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Be called Fire boy  作者: タブル
第二章
13/65

#5 ゴーストタイムⅧ

 光が消える。散りじりに散って、再び闇に帰る。


「……っ」

 何が起こった?

 立ち眩みのような感覚に襲われた。

「……美鈴?」

 状況が掴めない。

「大丈夫か?」

「うん……まあ、ね」

「綾乃は?」

「大丈夫です……」

「よし、全員無事か」

「ちょっ、僕にも聞いてくれよ!」

 志村に頭を叩かれた。

「あー、まあ、いいや。お前、大丈夫か? 特に頭の中とか」

「ふっ、僕かい? 無事といえば、無事かな。……くっ、この程度、なんとも……っ、ない」

 志村が、プルプル震えさせている右腕を左手で押さえている。

「くそぉっ、この程度の傷……なんともっ……!」

「そりゃあ良かった。全員無事だな!」

「ちょっと待てよ! 少しは僕のことを心配しろよ!」

 ガバッと、両腕で胸倉を掴んできた。

「よし。なんともないみたいだな。その腕」

「うっ……、チッ」


 ところで。

 依然、目の前に幽霊さんは立っていた。名前は白木リンさん。数年前から、この学校にいる。

 俺達はこの幽霊と初めて会った。

 しかし、なぜだろうか。

 今、気が付いた時には、何か記憶があった。ぼんやりとした、楽しい記憶。だが、これは……

「俺の、記憶じゃない……」

 大好きな人と過ごした記憶。そして、会えなくなって、無理をした記憶。

 ……なんだよ、これ。

「おい、美鈴……」

「これは……彼女、白木さんの生前の記憶です。そうですよね、白木さん……」

 こく、と幽霊さんは頷いた。

「はい、たぶん、私の……」

 その声には、感情がなかった。顔にも生気というものが全く感じられない。……それもそうか。幽霊なのだから。

 だけど、幽霊だからって理由だけじゃないよな。

「この……記憶……」

 凄惨な最期。

 願いも叶わず、あっけなく。

「……見せてくれてありがとうございます、リンさん。ぼんやりとですけど、あなたの記憶、あなたのことが分かりました」

「これって」

「んー、交通事故じゃなかったな。僕の感覚から言うと……電車の脱線事故?」

 隣で志村が呟いた。

 志村の言う通りではある。美鈴達が調べた情報だと、交通事故ということになっていた。

「どういうことだ……?」

「きっと、政府に操作されたんだよ! 機関の差し金で、情報が改編されたんだ!」

「んなわけ……」

 ない、とは素直に言えなかった。

 なにせ、この記憶。いたる所に奇妙な点がある。矛盾というか、不審な点。

 どこがどうおかしいのか、具体的には俺には解らないが。どうとも言えず、むやみに結論に走るのはまずいが、あらゆる可能性があるから、安易に否定もできない。

 志村が言っていることは、どうしようもなく馬鹿らしいのだが、それすら否定し難い。

 謎の大きな組織が背後に潜んでいる、というのは十二分にあり得る可能性だ。

「綾乃……」

「はい」

「この人は……」

「はい、ご察しの通りです。彼女は、もう……。今、残っているのは、彼女の想いだけです。ですから……もう―――」

「私は……」

 白木さんが何か言おうと口を開いたが、何も言えず言い淀んでしまった。

「ねぇ、遠藤。ちょっと確かめたいことが一つあるんだけど、いいか?」

「なんだ、志村。こんな時に。いつものアホ話なら、また後に」

「僕は普段からアホ話なんてしてないから! そうじゃなくて……記憶、みたいな……これのことだよ」

 説明しながら、志村は手を宙で迷わせるように動かしていた。何かジェスチャーで伝えようとしているのは、よく分かった。

 伝えたいこと、聞きたいことも伝わる。

 分からないことは、その粘土をこねるようなジェスチャーの意味だけだ。

「遠藤、お前にもあるんだろ?」

「ああ」

「あたし達にもある。……これって多分、いえ、これは正真正銘、彼女の記憶。そうなんでしょ、綾乃ちゃん?」

「はい」

「なんで?」

 志村が聞く。

「なんで、とはどういう意味ですか?」

「僕、光が周りに溢れて、真っ白になったと思ったら、何も起きてなかった。だけど、すごく長い時間が経った気もして、そして見に覚えの無い記憶が頭の中にある。ぼんやりとだけど」

