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Be called Fire boy  作者: タブル
第二章
18/65

#6 臨機応変デフォルターⅤ

 ―――正義を敵に回しても、護りたいものがある。

 ―――たとえ敵わなくとも、救いたい人がいる。



「久城。お前の能力は使えないはずだ」

 広がる闇に問いかける。

「お前は俺が起こす光でしか能力を使えない。違うか?」

 黒く染まった駐車場に足音が響く。

 一歩、一歩。ジリジリと慎重に前へ。距離を詰める。

「それとも小型のライトでも用意していたか? もしそうなら、俺の負けだ」

 まあ、その場合、即美鈴が能力を使うことになっている。その時は久城も再びさっきと同じように、チャフを使って逃げるだろう。この暗闇だ。逃げるだけなら容易のはずだ。

 暗闇の足音が俺に近づく。

「良かったな、遠藤。そんなもん持ってねえよ」

「そうかよ」

 闇の中、俺は手を伸ばした。

 失敗したさっきと同じ。まっすぐに、久城に向けて手を伸ばす。



 ―――少々時は遡る。

 数日前。

「なに、あれ?」

 学校からの家路の途中。その日は美鈴と二人で歩いていた。

 美鈴が不思議そうに電柱の下、落ちているダンボールを指差す。

「さあ」

 近づくとゴトゴトと音がする。

 中を覗く。

「ああ、捨て猫だ」

 道端にダンボール箱。中には二匹ほど子猫がいて、箱にはご丁寧に貼り紙まであった。

『誰か拾ってあげてください。お願いします』

「捨て猫?」

「可哀想にな」

 美鈴が人差し指を唇に添えて、すこし潤んだ瞳で猫を見つめる。

「何でこんなことするんだろうな」

 飼い猫だったのだろうか。生まれてきた子供を育てることが出来ない事情があったとか。

 にしても、こんな形で終わらせるのはいけないと俺にでも分かる。

 ―――拾ってあげてください。

 この書き方もあまり気持ちがいいものじゃない。この子猫を置いて去った人、この紙を書いた人が僅かながらも猫に対して可哀想だと思っているように感じるから。

「……捨てられちゃったんだ」

 目線を落としたまま、美鈴は子猫達の前にしゃがみ込む。

 ふっと美鈴は微笑み、子猫の背を撫でた。

 ピクッと猫が体を震わせる。

「…………」

 ゴソゴソ、箱の中で音をたてて子猫が動く。美鈴の手を避けているようだった。

「……可愛い」

 それでも構わず美鈴は猫を撫で続ける。

 俺も隣で一緒に座った。

「ニィャァア……」

 子猫の一匹が美鈴の手に頬を擦り寄せてきた。

 少しだけ懐いたのかもしれない。

「行こう。美鈴」

「え?」

「愛着が湧いてしまうと、別れるのが辛くなるぞ」

 ……こうやって捨てられている犬や猫はよく見かける。だから、この街は野良が多い。

 捨てられたまま放っておくのはいい気持ちしないが、一匹一匹拾っていくことも出来ない。

 どうしようもなく、目を背けるしかない。

「……この子猫達、どうなるの?」

「子猫達? ……きっとこのままだろうな。野良になるか、それか……」

「…………」

 無言。

 俺も続く言葉を言うことができなかった。

 実際、この世の中。野良猫の生存率は低い。飼い猫からだったら、なおさらだ。すぐに死んでしまう。すぐに。だから。

「……行こう。美鈴」

「…………うん。……でも、ちょっとだけ待って」

 そっと美鈴が二匹を抱きかかえた。頬に寄せきゅっと抱きしめた後、指で頭を軽く撫でた。それから指先で子猫達とじゃれ合う。

 美鈴は猫が好きだったのかと、初めて気が付いた。


 そして猫を二匹、ダンボールに戻そうとした時。

「ミャッ」

「あっ」

 なかなか懐かなかった方の猫が美鈴の腕をから跳んで、道に出た。

 ダンボールに入れられるのが嫌だったのか、猫は走る。

「ニィァ」

 すんなり入ってくれた一匹の鳴き声。

 猫は俺達から逃げるように走っていた。

 走って。このまま猫は道路に飛び出そうとしていた。

 住宅街の合間の道にから、車の通りの多い道路へ。

「やばい!」

 猫特有の動きで軽々と柵などを越えて走る。

 あと数メートルの距離を保ちながら追いかけるのがやっとだった。

 一瞬、あの子猫が車に轢かれてしまうシーンを想像してしまった。

「美鈴!」

 横を見ると、美鈴も一緒に走っていた。

