第五話 イカサマ師
魔導遊技機専門店『ハデス』、その設置機種には大まかに分けて二つの種類がある。回胴式魔導遊技機と呼ばれている筐体。初心者から上級者まで幅広く遊べる仕様になっていて四つの工程で遊技出来る。一つ、メダルを筐体に入れる。二つ、MAXBETボタンと呼ばれるボタンを押しメダルを賭ける。三つ、レバーを叩きリールを回転させる。四つ、手前のボタンを押しリールを止める。この繰り返しである。
これに対しもう一つの筐体である自動球魔道遊器は遊戯する工程としては簡単だ。筐体左側に設置されている球貸出機に銀貨を入れ、払い出された球を筐体右側についている水晶玉に魔力を流し込んで発射する。魔力を流しいれる力の強弱によって球の弾道が変わるわけである。水晶玉に流す魔力は微量なのだが元々魔力が少ない獣人が朝から夢中になり魔力切れで倒れるという事件がよく起こる。そして自動球魔道遊器はイカサマをする奴が多い。魔力を流し込むという過程があるためか魔法に対しての防御が回胴式魔導遊技機に比べ甘いのだ。まぁ中には魔法を駆使して球を入れる特別な自動球魔道遊器もあるのだが……。
ハデスの閉店後、副店長である北泉瑞穂はオーナーに呼ばれ新しい自動球魔道遊器の試打をしていた。優秀な元魔法使いであった彼女は魔力の保有量が人より桁違いに多い。その為新しい自動球魔道遊器が出ると試打を頼まれることが多いのだ。今回頼まれたのは『魚人物語』の新作『魚人物語IN魔王城』だ。液晶上に表示されているのは魔王城の地下水路。そこで泳いでいる魚人達を見ているのは何ともシュールな光景だ。それにしても魔王城の映像の作りこみが凄い、まるで本物の様である。余談だが瑞穂が『魚人物語』の試打を頼まれて閉店後打っていると、店員のウィルが当たりはじめたころにどこからか現れて、大当たり中に出てくるキャラクター『人魚ちゃん』を食い入る様に見ては満足して帰っていく。
今回の『魚人物語IN魔王城』は新しい機能が追加された。水晶玉によって魔力を流せる部分が増えたのだ。普段なら水晶玉に魔力を流して変えられるのは球の発射速度、威力ぐらいである。だが今回は台の中に剣を模したギミックが搭載されており、タイミングよく魔力を流すことにより剣が動き玉の動きをサポートするという機能が付いている。魔力の種類により剣が炎を纏ったり氷の剣になったりと勇者になった様な気分も味わえる機能だ。これにより魔力操作の上手い人はチャッカーと呼ばれる当たりの抽選をしている部分に球を多く入れられることになり、台に技術介入が可能となったわけである。
(うん、今回の機能は面白いかも――)
瑞穂は魔力の精密な扱いをするのが好きなので、この新しい機能に満足していた。しかし――瑞穂は思い返す、自動球魔道遊器をやる客は水晶玉に魔力を流し込む過程があるせいか魔法使いが多い。それと回胴式魔導遊技機に比べて魔法を防御する機能が甘くなっている。それも魔力を弾いてしまうと自動球魔道遊器が遊べなくなってしまうせいだ。あぁ明日も魔法使いたちとのいたちごっこがはじまる――。そう思うと瑞穂は憂鬱であった。
時は遡りグランドオープンより三カ月、錬金術師の男クレマンはハデスを訪れていた。クレマンはこの日の為に研究を重ねてきた。それは店にばれないイカサマ方法だ。グランドオープン初日から今までクレマンは何度もハデスを訪れ、台が反応した魔法やスキルの統計を取っていたのだ。手元にある台が反応した魔法やスキルのリストを見てある考えに辿り着く。――魔術師ギルド、冒険者ギルドの教本に載っている魔法やスキルを予め反応するように台に仕込んであると。
