第七話 王子来店
王都エルランジの王子、リオン=アクロス=ユニバーサは王宮にある自室から通信用の魔導具から流れる番組を見ていた。回胴式魔導遊技機番組『龍とアリスの連れスロ!』である。カジノ区画に建築され半年以上立つ魔導遊技機専門店『ハデス』その中でただ遊ぶだけの番組だ。清龍の解説等も入るが、所詮は他人が遊んでいるものを眺めているだけだ。リオン王子は最初こんな番組は流行るはずがない、そう思っていた。だがその予想に反し、街の中では大変人気な番組になりつつある。
自分の予想が外れたことに驚き、所詮平民とは面白いと感じることが違うのかもなと自己完結した王子であったが、後学のために一度だけ見ておこうと思ったのだ。
番組が始まると二人の男女、清龍と呼ばれる男とアリスと呼ばれる女が映る。基本この二人でハデスの中へ行き魔導遊技機で遊ぶようだ。そして今回は『ノリ打ち』と呼ばれるルールでやるらしい。これは二人一組となり出玉を共有することの様だ。説明を聞くところ清龍はハデスにずっと通っているらしくプロと呼ばれている。
だが、アリスの方は最近やり始めたのかあまり詳しくないらしい。そこで、この番組内では清龍がアリスをフォローするためかノリ打ちのルールで打つことが多いようだ。初心者であるアリスのわからない事を解説する清龍は、魔導遊技機をやったことのないリオンにもわかりやすい説明だった。
その日の番組は『デル☆スラ』や『ダンジョンマスター』を打っていたが、リオンは『ダンジョンマスター』を食い入る様に見ていた。街の外にほとんど出たことの無いリオンにとって魔物を倒しダンジョンを攻略していく台が気に入ったのだ。
今回の番組は生放送で行われていたので六時間も放送時間があったが途中から見入っていたリオンにはあっという間に感じられた。
(他人が遊んでいるだけの番組は面白いはずがないと思っていたが……見ているだけでも結構面白いじゃないか。平民の間で流行っているのも頷ける)
番組の放送が終わり満足したリオンは執事を呼び、そして言う。
「余はハデスへ行く! 店に話をつけてまいれ」
それを聞いた執事は、承知いたしましたと返答すると部屋から出ていく。リオンはまだ遊んだことの無い魔導遊技機に胸を高鳴らせていた。
――王子来店。その知らせを聞いたハデスの店員は閉店後事務所に集まり緊急の会議を開いていた。
「来週、ハデスにリオン王子が来店するということなんだが……どうするか」
店長のアルゼリオが重々しく口を開く。アルゼリオは困っていた、お忍びで来る分には問題ない。だが、新しい遊びである魔導遊技機を扱った店ハデスを視察という形を取り堂々と遊びに来るというのだ。王子ということで他の客と同じ扱いには出来ない。だが、ハデスの規約ではお客様は平等なのだ。
「オーナーは何と仰っているのですか?」
そう問いかけるのは副店長である瑞穂だ。瑞穂はハデスが開店して以来オーナーの出鱈目さを目のあたりにしてきたので、オーナーに任せれば何とかなると思っていた。
「規約は曲げない、だが判断は君たちに任せる……と。それを聞いてベテランである君たちに意見を聞こうとこうして会議の場を設けたわけだ」
なるほど、と頷く瑞穂。オーナーがこちらに任せると言っている以上、オーナーが自ら動くことはないだろう。事務所に沈黙が訪れること数十秒、それを破る声が上がる。
「はいはいはーい! 普通に接客してればいいんじゃないですか?」
そう言ったのはウィルだ。こいつは話を聞いていたのだろうか、王族相手に普段の営業をしろと……下手したらアルゼリオの首が物理的に飛ぶ可能性だってある。そう考えつつくもった表情を見せるアルゼリオに他の店員が意見を言う。
「王子の台だけ隔離する、どうにかして出玉をだす。この二点が重要ですね、警護と機嫌の観点からですが……」
オープンからいる古参の店員、ライズが意見を述べる。ウィルと違い真面目で冷静な青年だ。以前は王国の竜騎士として若手の出世株だったらしい、何故そんな彼がここにいるのかは謎だが……。ライズの意見に対し、アルゼリオはそれしかないかと考える。だが平等という規約から他の客からの苦情が出てしまう可能性も高い。
「よろしいでしょうか?」
アルゼリオが考え込んでいると今度は主任のエマから声がかかる。
「いっそのこと王子来店記念というイベントを立ち上げてみてはどうでしょうか?」
それならば全体的に出玉を出す口実にもなり苦情が出ないかもしれない。そんなことを思っているとウィルが口をはさむ。
「じゃあ王子様専用台みたいなのも作ってその日はお祭りにしましょうよ!」
ウィルがまぶしい笑顔でそういうのだった。
会議で出た意見をオーナーに言うと、オーナーは声を上げ笑い出す。
「ふはははははは、イベントを企画するとはやるじゃないか。私の元居た世界でもイベントや王様シートなんかあったのを思い出したよ。よろしい設定Exの解禁だ!」
