#5 ゴーストタイムⅣ
「貴方、やっぱりふざけてる?」
「僕は大真面目だ」
「いや、ちょっと……。その格好はあり得ないわよ」
美鈴が、目の前にいる志村を睨んだ。
「僕のどこがふざけてる様に見えるんだ!」
目の前の志村は、幽霊が着ているような真っ白な服に首には十字架、腕には数珠、背中には『悪霊退散』の旗を掲げ、聖母マリアの絵がプリントされたリュックから呪札を取り出していた。
「志村。俺から見てもふざけてる様にしか見えないぞ」
「おっ、来たか。真人」
もう既に三人ともグラウンドに来ていた。
まだ時間は七時五十分。遅刻ではない。
皆ソワソワしているんだろう。俺も例外じゃない。浮かれている、とは程遠い、どうしようもないが何かしなくちゃいけない。そんな気持ちだ。
「じゃあ、行くか!」
今度は四人で歩き出した。
前回の反省を活かして相談したところ、個人はまずいということだった。
夜の学校は静かだ。
昨日もそう。あるのは静寂だけ。
やっぱり静か過ぎる。夜の学校って不気味だよな。
「……つまりさ、幽霊は存在していて今もこの学校にいる。その幽霊は僕たちに対しては良いものじゃない。そういうことだよね?」
志村はそういう具合に理解をしていた。
学校に俺が着くまでの間、志村にある程度事情、というか現状を説明しておくと綾乃が言っていた。
実際に幽霊に遭遇した時、また前みたいにダウンしてちゃ話にならない。それにトラブルメーカーこと志村は必要な人材―――らしい。だからこそ説明するという話だった。
どうやら志村に超能力とか、綾乃のこととかは言ってないらしい。
蚊帳の外の志村。
「あー、まあ、そんなとこかな」
返事を聞き確信を得ると、俄然やる気に満ちた顔になった。
それも奇妙としか言えない装備で。
俺から言わせれば、こいつこそ世に害を与える存在に思える。
「それで、今からどうするんだ?」
「そうですね。もう真っ直ぐ行きましょうか」
「鏡のところだね」
志村が歩き出し、俺たちは昨日志村が幽霊と会った場所へと向かった
幽霊。
彼らがこの世界に残ってしまう理由は様々だ。よく後悔とか、未練とかの言葉で表される。要は心残りだ。
心残り。
その言葉は、書いて字の如く、心がそこに残っているのだ。
未だ心はそこにあり。
体はそこにないが、心はある。
たとえ身は朽ち果てようと魂は――――――心は残っている。
そこまでさせる心は、人の心でしかありえないだろう。人の心。それはつまり、思いだ
それも強い、本当に強い思い。体がなくなっても残ってしまうくらいの思い。
今、ここにあるのはそんな心で、そんな思いだ。
その人の思いに対して俺達は何ができるのだろうか。何を思い、何をすべきなのだろうか? 何かしてやれるのか?
……その魂は存在しているだけで世界に有害?
俺にはそう思えない。たとえ事実そうであっても、俺は―――俺だけは、そう思いたくない。
「ここだっけ?」
「そう、ですよね」
志村が幽霊と会ったという廊下の鏡の前に立つ。
人の気配はない。まあ、探しているのは幽霊で、あくまで人ではないのだが。
「誰もいないな」
「そうね。また探さなきゃいけないのかしら」
美鈴が怪訝そうな顔で、ため息をつく。
「美鈴ちゃん。その必要はないと思いますよ」
綾乃が笑顔で言った。
すぐに志村が早足に俺たちのもとに来て言う。
「ま、しょうがないんじゃん。きっと幽霊も昨日の僕に恐れをなして逃げちゃったんだよ」
「ちょっと志村さんは黙っていてください」
「……はい」
おとなしく応えた。
「それじゃあ、今からその白木りんさんを呼びますね」
言うと、綾乃は思い切り息を吸いだした。
そして。
「うっ###########################################################################################!」
