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遠日点  作者: 深月織
9/16

(8)


 夏休みと言えど、寝坊は許されない我が家。役所勤めの父と教師である兄に、ダラダラしていたら叱られてしまう。

 ギュギュッと髪を頭の上で一つに結いながら台所へ行くと、お弁当を詰めている志穂さんがいた。

「おはよ〜、志穂さん」

「お、おはよう、ほたるちゃん!」

 普通に声をかけただけなのに、兄嫁はビクッと肩を跳ねさせて上ずった声で返してきた。なにかビックリさせるようなことをしただろうかと首を捻る。

「あ、あのね……ほたるちゃん、流くんに、あとでお弁当を届けてくれる?」

「いいけど。……呼ばないの?」

 てっきり兄の昼食だと思っていたら、流のだったのか。にしても、わざわざ届けるよりうちに来させればいいのに。

 いつもそうしてるのにな、と思いながら言うと、兄が邪悪に笑った。

「昨夜の今朝で来れねーだろーからなぁ」

「遊斗さん!」

 耳から首筋まで赤くなった志穂さんが咎めるように兄を呼んで、その様子に何だか察するものがあった。

「ああ……、何かあった? 昨夜」

「いちゃついてたとこデバガメられた」

 薄笑いで兄に訊ねると、ニヤニヤ笑いを返される。ハイハイごちそうさまです。

「青少年に悪影響与えないでくださいセンセイ」

「嫁と仲良くすることのどこが悪影響だ。夫婦円満は見せつけないとな」

 志穂さん、そんな真っ赤な涙目で兄を叩いても逆効果だよ。

 どうでもいいけど、何をどこで致していたのか。ウカツに水も飲みに行けないわ。

 自分の分の朝食も簡単に詰めて、じゃれ合う兄夫婦に「ちょっくら行ってきまーす」と声を投げた。

 昨夜、流が忘れていった星座盤をついでに手にして、裏の林を突っ切る。流の家はすぐそこだ。

 インターフォンを押してから、あの母親がいたらどうしようと思ったけれど、そのときはそのとき。弁当だけ渡して帰ればいい。

 しばらくして、応答があった。

『……はい』

「私ー。宅配に来たよー」

 寝ぼけたような流の声が、え? ほたるちゃん? と一気に覚醒し、家の奥から走ってくるような音がして、玄関が開けられる。

 ぼさぼさ頭の流に、思わず吹き出した。

「寝てた? ゴメンゴメン、ご飯届けてこいって言われてさ」

 手に下げた包みを見せると、ぱちぱち瞬きをして首を傾げていた流が、ハッとして次の瞬間赤くなってうろたえだした。色白だから顕著だなー。

 生暖かい気分で眺めながら、とりあえず言ってやる。

「ムッツリ」

「……………!!!」

 笑顔の私の攻撃は、思いの外流にダメージを与えたようだった。


「違うもん俺水飲みに行っただけだもんまさかあんなところで遊兄たちが……と思わなかったんだもんっ」

「ハイハイ。エロ兄貴には注意しとくから」

 重箱弁当を前に、ぐずぐずと言い訳をしている流をいなして、冷蔵庫からお茶のボトルを取り出す。

 チラリと見た冷蔵庫の中はほとんど空っぽだった。まるで使われた様子がない。

「……おばさん、今日は?」

「ずいぶん前から、恋人のところに行ってるよ」

 流に見えないように顔をしかめたけれど、お見通しだったらしい。

「いないほうが楽だから、いいんだ」

 苦笑した流の表情に、もう、あの人のことは諦めているのだとわかった。

 この家の中で、唯一生活臭のする流の部屋で弁当を広げる。

 志穂さん、ヤケになっていたのかという詰め込み様に、流が落ち込んでいた。いやいや、悪いのは全部遊兄だと思うよ? まったく反省してなかったから、今後も注意が必要ですが。

「あ、そうだ星座盤。大事なもん忘れんなよ」

「ああ、うう……」

 受け取りつつ、何故忘れていったのかをまた思い出したらしい流が、耳を赤くして項垂れる。

 しょうがないやつだなー。

 悶えている流は放置して、オニギリを手にしながら私は久々に入った流の部屋を見回した。

 星図のポスターが貼ってあるのは、まあ当然として。スクリーンセーバーが動いているノートパソコンに、また天文のサイトでも見ていたのかと思った。

 流の引きこもりに拍車をかけているこのPCも、いつの間にか所持していたんだよ。

「けっこう綺麗にしてるな、流のくせに」

「どういう意味……」

 それとも最近片付けたんだろうか。紐で縛られた雑誌や本が隅に避けてある。

 肝心なことをずっと聞き忘れていた。聞きたくなかった、とも言う。

「流、さ。どうするの、おばさんが再婚したら」

 やっぱりついていくのか。

「行かないよ。あの人には、もう俺は邪魔だから」

 邪魔、だなんて自分を軽く見積もる言葉を、否定するべきだったのかもしれない。

 だけど、そう言った流はどこかスッキリした顔をしていたから、「そっか」と頷いて、食事を再開する。今日このあと何をするか、明日からの予定を縁側でゴロゴロしながら話す。

 ついて行かないという言葉に安堵して、そのあとのことを訊ねなかったのは、私のミスだった。




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