エピソード0-2
『ブレイン・フィールド』
史上最高のゲームの本当の制作理由は公表されていないし、今後もされることはないだろう。
副社長で菅総一郎の親友でもある榊原崇が公表を控えた。諸説、憶測は数多く流布されている。
従来、親や学校で教えてきたものの最近では教え切れていない倫理観や常識、正義感を仮想現実で実際に体験させて最悪の過程を経験させることで植え付けようとするシミュレーションの予行。スーパーコンピューター「ブレイン」によって実用可能となった「脳波同調システム」を使って試聴障害者や聴覚障害者、また脳が正常の植物人間になった人たちにコミュニケーションの手伝いをとるためのデーターをとるためともいわれている。
だが本当のところは違う。良識のある人間なら誰が言えよう。弟との会話で浮かんだ思いつきだと。
(俺にとってはたわいない皮肉だったんだけどなぁ)
あの日、総一郎は久しぶりに家に帰ってきた。
それまで「ブレイン」の開発で研究所に籠もっていたのだがメドがついたからだ。
彼にとって出来のよすぎる兄は別に嫌いではなかった。歳が離れているせいもあり、あからさまに比べられることはなかった。たとえ歳が近かったとしても、知能は低くても常識人であるのでむしろ自分のほうが褒められたのではないかという自信もある。
時々突飛な発想と行動力。専門用語満載で長話するクセには家族だけでなく知人さえも多大な被害を受けている。
そんな兄でもはぼ半年ぶりの再会だったから長話にもつきやってやろうとして、後悔した。パソコン程度ならともかく、コンピューターや電子工学などの専門用語は高校生になったばかりの少年にわかるはずもなかった。
それでも嬉しそうに――というより子供のように無邪気に語る兄を不機嫌にさせることもないと理解に努めた。といって理解できたのは超高性能のコンピューターの開発に成功したということくらいだった。
「で、兄貴はそれで何をする気なんだ?」
国家すら巻き込んだプロジェクトだが菅総一郎という男が自分で使うことを考えていないわけはない。痩せ形の青年は頭を掻きながらユラユラと体を動かす。落ち着きのないその様は見るからに頼りない。
「んー、それが問題なんだよなぁ~。可能になる不可能が多くて。……魔法使いにでもなった気分だ」
科学者の発言にしては適切とは思えない言葉をよく彼は口にする。
「ふーん、可能になる不可能ねぇ。……たとえば漫画でよくあるコンピュータのつくった仮想現実でゲームできるとかもできるんだ」
コーヒーを飲みながらいった思いつき。弟の言葉に兄はぴくっと動きを止め、しばしの黙考。
「…………それは、おもしろい」
というのがことの始まりだ。おもしろいか、おもしろくないか。おうおうにそれが総一郎の行動基準となる。
実現までの経緯は決して楽なものではなかった。特に政治的な問題が大きかった。「ブレイン」で可能になるであろう様々なプロジェクトを実現させるために失敗しても問題の少ないところで実験し、技術の完成をすべきだという名目でごり押しし、周囲を納得させていった。
それから1年後、システムが完成しいざモニターテストという段階で信二は呼び出された。プロジェクトに参加して欲しいという理由で。
「何で俺? 人は腐るほどいるだろう?」
理由を尋ねた相手、副社長の榊原は少年の目から見ても心配になるくらいひどく疲れていた。原因が兄だとわかりきっているだけに非常に申し訳ない気分になる。
「いざ一般公開をした際、軌道にのるまでは社員は手が離せないんでゲーム内に人を派遣する余裕が無いんだ。万全な体勢でするつもりだけどね。何でもできるゲームってのは制作サイドからすると逆に何が起こるのかわからないんだ。さすがの『ブレイン』も何千、何万の人間の行動や思考までは予想不可能なんだ」
「『ブレイン』といえども絶対ではないってことね」
当たり前のことなので驚きもしない。だがその言葉に榊原は表情に影を落とす。おそらく『ブレイン』を一番期待していたのは彼なのだろう。
「そういうことだね。『ブレイン』だけは例外的に絶対だったといいたかったんだけど」
制作サイドがいずれ使う予定で用意しておいた難易度の高い敵やイベントのスイッチを序盤で偶然何も知らないプレイヤーがスイッチを入れる可能性がある。
解決できればいいが出来なくてゲームが混乱する場合もある。その場合どうしても外部からでは対応が遅れる上に収集が不自然になるといういうのがシミュレーションの結果。それに比べ内部事情に通じているプレイヤーがそれとなくイベントを終わらせた方が速く、手間もかからない。