「ああ、俺もだ」

「私達もです。さっきも言いましたが、これは白木さんの記憶。彼女の想いの生まれる場所。想いの権化です。死んでも捨てきれなかった想いの生まれ出る場所。文字通り、これは彼女の『想い出』」

 ―――想い出。

 俺達が感じたのは。

「そんなものに、俺達が触れてよかったのか?」

「触れずして、彼女に関わることなんてできません。……助けたい、じゃなかったんですか?」

「そうは言ったけど……」

「見ざる聞かざる触らざる、じゃこのことは何も解決しません。見せてもらい、聞かせてもらい、真実に触れるんです」

「真実……」

「あんまり抽象的な話過ぎて、僕にはさっぱりだよ。ねぇ、美鈴ちゃん?」

 志村は美鈴の方に目をやり、共感を求める。

「あぁ、どうかしら。あたし、綾乃ちゃんの言ってること、間違ってないと思うけど……志村に近いかな。存在とか、現象に対する考えが抽象的で、あたしにも理解しにくい」

 美鈴から共感を得ることができて嬉しかったのか、視点を変えず志村はニヤッと笑った。

 その目が美鈴と合った途端、ご満悦の志村を美鈴が睨みつける。

 ……志村の表情が一瞬引きつって、いつもの顔に戻っていった。

「そうですか。そうですよね。そういう人も多いです。むしろ、すんなり理解できる人の方が少数派ですから」

「そうなのか?」

「はい。このような思考が容易に出来るというのは、霊的能力に対する資質を持っていると言えます」

 言えるんですか。

 霊的能力って。嬉しくねぇ。

「あら、じゃあ、超能力とは対極に位置するようなものじゃない」

「というと、どういうことですか?」

「超能力って、その現象に対する仮説、理解、現実的解釈また過剰拡大解釈から起因するの。ある理論を元に、現実的現象を引き起こしたり、物体を作り出したり。だから、この世に無いとか、そんな理論通用しないのよ」

 確かに対極……

 未だに幽霊を否定している節があるな。

「……って、そんなことはどうでもいいんだ! これからどうすべきか、そうだろ! なあ、綾乃。今から俺達はどうすればいいんだ?」

「さぁ……」

 ?

「さぁ、って。どういうことなんだ」

「これって、もう彼女の精神的問題なんです。私達は原因となる想い出を抽出できました。その原因に対して私たちに何ができるか、それをやればいいんですが」

「それが分からないのか」

「端的に言うと、そういうことです」

 つまり俺達が彼女を救うということは、彼女の心のしがらみを解き放つということ。

 それこそが白木さんにとっての救いのはずだ。

 ……そんなこと俺にできるのか?

 こんな俺に。

「無理だと思うけど」

 美鈴が言い放った。

「貴方に何ができるのよ」

「何がって、んなもん―――」

「今から白木さんと対話して説得する気? たぶん無理よ。貴方には。あ、勿論私達にもだけど。……彼女はずっとここにいるのよ。残っているのが想いだけになっても。何年も。それだけ大きなものなんだと思う。だから、今まで何も知らなかった貴方がここで思いついた慰めの言葉なんかで何とかなるなんて思えないってことよ。真人でも解るでしょ?」

