#9 談話
「―――失礼します」
凍鬼が部屋の扉を開けて入ってくる。
「……どうかしたか?」
「いえ。真人君の様子を見に来ただけです。……昼間、あんなことがありましたから」
「大丈夫だよ。まだ希望があるんだろ」
綾乃を救う希望が。
「……心配かけて、すまないな」
「いえ、こちらこそ……」
「……少し、話いいか?」
「はい。構いませんよ」
白いベッドの上で座ってまま、凍鬼の方に体を向ける。
夜遅く。今日もこの邸宅に泊めてもらうことになり、俺は昨日と同じく、客室で寝るところだった。
薄暗い部屋の中、凍鬼が部屋に備え付けられているソファに腰掛けた。
「……電気、つけるか?」
「いえ……」
そう言いながら、凍鬼は首を横に振る。
「―――真人君。話というのは」
「ああ。色々あるんだが……」
「私には気にせずに、どうぞ」
「……ああ。話っていうのは、あの伽藍が言っていたこと―――単刀直入に言えば、俺のお父さんについてだ」
「真人君のお父さん……」
凍鬼が、そう小さく繰り返すと、俺は話を始めた。
「俺のお父さん、遠藤正茂。伽藍は俺のお父さんをデュアールの創始者だって言っていた。俺は冷静になってから、ずっと綾乃のことと、そのことを考えていたんだ。……なあ、凍鬼。伽藍が言っていた通り、お父さんはデュアールって組織を作ったのか?」
「……真人君のお父さん、遠藤正茂さん。懐かしいものです……。ええ、そうですよ。真人君。君のお父さんが、我々デュアールという組織を創ったのです」
「本当に……お父さんが」
「はい。……親分―――正茂さんが組織としてのデュアールが確立したのは、恐らく今から六年か七年前の話です」
「六年か、七年前……」
それは、お父さんが俺達のそばからいなくなった頃だった。
お父さんが消えた年―――
「そうです。ちょうど真人君の妹さんの年齢と同じくらいではないでしょうか。正茂さんもその頃よく私達に言っていました。―――もうすぐ俺の子供が産まれる。二人目で、しかも女の子だ、と」
「凍鬼はお父さんと会ったことがあるのか?」
「会ったことがあるも何も、私達は皆、あの人に作られたのです。今のような存在に……」
「―――お父さんの能力」
「はい」
伽藍は言っていた。
俺のお父さんは超能力者で、霊体と物質を繋ぎ合わせる。そうすることで、怪物を創り出したのだと。
「私が正茂さんによってこの体にしてもらったのは、デュアールが組織されるもっと前のことです」
「そんな昔から、お父さんは幽霊と―――」
「はい」
凍鬼は頷く。
「そうやって、私達の仲間は増えていったのです」
「―――お父さんが……」
「はい。……そして、ある日、正茂さんが言いました。裏で世界を支配しているマデュア。それに対抗する組織を作る、と。……我々も驚きました。突然そんなことを言い出すのですから。それと同時に納得をした面もありました。特に私などが顕著なのですが、我々には不思議な能力と共に、とても強い体を与えられていることがよくありました」
「―――体……能力」
「私や綾乃さんは氷結系というタイプらしいです。綾乃さんのは使い物になりませんけど」
「使い物にならない?」
「綾乃さんは……せいぜい、雨の日に、自分のすぐ近くを落ちる雨粒を雪に変える程度の力しかありませんでしたし」
……確かに使えない。
「女性は護る。女性に不要な力を与えない。実に正茂さんらしいです」
―――俺の妹、アイが生まれた年。
その年にデュアールが作られた。
だが確か、他にも―――そう、その年は、リョウさん達が……
「―――デュアールが組織されて、すぐ正茂さんは姿を隠しました」
「姿を隠した?」
「人前に全く姿を見せなくなったのです。亡くなってはいないと思うのですが、誰も正茂さんと会うことがなくなりました。声も聞けません。どこにいるかも分かりません。ただ、手紙やメールで命令がなされるだけです。そういう風になったのも、ちょうどデュアールが作られた、その頃です」
「人前に姿を現さない、か…………でも、生きているだよな」
「はい、そのはずです。組織のためになる方針や任務がよく与えられますから」
連絡が無いのは元気な知らせ。そうは言うが、これは少し違う気がした。
それに、今は一方通行の連絡のみ。
「―――知ってますか、真人君。今やデュアールは世界規模で展開していますが、その大元が作られたのは、この街なんですよ」
「……そういうことになるよな」
お父さんが俺達の前から消えた時期と、デュアールが創立された時期はほぼ一致する。
ここは、そう考えるのが妥当だろう。
「だから言うまでもなく、デュアールジャパンには力を入れてあり、実はこの街こそがデュアールの本拠地なのです」
「そうだったのか……‼︎」
この街が、デュアールの本拠地。
「だから、各地方の強者がこの街に集まります。特に関東勢と九州組の方々がお強いですね」
関東勢……九州組……?