「なによ、真人!」

「子猫がこのままじゃ、やば―――」

「分かってるわよ!」

 美鈴も俺に構わず走る。

 こんな時、美鈴の能力など何の役にも立たない。それが俺にも歯がゆい。

 ブロックの合間の道を抜け、急にまばゆい光が目を襲った。薄っすら目を開けると、子猫が車道に向かって歩道のブロックを跳び越えていた。

 右を見やると、大きいトラックが猫に迫ってきていて。

 さっき、想像したものと同じ光景が目の前で再現されようとしていた。

「くっそぉぉぉおおお!」

 思わず叫んだこの声が。子猫へ伸ばしたその腕が。

 熱く、焼けるように。焦げるほど熱くなるのを感じた。


「ぁ……くっ……はぁ…………はぁ……はぁ」

 落ち着いて、冷静になれたとき、目の前に広がっている光景は想像していたものとはかけ離れていた。

 というか。

「なんだよ、これ……」

 猫は助かっていた。何事もなかったかのように歩いている。

「……なんなんだよ……」

 しかし、子猫を轢いてしまう勢いで走っていたトラックが。

 ―――止まっていた。不自然に。

 よく見ると、そのトラックにはタイヤが無かった。いや、無くなっていた。

 その周りには焼け焦げた跡が目立っている。

 俺が目を閉じた一瞬。(まばた)きをした間に、何かが起こっていた。

「一体、何が……」

 美鈴が俺の肩に手を置いた。

「美鈴……一体何が」

「落ち着いて、真人。貴方、今、能力を使ったのよ。あたし達の言う、超能力」

「え……」

「超能力。貴方この間、(ほこら)にあたしと行ってお願いして、能力の欠片を手に入れたじゃない」

「は……どういうことだよ。全然意味が分からねえよ! 今まで一度だって能力使えなかったじゃないか」

 何を急に……

「能力はね、気持ちの高ぶりによる部分が大きいの。感情に左右されるっていうのかな。真人の持つ能力って大したこともないって思ってたんだけど、そうでもなかったみたい。その気持ちによってはこんな威力を持つなんて」

「…………」

 車道で何が起こったのか全く分からない運転手が慌てていた。

「詳しい話は後で! さっさと子猫捕まえてずらかるわよ」

「お、おう……」

 さっきの出来事。どうやら猫も驚いていたらしく、その足がおぼつかない様子だったので捕まえるのは簡単だった。

 美鈴が憂いげな顔をしていたがダンボールに猫を戻した。

「さあ、行こう」

「ええ」

 ちょっと歩いて振り返る。

 ある親子がダンボールの前に立っていた。しばらくして子供がダンボールを抱えて母親と話しながら歩いていった。

「……良かったな」

 全て丸く収まるわけではないが、こんな終わり方もいいだろう。

 その次の日、地元の新聞で怪奇現象としてそのタイヤ焼失事件が報じられていた。




「久城。俺はお前のような奴に負けるわけにはいかない」

 手を久城の方へかざしたまま、暗い影に言う。

「負けない。お前を倒して、美鈴と帰るんだ」

「おーおーおー。言ってくれるじゃねえか。だが、俺も手柄は立てておきてぇんだよ、遠藤。貴様を殺せばそれだけで名が上がるんだ。なぁ、おい。そして、真の自由が手に入る」

「人を殺して、誰かを不幸にし、犠牲にして……何が真の自由だ! ふざけるな」

「俺はふざけてなどいない。本気だ」

 久城がトーンを変えて言う。

「お前らこそふざけてるんじゃないか?」

「俺達が?」

「ああ。お前ら、どこか命懸けの時にも現実味が欠けているんじゃないか? 人の死に対するリアリティがない。……人は死ぬ時は死ぬぞ」

 人は死ぬ時は死ぬ。

 当たり前だ。

 当たり前過ぎて。現実で。でも残酷で無慈悲。

 知っている。誰もが。

 目を背けているだけだ。

「分かってんだよ。そんなこと言われなくとも。俺はふざけてなんていない。本気だ」

 死ぬつもりも、久城を殺すつもりもない。

 久城がなんと思おうと。

「本気か……その言葉、そのまま返そう。俺も本気だ。ふざけてなんていない。俺は自由を手に入れる」

「さっきから、自由自由って。なんだよ自由って。久城、お前はそんなに……強いじゃないか。一体何に縛られてるってんだ」

「……強いて言うなら、運命か。このままだと俺の未来、いや、俺達()の未来が無い。このままでは真の自由が無い。この勢力図、支配構成に……誰かが……反旗を翻さなきゃいけねぇんだよ、小僧」

