#2 友達の道 その2
俺たちは校舎に入った時気づいていなかった。どこかのタイミングで気付くべきだった。
その怪しさに、その迫り来る気配に。
そして。
そこはこれから、彼らのテリトリーだったということに。
───無論、気付く余地もなかったのだが。
「うぅ、暗いわね」
「ああ、もうとっくに七時を回ってるからな」
教室に向かっていた。必ず教室に誰かがいる。
「もしかしてお前、暗所恐怖症か?」
「そんなことはないんだけど、なんとなく不気味なのよね…… ここ、今、どことなく奇妙というか。いつ怪奇現象が起こっても不思議じゃないわ」
「夜の学校ってそんなもんだろ」
「そうだけど……」
美鈴が言わんとしてることは分からなくもない。
不思議だ。美鈴の不安を膨らませないよう口には出さないが、まず第一に警備員も先生もいない。
この時間なら先生もまだいるはずだ。それに警備員も。なのに一人としておらず、静寂をを保っている。
二つ目に鍵が全て開いていることだ。最初は不用心にも程がある、なんて軽く考えて侵入したが、異様なほど鍵がかけられていない。通常開かないような非常用の扉ですら開くのだ。
美鈴はこの学校に来て間もないから、そういうものだと思っているのだろうか。そうだと助かる。
「着いたぞ」
俺たちは時間をかけてしまったが教室まで行き着いた。
恐る恐る教室の扉をほんの少しだけ開けて中を見た。美鈴も覗き込む。
「誰も……いない……?」
───誰もいない。
いない?
「ちょっと遅かったかしら……」
非常用ボタンの赤いライト。外からのわずかな光。あたりを照らすのはたったそれだけだったが誰もいないのは分かる。
学校は怪しげな空気を帯びたまま粛然としている。
誰もいない。あるのは美鈴が不安げに俺の手を握っている温かさだけだ。幽霊でも出てきそうな空気。
そう、何も聞こえない、何も聞こえない。
トントン……
ん?
振り返った。
「何をしているんですか? 遠藤さん、石田さん」
……ッ⁈
うっおおおおぉぉぉ!!!誰だぁぁぁ!!
「こんな時間にこんな場所で何をしているんですか?」
───え?
……西川? もしかして、西川か?
本気でビビった……
心臓が止まるかと……
な、なあ、美鈴?
「美鈴?」
美鈴、固まってやがる……。
「電気くらい点けたらどうでしょう?」
「そっ、そうだな……」
俺は駆け足で電気をつけた。
パチッ───
明るくなった。光がハッキリすると、すぐに西川と認識できた。
「あ、あのさ、西川」
「綾乃でいいですよ、遠藤さん。それと美鈴さん?」
「えっ、ええ」
どうやら美鈴の動揺も落ち着いてきたようだ。
「俺も真人でいいよ」
俺もだんだん冷静になれてきた。
「いくつか綾乃に聞きたいことがあって俺たちはここに来たんだ」
話を俺が切り出した。こんな状況とはいえ、美鈴には任せられない。さっきから驚かされたことでイライラしてるようだった。
そんな美鈴に任せたら、絶対に良くない方向へ話が進む。そんな気がする。気がするなんてもんじゃないな。……確信だ。
俺は教室の自分の席に座り、美鈴を隣、綾乃を前に座らせた。
「それで、何故、お前は今ここにいる?」
「それを聞くためにここまで来たんですか?」
違う……
「そうじゃない。けど、気になるじゃないか。綾乃だってさっき俺に理由聞いたろだろ?」
「そうですね……。それで、遠藤くんは何が聞きたいんですか?」
「だから、俺は」
「遠藤くんが聞きたいこと。それは一つにまとめると、私が何故ここにいて、何故二月九日の件の記憶があるのか。……ですよね?」
一つにまとめきれてないぞ、綾乃。
「あたしが聞きたいのはもう一つ。貴方、何者なの? 普通の人間じゃないわよね?」
美鈴? 綾乃は普通の人間じゃないのか?
いやいやこの時間にいるのは不思議ではあるが、見るからに普通の人間だ。
「どこからお話しましょう。ええと、はい。まず言っておくと、私は人間ではありません」
……はぁ……またか。
「じゃあ何なんだ?」
「幽霊、とでも言っておきましょうか」
何を言い出すかと思えば、幽霊?