「……ああ、そうだな。……だが俺は」

「遠藤。美鈴ちゃんの言う通りだよ。僕らは何が起こったかを知って、なんでも分かってあげられた気になることしかできていない」

 志村にまで言われた。

「そうだが……っ! だけど、俺は見捨てたくない。……知ってしまったんだよ、俺は。それを見て見ぬ振りなんてできない。したくない」

「ふふ、まったく……とんだお節介焼きね」

 美鈴が苦笑して、俺の肩に手を置いた。

「それが真人らしいってとこだけど」


「白木さん」

「……はい」

「あなたは、もう、自分の生命が尽きてしまっていることを」

 白木さんは首を縦に振った。

「……知っています。自分で分かっています」

「今の状態も?」

「はい」

「では……何故、今、ここに居るのでしょうか。白木さんがここに居る理由」

「恐らく……」

 感情を失った幽霊の如き白木さんの口が一瞬歪んだ―――気がした。

「恐らく私がそれを望んでいたから……。あっちの世界から、こっちの世界で」

「あっち、こっち?」

 志村がまたもや混乱して、頭を抱えている。

 ここで気が付いたのだが、見たところ、頭の中に残っている白木さんの記憶には個人差があるようだ。個人差の差というのは量なのか、質なのかははっきりしない。

 ただ、俺の頭に残っている記憶と志村や女子二人に残っている記憶には、僅かにかもしれないが差が生じているのは確かだ。

 この感じ。志村には最後の方の記憶は無かったのだろうか。あの不思議な別世界の話は。

「……そうか」

「真人さん?」

 全員が俺に注目していた。俺の次の言葉を待っている。

「まだまだガキだからな、無理ないな」

 背後から声が聞こえた。

 ……この声を俺達は知っている。

 知っているというのと少し違う気もしたのだが、記憶にあるという意味じゃ、知っている以外言いようが無い。この声。

 覚えがある。覚えがある記憶がある。薄らいでいく、楽しげな記憶。その中心にいつもいた人の声。

「リョウ……さん?」

 振り返る。

 そこに……ある男が立っていた。

 その男は警備員のような格好で、こっちに歩いてくる。

「リョウさん、なのか?」

 もう一度問う。

「いかにも。俺が、リョウだ」

 人を安心感を与える、不思議な口調で男―――リョウさんは答えた。


 見た目は普通の人だった。二十代半ばくらいの容姿。大学生と名乗られれば、すんなり信じてしまいそうだ。

 彼は警備員の格好をしている。あの道路とかで警備員が手にしているのをよく見る『光る棒』を手に持っていた。

「……リョウさん、ここの警備員やってたのか」

「ちげーよ。これは潜入用の変装に決まってんだろ」

 決まってるのか……

「おい、お前ら。そこに、居るんだろ?」

「あ、ああ」

 粛々とした態度で俺達は後退るように、リンさんの後ろまで下がった。

「……賢明な判断だ」

 俺達を一瞥し、言い放った。

「リン……」

「……ずっと、待ってた」

「すまない」

「あの日から、ずっと」

「……すまなかった」

「…………」

 重い沈黙が訪れた。

 風に揺らされ草が立てる外からの音だけが、今、この場に響く。

 何も動かない。何も動いていない。誰も、動けない。

 俺も動けなかった。物理的に動けないのではない。指も動かせるし、足も曲げることができる。しかし、俺の精神が、脳の奥深くが、ノーと言っている。動いてはダメだと。口を開くべきではないと。

