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Be called Fire boy  作者: タブル
第二章
15/65

#6 臨機応変デフォルターⅡ

「おーい……遠藤ー」

 声が聞こえる。遠く、遥か彼方から。

「聞こえてるんだろー……返事しろよー」

 止まない声。

 これは空耳だろうか。幻聴?

 それとも、ただの耳鳴り。

「遠藤ー……くそ。聞こえてるんだろ。なんで無視しやがんだ」

 三月の初め頃。俺は開花を待つ桜の蕾の美しさを噛みしめる。

 ……もうすぐ春休みだ。何をしよう。なんか色々あったからなぁ。思いっきり何かに打ち込んでみるのもいいかもしれない。

「おーい、遠藤ーくーん?」

 あ、そういえば。その前に卒業式とかあんだっけ?

 別に知り合いいないけど。

「……僕、そろそろ怒っていいかな……」

 あー、しかし。来年度からは受験生か……

 進学せずに就職って道もあるが。なにしろウチの学校だ。そっちの道は選ばない方がいいらしい。

 一応、進学校。その後の人生がかかっている。

「うぉぉぉおおい! えぇんどぅぉおおお!」

「うおっ⁈」

 外から聞こえる幻聴がキレた⁈

 早朝。かなり早い朝。開け放たれている窓から外を覗く。

 そこには鞄を持った制服姿の志村がいた。

 ……何故?

「あっ、美鈴ちゃーん。 おっはよー」

 玄関から美鈴が出てきていた。

「貴方ね……こんな時間からうるさいのよ! 分かる? あたしは寝てたの! どうしてくれるのよ。ねえ? 死んでくれて構わないわよ! もう」

「え? ええ?」

「はぁ……そんなに息してちゃ、酸素が勿体無いじゃない。植物も大変なのよ。その上、今、人類は地球温暖化っていう大きな問題抱えてんだから、呼吸くらい止めなさい」

「ええ⁈」

「それが嫌なら、バクテリア以上ミジンコ未満の存在価値の貴方が、人に迷惑を掛けないこと。いい?」

「……はい」

 げんなりとなってしまった志村。

 ……哀れだ。

 今日も朝から美鈴も元気なようだった。


 怒り(?)に任せて出てきた美鈴は寝起きそのもので、寝癖もそのまま、志村に説教という名の言葉の暴力を行っていた。

 そのうち大きな欠伸(あくび)をして、部屋に戻っていく。

 今日はお母さんはいない。仕事で出張だとか何とか。しばらく家を空けるということだ。

「えーんーどぉー」

「少し黙ってろ」

 言って、志村の元へ向かう。

 しかし何故ここで志村?

「どうしたんだよ、こんな時間から。ふあぁ……」

 俺も欠伸が出た。

 よく見ると志村は、いつでも学校に行ける状態だった。

「腕時計……志村、今、何時だ?」

「今? 六時前だよ」

 六時前……

 はあ? ますます理解できない。

「志村、お前、何しに来たんだよ」

「え、遠藤。もう忘れちゃったのか? まったく、これだから遠藤は困るぜ」

 やれやれといった顔で志村が肩を(すく)める。

「何がだよ」

「昨日の放課後、思いだせよ……」

 昨日の……放課後……?