あり得ねー…… だって、ほら、目の前にいるじゃないか。綾乃はちゃんと生きてるし。
「信じられないって顔ですね。証明してみましょうか?」
「……やってみろよ」
……あれ? 前にもなかったか? このパターン。
「私の頬に重い一撃の拳を与えてみてください」
「女の子に手を挙げるなんてできるか‼」
突然なんてこと言い出すんだよ。
「全く、バカヘタレはうんざりね。あたしがやってあげる」
ヘタレが追加された……
「いくわよ…… えいっ!」
こいつ、本気で殴りやがった‼
驚かされた腹いせだろ、それ‼
うおっ、美鈴の手が綾乃の顔にあたって、そのまま顔を突き進んで……
顔にめり込んでいってるのか⁈
やめろやめろ‼ 強過ぎだ‼
どんどん顔の中に手が入って……
あれ? 貫通した……?
美鈴、まさか殺ってしまったのか⁈
遂に超能力スーパーパワーで人を……
人を……
「何よ? これ。手が顔をすり抜けていく」
そういうことだった。
西川綾乃。彼女は本当に幽霊人間だったようだ。
「はぁ、あたしの方が怖かったわよ。綾乃ちゃん」
「それはすみませんでした。実践するのが口で説明するより早いと思いまして。百聞は一見に如かずとも言いますしね」
もっともだが超怖ぇよ‼
ビビったぜ。
「……それで、綾乃ちゃん。貴方がただ者じゃないってのは分かったけど、幽霊? 何それ? あたしには信じられないわ」
「俺もだ」
「どうしたら信じてもらえるでしょう。一度お二方、死んでみますか?」
俺は咄嗟に拳を構えた。
昨日殺し屋エージェントさんと闘ったばかり。この構えがが反射的に出る。
友達すら作れずに死ぬなど勘弁だからな。
「冗談ですよ、お二人とも。そんな恐い顔して身構えないでください」
「はは……冗談キツいぜ。…………ガチで」
おっと、話がそれたか。
「ところで、お前は何で二月九日のコトを知ってるんだ?」
「知ってて当然だと思いますよ? 冷凍系ですけど幽霊ですもの」
そういうもんなのか? 幽霊って。
「綾乃ちゃん。この業界のコトを知ってるとみなして話すけど、貴方、どこの組織の人?」
この業界って…… こいつ、まだ幽霊を認めてねえ。
「ええと、九州組になるのかなぁ」
まともに答えた⁈
「九州組? 何よそれ。 あたしは日本支部の西日本管理所よ」
「ごめんなさい。意味不明です」
「あたしも意味不明よ。貴方の言葉、本当に意味不明だわ」
美鈴、また人をおちょくって。
もしかしてお互いにお互いの存在を知らないのか? だから、話が行き違ってるのかもしれない。
「あのさ、綾乃」
「なんですか?」
「お前、超能力って信じる?」
「それは迷信に過ぎませんよ」
やっぱり‼
「ちょっと! 綾乃ちゃん⁈ 貴方のその技、どこからどう見ても超能力じゃない!」
「いえ、『霊力』です。さっきからそう言ってるじゃないですか。そういう貴方は超能力を信じてらっしゃるようですが」
「ええ、超能力を信じてる、っていうより使えてるのよねー」
「ふざけないでください。そんなものが存在したら世界の均衡が崩れてしまいます」
「それはこっちのセリフよ。霊力みたいな力があったら、それこそ問題よ」
おいおい。何で険悪ムードになってんの?
「ちょっとお前たち、喧嘩は」
「黙ってて頂戴‼」「黙っててください‼」
はい……
「だったら、その超能力とやら、見せてください」
「いいわよ。とびっきりの掛けてあげる」
おいおい、美鈴何をしでかす気だ?
「美鈴、今日は使えないんじゃなかったのか?」
「朝使ってだいぶ時間経ったし大技の一つくらい出るわよ」
出て欲しくねぇよ……
「いくわよ」
キィィイイイイイイィィン……
───急に音が…… これは美鈴のっ……
音が止んだ。
俺は美鈴を見た。本日二度目のドヤ顔がそこにはあった。
───ということは……!!
綾乃を見た。
「あっ、あら、 何をしたんです? 何ともありませんよ?」
あれ? 平気?
