【六】 ――謀――
嫌だ。
どこへも行かないで。
◇ ◆ ◇
「……それで、妾に何を望むのかぇ?」
影を祓った次の日、鈴李は名主などの集落の重鎮を前に、いつものように笑っていた。その姿はすっかり幼いものに戻っていて、用紙に似合わぬ狡猾さ漂う微笑を浮かべている。
それにしても、と笑みの裏側で鈴李は思った。
娘が巻き込まれた名主はともかく、他の者達は何をしにきたのだろう。祭りでもないと社にも来ないような者が多い。一番気になるのは、彼らが一様に恐怖を抱いた様子であることだ。
ふと、カズラの最後の笑みが気になる。
崩れながらも、弾けるように消えていった影の最後。
「此度は集落、そして娘を救ってくださりありがとうございます……」
いつものように鈴李を敬い、周囲共々深く平伏する名主。
彼は少し迷うように口ごもり、しかし続けた。
「ですが、あなたはあの『影』と縁があるとお聞きいたしました」
「……そうじゃな。あれは昔、妾の従者であった。今の葵と同じ立場じゃ」
「集落の者の中には、こういう者もおります。――あれは、力なき神がこの地で甘い汁をすするための、あらかじめ話し合わされ予定されていた流れだったのではないか、と」
「……ほぅ」
「多くの住民の枕元に、影らしきものが現れ、姫様への恨みを残しております。祓ったふりをするだけだったのに約束が違うと。……我々としては、もはや姫様を祀ることはできませぬ」
その言葉に、鈴李はわずかに唇の端をあげた。
すべて見通している、と言わんばかりの笑みをさらに濃くする。
「つまり、妾――鈴李姫神は用済みということかぇ」
頭を下げ続ける名主や集落の住民は、無言という肯定を静かに返した。
ぱちん、と音を鳴らし、鈴李は扇を閉じる。
――まったく、あれは余計なことばかりするものじゃ。
鈴李は心の中でかつての従者をなじる。思えば、カズラは転んでもタダで起きるような人間ではなかった。なかなかにアレらしい、気の利いた置き土産だと、思わず笑みをこぼす。
元々、鈴李は廃れて久しい神でしかなかった。
まともな参拝客もおらず、彼らを呼び込むような力など一欠けらも持っていない。唯一の利点である『神』という立場でさえも、カズラ絡みのゴタゴタで風前の灯以下だ。
きっと、今後はどんな神も鈴李には答えてはくれないだろう。そうなればもう、鈴李の神としての存在意義は完全に消滅する。……いや、葵だけは、それでも鈴李を神と呼ぶだろうが。
もう、潮時なのだろう。
祀られるだけの力を持たない神の、これが消えるべき時だ。
小さく息を吐き出し、吸い。
鈴李は笑みを消し、まっすぐに前を向いた。
「よかろう。ならば滅されようぞ。……ただし、条件がある」
鈴李はその容姿に似合わぬ、地から響くような低い声で続ける。
「葵は選ばれし稀有な巫女の家系。それを絶やすことだけは許さぬ。もしもこの地に、新たなる神が欲しいと思うならば、葵が受け継ぐ巫女の血は在った方がよいじゃろうなぁ」
最後に思ったのは、その葵のこと。
用事でここを離れているという出来すぎた幸運に、わずかな感謝を覚え。
再び笑みを作りながら、名主達に手はずを整えるように命じた。
馬鹿な神と愚かなヒトの、大昔から続く騒動の終焉を。