……。率直な感想を言うと、なんと言ったのかさっぱり分からなかった。
何とも形容し難い、声。というより音だ。
トランペットの一番低い音みたいな、音。
綾乃って、すげえ。
「ごめん、綾乃ちゃん。ちょっと説明してくれないかしら」
流石の美鈴でも状況を把握できていないようだ。
というか、できているのは綾乃だけだろう。
「幽霊さんを呼んだんです」
疲れたのか、綾乃は膝をつく。
「いやさぁ、僕にも分かるように説明してよ」
「名前が分かっていたので、呼ぶことができました。来てくれることを祈りましょう」
志村の質問には完全無視。
言っておくが、俺にも意味が分からない。状況を理解できない。
ただ、この場合、信じるべきは綾乃だろう。彼女が言った通りのことをそのまま信じるとするならば、普通に考えて……。
「幽霊が……向こうから、来る?」
「そうですね」
そういうこと。……らしい。
「向こうから、ね」
志村が、自然と俺に近づき、
「本当に来ると思うか? 僕には到底そうは……」
そっと囁くように言った。
「奇遇だな。俺も似たことを考えてた」
まあ、これからまた苦労するのかと考えていた手前、本当に向こうから来てくれると楽なんだが。
「来てくれるわよ。綾乃を信じなさい」
またも美鈴が心の言葉を読み、あたかも会話をしていたかのように返答した。
「……おい、むやみに心を読むな。志村も居るしさ。混乱させてしまうだろ?」
今度は俺が耳元で囁く。
「……そうね」
今日は美鈴やけに素直だな。いいことだけど。
そんな俺達のやり取りを志村はじっと見つめていた。
それほど時間は要さなかった。というか、事が起これば一瞬のこと。
俺達は、それからそこで雑談をしていた。呼んだのに動いても仕方がない。話題こそ、本当にどうでもいいようなことだった。
「それでね、そいつが…」
「…え」
光、ではなく闇。一瞬で一筋の闇が差した。
その一筋の闇が俺達を包む。目の前が暗く閉ざされる。視界がゼロ。真っ暗になった。
何が起きたのか分からない。
「皆さん、そのまま。じっとしていてください。きっと大丈夫です」
綾乃の声だけが聞こえてくる。だから少し安心する。
しかし同時に生まれる不安。―――『きっと』って、おい。
もしかして、やばいのか? 今、そういう状況か⁈
……焦っちゃだめだ。
他の人の声が聞けて、少し落ち着いてきた。
落ち着きと共に閉ざされた視界も元に戻る。元々位場所だったけど、ある程度周りが見える程度に見えてきた。暗さが分かるくらいに戻った。
辺りを見渡す。
女子二人は大丈夫そうだ。そして志村は……白目をむいていた。
すぐに、ハッとしたようにマトモな顔になった。俺もあんなだったのか?
「みんな、平気か?」
「ええ」
「はい」
「……おうよ」
皆大丈夫みたいだ。
そして、目の前の鏡を見る。志村が幽霊を見たという鏡を。
そこに、幽霊は…………いた。
佇むように、向こうの世界で映っていた。
制服姿の女生徒。長めの茶髪の女の子。
可愛いというより、美しい。儚げな姿の女性。
特に表情も無く(強いて言うなら、何かに絶望したような表情)、そこに立っている。
俺にもはっきり見える。
今、目の前に居る。鏡に映った彼女が見える。
一応、後ろを振り返った。目の前の現実を見据えるように、見る。
そうして目の前にいるのが本物の霊だということを確信せざるを得なかった。
ここに居るのは、やはり美鈴、綾乃、志村の三人だけだったから。
「驚かせちゃったみたいで、すみません」
意外にも、沈黙を破ったのは向こうの方だった。
「あっ、いえ」
「あなた方は、どんな方々なのでしょうか。何故ここに……」
「そ、それは」
言葉に詰まった。
なんと答えたらいいのだろう。俺達は何をしに来たんだ?