 ―――遡ること一日前。月曜日、放課後。

「遠藤くーん!」

「ん?」

 不意に女子から声をかけられた。

「……って、瀬河蓮花か。なんだよ」

「うわっ、フルネーム。あたしのことはレンって呼んでよ♪」

「で、レン。どうしたんだ」

「さっきはレンさんって呼んでたくせに……」

 少し拗ねたような素振りで、頬を膨らませた。

「あのね。これから綾乃さんの家に行こうと思うの」

「綾乃の家? 遊びに行くのか?」

 確かに友達なら普通だよな。

「違う違う。わたし、席が近いってだけだから。学校以外で絡むことなんてないよ」

「じゃあ―――」

「忘れ物」

 レンは肩から()げているバックを開き、一冊の本を取り出す。

 タイトル―――『魔法使いぷりりん☆ タイムトラベルの巻』

「綾乃ちゃん、これ忘れて帰っちゃったみたいだから……」

「これ、綾乃の本じゃないと思うが」

「えー? 綾乃ちゃんの机の上に置いてあったよ。もし、これが本当に綾乃ちゃんのじゃないなら……事件の臭いがするね」

「いや、しないと思う」

 キメ顔で言っていたから、真顔で返した。

 これは志村との会話で(つちか)った経験により得た、処世術の一つだ。これだけで、志村だったら大ダメージ。

「ふぅん。美味しそうな匂い?」

 志村がレンに聞く。

「スクープとしては美味しいかも」

 ……って、志村⁈

「お前、いつの間に⁈」

「いやぁ、珍しく遠藤が綾乃ちゃんや美鈴ちゃん以外の女の子と話しててさ、気になったんだ」

「お前まで……」

 美鈴と同じことを。

「んで、レンさんだっけ?」

「レンでいいよー」

「僕の名前は志村孝一。この街を統べるギャングのトップで―――」

「それ、今度はどの漫画のネタだ?」

「今、僕は仮初めの高校生さ。皆は僕のことを―――」

「俺達は志村って呼び捨てだ」

「こんな僕だけど、どうぞよろしく」

「よろしくしなくていいからな」

「ちょっと、人の自己紹介に口を挟まないでくれませんかっ!」

 志村が俺の襟を締めるように掴む。

「まあまあ、そんな怒るなって。そもそもお前のことくらい、レンも知ってたと思うぞ」

「えっ、そうなの?」

「うん。知ってるよ。いつもの遠藤グループの一員だもんね」

 知ってて当然。

 なぜなら、言うまでもないが。志村はクラスで一番目立っている。大概ダメな意味で。だから転校して一ヶ月そこらといえども、このクラスでは知らない人はいないはずだ。

 それよりも。

 引っかかる単語。

「遠藤グループって?」

「知らないの? 遠藤くん、美鈴ちゃん、綾乃ちゃん、それに志村。四人合わせて遠藤グループって呼ばれてるよ?」

 知らなかった……

 志村も初耳のようだ。

「まあ僕はいいんだけど。遠藤グループってネーミング。そのまんまだよね」

「うーん……他にも呼ばれ方あるよ」

「え、どんな」

「パラレル」

 パラ……?

「パラレル。パラレルワールドとかのパラレル」

「なんでだろ」

「周りと違って自分達の世界を作ってるからじゃないかな」

 ……ああ。なるほど。

 よくも、まあ、考えるものだ。

「つっても、いつも一緒にいるわけじゃないけどな」

 せいぜい仲がいい友達程度。

 しかし、言われてみて。確かに俺達は友達が出来にくい集まりだからな……。超能力者に妖怪に馬鹿。

 個性的な人が集まっているのかもしれない。が、それでも、そこまでクラスから浮いているとは思えない。

 四六時中一緒にいるわけじゃないし。

「そーお? 遠藤くんに至っては美鈴ちゃんと同棲してるって、(もっぱ)らの噂だよ?」

「ぶっ」

 同棲って……

「どういうことだよ⁈ 遠藤! いつも帰り道が一緒なんだなぁとか思ってたけど、まさか帰る家が一緒だったなんて。お前ら、そんな関係―――」

「別に変な意味じゃねえよ! 話すと……長くなる」

「ああ、そういうことかよ……えらく仲が良過ぎると思ったんだ……」

「あーぁ、拗ねちゃった」

 俺を責めるかのような視線。

「言ったのはレンだからな。だいたい同棲なんてしてない!」

「分かってるよ。親や妹がいる中で同棲始める高校生なんて、あり得ないしねぇ」

 分かる、分かる、と頷きながら言った。


「話を戻すけどさ、その本。綾乃のじゃないと思うぜ。あいつ、小難しい本ばかり読んでるからな。推理モノとか、歴史モノとか。時々ファンタジーもあるけど、厚い上に、字が小さい小説ばっかだし」

「そうなんだ。けどさ、それってやっぱり、聞いてみるまで分かんないよね」

 聞いてみるまで分からない。それはそうだ。何事も確かめるまで、真実は分からない。

「だから、綾乃ちゃんの家まで届けてあげるの」

 でも、

「もし、綾乃のじゃなかったら?」

「その時はその時だよ。別にわたし、この本なんてどうでもいいし」

「え」

 今、なんて。

 どうでもいい?