菅総一郎という人物を極力表に出したくない会社側としては白羽の矢を立てるべき相手はおのずと決まってくる。
「それに最強のプレイヤーがいるだけで強さを求めるプレイヤーには目標となるから1つイベントができて一石二鳥だし」
「……狼に狙われる羊になれと、俺に」
「大丈夫、心配しなくても百獣の王になってもらうよ。何しろ序盤でS級の事件を解決しなければならない可能性もあるからね」
断ることもできたのだが引き受けることにした。新感覚のゲームをいち早く体験できるというメリットと、このゲームが制作される原因をつくったという負い目――完成までの苦労は並大抵のものではなく、誰も表だっていわないものの不満な矛先はいうまでもなく自分たち兄弟――のせいで面倒くさく、見返りのない依頼を受けることにした。
それから時間さえあれば強くなるための訓練に当てられた。
現実そっくりといってもそこはコンピューターがつくる仮想現実。重力の軽さ、イメージでも動けるという特性、カウンター特性、連続攻撃時にボーナス、スピード特性などという現実とのズレ。ステイタスの壁の突破のしかた。
また視覚以外での情報の取り扱い。
いわば制作者しか知らない一般プレイヤーから見ればチートとも言える仕組みを完璧に理解・実践させられた。
次に武器や特殊能力などを使いこなせるようになる練習。
その後に最終テストとして全戦闘用ノンプレイヤーとの実践。開発者側のプレイヤーキャラとの戦闘。
特訓の末強くなったが兄が求めるレベルではなかった。攻略法を教わったせいで対ノンプレイヤー戦は勝率が100%になったが対プレイヤーは70%前後とムラがある。
「……俺のパラメーターを上げる?」
いつものようにいつものごとく、兄の言葉は突然で人を驚かす。
「ああ、練習相手が開発者とはいえ、この勝率で最強は名乗れないだろう。モニターテストまで時間もないしパラメータいじるのが一番手っ取り早いだろ」
「ちょい待て! チートってやつじゃないのか?」
「大丈夫、ダイジョーブ! その辺は考えてるから、キチンと」
陽気な兄のとは裏腹に憔悴しきっている代わりに控えた顔ぶれ。また思いつきで人の迷惑顧みず計画立てたのだと気がついてはいるが口に出せなかった。
「……っでどうすんの?」
「それはな、……崇まかせた?」
「……はいはい」
信二はここ数年、榊原の元気一杯な姿を見ていないが今日の彼は記憶にないくらい疲れ果てている。肌につやが無く目クマでくぼんで見える。なんといっても彼が一番負担が大きい。
自分もそれなりに被害者のはずだが榊原を見ると文句も言えない。
「本来振り分けることができる200のパラメーターだけど信二くんには250の数値にする。もちろん信二くんだけを特別扱いさせるとバランスが崩れるので代わりに必殺技を封印することにした」
「……必殺技の代わりにパラメーターの数値を増やすってこと?」
普通ならできないことだが、それは制作側の強み。有利な設定をつくることは朝飯前だ。
「そういうこと。大ダメージを簡単に与えれなくなるのはつらいけど総のいうとおり価値はあると思う。信二くんは通常攻撃は上手いから」
このゲームのパラメーターの数字は大まかなモノである。当初の計画ではもっと細かなステータスに数字を振り分ける予定であった。だが2つの理由でそれは頓挫した。
1つは人間は簡単に死にやすいということ。
HPを3桁4桁にしたところで、急所を貫かれると死ぬ。それどころ打ち所が悪いとあっさりと死ぬ。そんな即死につながるクリティカルを表現するするのにHPが高いと違和感があるという意見が出てきた。即死特性をなくすかという意見もあったがリアルと似た世界を作る以上、ゲームとリアルが一緒に思う人間が出て、現実でも人間は丈夫だと考えられて暴力、事件が起きたら目も当てられない。
2つに人間は自分の身体の性能すら完全に使い切れない。
人間にはムラがある。精神面、体調面で常に動きは一定ではない。たとえば100mをベストで11秒で走れるとしてそれを常に出せるというわけではない。だがブレインフィールドではパラメーターの数値は動かせる最高値であり常に一定である。すなわち100m10秒で常に走れる。
それがその操る人間の認識範囲なら問題ないが、100m15秒台の人間に6秒で走れるキャラを使えるかどうかははなはだ疑問であった。
また人間は普段無意識で力をセーブしている。100%の力を出すと身体に負担がかかり壊れてしまうからだ。
どんなステイタスも使われなければ意味が無い。ということでOF、DF、SPとざっくりと振り分けて、その数値をもとに隠しパラメーターとしてステイタスを設けることにした。