言い換えれば載ってない魔法やスキルは反応しないのでは? と考える。この世界において錬金術師は希少だ。その中でも自分の研究を秘匿し、一般には明かさないことも多い。クレマンもそういった錬金術師の一人である。普段は研究の合間に作った回復薬や精力剤等を道具屋に売り生計を立てている。昔は黄金の錬成など身の丈から外れたものを望んだクレマンだったが、今ではほそぼそと暮らしていた。
だが、今日でそれも終わりだ……ハデス、この店を俺の黄金に変えてやる。そう意気込むとクレマンはハデスの扉を開く、黄金卿への扉が今開いたのだ。
ハデスへ入店したクレマンは回胴式魔導遊技機の場所を無視し、自動球魔道遊器へ向かう。その歩みには迷いが無い。さらに天井部分についている監視用の水晶から背を向け、体で手元の映像が見えない席に着いた。――さぁ、音と光、出玉が溢れる謝肉祭の始まりだ。
クレマンは球貸出機に銀貨を入れ、球を借りる。二百五十の銀の球、筐体の上皿の部分に流れてきたそれの全体を撫でるように手で触っていく。クレマンが撫でた球は心なしか先ほど流れてきた球より小さくなり、さらに増えていた。――錬金術、そう銀の球の質量を減らし、減らした質量で同じ球を作り出したのだ。
自分の上皿にある銀の球を見てニヤリと笑う、この時点で筐体からの警告音は無い。第一段階は成功と言えた。そして続けて上着の袖の部分に仕込んでいた透明な液体スライムゼリーを球に絡めていく。油に似たそれは球の摩擦係数を少なくし、球が釘に跳ね返りあらぬ方向へ跳ぶのを防ぐ役割をする。
数々の下ごしらえをし、いざ実践である。クレマンは自分の心臓の音が早くなるのを感じた。水晶玉に魔力を込め、銀の球を次々と発射していく。警告音は――流れない。
――勝った!!
クレマンは興奮していた。数々の魔法やスキルを阻止してきたハデスの包囲網。それを自分は突破したのだ。悪い笑みを浮かべそうになる顔を無理やり戻し、平静を装う。当たってもいない台でニヤニヤしている連中は『魔導少女サヤ』を座っている奴ら以外いないのだから。
そしてクレマンは当たりを引くと箱に払い出されてきた球を入れていく。他の台よりも回転数がかなり良いが誰も気に留めていない。皆自分の台に熱中しているからだ。特に魔力の調節が回転数に関わってくる自動球魔道遊器は自分の台に集中していないといけないのもあり周りからの目はゼロと言える。そして事前に天井についた監視用の水晶も同じものを購入して研究しており、映る角度などは完璧に抑えてある。この位置なら体で遮られ手元は全く見えない。完璧な仕事である。
払い出された球が五箱を越えたころクレマンは自分の錬金で球に付加した制約の効果を消し、質量を元に戻す。そしてスライムゼリーは時間と共に蒸発していた。証拠は絶対に残さない――ばれたらあの化物、アルゼリオ店長に連れて行かれてしまう。解放され戻ってきた奴らは目が虚ろで、うわごとの様に『ごめんなさい、ごめんなさい』と繰り返していたのをクレマンは良く覚えていた。自分はあいつらとは違う――。
その後も打ち続け、運にも恵まれたのかクレマンは十五箱、三万もの球を獲得していた。それを何食わぬ顔で店員に渡し、魔法紙に印字してもらう。それをカウンターで金塊、銀塊に変え近くの金塊と銀塊しか買わないという偏屈な婆さんに買い取ってもらった。
結果、金貨一枚と銀貨二十枚がクレマンの手元にある。一般的な人の月の給料と同額である。その後もクレマンはあらゆる手法を駆使しハデスで勝ち続けていく――。ハデスに大打撃を与えた男、その筆頭クレマン。彼と店員の戦いは始まったばかりだ。