―――『綾乃ちゃん。この業界のコトを知ってるとみなして話すけど、貴方、どこの組織の人?』
『ええと、九州組になるのかなぁ』
『九州組? 何よそれ。 あたしは日本支部の西日本管理所よ』
『ごめんなさい。意味不明です』―――
「ああ……」
昔交わした会話が蘇ってきた。
―――前に、綾乃も何か言ってたっけ。
九州組とかなんとか。
「因みに私は北極近辺です」
「マジかよ……」
まさに氷属性って感じだな……
「だから、マデュアの四天王と互角に渡り合えるくらいの奴がこの街にいたんだな」
「はい……」
あの日―――デュアールの会議か何かに俺と美鈴が遭遇してしまった日のこと。
あの猫女とマデュアの四天王の一人。その二人が闘った結果、互いに痛み分けする結果となった。
「そっか……偶然じゃなかったんだな」
「ですから、あれは大事件だったんですよ。人除けの札を使っていたにも関わらず、人は来る。更にはデュアール本拠地で各地方トップによる会合直後、マデュアの最強戦力が強襲。真人君はその引き金になったんです」
「……なんか迷惑かけたな」
「そうですね。……私はその会合、サボりましたけど」
「ちょっと頭が覚めてきてしまいましたか?」
「ああ。今から寝ようって気分じゃなくなってきたな」
「では、何か……少しお茶でもいかがですか?」
凍鬼に促され、リビングに向かう。
電気をつけて、ソファに腰掛けると、凍鬼がカップを二つ持ってきた。
「どうぞ……」
カップに注がれると、中から湯気が立ち昇る。紅茶の独特の香りが、ほのかに部屋を満たした。
「サンキューな」
「いえ」
凍鬼は近くの椅子に座った。
「こう落ち着いてお話をするのも、いいものですね」
「ああ」
まだ熱い紅茶に少し口をつける。
「綾乃さんを除けば、こうしてお茶をするのは、とても久しいものです」
「……そうなのか」
「はい。デュアールという組織になってからは、迂闊に好きなこともできなくなりましたし……。それに、私が友達と呼べるような存在もいませんでしたから」
「それは―――」
「仕方のないことなのです。同情などしないでください。……私は今、真人君とゆっくりお話ができています。それで充分なんですよ」
「そうか……」
「―――今、この場に綾乃さんと一緒でないのは、とても悲しいですが」
凍鬼が目を伏せ、そう言った。
それから、凍鬼と様々な話をした。
俺の覚えているお父さんのこと。凍鬼の印象。それに、普段の学校での綾乃のこととか。
そのひとつひとつを凍鬼は興味深そうに聞いていた。
ふと時計を見ると、もう一時を回ろうとしていた。
凍鬼の手がそっとカップに触れた。
「……冷めてきましたね。温めましょうか?」
「いや、いいよ」
「そうですか」
僅かな沈黙。それは苦しいものではなく、心地よい静寂だった。
「凍鬼ってさ」
「はい―――」
「他の奴らと違って、生前の記憶あるんだよな」
「そうですね。言い方によれば、今も生きていますが……その場合、所謂前世の記憶と言うべきものですね。私には、その記憶が確かに残っています」
「やっぱりそうなのか」
凍鬼には、その記憶がある。
その認識はやはり正しかった。
凍鬼に励まされていた後には、そう確信すらしていた。
「凍鬼は……どんな人間だったんだ?」
「どんな人間……」
何かを言いかけて、息をつく。
「私は―――私のまま、変わってなどいません。変われないまま私は死んで、変われないままの私は……」
凍鬼は目を閉じた。何かを思いふけるように。
「……凍鬼?」
「私は、何も変えることができなかった。何も変えられなかった―――それが私です」
目を開き、俺を見て凍鬼は言った。
「綾乃さんには、こういう話はしないんですけどね」
「やっぱ、あまり触れたくない話だったか?」
「いえ、そういうわけではありません。ただ、綾乃さんにはしたくない話というだけです」
私の生前なんて―――と、凍鬼は続ける。
「私は……それだけは綾乃さんに話すつもりはありませんでしたし」
「あのさ……」
俺は、一瞬頭によぎった可能性を何も考えずに口にした。
「もしかしたらだけど、凍鬼って、綾乃の本当の兄じゃ……」
「そうです。私は綾乃さんの兄などではありません」
「そうか……」
それを聞き俺は驚くでもなく少しだけ頷いたが、それ以上言葉が続かなかった。
「……綾乃さんには内緒ですよ?」
「ああ、分かってる…………でも、なんでだ? なんで、綾乃を護っているんだ。……お前は、誰なんだ……」
「……知りたいですか?」
「ああ……」
神妙に頷いた。
凍鬼の過去―――それに触れることとなる。
凍鬼は語りはじめる。
「真人君だけに。正茂さんの息子の真人君だからこそお話ししましょう。私の……過去」
―――悠久に消えることのない、過ぎ去った日々を。