 今、目の前に映し出されているその光景が、無理矢理入れ込まれた古い記憶と相重なり、俺の理性も反射的にその解を導き出していた。

 その光景。その様子。その姿。

 想い、つまり感情そのものであるはずの白木さんが。さっきまで感情が欠落した、まるで人形をも彷彿させるような様子だった白木さんが。

 ―――泣いていた。


 動いてはいけない。触れてはいけない。口を開いてはいけない。

 ただ目で見て、耳で聞き、認知するだけ。


「何、泣いてんだよ、リン」

「リョウ……。だって、私……」

「分かってるさ。辛かったんだよな。ずっと、一人で。苦しかったんだよな。……ごめんな」

「……リョウ……」

 リョウさんは、幽霊をひしと抱きしめた。

「……」

「……」

「…………リョウ、……痛い」

「おっと、悪い」

 リョウさんは腕を緩めたようだが、その態勢は変えなかった。

「リョウ……変わらないね」

「そうか?」

「うん。……見た目はちょっと歳上っぽい雰囲気でてるけど。中身変わってない」

「そりゃ俺が成長してないって言いたいのか?」

「リョウも辛いこと乗り越えて、強くなってるのは解る。……けど、それでもリョウはリョウ。昔のまんま」

「そっか」

「成長してないといえば、成長してないね」

「やっぱ、馬鹿にしてるのか? お前だって何も変わってないじゃないか」

「いや、私は成長するどころか、こんな状態だし」

 リョウさんは苦笑した。

「……リンは優しいな」

「……どういうこと?」

「リンは俺を責めないのかと思ってな。……俺が、こんな形で出ていったせいで―――」

「それ以上言わないで!」

 白木さんがリョウさんの台詞を遮り、次の言葉を止めた。

 ギュッとリョウさんに抱きつく形になっている腕の力が強くなった……ように見えた。

「やめて……いい……いいから。リョウは何も悪くない」

「それは違う。俺がお前を追い詰めてしまったんだ」

「リョウは何も悪くない。……私が勝手に……死んだだけ」

「電車の事故には原因があるはずだ。それに乗る理由を作ってしまったのは俺だ。どんな理由があろうとも、俺は」

「リョウは悪くない。電車も悪くない」

「じゃあ、リンは……自分を責めているのか?」

「……ううん」

 リンさんが首を振った。

「自分で自分を追い込むことなんてしないよ、リョウ。私は私。私は……リョウのことを知っていて、リョウとの想いのつまった私が大好きなの。……こんな私だけどね。こんなになってから……そう思うようになった」

「それじゃあ……」

 するりとリョウさんの腕が(ほど)かれ、その体が離れた。

「誰も悪くないの」

「誰も……」

「誰も悪くなかったんだよ、リョウ。分かるかな。誰にも悪意なんてなかった。だから、ね。そこには責任とか、誰のせいとかじゃない。たまたまそうなっちゃっただけなの。誰のせいでもなく。強いて言うなら、運命だったとしか言えないね。だからさ、誰を責めることなんてできない」

「リン……」

「それでも……私って、意外とワガママだったみたい。つい……今の今まで、ここに残っちゃってた。……リョウに会いたくて。また、もう一度」

「……すまない」

 俯いたままリョウさんが応える。

「なんで謝るの? リョウは、ちゃんと約束を果たしてくれたじゃない」

「約束?」

「私との約束。覚えてない?」

 ―――必ず、帰ってくる。

「だが、あれは―――」

「私、ずっと勇気が無くて、言えなくて。いつもいつもリョウ達の後ろをついて回るだけで。それでもいいと思ってた。楽しかったもの。だけどさ、カイとメイのことがあって、気持ちが変わってきてさ。はっきりしないとなぁ、って思ったの。その日から頑張ってみようかと思ったけど、私には勇気が足りなかった。言えなかったんだ。そしてそのうち、リョウは居なくなった。言えなかったまま。だけどね、リョウは約束してくれた。それが私にとっての希望だった」

「……」

「約束が果たされた時、私は勇気を振り絞るって決心した。だけど―――あの世界で私はそのことを最初に忘れちゃってた。朝、起きた時には、もう……」

「……」

「ちゃんと今は約束、覚えてるよ。もう忘れない。そう誓ったから」

「そうか」

「約束、守ってくれてありがとう……」

「だいぶ遅くなったけどな」

 リンさんがリョウさんの胸を軽く押して、笑った。

「ごめんね。リョウ。……私、リョウのことが、ずっと……好きだった。……ずっと」

「ああ、俺もだ」

 リンさんは笑ながら、泣いていた。大粒の涙が零れていた。

「リョウ……」

 再び抱き合う。彼女の涙は透明で透けて見えるようだった。

 同時に、彼女の身体も色を失い、より薄くなっていた。

「リン。俺もお前が好きだ。お前が思っている百倍は好きだ。だから」

「だから?」

「俺は一生忘れない。お前のことを。生涯、お前を愛す」

「嬉しい」

「それだけじゃないぜ? そんでな、もし来世でまた逢えたら、そん時は、一生一緒にいようぜ。二人離れずに、一緒に歳とってさ。ずっと笑い合うんだ。時に喧嘩しても、心の底で繋がって。幸せな日々を過ごすんだ」

