#6 臨機応変デフォルターⅥ
家までの夜道の途中。美鈴と二人きりの帰り道。
まだ春の初めを思わせる、涼しい空気を風が運んでくる。
「真人」
「なんだよ」
美鈴から、普段聞くことのない、おとなしい声が聞こえた。
「今日は……ありがとね」
「ああ」
「……」
横を見ると、美鈴が俺を見つめていた。
急にこっちが恥ずかしくなってきた。無言で視線を前に戻す。
「…………なんか言いなさいよ」
もう一度見ると、まだ美鈴の瞳は俺を捉えていた。
「……なんか」
ゴスッ。
「ってぇな。叩くことないだろ」
「だって、貴方がふざけるから」
「ちょっと言葉を選び間違えただけだ」
「選択肢に、そんな返事があったとこからおかしい!」
「……すまん」
ポケットに手を突っ込む。
「なんか頭が回らなかった」
「貴方、馬鹿だし」
「本当の馬鹿は志村だ!」
「じゃあ、真人はその次の馬鹿」
「そうかよ……」
……黙ってしまった。
沈黙。
何故か会話が続かない。何かを気にして、上手く話せなかった。
「ねえ……真人?」
「へ、えっ、ああ! な、なんだよっ!」
突然の声。驚いて、アホ丸出しな声を出してしまった。
「今日、久城のとこ、乗り込んできたじゃない」
「あ、ああ……」
「真人って、普段なんでもない立て籠もり事件なんかに乗り込んだりしないでしょ? 普通の人ならしないよね、そんなこと。その……今回もあたしがいること以外、真人には無関係だったわけだし」
「そうだなぁ」
テレビを見て、現場に着いて、式神の紙を貰ったら無我夢中で飛び込んでいったもんなぁ。
「まさか、真人があんな風に来てくれて、久城とああして戦ってくれるなんて思わなかった。……ありがとう。少し見直したわよ」
「……は、はは。そりゃどうも。どのくらい見直したんだ?」
なに聞いてんだよ、俺。
「そうね、クズ猿様から猿山のボスくらい」
「猿の枠から抜け出せてないが、ま、出世したって思っていいんだな」
「ええ」
……クズ猿様って。
「あたしに危険な戦いをさせないように守ってくれて、嬉しかった」
「あ、ああ」
必死だったからだ。とにかく必死だった。クズ猿様も無我夢中だったんだ。
色々考えることができなかった。
だから、一人で少し無茶をしただけだ。そうだ。ほんの少しだけ無茶して、それで……
「真人、怪我、痛む?」
「どうした、美鈴。えらく優しいじゃないか」
「いいから……どうなの?」
「さすがは凍鬼だ。あの人の適切な処置のお陰か全然痛くない」
本当はまだ少し痛むが。
「そう……」
「…………」
「……でも、あんまり無茶しないで」
「ぉ……おうよ」
「…………」
また黙ってしまった。
なんでだろうな。いつも通り話せない。
何故かそわそわして、色んなものが気になる。足取りは重い。
話したい話題が思いついては消え、思いついては消えた。
「……なんか、暑いな」
「そうね」
……。
「帰ったら、飯だな」
「ええ」
「……今度、なんか美味いもん食いに行こうぜ」
「おごり?」
「しょうがないなぁ」
住宅街の細い道。
春風は止まず、二人の背中を押すように吹いていた。
***
―――同刻。
『俺だ。連絡が遅れてすまない』
…………。
『だから悪いと言っている。こちらも大変だったんだ』
…………。
『分かってる。以後、気をつけるさ』
…………。
『ああ。お前の言う通り、来たぜ。計画通りだ』
…………。
『ミッションコンプリート。お前の依頼は果たした』
…………。
『大丈夫。奴の息の根は止めた。確認済みだ』
…………。
『いや、それほど全てが上手く運んだわけじゃない。不測の事態も幾らかあった。……遠藤真人の出現とかな』
…………。
『遠藤真人。超能力に目覚めたばかりの少年だ。ほら、覚えているだろう。二月最初の大事件。その、彼だ。作戦遂行には直接影響はしなかったが』
…………。
『他に? そうだな……思ったより随分早くデュアールの者が現れたくらいだな。……それも大物。あの凍鬼だった』
…………。
『いや、直接対峙はしていない。彼は敵に回しても面倒なだけだからな。ターゲットしか狙わないさ」
…………。
『ああ、そうか。それはすまないな。久城がそんな結末を迎えるとは思わなかったんだ。そんなものまで処理できねえよ。ターゲットの相手をしないといけなかったんだ。こっちも忙しい。久城以上に手強かったと思うぜ』
…………。
『悪かったって。お前の夢のためだろ。気にすんなよ。……じゃ、報告だ』
…………。
『―――ターゲット・イズ・デッド。久城へ交渉にやってきたマデュアの四天王の一人を確かに暗殺した。予想通り、ターゲットはこの街に潜伏していた。……これで、勢力図は大きく書き換わる』
…………。
『ああ。お前の依頼ならなんだってこなしてやるさ。また何かあったら連絡をくれ。じゃあな……カイ』