 届けてあげるとか、言ってた……ような。

「わたし、すっっっごく綾乃ちゃんのお兄さん見てみたいの♪」

「それが目的か!」

「そうよ? 見てみたくない? 会ってみたくない? 完璧な兄、綾乃ちゃんの兄、凍鬼さん」

 完全無欠の兄。

 見てみたい気もする……

「行こうよー。ねぇ」

「……明日に……しよう」

 頭にある光景が、状況が(よぎ)った。それは俺のトラウマと言ってもいい、ある夜のこと。

「今日、綾乃、なんで早く帰ったんだろ」

「あー、なんか夜に大切な用事があるとかで、その準備とか言ってたね。なんだろうね?」

 その夜の記憶が俺に、危険だ、やめておけ、と警告している。

「とにかく……明日だ」

「えー、明日も学校あるんだよ? 本持っていってあげるのに、意味ないじゃん」

「お前の目的は兄なんだろ?」

「まぁね」

「じゃあ、朝、行って来い。迷惑かけないようにな」

「え、遠藤くんも来てよ」

「は?」

 教室の隅に座り、ウジウジしていた志村が近寄ってきた。

「なんだ、二人でどこか行くの?」

「明日の朝、遠藤くんと綾乃ちゃん家に行くことにしたの」

「え、遠藤が?」

「待て! 俺は行くとは一言も―――」

「なんだって……遠藤……お前、美鈴ちゃんに続いて綾乃ちゃんまで……そんなこと、僕が許さない!」

 許さないって……。やばい。こいつ。

 なにか、志村の中で壮絶なドラマが展開されている。たぶん主演は志村本人。

「僕も……ついていく」

「志村。お前、踊らされていることに気付け」

「それでも構わない! 踊らされているなら、僕は自分から……踊ってやる!」

 志村は踊り始めた。




 ―――そして、今に至る。

「レンは?」

「途中で合流するってさ。行こうぜ」

「ちょっと待ってくれ」

 ちょっとと言いながら。

 アイ―――我が妹の分の朝食を作っておく。あと書き置き。起きた後、困らないようにだ。内容はそれほど書くことはない。でかけるということと、

『なにかあったらメールしろ』

 ケータイが少し便利に感じた。

 俺も着替えて、顔を洗い、軽く準備。

 それだけで手間取ってしまった。

「遠藤、お前の嫁……美鈴ちゃんは」

「嫁じゃない。あいつは所謂(いわゆる)居候(いそうろう)だ。あの様子だったし、放っといていいだろ。妹の面倒見てくれるかもしれないし」

「いいんだな。じゃ、行こうぜ」

 数分歩き、レンと合流。

 綾乃にはレンが連絡をとっておいたらしい。レンの話によると、綾乃は歓迎してくれる。朝食を準備して待っているとのこと。

 そこまでしてもらっていいのか?


「ここが……綾乃の家なのか? レン」

「そうメールにはあったけど……」

 綾乃の家。

 昨日、あれから家族の話などをした。その中で綾乃は、今、兄と二人暮らしだと言っていた。理由は明確には言わなかった。

 ……恐らく、霊であり、実体のある妖怪だからだろう。

 その話での印象が強く、二人暮らしに丁度いい一戸建ての家、みたいなイメージを勝手に抱いていた。

 それが本当に勝手なイメージだと思い知った。

 これは……

「洋館?」

「さ、さあ……」

「……」

 敷地面積がすごい。建物が三階建てで、洋風で、デカい。丁寧に整備されていて全体に高級感がある。

 説明しようがない。

 それほどの衝撃だった。すごい、でかい、やばい。そんな言葉ばかり並ぶ。

 門にも蝶と花を(あしら)ってあり、こだわりを感じさせる。

 色んな物を眺めていると、門が音を立てて自動的に開いた。幽霊屋敷を思わせる開き方だが、チャイムの所に最新型としか思えないモニターが設置されているのが見え、そういう設備だと実感させられる。