「来世って」

 クスクス、リンさんが笑う。

 リンさんの体は、後ろのモノが見えるほど透き通っている。

「なんだ? 俺は本気だぞ」

「ふふっ、リョウ。ありがと」

「ああ」

「じゃあ、それまでお別れだね」

「そうだな」

「……うん。リョウ。ありがとう。大好きだよ」

「ああ」

「リョウ……それじゃ―――」

 ―――またね。

 リンさんは消えていたが、最後の言葉は俺達の心の中にも聞こえていた。



「よかったのか?」

 リョウさんに聞く。

「何が?」

「リンさんのこと」

「ああ。あれでいいんだ。俺にはな」

 リョウさんは笑っていた。楽しげな顔で。

 その笑顔には迷いはなかった。


 後日、俺達は再びリョウさんと会う約束をしていた。

 場所は、とあるお寺。リンさんのお墓参りすることになったからだ。

 墓の前で目をつぶり手を合わせた。ほんのり線香の香りが漂う。

 ………。

 静かに目を開けた。

「行くか」

「ええ」

 美鈴、綾乃、志村と共に門の前で待っているリョウさんの元へ向った。


「ありがとな。リンのために」

「いえ……」

「それじゃ、場所を移そうか。話をしたいんだろ?」

「はい」

 リョウさんに連れられて歩いた。

 着いた場所は、ボロボロの大きな建物だった。廃墟と言っても過言ではない。店、だったのか。何か営業していた風な感じはするけど、なにせ錆びつき壊れている。

 建物そのものは丈夫のようだ。雑草や長いツタが絡まって、青々としている。

 看板も痛んでいる上に、草が絡まって何と書いてあったのか読みづらい。

 看板。……竜……宮城……?

 一体何の建物だったんだろう。

「この建物はその昔、設備も営業も機能していた。だが、今はこの有様。まったく。歳をとらない物なんて何もないな。……で、ここは、そのかつてあった建物のエントランスルームだ」

