勤と佳奈の実家へ挨拶~勤家編~
休日、突然佳奈は勤に両親に挨拶したいと言って勤の故郷に訪れた。
「う~~~~ん。やっと着いた・・・」
「そうねー」
二人は電車から降りた。勤は電車に乗って固まった体を伸ばすため背伸びする。そして腰に手を当て、周りをぐるりと見渡した。所々に新しい家が建っていたりするが久しぶりの故郷の景色はあまり変わっていない。田舎と都会が入り混じった風景だ。
「ところで、さっきからなにしてるの?」
勤は、先程から小さな旅行カバンをとなりにおいて、シャドーボクシングをしている佳奈を見る。電車の中でも何かぶつぶつと独り言を言っていた。ワンツーがどうのデンプシーロールがなんとかと。
「・・・お義父さんに『息子はやらん!』て言われてバトルになった時のためにシャドーをしてるの」
シっと風を切りながらパンチを繰り出す佳奈を見て勤は苦笑いする。
「うちの父さん、そんな熱くないけど・・・」
「それでも、最悪の場合を考えるの。その時になったら、駆け落ちするわよ」
「か、カナちゃん・・・かっこいい」
口元を両手で覆う勤を見て佳奈はにやりと笑う。なにも言わなかったが勤にはその笑いの意味がわかった。
『心配するな、この私に全て任せな』
そう語る笑いだった。
「キュン・・・」
自分で『キュン・・・』と言って頬を染める勤は果てしなくキモい。しかも顔がいいだけ殴りたくなる。普通の人間だったら吐く。
だが、そんな勤の仕草は佳奈にとってはただの興奮の調味料にしかならない。それほど、勤のことが好きだった。
「ふふふ・・・ここでヤル?ヤっちゃう?誘ってんの?」
「だ、ダメだよ!外でなんて!」
シャドーを止めて手を気持ち悪い動かし方で近づいてくる佳奈を勤はたしなめる。
「とにかく。はやく父さんたちのところへ行こう。待ってるからさ」
「そうねー。ここで漫才してる場合じゃないわ」
二人は駅をでて歩き出した。歩き出して数分もすると少しずつ都会の風景は減っていき緑が多くなる。コンビニの代わりに無人売店、大きなマンションから木製の家、コンクリートの道から小さな花や雑草のある道へ変わっていった。
「でかいねー」
「そうかなー」
田んぼや畑に囲まれる家の中でも坂の上にひときわ大きな家があった。それこそ、勤の実家だった。周りにある家もそれなりに大きいが勤の家は屋敷といってもいい。
「絶対、家に蔵があってそんなかに刀とかあるでしょ」
「え?何言ってんの。刀なんてどの家にもあるでしょ?」
「ないよ。少なくともうちにはなかったよ」
そんな会話をしていると、ワン!と人吠えして大きな犬が走ってきた。犬は坂の上から走りながら一直線に勤たちに向かってくる。黒い胴体に茶色い足、毛並みを見るからにドーベルマンのようだ。
「あ、ケルベロス!」
「ける、ケルベロス!?」
勤が犬の方に手を振って、佳奈はその犬の名前に驚く。
勤は大きな犬・・・改めケルベロスに向かって走っていく。
「ケルベロスゥゥゥゥ!」
「ワンワン!」
勤は急な坂を平地を走るかのように走る。
ケルベロスも坂の上から車のように突っ込んでくる。
「はぁ、はぁ・・・・ゴホッ・・・ケルベロスゥゥゥゥ!」
「ハッ、ハッ、ハ・・・ワンワン!」
走っても走ってもなかなか一人と一匹は抱き合うことができない。坂が長すぎるのだ。なぜこんな坂の上で家を作ったのだろうと思いながら佳奈は坂の下からスマホでその様子を撮影する。
「・・・けるヴぇごふぉ!ごふ!」
「ハッ、ハッ、ハ・・・ワンワン!!」
一人と一匹が抱き合った時にはどちらもクタクタだった。勤に至っては何を言っているかわからない。
「はぁ、はぁ・・・久しぶりだな!ケルベロス!」
「ワン!」
ケルベロスはペロペロと勤の顔を舐めて喜びを表す。
そんな再開に水を差すかのように勤のスマホから着信音が鳴り響く。画面を見ると佳奈からのようだ
「はい、もしもし」
『もしもし、私も歩いて登るしかないの?この坂・・・』
「ああ、大丈夫。坂の下にボタンがあるでしょ?それ押して」
『ボタン?あー、このインターフォンみたいな?』
「そうそう、それ押すと車が来るから」
『車?ポチッと。・・・ちょ!?犬!犬ぞりが来た!』
「じゃ、それ使ってね。俺は歩いて上がるから」
『うん・・・、じゃあ頂上で・・・』
こうして、勤と佳奈の実家へ挨拶~勤家編~が始まったのだった。