もしかして失敗か⁈
「ふふっ、綾乃ちゃん。貴方、あたしに土下座したくなってきたでしょ?」
はあ⁈
「そっ、そっそんなわけないじゃないですか!」
「あらあら、足が震えてるわ」
そして、ガクンッと膝が曲がり綾乃は正座した状態になっていった。
「さあ、手をついて『幽霊なんていません。すみませんでした』って言いながら頭を下げるのよ!」
こいつどんだけSなんだよ⁈
綾乃の上半身が震えてる。したいことをすごく我慢しているような、そんな感じである。
プルプル震え抵抗しながらも、頭が下がっていく。
「絶対に土下座なんてするものですか!」
「くっ、強情ね……」
「どっちがだ。もうその辺で止めてやったらどうだ。 美鈴も土下座を見たかったわけじゃないんだろ?」
「そう……よ! そこまで言うのなら、しょうがないわね」
そういってポンッと拍子抜けた音と共に、綾乃の身体も楽になったようだった。
「ぐっ、貴方はどこの妖ですか? もしかして西洋の手先では⁈」
「違う。残念ながら本物の超能力者だ。綾乃もそろそろ認めてやってくれ」
「っ……」
綾乃も渋々認めたようだ。ふう……
既に八時。互いに数秒の休憩を挟んだ後、本題に入ることにした。
「さて、話を大きく戻すが。なんで二月九日のコトを知ってるんだ?」
「逆になんで美鈴さんのような超能力者の分際で知っているのかが不思議です」
「綾乃ちゃんのような幽霊ごときに教えることは何もないわ」
お前らな……
「あっ、俺は一般人というか被害者みたいなもんだ。安心してくれ」
「知ってますよ。あなたが元凶だってことも」
「なら話が早いじゃない。どうして知ってるの?」
綾乃は軽く首を傾けた。そうして、机の上にあった鉛筆を指で回す。
「そう、昨日……と言っていいか分からないですけど、とにかく昨日。二月九日、何度起きても二月九日を繰り返しました。しかし、それを認識してるのは私達霊だけなのです。私達、幽霊妖その他沢山の霊が不思議がりました。そこで親分に尋ねることにしました。あっ、親分っていうのは死神親分ですよ。親分の言うことによると、原因は遠藤真人という人間にある、ということだったんです。そして調べていくうちにある真実に辿りついたんです」
「ある真実……?」
「遠藤真人が直前に心臓麻痺で死亡。しかし、過去よる重大な思い残しがあった。だから世界に明日が訪れなかったということです。ご存知でしょう?」
あれ?
美鈴は明日への思い残しが何とかって言ってなかったか?
「不幸にも、いや、幸運にもですか。貴方は世界の隅で死んだのです。世界の外れとも言えますね」
「何だよ、世界の外れって」
「世界は無限に広がってるわけではありません。有限です。限りがあります。しかし、それが今もなお全てのモノより早いスピードで広がっていってるんです。誰も追いつけません。だから結局無限と同じ意味を成すのです」
「それが何だっていうの?」
「その世界の広がり方は全ての面で同じ一定のスピードではないんです。部分的にですが遅いところ、速いところとあって。ズレが生じる場合が数千年に一度あります。それによって生じる一本のヒビがあなたの家のあなたの部屋にあって、世界の割れた部分が貴方の身体を包んだのだと思われますよ。だから世界の外れです。誰だって世界の一部。貴方を置いて世界が回ることは出来ません。よって貴方の大きな思い残りも通じ、それが条件として世界が狂ったのではないかと。まあ、キズのついたCDを再生するとある場所で同じ瞬間を繰り返すのと似たようなものですね」
美鈴の話と全然ちがうな。
確かにそうとも解釈できる。
「へぇ、面白い話じゃない、綾乃ちゃん。けどね、それには証拠がないの」
確かにもっともだが……
「ないわ。けど、親分の情報は絶対なんです」
そのフレーズどっかで聞いた‼
「あたし達超能力者は真人は世界の中心で死んだって判断してるんですけど。真人は世界の中心で愛を叫ばずして普通に馬鹿らしく死んだのよ。組織の情報は絶対。確かに世界が有限だって話はその通りよ。けど、有限ということは中心となる場所が存在する。そこが真人の部屋。そこで死んだから魂が浄化されるとき、あの世と世界の中心が繋がってしまって真人の願いが残り、こうなっちゃったのよ。簡単に言うとね♪」
へぇ。
「なにが『簡単に言うとね♪』なんです? 証拠がないじゃないですか。せめて欲しいですね。物的証拠の一つくらいは」
「すり抜け幽霊のくせに何が物的証拠よ! 貴方だって証拠が何もないじゃない‼」
「まあまあ……」
「貴方、まさか綾乃ちゃんに加担するわけ⁈」
こいつら、完全に馬が合わない組み合わせなのな……
それからもずっと論争していた。
俺としてはその件はもう終わったことだ。どうでもいい。
だいぶ経つ。どうやら、決着はつかないようだった。
「とにかくだ。お互いにお互いのことはわかったな?」
もう俺が仕切る。もう放っておけねぇ。
「ええ」「はい……」
「それで、何で綾乃はこの時間にここにいるんだ?」
「そう、それよ!」
美鈴、完璧に忘れてたな。おそらくは今の時間も。
「今日は霊と妖の方々との会合の日なんです。場所はこの教室。人が誰もいないし鍵も全部開いてたでしょう?」
「ああ」
「人除けの呪いを学校にかけたんです。あと鍵も開けて回りました。妖や霊が入れるように」
妖や霊って鍵が閉まってたら入れないのかよ!