人間が使えない領域の攻撃力や防御力をある程度使えるようにした方が爽快感があるだろうと判断した。
そうはいってもやはり自分の肉体を動かすように動かすゲームであるとどうしても無意識のセーブはどうしようもない。だが信二にはそこを逆に利用した方法をとらせていた。ステイタスの壁を突破――ゲームであるから大丈夫を思い込み最高値を常に使えるようにした。火事場の馬鹿力を常に使うことにより戦闘を有利にするようにしていた。パラメータアップは数値以上に有利になるはずだ。
「それに大ダメージは強力な魔法でって手もあるし。なんなら武器を得意なブーメランにしてもいいし」
一通りすべての武器を練習したが信二にはブーメランが性に合っていた。
特殊技能「操作」でいったん空高くまでとばし、戻る時に回転と重力によりスピードがのり、破壊力が増すという特性が彼の戦闘スタイルに合っていた。ブーメランを投げて攻撃する、もしくはその間素手で格闘する。投げるという行為はトドメに一撃にも、牽制にもなり、相手からしてみれば二者択一となる。複雑な駆け引きよりも単純な駆け引きのほうがプレイヤーは悩みやすい。コレはテストで実証済みだ。
既存の格闘ゲーム以上に高度な駆け引きは確かにできる。だが実際に生死をかけて戦った経験をした人間がほとんどいないし、疑似とはいえ戦闘中の興奮状態で相手の細かい動きに気がつける人間も少ない。わかりやすい引っかけのほうが成功率は高い。
ただ最強プレイヤーの武器としてはどうかという声があり、お蔵入りになる寸前だった。
「それに『瞬間移動』を使いこなせば敵はいないだろ」
「……兄貴、これは確実にチートだろうよ」
他人事のようにいう兄の言葉に頭を抱える。
『瞬間移動』は総一郎考案の特殊技能。使う際今現在いる位置を〇とし、移動したい座標をX,Y,Z軸の数値を音声入力しなければならない。使い勝手が悪く使いこなせているのは考案者のみという代物。
(勘弁してくれ)
泣き言をいいたくとも状況はそれを許さなかった。何しろ時間がなかった。急ピッチで新しい身体と特殊技能に慣れ、最終テストとしてゲーム内の高レベルの戦闘用ノンプレイヤー千体総当たりバトルをさせられる羽目になった。
信二は楽しむためにこのゲームをしているわけではない。楽しませるためにプレイしているのだ。そんな彼が今まで気がつかなかった異変が生じている。
(……俺だから気がついたはずだ。バランスが崩れていることは大したことじゃない、問題なのは……)
――深刻な問題。
誰もが気がついてもおかしくないのに誰も気がついていないということ。これはあり得ないことだった。
この問題は開発サイドに人間とは言え対処する術を知らない信二にとってできることは「天空の回廊」に行くこと。そこでは内部にいながら外部と連絡が取れる唯一の場所なのだ。
▼
「……何ここ」
ゲートで移動した場所を見てニーナは呟く。ここには比喩でもなく何もなかったからだ。強いていうなら白い空間。大きな半円のドームの中という印象を受ける。
「ここは『天空の回廊』の入り口、『資格の間』です」
突如合成音でアナウンスが聞こえてきた。何も無かった空間から白くそして淡く光を放つ勾玉が現れ、バトルマスターの目線の高さで浮かんでいる。勾玉が音声を発するという現象は普通なら奇怪であるが誰も驚いてはいない。むしろ何をいまさらという顔でさえいる。
ゲーム開始時、キャラメイキング等の個々人への説明をしたのがこの勾玉であるし、彼らが称号を得たことを告げたのもコレだ。もっというならゲーム制作会社「久遠社」のシンボルマークも勾玉である。
なぜ勾玉か? 大したことではないが理由はある。菅総一郎はなぜか日本文化にこだわる。会社設立の際、名前も榊原は「世界に通じるように横文字にしよう」と主張したが「逆に日本語で世界に立ち向かうんだ」と頑として引かず榊原が折れた。シンボルマークも同様に「日本固有なもの」という信念から勾玉になった。彼は他人から見ればくだらないと思われる信念・こだわりを持っており、それに対しては非常に頑固で周りの迷惑も顧みない。
「ブレイン」も当初は日本語で名付けられる予定だったのだが、国等のスポンサーが嫌い了承なしに正式発表したという経緯さえある。
「……確認します。サン・オブ・バトルマスター。エンジェル。剣王。重戦車。ジェネラル。以上5人ですね」
「ええ」
いつもバトルマスターが思っている強さの順位で名前を呼び上げるという偶然に驚くが表情には出さずに勾玉の指示を待つ。
