第八話 勇者VS魔王
最近になってさらに騒がしくなったカジノ区画。中でもその中心にある魔導遊技機専門店『ハデス』は今日も多くの客で賑わっている。先月行われたリオン王子来店記念イベント。あれを切っ掛けにイベントを少しずつやることにしたのが賑わっている原因の一つかもしれない。
だが、その他にも要因がある。オーナーが雇った男、岡崎清龍。彼の出した『魔導遊技機大全』はその値段の安さという手伝いもあってか大好評の売れ行きだ。回胴式魔導遊技機を打つ人々の聖書の様に扱われている。
そして、先月号で明らかにされた事、それは設定という概念だ。客の中にはなんとなく気付いていた人もいたが、それが明確化され明らかになったのだ。それを『魔導遊技機大全』に載せた清龍は魔導遊技機を極めた男とまで呼ばれ、カリスマライター『龍』の名と共に有名人と化している。非番で回胴式魔導遊技機を打ちに来ている時にサインを強請られ、大好きな『ハリケーン』を集中して打てないとぼやいていたりするのだが――。
そんなハデスに最近お忍びでやってきている魔族がいる。魔族を統べるもの――魔王ロゴスと側近の吸血鬼アクドであった。いつの日かロゴスは何食わぬ顔でハデスにやってきて遊び始めた。だが、見る人から見れば魔族の中でも最高位、もしくはそれに近い力や魔力を持っているとバレバレであった。来るたびに店長のアルゼリオ自らが監視に立ち注意して見守っている。まぁ、人に手を出すことは無いし、回胴式魔導遊技機を楽しそうに打つし、清龍にサインをもらっているし、正直店員一同問題を起こすことは無いと思っている。お供で来ている吸血鬼のアクドはアリスに付きまとっていた為、一度注意を受けていたが……。
そして魔王ロゴスは、今日もいつもと同じように遊びに来ていたのだ。ただ、今日はいつもとは違う。魔王ロゴスがではない、他に会わせてはいけない客が来ているのだ。勇者クロス――今日のハデスには彼が来店していた。勇者と魔王二人が出会うとき物語は動き始める――。
魔導遊技機専門店『ハデス』その通路。二人の男は睨みあい動かない。一触即発の空気を感じ取ったのか周りにいる客は店員の呼び出しボタンをひたすら押していた。睨みあう二人の周りには闘気や魔力が渦巻いており一種の異世界に近い空間になっている。
「おいおい、やる気なのか? ……ここで」
そう口にしたのは漆黒の衣を纏い黄金の瞳を持つ魔王――ロゴスだ。いつもニコニコと笑顔を振りまき回胴式魔導遊技機で遊び、大当たりするたびに飲み物を両側の席の客の分まで買ってくる。そんないつもの魔王はここにはいない。今の彼こそが本来の姿――南大陸の魔族を平定する魔王ロゴスなのだ。
「お前が魔王ロゴスか……人々に恐怖と混沌を与えんとする者――成程、それも頷ける。まさかこんな場所で会うとはな。魔王覚悟しろ!!」
腰に差している聖剣を今にも抜きそうな男――勇者クロス。精霊に祝福され、力や魔法が人並み外れている実力者。だが闘気や魔力を外に出さず聖剣を持っていなければ勇者とはわからない。なぜならいかにも魔王スタイルなロゴスに対し、勇者クロスは私服だ。しかも部屋着と間違うレベルの恰好である。聖剣とのバランスが明らかにミスマッチだ。
「待て待て待て!」
勇者が聖剣を抜きかけた所で、手を前に出し慌てた様子の魔王が言った。
「怖気づいたか! 魔王ロゴス!」
その言葉に対し、聖剣を見て怯えていると判断した勇者は自分が優位に立っていると感じ声を荒げた。
「これを見ろ勇者!!」
魔王が指で示した場所にはハデスの規約が掲げられている。『第七条、店内のお客様同士による抗争はご遠慮ください』そう書かれていた。
「我は出禁にされたくない!!」
その言葉を聞いて勇者は一瞬放心する。――南大陸の魔族を平定する魔王がハデスの出禁を恐れている。その事実が信じられなかったのだ。
「じゃあどうするんだ! 俺はこの抜きかけた聖剣をそのままおさめるなんて御免だぜ」