「……分かんねえよ」

「そうだな。まだ小僧には分からない話だ」

「……分からねぇ……。お前らの運命とか、真の自由とか。確かに大事かもしれない。お前らにとって大切なことかもしれないが、……それで、どうして……無関係な人が巻き込まれなきゃいけないんだ! あのたくさんの人質になった人達も、美鈴も。お前に何かしたのか。お前の言う自由に関係あるのか! 俺は、人を踏み台にして、人を不幸にして……のうのうと自分だけが何かを得ようって考えが気に入らねえ!」

 暗闇の中で、久城が動いた。

「……言いたいことは、それだけか?」

 完全な闇ではあるが、なんとなく相手の動きが感じ取れる。何かが動いている。それくらいは分かる。

「真人! 危ない……逃げて!」

 美鈴の声が響いた。

 何か、ではなかった。

 久城自身が動いていた。久城は音も立てずに、俺のすぐ傍まで近づいていた。

「終わりだ、遠藤真人……」

「―――ッ!」

 久城の手元が光る。

 やはり何か隠し持ってやがったか。……小型のライトか。

 足を動かそうにも、動かなかった。暗闇の恐怖。突然の事態。体がついてきていなかった。

「……くっ」

「じゃあな……」

 万事休すか。ちくしょう……

「……ん」

 ……ィィ……キイイイイイィィィィン……

 かなり高い金属音のような音。

「み、みす―――」

 言いかけて違和感。足が、より動かなくなる。ついていけないなんて話じゃない。

 足の自由を奪われた。

「いくわよ!」

「は⁈」

 急に俺の体が右に動いた。今度は思考がついていけない。

 上半身が引っ張られるように下半身が動く。勝手に足が走る。

「ッ……おい! ちょっ……美鈴!」

「あたしは微弱な空気の揺れで久城の位置や動きが分かる! 真人、この暗さで久城の位置すら掴めてないでしょ。だから、あたしが―――」

「待ってくれっ……!」

 俺の言葉は、俺の下半身には届いていないようだった。美鈴の超能力。

 足が勝手に走る。

 上半身がバランスを崩しているから、客観的に見ると、すごく気持ち悪い走り方をしているはずだ。

「止まってくれ……」

 …………俺の足が自然と止まる。なんだこれ。

 俺はバランスを取り戻した。

「真人っ!」

 突然、足が地面を蹴り、俺が宙を舞う。

「ぐぁっ」

 激痛が走る。筋肉が痛み、神経が切れる感覚。

 二メートル以上跳躍していた。下には久城がいた。久城は小型のライトを点灯。その光を変形させ、ライトからブレードのようなものを作り出していた。

 この暗闇の中、そのブレードだけが光り輝く。

 久城と俺の目が合うと、久城は小型ライトのスイッチを切り、その暗がりに再び身を宿した。

 落下。高さも高さ。背中を強く打った。

 そして、俺が痛みに耐え起き上がる前に、仰向けのまま、久城の腕が俺の首を押さえた。

「ぐ……はぁ……久城ぉ……」

 俺を踏んで座っている。久城の靴が、俺の腹部を強く押す。

「手間取らせやがって……。みーちゃんの能力が俺に通用しないからと、甘く見過ぎていたようだ」

「ぐぁ……」

 首を抑える力が段々と強くなっていた。

 カチッ。

「ははっ」

 ライトが光る。それはすぐに形を変え、輝くブレードとなる。

 久城の手が動く。

 それが俺に向けられる直前。俺は、さっきまでそうしていたように、空いていた右手を久城にかざした。

 右手は弱々しく震えていた。

「何のつもりだ。まあ、なんだって、もう―――」

「……」

 腕が熱くなるのを感じた。


 腕が焼ける。真っ暗闇たった部屋が一瞬にして、俺の腕を中心に燃え上がった。

 赤く、揺れて、輝く。俺の手の炎は火柱となって、久城を焼いていた。その火柱はさらに風を起こし、渦を巻き、竜巻の様に燃え上がる。


 仰向けのままの俺は、俺の腕が火を吹くのをただ見ているだけだった。

 この元地下駐車場はアスファルト、コンクリートばかりで燃えるものなんてほとんど無いはずなのに赤黒く燃え盛っている。これは普通の炎では無いと感じた。

 渦を巻く、俺の腕の炎は天井を突き破り、一階の光を地下に呼び込んだ。その光は白く、明るく、この地下の揺れる光とは別世界のもののようだ。

 炎の渦と共に久城の体が一階まで飛ばされた。

「……っと、……行かなきゃか……」

 右手の力を抜くと、芯が抜けたように腕が崩れ落ちる。腕も炎を吐くのをやめた。

「……あぁ」

 動かない。

 動かそうにも全く動いてくれない。

 背中は強打して痛いし、足も美鈴による強制跳躍のせいでやばい。色々切れてる。右腕も動かなくなっているし。動くのは左手だけだった。