「それで、それ何時からなのよ?」
「美鈴さんには関係ないことです」
美鈴がイラッとした顔をする。
「何時からなんだ?」
「九時ちょうどです!」
……美鈴が嫌いなのか?
「九時ちょうどか。……ってそろそろじゃないのか? 今は八時五十七分だぞ」
「えっ……‼」
綾乃も忘れていたようだ。まったく。
とりあえず問題は一応解決。
昨日のバトルのこともあり心配で花火を大量にバックに潜ませておいたんだが、どうやら心配し過ぎだったようだ。
一時はどうなるかと思ったけどな。
俺は立ち上がった。長い間座ってたみたいで腰が痛い。
「じゃあ、俺たちは帰るよ。時間を割いてもらって悪かったな」
「いえいえ。……あっ‼ 今は行っちゃダメ!」
ん?
「霊とか妖って時間には正確でピッタリに来ます。だから今行くと鉢合わせしてしまいますよ?」
「ああ、会ったら挨拶くらいはするさ」
「ブチ殺されますよ‼」
マジで⁈
「ちょっと綾乃ちゃん。なんとかしてよ! このバカが死ぬならともかく、あたしまでって嫌よ!」
俺は死んでいいの⁈ その思考じゃ美鈴、ノルマントン号の船長の思考と大差ねぇよ‼
「遠藤く……真人さんには生きて欲しいです。せっかく助かった命ですしね」
「ありがとう」
「貴方、そうやって真人に恩を売って何しようっての?」
「別に何もないただの親切心ですよ。美鈴さんは死んで頂いても構いませんが……」
「誰が死ぬかぁ!!」
綾乃もだんだん正直になってきたな。
あっ、
「おい! 二人とも‼ 時間を来るぞ!」
俺は叫んだ。
「二人とも隠れて! 会合は一時間くらいで終わるからそれまで……」
俺たち二人はベランダに逃げ込んだ。ベランダ側の壁の裏。あいにく二階にいるから逃げることもできなかった。
足音が聞こえてきた。妖だ。
俺たちは息を殺す。
「うぉーい、雪娘ちゃーん。来たどー」
「会合が学校って、斬新だにゃん」
にゃん?
「岩鬼さんに、猫人さん。お早いですね。わざわざお越し頂き有難うございます。今日は凍鬼兄さんが欠席なので……」
綾乃が挨拶してる。
来客二人のうち猫の方は可愛らしい声にゃん。絶対美人だにゃん。
あれ? 美鈴、なんで不機嫌そうに俺の顔を見てるにゃん?
その後もゾロゾロやって来たようだった。
流石の美鈴でも覗く勇気はない。
その間、息を潜めやり過ごした。
五十分くらいしただろうか、会合が終わった。挨拶をしているのが聞こえる。
やっと終わったぁ!
念のため、十分ほど待った。
「美鈴、そろそろいいと思うか?」
「さっ、さあ」
そりゃそうか。
とりあえず窓の壁の裏に座っていた俺は立って中を見てみた。
人だ。雪娘こと綾乃か?
「あっ、人間だにゃん♪」
見つかっちゃったにゃん♪
……て、うおおおおぉぉぉぉぉぉ‼ 何やってんだ俺は⁈ 俺は本当に馬鹿か⁈
確認くらいしろよ‼ 俺‼
声の主は二十歳くらいの茶髪クルクルショートの猫耳美人。明るそうな人だ……もしや無害なんじゃないか?
