序章
かつて世界は滅亡の危機に瀕した。黒き雲が空を食らい、大地が木々を食らい、母なる海は命をのみ込み、人を食らう魔物が行き交った。
我らは凡人であった。迫る脅威にただ絶望に打ちひしがれるだけでかつての誇りさえ失っていた。非凡と称された者たちも脅威の前においては平凡な弱き存在にすぎなかった。脅威に向かった彼らはただただ魔に心を変えられるだけであった。
だが彼らは違った。四人の英雄は若き体を天に捧げ、脅威に整然と立ち向かっていき、ついには脅威に打ち勝った。(『セントルド神話 英雄伝序章』より)
この時代にはいくつもの伝承や神話が残されている。しかし、どこの国にも・・・・・・いや、それどころかどこの地方にも形は多少異なれど共通してこの四人の英雄の英雄伝が今もなお伝わっている。そのためこれらの神話は以前から多少の脚色はあれど史実として考えられることが多かったが、十年前に北の大国ホッポルンで魔術書が発見されたことで魔術の存在が明らかになり、英雄伝は史実と全世界で認められるようになった。
史実と認められてからは文学的人気は有れど日の目を見なかった英雄伝の研究も、魔術をはじめとした失われた技術の研究として国家を挙げて行われるようになり、一世一代の大発見を夢見て研究者を目指す若者は後を絶えなかった。
俺もその一人であった。ホッポルンの都から少し離れた町宿場の次男として生まれた俺はラモンと名付けられ、宿場を継ぐ長男の代わりに都での出世の夢を背負わされ様々な分野の教育を受けてきた。
国王直属の衛兵になれと武術を習い、国を代表する格闘家になれと武芸を嗜み、大臣になれと勉学に時間を費やし、魔術が発見されれば魔術を習うために魔術研究の実験台にもなった。
しかし、俺にはどれも才能がなかった。いや、才能がないのなら何かしら試したことのない分野の才能があるかもと夢を見れただろう。
――俺は凡才であった。
剣を構えれば雑兵になり、素手での喧嘩は人並み大抵、弓術・槍術は町で二、三番手だが都では通じず。勉学が都で辛うじて通じるレベル。魔術に関しては初級レベルしか習得できなかった。
全く才能がないのでも非凡な無個性でもなく、周囲と違って周囲と同じ。俺は凡人であった。凡人が栄光をつかむには努力や才能よりも運と忍耐力で左右する分野に賭けるしかなかった。だから史実が基とはいえ神話などという不確かな逸話の研究の門戸を叩いた。
俺はこの賭けに勝ったのだろうか。少なくともこの賭けをしなければ人生まで凡庸なままであっただろうことは間違いない。凡人にはおよそ目を合わすこともできなかったような非凡な人間と非凡な時間に俺は出会ってしまった。
非凡な彼らを英雄と称するものもいるかもしれない。だが、英雄伝は神話としてすでにある。ならばこの記録は凡人伝として誤解されないように後世に残していこうと思う。