「やべぇ……」

 依然として、轟々と炎は辺り一帯を焼き続ける。黒い煙を上げながら、燃えるはずのないものまで燃えていた。

 動かせる左手で顔を覆う。

「……はぁ……なんか凄いし、体動かないし。一生分のパワー使い果たしちゃったかも……」

「馬鹿言ってないで、行くわよ。真人!」

 左手に柔らかい感触。美鈴のものだった。

「美鈴……悪い。肩貸してくれ」

「まったく、真人……無茶して……しょうがないわね。今だけだから」


 一階に再び戻る。

 外を見ると、警察は未だ立ち往生していた。中で大きな衝撃があったものの、何が起こるか分からず踏み込めずにいた。人質がほぼ帰ってきたとはいえ、まだ全員ではない。俺と美鈴がいる。警察も無理は出来なかった。

 それは俺達にとっても助かる話だ。

 室の中は所々燃えていた。轟々と、燃える燃えないに関わらず燃えている。

 少し歩くと、床に大穴があった。

 底は俺たちのいた地下。ちょうど俺の倒れた、そして能力を使った場所だ。上を見ると、天井にも穴。屋上までとは言わずとも、六階位まで続いている。

 ひとしきり眺めた後、目の前を見据える。

 久城がボロボロの体で立っていた。

「まだ、立てたのか」

「ギリギリだがな……遠藤ぉ」

 ギリリと歯軋りする音を立てる。

「だが、お前も無事ではないようだな」

「……まあな」

「ははっ……」

 渇いた笑い。

 なんとかあの炎で久城を立ち上がれない程度に出来ないかと思っていたのに。両方負傷して終わるだけなんてな…………くそ。

「もう大丈夫だ。美鈴。下がってろ」

「いや、ちょっと、真人。調子に乗らないで! 無理に決まってるじゃない!」

「いいから、行け!」

「……」

 俺が怒鳴ると美鈴は肩から俺の腕を放した。

「あいつと話すだけだ。大丈夫。心配するな。久城だってあのザマだ」

「……気をつけなさいよね」

「ああ」

 美鈴が少しずつ離れていく。


「久城……お前の負けだ」

「あぁん?」

「お前は負けたんだ。その傷じゃもう自由にどこにも行けないだろ。このまま俺が警察に引き渡してやる」

「……」

「だから、諦めろ」

「……何を?」

 ポーカーフェース。心の底を隠し、俺の心を見透かす様な目。

「何を……って」

 そういや、美鈴も最初、そんな目をすることがあったな。

「お前の、久城の野望だ」

「ははっ、野望か。面白い言い方をするな、遠藤は」

 野望ね、と呟く。

「よく覚えておけ、主人公野郎。お前にとって俺は悪かもしれない。……かもしれないじゃねえな、悪そのものか。でもな。悪にとって、そいつは悪じゃねえんだよ。正義なんだ。正義にとっては、そいつの正義が正義で、悪にとっては、悪の正義こそが正義なんだ。……分かるか? 正義の対義語は悪じゃねえんだ」

「……なんの話だよ」

「結局人は利己的な生き物なんだって話だ。自身に利がある奴は正義で、自分達に害を成す奴は悪。そいつらが価値観を共にして共同体、群れ、国家―――その類を作るから、あたかもその正義が万物において正しいと錯覚しちまう。更には自分達が正義だとして団結するために悪を作り出して排除する。……違うんだよ。違う違う。間違っている」

「……」

「人は元来自由な生き物だ。自由に考え、自由に行動する。それこそが人間だ。そこに正義だの悪だのと言い出して……他人に自分の価値観を押し付けるのはお門違いなことだ。なあ、遠藤。……主人公という正義の味方ってのは、誰の味方なんだろうなぁ」

「……知るかよ」

「……俺は自由を手に入れる。マデュアからデュアールへ。全ては在るべき形で在るべきなんだ」

「……久城。お前の話、全く分からないわけじゃない。全部を理解できたわけでもないけど」

「小僧には、まだ早いか。だが、このまま生きていくなら、いつかは直面する話だ」

「……ああ。今は難しくて分からない。分からないさ。お前や俺が正義か、悪か。正しいかどうかなんて」

「そうだ」

「だけどな……久城。お前がどう思ってるか知らないが、別に俺は正義の味方を気取っているわけじゃない」

「ははっ……他人を犠牲にする自由がどうとか言っていたじゃねえか。一般論をよぉ。……はははっ」

 笑いながら、久城が俺を睨む。久城はまだ余力を残している。

「……それは……」

「あん?」

「それは……俺が、ムカつくからだ!」

「は―――」

「お前を倒したいのも、美鈴を助けたいのだって……正義がどうとか、正しいからとか、そんなもん全部関係ねぇんだよ! 俺が助けたい! 俺が許せないから、お前を許さない! それだけだ! それが……俺の正義だ!」