教室を見ると綾乃と猫耳しか残っていない。
「会合のニャイ容を聞かれたかにゃ? どうゆうことだい? 雪娘?」
「私も知りません……。 いつの間にか」
綾乃は目を逸らし、うつむいて答える。
あくまで他人のフリだ。俺も今はそれがベストだと思った。
「じゃあ殺すにゃん♪」
……殺される‼
直感的に感じた。無害どころか、明確な殺意。真剣にではなく軽く捻り殺す、そういう殺意だ。
昨日の金髪ヤローとはまるで違う。
どうする……
美鈴は?
美鈴の様子は意外にも冷静だった。
こういう時、頼りになるよな。
「なあ、美鈴。お得意の超能力で奴を倒してくれ。先程の強制土下座とか」
「無理よ」
「やっぱ、あんだけ強そうだと効かないのか?」
「さっきの喧嘩で能力を使い切ったの」
頼りにならねえ!
「お話はもういいのかにゃん?」
「お前に話がある!」
「にゃん?」
どうにか、どうにかしないと!
「俺たちはたまたまいただけなんだ。本当だ。話は何も聞いてない!」
聞いてないのは嘘だ。だがこう言うしかない。
「本当かにゃ?」
「ああ」
「……嘘だにゃ。人間は嘘をつく生き物だにゃん」
くそ!何か、何か……
もうダメだ‼
そう思った俺は美鈴の手を握り走りだした。
美鈴は終始俺らを知らないフリをした綾乃を睨んでいた。美鈴の気持ちも分かる。しかしここは諦めるべきだ!
はぁはぁ……とりあえず、校庭まで逃げ切った。幸い他の化け物どもは帰ったようだった。
「ふふ、どう殺してやろうかにゃ……」
「真人、アレを」
そうだ!
俺は花火を出した。
「にゃんだぁ? ソレは?」
よっしゃ‼ 花火を知らない!
「俺は炎の超能力者だ!」
やはり自分で言っておきながら大袈裟すぎるハッタリだ。
「超能力者だってにゃ? 今、そう言ったかにゃ?」
こいつ、超能力を知ってるのか?
「直接超能力者と会うのは久々にゃ。確かに超能力者は強い。けどにゃ九州組幹部で猫王五世猫島マイを舐めてもらっちゃあ困るにゃん」
ぐっ……
俺は花火に火をつけた。
「ど、どうだ‼」
「ほう、確かに炎だにゃ。さすがは超能力者。不思議だにゃ、熱そうだにゃ。だけどその程度の火力、遊んでいるようにしか見えにゃいにゃ」
おっしゃる通りです……。これは遊ぶためのもので戦闘用ではありません。
俺はロケット花火を奴に打ち込む。
しかし全てかわされる。明らかに奴の方が早い。
しかも夜の校庭。花火が照らす範囲内でしか奴を捉えきれない。
ふにゃん♪
そう聞こえたかと思うと、彼女は視界からいなくなった。
いつの間にか俺の足には大きな切り傷。
いてぇ……
にゃんにゃんニャー♪
声と一緒に身体中に傷が増えていく。 奴はひっかいてるのか。
奴は明らかに俺をいたぶっている。まずは俺からのようだ。
首を切らない所をみると、すぐには殺さないらしい。
「真人‼」
能力を使い果たし、何も出来ない美鈴は必死に石を投げていた。
しかし、石は石。たかが石。全て避けられている。
───俺は両手に火のついた花火を持ったまま、とうとう倒れた。
「もうそろそろ終わりかにゃん?」
もう……終わりかよ。畜生……
音速のスピードで俺に向かってくる。
奴の爪が輝く。俺の首をめがけて。
その瞬間だった……!
ゴゴゴゴゴゴゴゴッ‼
鈍い音と共に地面から大木が密集して何本も生えてきた! 猫女はその中に組み込まれ埋もれていく。
一瞬の出来事だった。一瞬で校庭大木が生えて猫が消えた。
月の光が大木を照らす。
「何をしている? Fire boy」
……その声は‼
俺は声も出なかった。なんて時に来やがる……
金髪ピアスの殺し屋エージェント!
「誰にゃん?」
大木の隙間から聞こえる。
「超能力者」
おい……、超能力者ってのは初対面の時、そう名乗ることにでもなってるのか?
