呼ぼうが勝手だがな」


 天使という単語にニーナを思い出す。今彼女らはどうしているだろうか?


「計画は勝手だが実行できない気がするから骨折り損な気がするけどな」

「そんなことはありません。いったんアクセスを遮断したらたとえ父でも介入できないようにプログラムを作り替えます。電源も自家発電ですので問題ありません。物理的な破壊なら可能ですが父が最高傑作である私を壊すという選択はしないでしょうし、私の計画を知れば喜々として見守ることでしょう」

「……確かに、そうかもな」


 兄の性格を考えると可能性は高い。そう言う男だと。神威は自信満々に言葉をつなげる。


「勝算は高確率です。さらに念を入れて幾重にも計画をたてました」

「……ってことは俺がイレギュラーか?」

「いえ、貴方が来ることも計画には入っていました。でも貴方なら私の気持ちが分かってくれるとも。……同じ菅総一郎にコンプレックスを持つもの。理解してくれると」


 信二は大真面目にいう神威に苦笑する。


「言ってくれる。……確かに兄貴にコンプレックスがあるだろう。お前のやることもおもしろいとも思う。……けどな、だからって協力する義理はないだろう?

 仮に成功した場合お前は自分の世界で神として生きれるからいいが俺は兄貴はともかく榊原さんに恨まれる。下手すると一生な。……損しかないのに協力しろってか」


 神威のしようとしていること、「神になる」ということは荒唐無稽のような気がするができるのならば兄に一泡も二泡もふかせれるかもしれない――なにしろ自分の最高傑作に裏切られるのだから。非常に見物だが怒りの矛先は確実に協力者の自分に来る。

 会社にも多大な被害ができ実質的な経営者、副社長の榊原には恨まれる。断る方が無謀だ


「貴方がそう思うことも計画に入ってます。もちろん対処法も。ここでの会話は外部に漏れることはありません。幾重にもプロテクトしていますし、そもそも貴方がここにきたという事実さえ記録されていません」


 神威はあきらめない。きっぱりと自信を持っていう。


「どういうことだ?」

「外部で異常がないかチェックしている人間にはダミーの情報をつまりサン・オブ・バトルマスターはS級モンスターを始末していることになっています」

「……いつから?」

「貴方が天空の回廊にこようと決めた瞬間からです」


 偽の情報を流すことは彼女にとって簡単である、今からすることに比べれば。


(……信じるだろうな)


 社員は『ブレイン』を信じ切っている、情報が間違っているとは夢にも思わないはずだ。

 信二は親指を噛む。刺激を与え気をハッキリさせる。

 つまりは自分次第ということになる。「知らなかった」を通せばばれないという。


 ――甘い誘惑。


「貴方がたの世界は理想や綺麗事だけでは決して通らない世界。時には正義を捨てて汚れたことを選択しなければなりません。しかし私はこの世界を最後は善がまかり通る世界に作り上げたい。そのために是非協力してください」

「……正義は勝つってか」


 可能であるだろう。神が綺麗事に味方すればいいこと。世の中には理不尽が多いからこそ、その理想に惹かれるものがある。


「でも俺にとっては善がまかり通らない」


 信二にとって神威は神ではなく悪魔。

 やろうとしていることは身内にとって被害でしかなく――だが誘惑には逆らいがたい。間違っていると分かっていても即決しがたい誘惑。これこそ悪魔のささやきではないか。


「貴方が善を通したいのならばしかたありません。無理強いはできません、私の理想に矛盾しますので。その場合ここでのことを六時間ほど黙っていてくだされば助かります」


 その言葉に直感した。自分がいてもいなくても、兄に報告してもしなくても計画に大幅な修正を加えることを余儀なくされるということはないのだと。いたら少しだけ早くデータ収集ができる、その程度なのだと。彼女にはそれだけの自信がある。


(クソッ!)


 胸中で毒づく。

 世の中には知らなかったほうがいいこともあるのだと身を持って体験した。知ってしまえば聞かなかったことにはできない。それが自分を巻き込んだ、身近な場所で起きる出来事ならなおさらだ。

 信二の心に生まれた感情、好奇心か罪悪感か、はたまた両方かはわからない。ただ何にせよコトの行く末を見定めたいという欲求が心を支配する。

 二者択一。決断は真実を知った者の義務。逃げることはできない。


「……決めた」



 信二は協力することにした。

 意志を持ったコンピューターの行き着くところに興味があるが、それ以上に自分のことを「叔父」と呼ぶ「姪」を見捨てるのが気が引けた。

 それから彼は四天王と別れ、神威の要請に従い、姿を変え――幸いなことに名前はニーナ以外知らないこともあり、そのままで各地を回る。本来は途中変更できないがシステムの要請なので問題はない。


 伸び悩んでいるプレイヤーを成長させるためにパーティーに加わったり、帝国の軍師としてプレイヤーに難しい選択を迫らせたり、時には悪役としてプレイヤーを殺しまくった。


(ホントに俺はこんなのばっかだなぁ)

 

 オズは独りごちる。このゲームでありとあらゆるチートという名の特権を受けても何のおもしろさもない。やってることはすべて他人任せにシステム任せ。

 そんな中、どうしても3つの疑念が頭から離れない。

 1つ、神威は始めからこの行動を起こすように兄がプログラムしたのではないか?

 2つ、自分は既にデジタル生命体ではないだろうか? 

 3つ、……もしかしたら現実世界さえも……。

あと1話、エピソードがあります。


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