「遠藤…………そうか」

 久城が二度、三度頷いた。

「なるほど。一番遠いと思っていたが、案外遠藤、お前が一番俺に近かったのかもな」

 ……俺が、久城に近い……か。

「ははっ、遠藤。この戦い、俺の負けだ」

「えっ」

「実際、俺はお前に勝てなかった。勝てなかったってことは負けたってことだよ」

「……じゃあ―――」

「―――だがな……この件そのものは俺の勝ちらしいぜ」

「え―――」

 一瞬黙ったその時、久城は腕に光のブレードを作った。それを俺に振りかざす。

「―――ッ!」

 足が痛むが、咄嗟に動けた。ヨロヨロと左右に動く。

 目の前に白い光線。

「ぐぁぁあ……」

 細く白い光線が右の太ももを貫いていた。

 痛みで崩れ、地面に腰が着く。見上げると、久城が俺を目がけブレードを向けていた。

 それが上にあげられ、振り下ろされる。



「…………ッ……?」

 思わず閉じた目をゆっくり開く。

「遠藤真人君……でしたよね?」

 眼前に……氷。この場合、氷壁という表現が正しいのか。

 二メートル程の厚い氷の壁が俺を守っていた。

 振り返ると、見覚えのある男が腕を組んで立っていた。

「……凍鬼さん?」

「はい」

 何故……ここに。

「綾乃さんのお友達が死んでしまう前に着いてよかった」

「凍鬼さん……なんで」

「私のことは凍鬼でいいですよ」

 凍鬼さんが俺に微笑む。

「てめぇ……どういうことだよ!」

 久城が叫んだ。

「デュアールからの手配ってことだったろ!」

 久城が凍鬼さんを指差す。

「なんで……マデュア派の超能力者を守ってんだよ」

「申し訳ございません」

 凍鬼さんが久城に爽やかな笑みを見せる。

「デュアールに久城さんは必要ありません」

「なっ……俺はマデュアの―――」

「ですから……」

 整った顔に合う、凍鬼さんの長めの髪をかき上げて言い放つ。

「あなたが何処の誰であろうと、一般人に負ける能力者などデュアールにいてもらっても迷惑です。私達は他人を重んじることのない我儘なあなたを飼うことに僅かな利も見出せません。ですから―――」

「てめぇら……」

 久城が拳を強く握る。

「……最初から、俺を受け入れる気は無かったな?」

「さあ」

「……とぼけるな! 四天王の一角である俺を懐柔し、マデュアに反感を持たせておいて、いざという時に切り捨てることで、マデュア勢力を減らす。……汚いやり方だな」

  「なんのことだかさっぱりですね。言っている意味が分かりません。子供ですか? デュアールは子守をする場じゃないんですよ。ですよね、綾乃さん」

「はい」

 凍鬼さんの後ろ、ビルの正面入口から綾乃も入ってきた。

「綾乃まで⁈」

「遅れてごめんなさい。真人くん」


「畜生が……」

 久城が凍鬼さんをより鋭く睨む。

「お前も…………死ね―――」

 ゴゴゴゴゴゴゴゴ……

 冷気が漂う。

 天井の電灯が強く輝くと、レーザーが凍鬼さん目掛けて飛ぶ。

「無駄、ですよ」

 レーザーは凍鬼さんに近づくとバラバラに分散された。

 凍鬼さんの身体の周りに氷の塊の様なものが浮いていた。

「あなたのその光。通る光を反射、屈折させる氷を瞬時に作り出す私の前には無力です」

「ぐっ……」

「終わりですね」

 パキパキパキパキッ!