「あなたを助けに来たんです。あなたを成仏させるために」
綾乃が応えていた。
……そうだ。俺達は、そのために来たんだ。
答えは簡単だ。
「そう……私を、助けに」
「はい。……まずは、鏡から出て来てもらえませんか?」
「……」
「言い方を変えましょうか。この鏡以外にも映る姿になってください」
「そう……ね」
鏡の中で立っている位置、窓際に本当に女生徒が現れた。
「……これで大丈夫ですか」
「はい」
こうして見ると、普通の人だ。綺麗な顔立ちをしている。
ちゃんと足もある。半透明でもない。見た目じゃ生きているようにしか見えない。
生きているように喋れる。
……それは死んだような顔のまま。
「ねぇ、綾乃ちゃん。どうするの?」
「なんとかします。……あ! もしかしたら、美鈴ちゃんの力が上手く使えるかもしれません」
「どういうこと?」
「まあ、ちょっと…」
何やらコソコソ話している。
恐らくコソコソする必要のない話だろう。まったく、女子って。
「それはいいけど」
「じゃあ、お願いしますね」
何やら決まったらしい。
「わかったわ。やってみる」
言うと美鈴は目を閉じた。眉間にしわを寄せている。
「何してるんだ?」
「しっ。ちょっと静かにしてて」
………。
……。
「ごめん、綾乃ちゃん。無理みたい」
「うーん……そうですか」
何やら失敗でもしたようだ。
「どうしたんだよ」
「幽霊……じゃなくて、白木さん……には心が上手く見れなかったの」
「ふぅん。それで?」
「真人さん、つまりですね。それが無いと、少し困るんです。詳しく話しても、真人さんにはちょっと……」
そうかよ。
「あの……」
幽霊、じゃなくて白木さん? が口を開く。
「私は」
少し困惑しているようだった。
「仕方ないです。なんとかするしかないですね」
綾乃が手を叩く。
「どうするんだよ。どうしたらこの人を……無事に出来るんだ?」
「どうしたらいいと思います?」
……逆に訊かれた!
「このバカ。思い出しなさい。貴方の記憶力は鶏並みだとばかり思っていたけど、本当はミジンコ並みだったのかしら?」
「ミジンコの記憶力って……。大丈夫。俺は昨日の晩ご飯まではっきり覚えている!」
「真人さんがミジンコ並みなのはどうでもいいのですが―――」
良くねぇよ。
「僕としては、ミジンコよりボルボックスとかカッコいいと思うな」
「じゃあ、貴方はボルボックス並み」
「よっしゃ! 僕ボルボックス!」
いや、意味分かんないし……
少なくとも喜ぶところじゃないぞ、志村。
「ミジンコさん、ボルボックスさん。話が進みません」
「ミジンコって言わないでくれ!」
「要は真人さんと同じ方法で良いんです。あ、方法と言っても当初考えたらしい方法ですよ」
「当初考えた方法?」
なんだったっけ?
なんだかずいぶんと昔のことのように思える。
「何? やっぱりミジンコ?」
「うるせぇ」
美鈴は黙っててくれ。
俺のこと、というとアレしかないよな。
確か、友達が出来て次の日が来た。じゃあ友達を? いや、違う。『当初の』方法。そういやエージェントも来たな……。……殺すのか⁈ って、そんな訳ないか。幽霊は例外だろうし、そもそも違う。そのもっと前。
最初、死んだのに消えない俺に美鈴は何をしようとした?
どうやって、俺を消そうと―――あくまで無事に『成仏』させようとした?
『貴方が消えてくれないと、明日が来ないの。さっさと満足して消えてくれないかしら?』
思いだした。
思い残し。満足。
「満足か」
「その通りです。人により違いもあり、差もありますが」
「そりゃそうだろうな」
まさか俺の思い残しが、あんなのだったなんて俺自身思ってなかったし。
「それじゃあ、まず白木さんの望みを聞くか?」
「そうね」
鏡から出てきた幽霊さんは常に俺達の近くに立っている。
「貴方は何かして欲しいこととか、思い残してることとか……ある?」
美鈴が真面目な口調で話す。
にしても、質問がストレート過ぎだろ。もうちょっと相手の気持ちを考えて……。
白木さんは俯き、そのままその場に座った。
「…………ない」
「え?」
ない?
「まだっ…………ない」
「それって…」
「まだ私は死にたくない!!」
彼女が叫んだ。
夜の学校は静かだ。誰もいない暗く冷んやりとした廊下が長く続いている。だから、声はよく響く。
美鈴じゃないが、俺達の心の中まで響くようだった。
「私はっ、私はまだ死んじゃいけないの! 皆との想い出も……。私達はここにあったの! まだっ……、私はまだここに!」
白木さん……
白木は、泣いていた。
記憶が曖昧なのだろうか。死んだことを認めていない。
「そう。貴方の想い、ぶつけてください。思い切り、出してください」
綾乃がゆっくり、唱えるようにして言っていた。
「あなたの想い。私達が知ります。受け止め、感じます」
急に白木さんが光り出した。ぼんやりとした光。今度はその輝きが俺達を包み始める。
眩しい。
「安心してください」
―――今からは幽霊の時間。
消えた魂の響きが俺達を包み込む。