勇者の言い分も尤もだ。戦うのが宿命な二人が邂逅したのだから。
「突然だが勇者よ、お前は『龍とアリスの連れスロ!』の放送を見ているか!?」
何故魔王がその番組の名を知っているのかわからないが、勇者は自分が欠かさず見ている番組の名を出され反射的に答える。
「欠かさず見ているさ! だが、それがどうした!」
その返答に対し満足げに頷いた魔王は言う。
「ならばあの番組と同じ戦いをやろうではないか」
その言葉にピンと来た勇者は一つ頷いて返す。
「なるほど、それならば戦えそうだな……」
その言葉を聞いて魔王は――そしてその言葉を言った勇者も、お互いを見据えて言う。
「「じゃあはじめようか!! 差枚バトルを!!」」
魔導遊技機専門店『ハデス』ここで勇者と魔王による戦いの幕が上がった。
差枚バトル――制限時間を決め、その中で最終的な出玉から投資した分を引き、その差の枚数を比べ勝敗を争うものである。また、『龍とアリスの連れスロ!』の中でたびたび行われている対決で、ほとんど清龍が勝ち越している。非常に人気なこの番組の中で唯一清龍に、手加減しろ! だとか、アリスちゃんがかわいそうだ! とか非難が入る企画だ。
何故ここで差枚バトルになったのか、それについて後々二人は語る。番組を見ていつかやってみたかった――と。
制限時間を決め始まった差枚バトルだが、勇者は台に向かわずその場で何かをぶつぶつ呟いている。いったい何を――見ていた魔王の目の前でそれは起こった。
「うぉおおおおおおお! 精霊よ!! 俺に力を!!」
いきなり手を自分の上にかざし叫ぶ勇者。そして勇者に向かい小さな精霊の群れが集まってきて体を覆っていく。それを見ていた魔王は驚愕した、見ていたのは勇者のステータスだ。運が急上昇していく。
「ふざけるな勇者! 精霊の力を借りて運を上昇させるとか反則だろう! この鬼畜! 悪魔――すいません店員さん店長呼んでください! あの人魔法使ってますよ!」
直ぐにアルゼリオが呼ばれ、勇者をチェックする。
「魔法じゃないし、台に何かしてるわけじゃないしな……まぁ、一応セーフで」
無慈悲にも言い渡される店長のその言葉に魔王は一瞬放心する。だが――ならばこちらも。気を取り直した魔王は言葉を紡いでいく。
「くらえ! そこのメダルを大量に出している奴! 強運吸収!!」
そう言い終えると、五箱もの出玉を出していた若い男の体が光りを帯び、それが淡い粒子となって魔王に流れ込んでいく。
「てんちょー! 魔王が魔法使ってます!!」
「馬鹿者! これはスキルだから大丈夫だ!」
そう間髪言わず言い返す魔王の元へアルゼリオがやってきて力の限り殴り飛ばす。元SSランクの冒険者の力で殴られた魔王は空中を舞い、オリハルコン製の台に頭をぶつけた所で止まった。
「大丈夫なわけあるか! 次やったら出禁だからな!!」
そう言うと店長は運を吸われた客に謝りに向かった。頭をぶつけてから数分ピクリともしなかった魔王を見て勇者は怯えていた。――魔王が数分間ピクリとも動かなくなるとかあの店長何者だよ、という考えが頭をぐるぐるとまわっていたのだ。さらに待つこと数分、魔王が起き上がったところで差枚バトルは再開された。
勇者は『デル☆スラ』の筐体を見て回っていた。設定等の解析が明らかにされた今、目に見えていい台は落ちてはいない。だが、どこかにまだ残っているかも。その思いを抱き一つ一つ筐体を見ていく。そんな勇者に背後から声がかかった。
「ふはははは、そんな打ち方をして何が楽しい! 勝つなら大差をつけて勝つ。それが差枚バトルというものだ。矮小な勇者は小銭稼ぎでもしているといい」
そう言い残し去っていく魔王、方向からして恐らく『インペリアルブレイカー』を打つつもりだろう。魔族が徒党を組み、大当たり中は人間の国に侵攻し、人間を倒してメダルを獲得する魔族に人気な台だ。『ダンジョンマスター』とは対をなす存在である。――ならば。そんな考えを抱きながら勇者は魔王の後ろを追ったのだった。