「ぐあああぁぁぁぁ……」

 久城の足から凍っていく。凍てつく氷は腰を越え、遂には全身を凍りつかせてしまった。

「一件落着ですね」

「あの……凍鬼さん?」

「凍鬼で構いませんが」

「久城の野郎……これって」

 久城を見る。既に巨大な氷と化していた。

「ああ、死にはしないと思いますよ。マデュアの超能力者というのは、それ相応の訓練が施されているんです。若干非人道的なのは否めませんが、それにより屈強過ぎるほどの肉体を手に入れてるんです。ですから、数時間凍りついたくらいじゃ何ともありませんよ」

「……なるほどね」

 ……久城達のことについて、よく知っている。



 事はすんなり片付いた。

 美鈴も安全を確認し、走り寄ってきた。

 綾乃達は俺と同じように強行突破してビルに入ってきたらしい。警官達も俺や凍鬼さんが無事を見て、慎重に慎重にビルの中へと入ってきた。

「君達……これは?」

 拳銃を片手に持った厳格そうな警官が、第一声を発した。

「俺たちは―――」

「ちょっと黙ってなさい」

 美鈴に止められた。

「このくらいなら、あたしの力で―――」

「待つのは美鈴さんですよ」

 凍鬼さんが腕で美鈴を抑える。

「どうして」

「むやみに使うものでもないでしょう」

「……何を話している! 奴は、犯人はどうなった!」

 いい加減警官も痺れを切らしている。まずいな。

「じゃあ、どうするっていうの?」

「私の兄に任せてください! きっとどうにかしてくれます!」

「どうにかって」

「だってなんでもできますから」

「勿論。なんでもしてあげましょう!」

 凍鬼さんが警官達に微笑んだ。

「警察の方々。恐らくもうすぐあなた方の上司の方から指示がくると思います。それに従ってください。―――では」

 凍鬼さんが俺と綾乃の手を取る。

「綾乃さん。美鈴さんの手を握ってください」

「こ、こうですか?」

 綾乃が美鈴の手を握った。

「それで大丈夫です。では……行きますよ!」

「えっ、いや、待ってくれ! 行くって―――」

 グニャリと視界が歪む。

 急に眩暈(めまい)がした。同時に吐き気も催している。周りの感覚にも違和感。体験したことは無いが、無重力空間にいるようだ。

「…………ッ」

 目の前の景色が、水の上に描いた絵をかき混ぜたように、緩やかに滲み、歪み、消えていく。

 全てが消えて黒に染まる。

 気がつくと、目を閉じていた。ゆっくり目を開く。

「こ、ここは……」

 そこは綾乃の家、リビングの中だった。

「俺達……」

「ええ、お察しの通り。ワープしました。瞬間移動です」

「凍鬼さん、すげえ!」

「いえ、それほどでもないですよ。初めてだったので成功するかかなり不安でしたし」

「失敗って?」

「失敗すると、例えば……地中に出現して、生き埋め」

「怖えよ!」

 何、やってくれてんだよ、この人! 怖いわ!

「まあ、冗談です。そんなことあり得ません。ワープなんて超高速移動の応用なので。ははは」

「本当だろうな」

「はい」



 ……で、だ。

「凍鬼……綾乃のお兄さん、よね?」

「ああ、すみません。自己紹介が遅れましたね。美鈴さん。……そう、私は綾乃の兄、凍鬼と申します」

「何者なの?」

「何者でしょうね。自分が何物であるかというのは哲学の永遠の命題です」

「はぐらかさないで」

「ははは……ダメでしたか」

 凍鬼は紳士らしい、男性の執事のような格好をしている。というか執事そのものだ。

 クールに振舞っているその姿は……マジでカッコいい。

 見た目はイケメン。そんで、本当に強い。そういえば頭もいいんだっけ?

 凍鬼……女性だったら一瞬で惚れてしまうんだろうな。

「で、どうなのよ。あたしのこと知ってたみたいだし」

 でも、俺は男だ。嫉妬しかしない。

「美鈴さんのことは、綾乃さんから話を聞いていましたから。綾乃さんのお友達ですよね? いつも綾乃さんとよくしていただき、ありがとうございます」

「え、ええ。……どうも。……じゃなくて!」

「じゃなくて?」

 凍鬼が不思議そうに首を(かし)げる。まあ、あからさまな演技だが。

「……貴方って、何考えてるのか全然分からない」

「よく言われます」

「貴方、頭で何も考えてない……頭を、いえ、この場合脳か……まるで脳を使ってないみたいな。ねえ、貴方って本当に何者なのよ」

「……綾乃さんの兄でございます」

「だーかーらー!」

 美鈴がみるみるイライラしていく。それでもはぐらかされ続けていた。


「あーあー、美鈴イライラしてんなぁ。…………なぁ、綾乃」

「はい?」

 近くの椅子に綾乃が座っていた。

「綾乃……ありがとな」

「何がですか?」

「あの廃ビルに来てくれて。ほんと助かった」

「……いえ。友達……ですから。友達を助ける友達をサポートしたかったんです。ふふっ、変な話ですね。凍鬼だったら、真人さんのこと、勝手にやって来て勝手にピンチに陥っただけと言いそうですけど。……それでも凍鬼も凍鬼は真人さんを助けます。絶対に」