ハデスにある回胴式魔導遊技機の中には設定というものがありそれにより出玉が調節されている。そして設定Exとはオーナーがおふざけで作った設定で出玉が出続けるというわけがわからない設定だ。一頻り笑った後オーナーはそれで頑張ってみたまえ、と言う。
「あぁ、後リオン王子の助手に清龍君を連れて来よう。上手く使ってやってくれ」
続けてそういうとオーナーは事務所を後にした。こうして魔導遊技機専門店『ハデス』初となる企画イベントが開催されようとしていた。
王子の来店する日。街、その中でもカジノ区画は大いに盛り上がっていた。リオン王子を一目見ようとギャンブルをやらない人までカジノ区画に押しかけていたからである。その中でも実際に来店するハデスの入り口前はひどく混雑しておりグランドオープン並みの人だかりであった。入り口にはでかでかと『王子来店記念イベント開催』と書かれており、店員達も列の整理に忙しく動いている。上空では竜騎士たちがスカイライディングの様に空に魔法で模様を描き、多種多様な花火が上がっていた。
そんな中でリオン王子は護衛や清龍と共に列にならんでいる。今の所王子側からは苦情は出ていないようだ。
「清龍よ、余は『ダンジョンマスター』をやってみたい。今日は遊び方の解説等頼むぞ」
「は、はい! 精一杯解説させて頂きます!」
王子と話して緊張しているのか清龍は声がうわずっているがひとまず大丈夫そうである。リオン王子が打ちたがっていた台も先に調査済みの為きちんと隔離台にしてとってある。そして開店の時間を迎えた。客と共に入店したリオン王子だったが、入店すると同時にアルゼリオに席へ案内された。
「ほほう、これが『ダンジョンマスター』の実物か! 放送で見たのより楽しそうだな」
満足げに頷くリオン王子。今リオン王子や清龍がいるのは『ダンジョンマスター』が置かれている空間の中でも一段高くなっている場所に、一つだけ置かれている台だ。『王様台』と表示されたそれは他の筐体よりもオリハルコンの輝きが増している気がする。
「余はまだ王様ではないんだがな」
照れくさそうにしながらもその席に着席するリオン王子。隣に立つのは清龍、周りには護衛の騎士が数人見張っている。そしてアルゼリオから全体に向けアナウンスが入った。
「本日はリオン王子が来店ということで、ハデス初のイベント『リオン王子来店記念祭』をやらせていただきます! 全台普段の営業より楽しめるようになってますので、お時間の許す限り楽しんでいってください。それではスタートです!」
アルゼリオのアナウンスが終わると同時に一斉に客が台を打ち出す。ハデスは満員で、普段はこない情報局の記者たちも店員や客に話しかけ情報収集をしていた。
「いや~今日のサヤちゃんは一味違うなぁ。ついに俺にデレたかもしれない」
そんな事を言っている謹慎が明けたばかりの警備兵もいれば、今日ならば人がたくさんいるし、出玉を多く出してもばれる可能性は低い。と怪しげな笑みを浮かべている錬金術師もいる。
そしてリオン王子はひっきりなしに清龍に質問をしている。魔導遊技機が気にいった様であった。
そんな夢の様な時間もあっという間に終わり、閉店間際のハデスにアルゼリオからアナウンスが入る。
「本日はハデスにお越しいただきまことにありがとうございました。今回はリオン王子来店ということでイベントをやらせていただきましたが今後も似たようなイベントをやっていく予定です。またリオン王子の今日座られた王様台も一般開放を考えていますのでどうぞよろしくお願いします」
そんなアナウンスを聞きながら皆が、嬉しそうな顔を浮かべていた。今日はほとんどの人が出玉を大量に獲得している。中でもやはり別格だったのは『王様台』に座ったリオン王子だ。かなりの出玉を後ろに並べ楽しそうな顔をしていた。対する清龍は説明疲れでぐったりしている。どうやらリオン王子は途中目押しスキル初級を取得したようだ。目押しスキルを取得してからさらに楽しくなったと言っていた。
閉店後、ハデスの事務所にはアルゼリオと清龍、リオン王子がいた。
「今日は久々に楽しかった! また来るからその時も頼むぞ」
そう言い残すと護衛を引き連れて城へ帰っていくリオン王子。二人になった事務所でアルゼリオが頭を抱えて言う。
「もう勘弁してくれ……」
その様子を他人事には思えないという目で清龍が見ていた。ずっと説明していたせいで声は枯れている。オーナーに特別手当貰わないとやってられないなと考えていた。そして――。
「俺もこのイベントの中で打ちたかったな……アリスはちゃっかり客として打ってるし……」
そうぼやく清龍だった。
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