 リョウさんは、中央に備え付けられていたソファに座った。

 ギギギッと嫌な音がたつ。

 テーブルを挟み、向かいにもソファがあったので、俺達はそっちに座った。

 座り心地は……それなりに良かった。

「しかし……広いし、大きい建物ですね」

「ここが建設された当時は、つっても十年も前の話じゃないんだが、もっと広くて大きかったんだぜ」

「へぇ……」

 言われてもそんなに驚かなかった。なんとなく知っていた気がする。記憶のどこかで。

「それで、話って」

 リョウさんから切り出した。

「あたしから、いい?」

 美鈴身を引き締めた。

「リョウさん。貴方って、本当に何者なんですか?」

 なるほど。まあ、最初に聞くべき質問ではあるかもしれない。

 俺でも同じく質問をするだろう。

「何者って……ニンゲンだが」

 は? あ、いやいや、

「いや、冗談なんかじゃなくて―――」

 言ってる途中で冷静になった。

 そうだ。人間じゃないかもしれないんだ。俺はそんな生き物とあったことがある。実際、綾乃もそうらしいし(自称ではあるが)。

 幽霊とか、猫とか、雪男とかそういう存在ではないとリョウさんは言っているのか。

「ははっ、冗談だ。冗談。質問の意味をはき違えているよな。茶化して悪かった」

「ふざけないでください」

 いつもとは違う、綾乃からの厳しい口調。

「……悪い。今のも冗談で」

「で、リョウさん。貴方は」

「そうだな……では、美鈴ちゃん、だったかな。お前の聞きたい答えを言おうか」

 リョウさんが美鈴の瞳を捉えて、口を開いた。

「たぶん、だが。無理やり、そうだな……そこの綾乃ちゃんだっけか? 綾乃ちゃんサイドと美鈴ちゃんサイドに分けるとするなら、俺は美鈴ちゃんサイドの()()だ」

「管轄は?」

「いや、まあ。管轄と言われても」

 頭をかく。そしてリョウさんは困ったように笑った。

「俺、美鈴ちゃんの組織のメンバーじゃないからな」

「えっ、ちょっと待って。超能力組織は世界にあたし達の組織の一つだけ。貴方って…。無所属の人間ってこと?」

「ああ、野良だな。俺らはそう呼んでいる。……とすると、俺は美鈴ちゃんサイドでも綾乃ちゃんサイドでもなくて、志村君&真人君サイドってことになるかな」

「そりゃ、そうなのかもしれないが」

「もっとも……厳密に言うと、全然違うのかもしれないなぁ……なあ、志村君」

「そうだね。僕、そんな能力とか無いしね」

 リョウさんは不敵な笑みを浮かべたまま、志村を見つめていた。

「じゃあリョウさんは、一体……」

「俺か? そうだな……俺は、仕事をしている」

「警備員?」

 昨日会ったときのことを思い出した。

「違う違う。あれは潜入用のスーツの一つみたいなもんだって」

「潜入……ですか」

「俺は……そう、傭兵みたいなものを今やっている。金と友情とコネで動く傭兵だ」

「傭兵……超能力の、傭兵。そんなの聞いたことない!」

 美鈴が驚きのような、難しい顔をする。

「だろうな。宣伝したことねーし。だいたいがスパイみたいな依頼ばかりだからな。有名になったら、それこそ失敗だ」

「信じられない……」

 美鈴は驚きを隠せないようだった。

 さっきから、ずっと変わらない。

「で、他に聞きたいことは?」

「それじゃあ、私から」

 綾乃がリョウさんを真っ直ぐ見た。

「なんだ」

「リョウさんは、美鈴ちゃんと同様、超能力者だから、霊が見えたということでいいですか?」

「そうだな。勿論そうなる」

「ありがとうございます」

「……綾乃ちゃんか。知りたいことがあるなら俺にではなく本人に聞いた方がいい」

「―――ッ!」

 綾乃まで、美鈴と同じような顔になった。

 こればかりは理由はさっぱりだ。つい志村と目を合わせて、首を(かし)げてしまった。

「……なんのことだよ、綾乃?」

「いえ、気にしないでください」

「あ、ああ……」

 綾乃も険しい表情に。共通してリョウさんを睨んでいる。明らかに見つめているとは言えない目つき。

 そして、無言になってしまった。


「他に、聞きたいことはないのか?」

 リョウさんは俺達に促す。

「それじゃあ、僕から一ついいっすか」

「おっ、志村君か。お前から何かあるのか」

「志村……?」

 志村からリョウさんに質問?

 そんなものがあるのか。

 このことに関して、志村は無関係な人間のはずだ。当然縁も無ければ、所縁もない。

 そんな志村がリョウさんに聞きたいこと、か。

「真人、ちょっと」

 志村が俺の耳もとに寄り、小声で言う。

「あのさ、綾乃ちゃんと美鈴ちゃんをちょっと……」

「ちょっと?」

「ここから離してくれないか。込み入ったこと話すからさ」

「なんでだよ。込み入ったことって。……別に何話してたって俺は構わないが、リョウさんは占い師でもなければ、神様でもないんだぞ。何でも、ましてやお前の私情なんて知ってるか分からないぞ」

「いいからさ」

「しょうがないな……」

 渋々と言った態度で、綾乃と美鈴に声をかけた。特に理由は何でもいいのだが、とりあえず二人の手を引いて、そこから離れた。二人ともなんか考え込んでしまっているみたいで、すんなりいけた。


 ひとまず、近くの自販機でジュースを三本買った。どれが好きか聞き忘れていたから、俺が好きなやつと、メジャーなやつを合わせて三本。

 歩いて戻ってきても、まだ二人は難しい顔をしている。

「おい、二人とも。なんか悩むのもいいが、小休憩しないか?」

 顔が上がったところで、買ってきたジュースを掲げる。

「ありがと、真人。珍しく気が利くじゃない」

 そっと綾乃も受けとった。

「ありがとうございます、真人さん」

「どーも」

「初めて真人が良い人に見えたわ」

「いや、美鈴。今までどんな風に俺が見えてたんだよ」

「……猿?」

 猿ですか。しかも疑問形。

 ん、ということは。

 ……もしかして否定の余地があるのか⁈

 反論してもいいのかもしれない。

「猿では無いと思うぞ、俺は」

「え……じゃあ、能無しの猿かしら?」

 透き通る、純朴な目で俺を見つめて聞いてくる。

 内容こそ純朴とは程遠いが。

「ぃ……あぁ、能無しの猿でも無いと俺は思うかな」

「じゃあ、もしかして……能無しのカス猿さんかしら」

「なんで不要なモノが増えていくんだよ!」

「だって、違うって言うから……」

「あらぬワードが増えてんじゃねえか。減らせって言ってんだ。俺に相応しくないワード消してくれ、美鈴」

「…………カス?」

 不要ワードな消して、結果『カス』なのか。

 俺って、一体……

 ガタッ!