 スピーカーから声が聞こえた。若い男性の声。

『綾乃さんのお友達の方々ですね。どうぞお入りください』

 ……リアル執事の可能性まで出てきた。

 いや、もう、この建物だといない方がおかしいくらいか。


 言われるがまま、門をくぐり、中に入る。

 やはり庭の深い所もこだわりが感じられる。アシンメトリーと言うんだっけ。

 かなりの手間暇……それと金がかかっている。

 玄関の前に立った。

 ここに来て、緊張してきた。心臓が音が立つほど高く鳴る。

 なんで緊張するのか、俺達は友達の家を訪ねているだけではないのか、何故こんなことになった。

「……入るぞ」

 チラリと左右に目配せする。レンも志村も小さく頷く。

 それを確認し、俺はそっと手をドアノブに―――

 ガチャッ

 手を掛ける前にドアが開いた。

「皆さん、ようこそいらっしゃいました」

 ドアを開けたのは、一人の男性だった。

「ええと……」

「どうぞ、お入りください」

 にこやかに紳士が案内する。

 執事……だろうか。執事のイメージに丁度合った服装。

 若い。大学生くらいか?

 俺達より五つくらい歳上かな。もしかして、働いているとか。ここで。

「あの……」

「はい、なんでしょう」

「えっと……あの」

「綾乃さんはリビングでお待ちです。そこの扉の先ですよ。きっと綾乃さんも皆さんを待ちわびていることかと」

「はあ……」

 言われるまま歩き、先を歩く彼が扉を開く。


「あ、いらっしゃいです。皆さん」

 言われていた通り、リビングのような空間。テレビ、ソファ、テーブル、観葉植物に本棚。絵に書いたようなありふれた部屋。この全ての物の発する高級感さえ除けば。

「綾乃……俺は、もう、お前のもとまで辿り着けないかと……」

「はあ……それはどういうことでしょう」

 綾乃は首を(かし)げる。

「つまり遠藤くんが言いたいことって、この家が凄すぎて、綾乃ちゃんの所まで行けないかもしれないと思っちゃったってことだよ。……でしょ?」

「でしょ? じゃねえよ」

 大方当たってはいるが。

「僕もビビったよ……綾乃ちゃんが、こんなお嬢様だったなんて」

「いや、全然そんなことないんですよ」

「いやいや」

 謙遜もいいところである。

 ところで。

「あの人は……執事か何かか?」

 目でさっきの男性を示す。

「ああ、あれが私の兄ですよ」

「マジで⁈」

「はい」

 綾乃の兄―――凍鬼さんは俺達をリビングへ迎え入れた後、颯爽とキッチンへ消え行っていた。

「あのさ……」

「はい?」

 キッチンと思われる方向から、何かを焼く音と共にいい匂いが漂ってくる。

「お前の兄貴って、いつもああなのか?」

「そうですよ? いつもの凍鬼です」

 …………綾乃の兄は完全に召使いと化してした。

 これが完全無欠の兄の宿命なのか……?