「そうか。……本当に感謝してる」

 言って、綾乃の袖を引っ張り、隣の部屋に移る。

「俺も聞きたいことが少しあるんだ。いいか?」

「いいですよ」

「その……あれだ。少し難しい話だが」

「別に真人さんには隠し事するつもりありませんし、構いませんよ」

 少し意外だった。

「いいのか? 現に今、ああやって美鈴がはぐらかされてんじゃん」

「あれは凍鬼が美鈴さんで遊んでるだけです」

「ああ、そうね」

 美鈴がおちょくられてるだけなんだ。


「―――で、何から聞きたいですか?」

「そうだな……ええと……綾乃。単刀直入に聞くが、お前って、マデュア? デュアール?」

「ほんとに単刀直入に聞いてきますね。……どっちかというと、デュアールです」

 やっぱりか。

 俺としては、こういうのには関わっていて欲しくなかった。

「どちらかというと、ってどういうことだよ」

「えっと、下っ端だから……でしょうか」

「下っ端だから?」

「下っ端過ぎて、組織の深い所には全然関わっていないんです。……分かりやすいイメージで……ある大きな会社を想像してください」

「会社……ね」

「私の立場は例えるなら、そうですね……全国に展開しているそれぞれの小売店の……バイトの一人? それくらいのレベルです」

「しょぼ!」

 ……あっ。つい、本音が。

「すまん……つい」

「別にいいんですよ。私、これについて何とも思ってませんから。……(ちな)みに、凍鬼はさっきの例えでいうと、……本社にいる社長がよく引き連れている若手ながらの実力者の一人ってところでしょうか」

「……やばいな」

 出世コースまっしぐら。

「私達はいつも一緒に行動してるので、足して二で割って、こんな感じです」

 綾乃は周りを指し示す。

 つまり、それでこの家、この暮らしだと。

 すげえな、凍鬼って。

「……あれ? でも綾乃も会合とか行ってたじゃないか」

 俺達が初めて会ったあの日の夜のこと。

「あれは凍鬼の代役です。元々は凍鬼があの場に行くべきだったんですよ」


「もう少しいいか」

「どうぞ」

「今回の事件なんだが―――」

 概要を話した。周りの様子のこと。美鈴と久城のこと。久城の言っていたこと。

「―――組織から言えば、どういうことだったんだよ」

 最後、久城は見捨てられてたし。

「話は大体久城の言っていた通りだと思われます。ただ一つ誤算だったのか、私達のこと。まさか土壇場でデュアール側で受け入れを拒否されるとは思ってなかったんでしょうね」

「じゃあ、この事件。久城が一人で暴走して、一人で自滅したってことか」

「それを促したのは別の誰かのようですが。それはどこの誰か分からないし、もしかしたらデュアールの者かもしれない。私達、デュアールにもいくつか派閥があって、いつでも考えがまとまっているわけじゃないですし」

「へぇ……」

 この事件自体がデュアールのマデュアに対する作戦と取れるし、単に自滅しただけとも取れる。他にも様々な可能性。

 真相は分からない。

「……デュアールってことは、……美鈴達の敵になのか?」

「私は雑魚の下っ端なのでそこまで問題視されないというか、それほど気にもされないので、知らなかったと言えばそこまででしょう」

「えっと……じゃあ」

 美鈴達を見る。美鈴はまだ苦戦していた。

「そうですね……凍鬼と美鈴ちゃん。この組み合わせはまずいんですよね……」

「そんなにまずいのか?」

「はい。凍鬼と言えば、デュアールの最高戦力者達の一人。美鈴ちゃんも美鈴ちゃんで、マデュアの四天王の一人。マデュア側が弱まり、均衡が崩れつつある今。こんな光景を見たら、誰でも驚いちゃいますよ」

「……いや、ちょっと待て。お前、今、四天王って言わなかったか?」

 四天王。……その単語を聞いて、真っ先にあの殺し屋エージェント野郎の顔が浮かぶ。

 一度殺されかけ、一度命の危機を救われた。プラマイゼロ。あまり関わるとロクなことが無い奴だ。

 次に、カイさん。リンさんの記憶―――思い出の中にいた、カイさん。聞けば、まだ四天王として現役らしい。

 それに久城の野郎。四天王の一角とか言っていた。確かにあの強さ、理解できなくもない。相性だけだ。

 それとあと一人が……美鈴?