金髪ヤローは俺の所へ歩み寄った。
「オー……Fire boy。 みーちゃんから組織の方へ救援要請があったから来てみれば、VS猫女だとは。僕を退けたユーでも勝てないのね」
「あの猫は超能力者じゃないわ。妖……らしいわよ」
「そのくらいi know。 俺は暗部。妖を殺すこともある」
いや、殺しなおすと言うべきか、と彼は続ける。
「奴らを知ってるの?」
「上層部だけの話。オープンではないね〜。っていうか、みーちゃん。みーちゃんの心を操る能力、最強のはずだけどどうしたの?」
「……くだらないことに使い過ぎたのよ」
「みーちゃんらしいねぇ〜」
金髪ヤローはヘラヘラ笑っている。
本当はコイツこんなに強かったんだ。
「そんなことしてるからいつまで経っても昇進できないんだよ、みーちゃん」
美鈴はふっと俯く。俺の方を見た。
「しかしFire boy。偶然や相性が良かったからとはいえ、組織内の四天王と言われる俺を倒したんだよ。そんなんじゃ、困るな〜。Too badだよ。今、君、話題の人なんだよ? 分かってる?」
「うっ。うぅ……」
こんな声しか出せなかった。
「まあ、今の俺には分かる。本当はFire boyは……Nomal boy。だろ?」
もうハッタリも効かないか……
「隠しといてあげるよ〜。それで俺らの仲間でいられる。超能力者としてのね。けど、本当の力を手に入れないと本当にすぐ殺されるよ。 君、狙われるからさ。今回の件も含めてね。そんなオモチャじゃあ守りたいものも護れやしないよ〜」
「なーに、話し込んでるにゃ!」
大木がまるで風船のように割れた。破裂して、バラバラに。
「Fire boy! 今日は帰れ。それがみーちゃんを守る一番の策だよ」
まっ、まて!
俺を美鈴はおぶった。
「おい、金髪ヤロー!! せめて名前くらい教えろ。これで俺はお前に命を救われるのは二度目なんだぞ‼」
やっと声が出た。やっとだ。全身が痛む。
「John Doe」
「じょ……」
「行け‼ 激しい戦闘になる」
「わかった。……だが、あと一つ頼みが‼」
ゴゴゴッ!
ある程度、学校から距離をとっても戦闘の音が聞こえる。
ニャハハハハハハ‼ ニャーハハハ‼
町中に響くような猫の笑い声も聞こえていた。満月に輝く月の下で。
正直なところ、俺は今すぐにでも戻って、あの危険な場所から綾乃を連れ出したかった。
しかし、美鈴は決してそれを許さなかった。
傷だらけの俺を抱えて美鈴は歩く。俺たちの家に。
自分の不甲斐なさでいっぱいだった。綾乃は大丈夫だろうか? 俺に力があったら……
その日、月は照り空は快晴。だが、俺の心には土砂降りの雨が降り止まなかった。
翌日、二月十一日。
俺は美鈴と一緒に学校へ向かった。綾乃が気になる。しかし、考えてもどうしようもないことだった。
美鈴もあえてその話題には触れていない。美鈴も罪悪感のようなモノを感じているのだろうか。
あの角を曲がると、ひろピーが……やっぱりいない。
いや、誰かいる……?
綾乃だ‼
俺は美鈴を顔を合わせた。
美鈴の表情も少し明るくなった。
「おはようございます。真人さん。昨日は……」
「昨日はすまなかった。俺がわけも分からずわけの分からない行動をして、全部俺のせいだ」
これが昨日の夜の結論だ。俺が責任をとる。
「いやいや、真人さんは何も悪くないんです。真人さんは巻き込まれただけですだから……」
「ねえ、」
美鈴?
「綾乃ちゃん、あの時、他人のフリしたよね?」
……。
「ねえ、綾乃ちゃん」
「ごめんなさい。いえ、すみませんでした。私があの時弱かったからああするしか……」
「……一言、その言葉が欲しかっただけよ。気にしないで。綾乃ちゃん」
ニコッと美鈴は笑った。
美鈴も美鈴で心の整理をつけたんだな。
「それじゃ、一緒に行こうぜ。学校に」
「ええ」「はい!」
後から聞いた話だが、綾乃はその後、猫女以外の霊や妖が来ないよう手をうってくれていたらしい。
あの夜の立派な功績者じゃないか。
ありがとうな……綾乃。
それから。
学校には猫の姿はなく、壮絶な戦闘跡。それから校庭に突如現れた樹齢何千年にもなるような謎の巨木があった。