 机か何かを叩く音。

「ふ……ふざけるなぁぁぁああああ!」

 志村達の方から聞こえた。気迫の篭った怒鳴り声。並々ならぬものを感じた。

 その声の主は、声から判断して……

「リョウ……さん?」

「冗談、冗談です。ははっ」

 志村の軽快な笑い声も聞こえてくる。

 冗談?

 俺は二人を置いて、志村達のもとへ走った。

 志村の服を掴む。

「志村、お前、何か失礼なこと言ったんだろ」

「ぅお、遠藤!」

「リョウさん、すみません。こいつが何か」

「……いや、急に大きな声を出して済まなかったな、遠藤くん」

「え、ああ」

「俺が少し取り乱したんだ」

 少しなんてレベルじゃなかったんだが。

「遠藤……手」

「あ、ああ。悪い」

 掴んでいた手を離した。

「何を話してたんだ?」

「あー、今までとこれからのこと、かな。ははは」

「は?」

「タイムラグとパラドックスについてだ」

「ちょっ、リョウさん! ああ、何のことだろう。僕には分からないなぁ」

 志村が慌てて誤魔化している。

 バレバレ……

「志村くん。俺は真人くんに話さない、とまでは約束していない」

「くっ……」

 悔しそうに、リョウさんの目を見つめる志村。

 俺には本当に何のことだか分からない。

 タイムラグ……パラドックス……

 聞き慣れない言葉。

「帰るぞ、遠藤」

「……あ、ああ……」

 いつもの軽い口調ではなく、志村の言葉に重い響きがした。

 というか、なんで俺は志村に……

 反論してやろうかと思ったところで、美鈴と綾乃も俺達の所にやって来ていた。

「……じゃ、そろそろ帰るの?」

「志村はそのつもりらしい」

 美鈴達も、もう聞きたいことは無いというか、今この場で話さなければいけないということは無いらしい。

「そろそろ、帰るか」

 リョウさんに向き直る。

「時間を割いていただいて、ありがとうございました。今日は俺達は、ここで―――」

「待ってくれ。最後に俺から、いいか?」

「……? なんすか」

「この集まりは、なんなんだ?」

「集まりって」

「この四人組だ」

 俺達を指差した。

「たまたまですよ。美鈴と綾乃は友達です」

「僕は⁈」

「志村、だまってろ。まあ、そういうことです」

「たまたまお前らは友達で、たまたま一緒にいる、というのか」

「はい。……変、ですか?」

「いや……いいんだ。何も無ければ」

 言われて少し思う所はあった。超能力者に幽霊、一般人が揃って行動している。これは客観的に見て異様な光景だということは言うまでもない。

 しかしリョウさんもただの人間ではない。どんな能力を持っているのか、俺達の知らない数年間何をしていたのか謎だけど、リンさんの想い出によれば、常人ではないことは明白だ。

 思うに、超能力保有者。

 そんな彼が、幽霊となってしまったリンさんに会いに来たのだ。

 人のこと言えないじゃないか。

「ただな、気をつけろ。深く関わるな。これは忠告であり、警告だ。浅はかな行動ばかりするんじゃない。自らの行動を顧みろ。思慮深く動け。どれほど警戒しても、お前達はし過ぎることは無い」

「どういう意味ですか」

「まぁ、なんだ。結局、俺は若い世代に期待してるってこった。だから残念な思いさせてくれるな。安易に行動してると俺達みたいになるからな。普遍的な日常というのは、一歩間違うとあっさりと崩れ去る。ジグゾーパズルのように、築くのは時間がかかるが、壊れる時は一瞬だ。そして、ピースを一つでも失くしてしまうと、どんなに時間が過ぎようと、二度と同じ形には戻らない」