「んな、アホな」

「……もしかして知らなかったんですか?」

「ああ……考えもしなかった。だって、あれだろ? 四天王ってのは、マデュアの強い四人衆みたいなイメージなんだが」

「そうとは限りませんよ。本人がそれほど屈強じゃなくても、能力がすごいんじゃないですか?」

「まあ、確かにな……」

 対処法はあるにしても、美鈴の力は本物だ。人を操れる。心を読める。他にもできることは様々。

「……かくいう私も、つい最近知った話ですけどね」

「なんだよ……」

 俺だけが置いていかれてるのかと思った。

「美鈴ちゃんのことを凍鬼に話した時に、凍鬼が教えてくれたんです。その人、マデュアの四天王ですよー、って。だからといって、美鈴ちゃんから引き離したりとかはしないそうです。……私達の友達だから。凍鬼は私のことを第一に考えてるといつも言ってますから」

「そうか。安心した」

「でも……」

 美鈴達を見る。

 まだ言い合っていた。

「この絵は両組織からすれば、すごいことですよね」

「だな」


「あと一つ、聞いていいか」

「いいですよ? どうぞ」

「ちょっと聞きにくいんだけどさ……」

 頭を掻く。

 少し迷ったが、心を決めて綾乃を見据える。

「綾乃って、幽霊だとか、なんとか言ってたよな」

「そうですね。私はそう思ってます」

「それって、その……リンさんみたいな感じか?」

「いえ、リンさんとは全然違います。私には体があって……ここにちゃんといます」

 それって―――

「どういうことだよ」

「分かりやすく言うと、生き返っちゃったようなものですね。今、ここで、この肉体で生きてますし。何の違和感も抱いてませんし」

「いやいや」

 何?

 生き返っちゃった? そんな軽いノリで。

「それって幽霊って言わなくないか? まるでゾンビじゃないか」

「ゾンビって……酷いこと言いますね。私達は幽霊の一種だと信じてるんですよ」

 信じてる。その言い方。

 綾乃は信じているだけだ。自分の存在が幽霊だと。

「幽霊じゃなくて、実はもっと別物だったり―――」

「しません! 凍鬼がそう言っていたから、そうなんです!」

 幽霊ね……。

 足もある。肉体があって、半透明ではない。

 その上、可愛いし、おしゃれ。

 幽霊のイメージをことごとく壊してくれる。


「……ん、じゃあ、凍鬼さんって……?」

「さあ」

「さあ⁈」

「私、知らないです」

「はあ⁈ なんでだよ!」

「私がこの姿になった時……あ、分かりやすく蘇生した時って言いますね。蘇生した時、既に凍鬼はいたんですよ。それからずっと、一緒です」

「どれくらい?」

「かれこれ、だいぶ経ちますね。私って死んだ時も、蘇生した時も幼かったですし」

「いや待て待て。蘇生した時も幼かっただと? 幽霊になってから成長してるのか?」

「当たり前じゃないですか!」

 当たり前なんだ……。

 あー、俺の中の当たり前じゃ、幽霊は成長しないんだが。

「凍鬼も?」

「……あ。そういえば凍鬼って、その時から全然変わってませんね」

「おいおい……」

「このままだと、いつか追い抜いちゃいますね」

「おいおいおいおい!」

 これはボケなのか⁈ 突っ込むべきなのか⁈

 ……元々素質を垣間見る場面はあったが、綾乃ってもしや天然―――

「それでもずっと凍鬼は私と血のつながる唯一無二の兄です!」

「そっか。そりゃあ、良かったな」

「聞きたいことはそれだけですか?」

「ん。ああ……もう、いいや……」

 聞く気が失せてきた。

 なんか、疲れる。


 気がつけば、もう夕方。

 俺と綾乃が話している間、美鈴も少しはまともな話が出来たらしい。知ったことは俺とそれほど変わらない、互いの身の上程度の話だった。

「それでは、ごゆっくりしていってください。私は洗濯やら掃除やら、やらなければならないことがあるので」

 笑顔で一言。凍鬼は颯爽と廊下へ出ていった。


 ―――夜。朧げな月が曇り空に浮かんでいた。

「じゃあ、今日はありがとな。綾乃。それに、凍鬼さん」

「凍鬼と呼び捨てで呼んでください。……もう遅いので、無理せず泊まっていかれても―――」

「親が待ってるんだ。帰らないと……メールだけじゃ、母さんも妹も心配するしな」

「真人さんは優しいんですね」

「真人はシスコンなだけよ」

「うっせえ」

「シスコンは悪くないと思いますよ」

 言って凍鬼さんが笑う。

「ちょっと、からかうなよ」

「ははは、失礼」

「……それじゃ、綾乃。また明日な」

「またね」

「はい。また明日です」

 手を振って、綾乃の家を後にした。


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