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【零】 ――夢――

 一人の少女がいた。

 目にも鮮やかな豪奢な衣装を纏い、彼女はくつくつと哂っていた。


 哀れんでいるのだ。

 目の前の、元はヒトだったものの末路を。


 悲しんでいるのだ。

 かつて愛し自らが殺したヒトの末路を。


『哂っているのか』

『もちろん、哂っておるわ。これが哂わずにおられるかぇ?』

『そうだな……貴女はそういうヒトだ』

『よくわかっておるではないか。そう、だから妾は哂っておる』

 肩を揺らし、全身を揺らし。

 紅をさした唇をゆがめて、彼女は哂っている。

 いつも整えられていた黒髪は乱れ、残っている簪の飾りは砕けていた。

 彼女が笑うごとに、その前で倒れ付すヒトは形をなくしていった。原因は彼女だが、哂いながら何かをしているというわけではない。し終わった何かに対する結果が、今出ているのだ。


 これは悲劇というかもしれない。

 ――届かぬ高みを望んだ男の末路だと。


 これは喜劇というかもしれない。

 ――届かぬ高みを望んだ男の末路だと。



 どちらにせよ、同じこと。



『同じならば……妾はどうすればよかったんじゃろうなぁ』

 片方は消え、もう片方は少女ではなくなっていく。

 全て計算に入れた、予定調和の流れだ。

 こうなることは分かっていた。

 全て身から出た錆、罪に返された報い。それを受けただけの話。

『さらばじゃ、我が最愛の――』

 彼女の声はそこで途絶えた。


   ◇  ◆  ◇


 そんな夢を、少年は見た。

「……」

 いや、どんな夢だったのかわからなくなっていた。何か、聞き覚えのある声を、哂い声を聞いていたような気がする。しかし思い出そうとするほど、聞いたはずの音がかき消される。

「あれは……」

 少年はゆっくりと身体を起こした。外はうっすらと明るい。朝だ。かすかに鳥が鳴いているのが聞こえる。そして、それに混ざり――誰かが、自分の名を呼んでいる声も。


「葵ー、葵はどこじゃー」


 一瞬で目が覚めた。

 声ははっきりと耳に届く。

 少年――葵は布団もそのままに、部屋を飛び出した。

 磨かれた廊下を走り、声がする方へ向かう。

「のぅ、葵はどこへいってしまったんじゃろうなぁ」

 声がする。

「社から、いなくなってしまったんかのぅ。妾を、置いていったのかのぅ」

 聞きなれた主の声が。

「一人は……嫌じゃのぅ」

 そう、寂しげに言い出して。

 締め付けられるような、胸の痛みを感じて。


「鈴李!」


 葵は裸足のまま庭に飛び出し、ついに声の主の下にたどり着いた。

 社と呼ばれる敷地の一角。可憐な鯉を飼っている池のそばに、小柄な少女が一人。稚児といっていいのかもしれないその少女は、ちょこんと座り込んで、池の鯉に話しかけていた。

「……葵」

 振り返った彼女の、鮮やかな紅い瞳が葵を見る。

 そして、見る見るうちに笑みを浮かべ。

「今日の葵は寝坊かぇ? 暑さが過ぎたからといって、たるんでおるのぅ」

 にぱ、と笑う彼女は鈴李。



 鈴李姫神と呼ばれる、しかし力を持たない小さな神だった。

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