 先輩の言葉は胸に響いた。直接魂に文字がねじ込まれているのではないか、と思うほど、脳みそなのか心なのか分からない所に深く刻み込まれた。

「あと一つ」

 リョウさんは俺の耳を口もとに寄せた。

「マデュアにはこれ以上関わるな。世界にとって脅威そのものだ」

「え?」

 リョウさんは、ふっと俺から離れた。

「……以上だ。後輩君達! ははっ、俺はこれからずっとお前達の味方だ、なんて言えないし、言わない。状況により味方になることもあるし、俺の邪魔をすれば敵とみなすことだってある。それに関わり合いが無ければ、もう一生縁がないかもしれないな。ま、それでも、俺はお前達、若い世代に期待しているのは事実だ。だから、頑張ってくれよ? 俺みたいなのが増えないようにな」

 ニカッとリョウさんは笑顔を作った。

 美鈴がケータイを取り出した。

「あ、リョウさん。一応、あたしに連絡先……ケータイのアドレス教えて」

「いいぜ」

「いいのかよ!」

 かなりあっさりと。

 味方じゃないんじゃなかったのか。

 この人が心の底では何を考えているのか、全く読めない。

「よっしゃあ! 生女子高生のアドレスGET!」

 リョウさんが叫んでいた。

 この人の考えていることが、本当に分からない。

 ……美鈴の読心術があったら、どこまでリョウさんを理解できんのかな。


「さっぱりだったわ。彼、まるで石のように、心がそこに無いように、全く読めなかった」

 帰り道。志村と綾乃と別れて、二人で家路につく。

「心が読めない? どういうことなんだよ、それ」

「ほんと、不思議な人よね、リョウさんって。会ってからずっと心を探っているのに、何かに妨害されるの。これって、本来、高度な技術―――読心に対する防衛スキルが無いと出来ないの」

「じゃあ、その防衛スキルってのをリョウさんが持ってるってことか?」

「いえ」

 美鈴は首を横に振る。

「そうじゃないと思う。基本的に一人の人間は一つの能力しか持てないの。稀に二つの能力を持つ人間もいるけど、それって世界でも二桁もいないのよ」

「じゃあリョウさんは、その読心に対する……能力者じゃないのか?」

「いえ、たぶん違う。リンさんの記憶によると、だけど」

 その(おぼろ)げな記憶の中では、確かにそんな素振りはなかった。

 しかし。

 リョウさんの能力もはっきりしていない。

「何者なんだろうな、リョウさんって……」

「敵にしたくないわね」

「敵って……、まるで美鈴が何かと戦ってるみたいじゃないか。敵なんていないし、ならないだろ」

「みたい、じゃなくて戦ってるわよ。敵はいるの。そいつらと、あたし達の組織は抗争を繰り返してる」

「組織……」

 美鈴が所属している、超能力集団。

「考え方の相違からなんだけどね。イデオロギーの違い。だけど、そんなチンケなものじゃないの。奴らは危険な思想を持って、世界に混沌をもたらそうとしているの」

「世界に混沌って、そんな漫画みたいな」

「そう、漫画みたいね。そんな奴らが本当にいるの。けど現実は漫画なんかよりもっと悲惨。現実は……酷い騙し合いに殺し合い。世界の戦争、紛争に隠されて抗争が続いてる。今もね」

「そんな」

 初耳だ。聞いたことない。

 そんなことがあってたなんて。

「前にも言ったでしょ。あたし達は世界を守る組織。だから平和を脅かす者と戦い続ける」

 そう、平和を脅かす者と。それで、かつての俺も狙われかけた。

「その敵って何なんだよ。……紛争とか、やってんだろ。そんなデカい組織なのかよ、その敵って」

「その敵の組織名は『デュアール』。元は一つの宗教団体だったらしいわ」

 デュアール……

 やっぱり初めて聞く単語。

 この業界については俺は何も知らないからな。おそらく組織内にとっては常識なのだろうが、一般人だった俺が知る由もない。

 ……が。

「組織名……か。その名を聞いたら注意しないとな。……ん、じゃあ、美鈴達の組織は名前とかあんのか?」

「あるわよ、勿論」

 美鈴はそれが当たり前のように、むしろ誇らしげに、その名を口にした。

「あたし達の組織の名は―――」

 ―――マデュア。





ここまで読んでくださり、ありがとなございます。


拙い作品で申し訳ないです。



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