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遠日点  作者: 深月織
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(5)


 校舎を囲む緑の中で合唱する蝉の声を聞きながら、ジワリと滲んできた汗を手の甲で拭った。

 夏の何が嫌って、教科書やノートの紙が自分の発する熱でふやけちゃうとこだよね。

 この調子じゃ更半紙も書き終わる頃にはフニャフニャだ。

「何でうちの学校は試験休みがないんだろー……」

 問題を解くのに飽きたのか、ユキが机の上に上体を寝そべりながらぼやいた。

 確かに、他校の生徒が試験から解放されてすでに夏休み気分になっているというのに、私たちは教室にこもってお勉強。

 不公平を感じても仕方ない。

「遊兄が言うには、数代前の生徒が何でも試験休み中に問題起こしたとか」

 よく知らないが学校中が巻き込まれる出来事に発展したらしい。

 それ以来、野放しにして問題起こされるくらいなら教室に突っ込んどけということになった。

 と、いっても、教師は採点や成績評価、事情があって再試験の生徒の対応に忙しいし、私たちは学校にいるだけで野放しに代わりない。

 目の届く場所にいるってだけでもマシなのかな?

 この試験休み登校の間のスケジュールはこんな感じ。

 午前中→通常通り登校。教科ごとに作られた課題プリントを解く。

 午後→出席を取ってから下校。 課題は最後の日に解答を貰って各自で見直し。

 プリントの内容は先日受けた試験の問題を踏まえていて、その学期の復習にもなる。

 けっこう、至れり尽くせりだと思う。

「……なのにあのバカ共……」

 空席のある教室に視線を投げて、呟く。

 課題は絶対に仕上げなければいけないものではないが、やれば身になるものだ。あいつらは己が受験生だという自覚がないのか。

 教室にこもってばかりじゃ不健康だぜー! と言い置いて体育館でバスケットボールに興じている矢田たちに呆れ半分、諦め半分のため息をついた。

 当然ながらも流も草野も巻き込まれて行ったワケだ。あいつら、絶対に夏休みの課題も見せてやらん。

 ユキにそう言うと「そうだよね甘やかしちゃタメにならないしね!」と快く同意が得られた。

 もう男共は放っておこう。泣きつかれてもしらんぷりだ。

 とりあえず自分で決めた範囲は終わったから、図書室でも行って本を借りてくる、とユキに断って席を立つ。

 と、まるでそのタイミングを狙ったかのように、声がかけられた。

「芝浦さん、ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いい?」

 軽く眉を上げた。

(キター!)となにやら期待に満ちあふれたユキの視線は無視して、彼女たちに向き直る。

 そう、彼女たち。

 過去現在、流に告白して玉砕した歴史を持つ女の子たちが、そろってそこにいたのだ。

 やれやれ、図書室はあとだなと諦めて、イスの背に体重をよりかからせた。

「なにかな?」

 余裕の笑みを浮かべる私に怯みつつも、そのうちの一人が意を決した様子で口を開いた。

「芝浦さんと流くんて、付き合ってるの、いないの、どっち?」

 予想された問いに吹き出しそうになる。でもこの子たちは一応真剣だし、それは失礼ってことはわかる。

 こらえながら、「みんなが思ってる意味では付き合ってないよ」と答えた。

 わずかに見える安堵、明るくなる表情、不満げなまなざし。

 様々な想いを持つ視線にさらされながら、この中で、本当に純粋に流を好きだという子はいるのだろうかと考える。

 いないだろうな。

 狭い街。学校施設は少数で、小学校が三つ、中学が二つ、高校は一つ。ほぼ持ち上がりで進学する故に、みんな顔見知りだ。この子たちも、私や流と同じ小学校からこの中学へ上がった。

 まさか忘れたわけではないだろう。自分たちが、小学生のとき、流をどう扱っていたのか。

 見慣れた容姿の子どもたちの中の異分子。親の影響を受けるまま、やんわりと排斥し、忌避したことを。

 今も流の根底にある孤独を培った原因の一つである、同級生たちの幼い残酷さを私は忘れていない。

 ただ可愛らしい恋愛ごっこがしたいだけのお嬢さんたちに、そう易々とアイツを任せるわけにはいかない。

 譲るわけにはいかない。

「それが、どうか?」

 自分でもこの思いがなんなのかわからないまま――兄譲りの有無を言わせない笑みを、唇に浮かべた。

「ほたるちゃんコワイー」

 ユキが後ろでボソボソと茶々を入れてくるが、嬉しそうなのは何故だ。

 彼女たちは互いを押し合い、次の発言を押し付け合う。

「なら、流くんを解放して」

「芝浦さんがいると、流くん他の子と付き合えないんだから」

「別に構わないでしょ、彼女でもないっていうなら」

 全員で言うことにしたらしい。口々にお約束の要求を述べてくる。

 その様は滑稽だ。

 彼女たちからは私が、恋を邪魔する嫌な女に見えているんだろうな。

 ――上等。

「悪いけど、断る」

 自分の中でもとっておきの笑顔を引っ張り出して、告げた。

 ポカンとする顔、顔。

「私の優先順位から見て、流の方が大事なんだ。付き合ってないとしても、みんなの言うことを聞く義理はないよ」

 腕を組んで、さあどうすると出方を見る。

「ちょ……! なんなの、幼なじみだからって厚かましい……!」

「いやいや、みんなには負けるよ」

 失笑した。

 数を頼んで好きな男と仲の良い女を引き離す。フィクションでしかない出来事だと思ってたけど、あるんだなー。というか、そういった作り物が影響してこういう態度なのかな? 負けが見えてるだろうに。

「それよりもさぁ、肝心なこと忘れてない? いくらほたるちゃんが流くんと離れようとしても、流くんの方がほたるちゃんから離れないし」

 背後で成り行きを見ているだけかと思ったユキが口を挟む。私は頷いた。

「コバンザメのようにな」

「スッポンじゃないの」

 いやだ。そんな幼なじみ。

「もっと重要なのは、」

 クスリとユキが微笑む。普段身内以外には猫を被っているからつい忘れられがちだが、ユキ様は結構腹黒。彼女の瞳が持つ紫色の光彩がキラリと揺れて、なんとも言えない迫力を醸し出す。

「ほたるちゃんがいなくても、流くんがあなたたちに見向きするとは思えないんだけど?」

 うふふっと小さく笑って首を傾げる親友に、コワイのはどっちだと思った。

「く、倉石さんには関係ないでしよ!」

「あらぁ、関係あるわよぅ。あたし、ほたるちゃんと流くんの漫才見てるの好きなんだもん。ヘタに部外者につつかれて見れなくなるの嫌だし」

 漫才って何だ。

 話が私と流のことから離れて、ユキと女の子たちの言い合いに発展しそうになるのをやんわり止めた。

「とにかく。みんなが流に好意を持っていてどうにかなりたいと思うのは勝手だ。好きにすればいい。私は邪魔も口出しもしないよ。――だから、そっちもこっちの関係には関わらないでくれ」

 あくまでも冷静に拒否を貫く私に、彼女たちはそう強く出られなかったのだろう。ぶつぶつ呟きながら自分たちの席に戻っていった。

 ――が、おさまったと思ったのに、ユキが余計な一言をキャラキャラと笑いながらよく通る声で投げた。

「ところでみんな流くんが好きみたいだけど、万が一じゃない億が一、その内の一人が選ばれちゃったらどうするのー?」

 そんな、誰もが思ってても口に出さないことを……!

 固まった彼女たちに向けて、友情の崩壊っ! と楽しそうに続けたユキを肘で小突いた。




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