 結局、凍鬼さんの作った朝食を頂いた。

 味は極上。今まで食べてきた朝食の中で一番美味いと言っても過言ではなかった。普段食べている朝食とは何なのかと思うほどに。

 中身は洋風。シンプルな内容だと思う。パン、ジャム、サラダ、スープ、デザート、その他諸々。

 ……やっぱ豪勢過ぎではある。それでいて味付けに工夫を施してあるのが見て取れる。手が込んであるだけではなく、作った凍鬼さんの腕も相当のもの。

 ジャム一つにしろ、手作り。もう材料は自家製と言われても不思議に思わないだろう。

「ふぁぁ、美味しかったー。こんな時間に押しかけてきて、朝食までご馳走させてもらって。ありがとー、凍鬼さん!」

「いえ、綾乃さんの兄として、当然でございます」

 とんとん…

 志村が俺の肩をそっと叩く。

「凍鬼さんって……なんなんだ?」

「俺にはさっぱりだ」

「僕もだよ」

 聞きしに勝るイケメン。

 料理も一流だという。

 その上、聞けば、この家の整備も全て凍鬼さんがやっているという。それだけじゃない。

 炊事、洗濯、掃除、それから家計の管理まで凍鬼さんの仕事。

 もう尊敬できる。


 綾乃が学校の準備をすると言って、自分の部屋に行っている時。

「凍鬼さん、いいすか?」

「はい、なんでしょう」

 志村とレンは壁に掛けられている絵画や、最新型の家電を観察・調査している。

 さっき、凍鬼さんから許可をもらったのだ。

「あ、敬語でなくていいですよ、遠藤……真人くん」

「え、あ、はい」

「それで」

「あの、凍鬼さん。凍鬼さんって、やっぱり……あの……綾乃と同じ―――」

 一瞬目つきが心を刺すような鋭さを持ち、凍鬼さんは俺の表情を伺う。

「……凍鬼さん?」

 ふっと表情が緩んだ。

「ああ、すみません。ええと、そうですね。はい。真人くんの察する通り、私も『そういう存在』です」

 そういう存在―――幽霊や妖怪。その部類。

「だとして、どうするんですか? 真人くん。私にそれを聞かずとも、既に考えて答えは出ていたでしょうに。案の定……と顔に出ていますよ?」

「えっ……」

 俺なりにポーカーフェイスを努めていたつもりだったのに、顔に出ていたらしい。

 それとも凍鬼さんは洞察力も長けているのか。

「私に聞きたいこと、他に無いんですか?」

「……」

 正直、たくさんある。霊や妖怪とはどんな存在なのか。何者なのか。

 そして、マデュアとデュアールに彼らは何かを関係があるのか。

 ―――マデュアには気をつけろ。

 リョウさんの言葉。

 何か危険な感じがする。

「えっと……昔、俺、妖の会合に遭遇してしまったことがあるんだ」

「ああ、知ってますよ。というか、それは一つの事件として私達のような者には知れ渡ってます」

「そうなのか?」

「はい。あの猫さんが苦戦を強いられたと」

 猫さん。

 思い出すだけでゾッとする。

 あの時は必死で何も考えなかったけど、後になってジワジワ怖さのようなものが滲み出ていた。

「……それで……」

 それで、ある人間が助けに来た。かつて俺を殺そうとした刺客。エージェント。四天王の一人。

 確か……ジョン・ドゥと名乗っていたっけ?

 そのあと…………そのあと?

 猫が苦戦を強いられた?

 まるで、猫が勝ったような言い方じゃないか。

 脳内が危険信号を鳴らす。

「その後どうなって……」

「あなた達が逃げた後、突然やって来た男と死闘を繰り広げ、互いに手を引いた、と聞いております」

 実力が均衡していたということだろうか。

「そういえば、その日、凍鬼さんは?」

「はい? 私ですか。私は家事に追われていましたので……」

「綾乃に任せたのか」

「心苦しい限りではございましたが」

 ……。

「ところで真人くんは何故あの場に居合わせたのです。偶然にしては出来過ぎてはいませんか?」

「それは……」

 言葉が詰まる。

 脳内で俺に何かを訴えている。何か重要なこと。油断しているのではないかと。

 何も考えなしに行動していた。あの日も。

 そして深く反省した。軽率な行動は控えようと。そのせいで人を傷つけることがあると。

 なのに、今も俺は変わらない。

 何も考えず行動している。逃げ帰ったあの日の自分と同じだ。

 そう、あの日。俺は化け物に襲われて逃げ帰った。敵には明確な殺意があった。

 それなのに。何故。

 俺は、その敵の仲間と話している?

 俺を殺そうとしている相手かもしれないと、今まで考えなかった?

 今になって気がついた?

 そんな簡単な事実に。

 こんな軽率な行動こそが命取りだっていうのに。

「偶然だ……」

「別に今更真人くんに危害を加えることはしませんよ。綾乃さんの友達、ですからね」

 軽く微笑んで凍鬼さんは言った。

「ただ私はあの日の真相を知りたいと思っただけですよ」

「真相?」

「当事者の綾乃さんも何も言いませんからね。まったく。これでは真相は迷宮入りです」

 困った顔で肩を竦めた。

「はは」

「仮にも理由はどうであれマデュアの人間が私達の会合に乗り込んできたんです。真相が解明されない内は様々な情報が飛び交うでしょうね」

「真相……か」

 あの日……なんで俺は夜の学校に忍び込んだんだっけ。


 ……そうだ。

 綾乃があの繰り返した日のことを知っていたから……

「あの、凍鬼さん」

「はい」

「二ヶ月くらい前の……何度も繰り返した日のことを知っていますか?」

「勿論。知らないはずがないでしょう」



 遅刻ギリギリ間に合わないくらいの時間になってしまい、結局学校まで車で送ってもらった。……凍鬼さんの運転で。

 本当に申し訳なかった。



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