勇者と魔王は辿り着く『インペリアルブレイカー』と『ダンジョンマスター』が隣り合わせで打てる台に。お互いと台しか見ていない二人は気づかなかったが、いつの間にか周りにはギャラリーが出来ていた。
隣り合わせで打ち始めた二人であったが、打ちながらにして舌戦は繰り広げられていた。勇者が目押しをミスると魔王が、魔王が演出で負けると勇者がお互いを煽っていく。
「ハッ、精霊の力を借りても目押しが出来ないんじゃなぁ」
「そっちこそ、他人から運を奪って外すとはな」
「あれはあいつの運がクズだっただけだ!」
そんな子供じみた言い争いをしつつ差枚バトルの時間は過ぎていくのだった。
数時間後、お互い運を高めあっただけあり二人とも二箱の出玉を獲得していた。もう終了までには時間が少ない。時間的にこれが最後となる大当たりとバトルの勝敗を賭けた演出を魔王が外す。そして勇者も同じく大当たりとバトルの勝敗を賭けた演出に入ろうとしていた。
「ここでレア小役を引けば……ホールの皆、魔王を倒す為に俺に力を!」
勇者が持つパーティから力を借り受けるスキルの集大成。それがここハデスで使用されようとしていた。勇者を応援するギャラリーから力が勇者に流れ込んでくる。そして勇者の右手は辺りを煌めかせるほど黄金の輝きに包まれている。それを見た魔王は店長に抗議するが魔法じゃないし、無理やり奪ってるわけでもないので良しと宣言する。
「いくぜええええええええええ! 魔王!!」
その言葉と共に黄金に輝く右手が振り下ろされた――レバーに向かって。
ゴキッ!
鈍い音が辺りに響く。どうやらオリハルコンのレバーを強くたたきすぎたせいで右手の骨が折れたようだ。――かまうもんか! そう思いながら勇者は右手を振り切った。
運命の第一停止ボタン。ここでレア小役が止まれば勝利確定だ。勇者は無事な左手を使いボタンを押し、リールを止める。ギャラリーが見守る中、止められたリールにはスイカやチェリー等の絵柄は見当たらない。――駄目なのか。――そう思った瞬間ホールに謎の声が聞こえてくる。
『勇者――あきらめないで!!』
それは天使か精霊の声だろうか。むなしくも停止したリールを一コマ持ち上げる奇跡が勇者の打っていた台に起きた。それを見ていた魔王は目を見開く、そんなばかな――魔法、スキルで上げようとすれば警報が鳴り響くはず――。店長も驚き、口をあけて奇跡の光景を見ていた。そしてチェリーを引いた勇者が魔王に向かって言う。
「魔王――俺の――勝ちだ!!」
勝利!! そう表示された液晶を背後に勇者は席から立ち上がる。辺りはギャラリーの歓声で包まれていた。魔王は地面に崩れ落ち動かない。
そして、魔王に向かって行く勇者。ギャラリーの歓声は一瞬にして沈黙に変わった。周りでは魔導遊技機の音だけが騒がしく聞こえている。勇者は屈むと魔王の肩に左手を置き、言葉をかける。
「いい勝負だった――。勇者と魔王の戦いのに相応しいほどの――な」
そんな声をかけられ魔王は顔を上げ勇者を見る。
「また――やろうぜ魔王」
言葉をかけられた魔王の頬には涙が伝っていた。
「次は――我が勝つ!」
その言葉を放つ魔王の目にはもう揺らぎが無い。勇者と魔王二人が手を取り合った瞬間、再びギャラリーの歓声が上がる。
「そういうのは別の場所でやってくれ……」
アルゼリオの呟きはギャラリーの歓声によって掻き消えたのだった。
勇者と魔王が差枚バトルを終えた後、ハデスの事務所で笑い声が木霊する。
「クックック……アーッハッハッハ」
勇者と魔王の対決の一部始終を通信用の魔導具を使い見ていたオーナーが爆笑していたのだ。まさかまだ実装していないはずの精霊アシスト機能を素で出せるとはね――。そんな事を呟きながらオーナーは考える。まだまだハデスは騒がしくなる――もっと私を楽しませてくれ――と。
はじめてコメディした気が……。