「サン・オブ・バトルマスターは既に資格を有しています。ほかの4名は資格を有していません。資格を得るために試練に挑戦しますか?」
「ちょっと! 何でマスターだけ特別扱いよ!」
ニーナがバトルマスターに詰め寄り、整った美貌に怒りを露わにする。
「僕にいわれましても……文句はあちらに」
彼女の性格からすれば怒りもよくわかるがつきあっていられない。勾玉を指し責任転嫁する。真に受けたのか、勾玉に顔を寄せ、
「どうしてよ!」
「最強の称号の特権です」
当然のことながら勾玉は口調ひとつ変えずに平然と言う。
基本的に称号はコンピューター任せでもいいが自分でもつけられる。自分ならこう呼ばれたいという願望からかほとんどのプレイヤーが自作する。
だが信二の称号は最強の称号として彼専用にテストプレーの段階から総一郎によってつくられていた。ある意味この世界の神である菅総一郎の弟ということは「神の血を引くもの」で、それに最強というエッセンスを加えて「闘神の直系」となった。
「何でよ! 納得いかない!」
「規則です」
凄い剣幕のニーナ見て――勾玉にムキになるなよ――と心の中でつっこみを入れる。
「ニーナ、いいじゃねぇか。その試練受ければいいだけのことだけだろう」
クロードがヤケに陽気に口を挟む。
「いや、クロード。どちらかといえばそれも無駄です。僕の用事はすぐ済むんですからここで待っていてください」
バトルマスターは不自然にならないようにやんわりと止める。資格云々は関係者が非関係者といた場合に起きるいわば方便。関係者のみしかこの先には進めない。
「でもぉ、待つ間の暇つぶしのくらいにはぁ、なるでしょうから~。受けてみたいですぅ」
「俺もモエに同意! この手の試練って相場が戦闘だよなぁ」
とりつく島もないモエとクロード。
「あたしもするわよ。……ああ! ムカツク! なんでマスターばっか特別扱いよ!」
プリプリと怒りながらニーナも続いて参加表明。
「……君も、ですか?」
「モチロン」
ダメ元でランディにも聞いてみたがやはりダメだった。
(頭、痛い)
あまりにも我の強いというか人のいうことを聞かない連中に手を焼く。
「意志を確認しました。四名にはこちらの用意した相手と1対1のデュエルをしてもらいます」
――ブーン
遠くで起動音が聞こえる。勾玉の遥か後方に4人の人影が現れた。遠いのでそれがどんな相手なのかまでは確認できない。
「サン・オブ・バトルマスターはどうしますか? 待ちますか? 先に進みますか?」
「先に進みます」
答えの決まりきったことを行ってくるので即答する。
「えぇぇ! サンちゃん、待っててくれないんですかぁ?」
「……えっと、モエ。僕はさっきいったでしょう。すぐ終わるから待っててくれと。1対1のデュエルを全員終わるまで僕が待つのは何か矛盾を感じますよ。それに僕以外には天空の回廊には用がないんですから」
「でもぉー」
子供をなだめる感じで説得するがなおも食い下がろうとするモエ、しかし意外にもニーナが説得に加わる。
「いいじゃない、さっさと倒して追いかければいいだけのことでしょ」
「…………はい」
「ということです」
とりあえずモエが納得したので勾玉にもう一度伝える。クロードとランディの意志は確認していないがニーナの言葉が聞いたのか幸いにも何も言ってこないことをいいことに敢えて無視を決め込む。
「了承しました。では扉に向かってください」
先ほど現れた4人の後ろに音もなく鉄製の扉が出現した。見覚えがある。最終目的地点へと繋がる扉だ。
「ではお先に。無理はしないように」
軽く会釈をして1人歩いていく。
「――――!」
門にある程度近づくと対戦相手として用意されたノンプレイヤーの姿が確認できる。その相手に驚く。
「……ガーディアン、だと? どういうことだ?」
ボディにピッタリとフィットした真っ赤なボディスーツは着た少女たちはみね麗しげな顔とは裏腹に無表情で立っている。
髪の色こそ金、銀、黒、茶色と全員違うものの顔は同一。
彼女たちにバトルマスターは見覚えがあった。
ガーディアン――最高クラスの武器や防具の置かれているダンジョンを護る最後の番人。武器は剣を使うが肉弾戦のみならず魔法も使える万能タイプで非常にバランスがいい。本来は数人がかりで倒すくらいのレベルの敵である。
(まぁ、いいか)
不自然きわまりなくコレも異変の一端かとも思うが考えるのを止める。早急に外部に連絡をとればわかることだし、四天王なら放っておいても大丈夫だとも思う。
(どうせデュエルだそ、負けても死ぬわけじゃないし、……案外勝つかもな)
バトルマスターは扉に手をかけた。




