表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/9

【六】 ――謀――

 嫌だ。

 どこへも行かないで。


   ◇  ◆  ◇


「……それで、妾に何を望むのかぇ?」

 影を祓った次の日、鈴李は名主などの集落の重鎮を前に、いつものように笑っていた。その姿はすっかり幼いものに戻っていて、用紙に似合わぬ狡猾さ漂う微笑を浮かべている。

 それにしても、と笑みの裏側で鈴李は思った。

 娘が巻き込まれた名主はともかく、他の者達は何をしにきたのだろう。祭りでもないと社にも来ないような者が多い。一番気になるのは、彼らが一様に恐怖を抱いた様子であることだ。

 ふと、カズラの最後の笑みが気になる。

 崩れながらも、弾けるように消えていった影の最後。


「此度は集落、そして娘を救ってくださりありがとうございます……」


 いつものように鈴李を敬い、周囲共々深く平伏する名主。

 彼は少し迷うように口ごもり、しかし続けた。

「ですが、あなたはあの『影』と縁があるとお聞きいたしました」

「……そうじゃな。あれは昔、妾の従者であった。今の葵と同じ立場じゃ」

「集落の者の中には、こういう者もおります。――あれは、力なき神がこの地で甘い汁をすするための、あらかじめ話し合わされ予定されていた流れだったのではないか、と」

「……ほぅ」

「多くの住民の枕元に、影らしきものが現れ、姫様への恨みを残しております。祓ったふりをするだけだったのに約束が違うと。……我々としては、もはや姫様を祀ることはできませぬ」

 その言葉に、鈴李はわずかに唇の端をあげた。

 すべて見通している、と言わんばかりの笑みをさらに濃くする。

「つまり、妾――鈴李姫神は用済みということかぇ」

 頭を下げ続ける名主や集落の住民は、無言という肯定を静かに返した。

 ぱちん、と音を鳴らし、鈴李は扇を閉じる。


 ――まったく、あれは余計なことばかりするものじゃ。


 鈴李は心の中でかつての従者をなじる。思えば、カズラは転んでもタダで起きるような人間ではなかった。なかなかにアレらしい、気の利いた置き土産だと、思わず笑みをこぼす。

 元々、鈴李は廃れて久しい神でしかなかった。

 まともな参拝客もおらず、彼らを呼び込むような力など一欠けらも持っていない。唯一の利点である『神』という立場でさえも、カズラ絡みのゴタゴタで風前の灯以下だ。

 きっと、今後はどんな神も鈴李には答えてはくれないだろう。そうなればもう、鈴李の神としての存在意義は完全に消滅する。……いや、葵だけは、それでも鈴李を神と呼ぶだろうが。



 もう、潮時なのだろう。

 祀られるだけの力を持たない神の、これが消えるべき時だ。



 小さく息を吐き出し、吸い。

 鈴李は笑みを消し、まっすぐに前を向いた。

「よかろう。ならば滅されようぞ。……ただし、条件がある」

 鈴李はその容姿に似合わぬ、地から響くような低い声で続ける。

「葵は選ばれし稀有な巫女の家系。それを絶やすことだけは許さぬ。もしもこの地に、新たなる神が欲しいと思うならば、葵が受け継ぐ巫女の血は在った方がよいじゃろうなぁ」




 最後に思ったのは、その葵のこと。

 用事でここを離れているという出来すぎた幸運に、わずかな感謝を覚え。

 再び笑みを作りながら、名主達に手はずを整えるように命じた。

 馬鹿な神と愚かなヒトの、大昔から続く騒動の終焉を。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