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遠日点  作者: 深月織
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(3)


「――でね、南半球では星座の見え方が全然違ってて」

「季節も違ったりするしねぇ」

 どうやら最近、流は趣味が高じて海外の天文サイトまで覗いているらしい。

 会話の端々に出てくる外国の観測スポットや研究者の名前が、それを表していた。

 この天文オタクめ。一人で英語のスキルを上げやがって、ムカつく。趣味が高じて英会話が出来るようになるだなんて、どんな頭をしているんだか。

 流はボンクラでマヌケで天然ボケだが、これでいて頭の回転は速かったりする。

 一度聞いたことは忘れないし、応用力もある。

 何がムカつくって、勉強してないくせに私より出来るっていうのが腹立たしい。

 まあ、自分の興味のあることにしか能力を発揮しないので、成績自体は波があるんだけど。

 努力の人である私としては、ときどき、出来るのにしない流に鬱屈した気持ちを持ってしまうのだ。

「ナガレさー、高校で天文部でも作ったら? 矢田とか巻き込んで協力させたら、けっこう楽しいんじゃない?」

「えっ?」

 滔々と垂れ流していた誰も聞いていない流の天文雑学が、途切れる。

 他でもない、ビックリ眼の流自身の驚きの声によって。

 えっ、って、え?

 そんなに驚くようなことを言っただろうか。

 私たちはそろそろ勉学に本腰を入れなければならない受験生。

 と言っても、この街に高校は丘の上に建つ峪稜(よくりょう)高校一つだけしかないから、自然と進路は決まっている。

 よっぽどでない限り、落ちたりはしないレベルだし、ほぼ持ち上がりで上がるようなもの。

 第一、他の高校へ進もうと思っても、街を囲む山を越えていかねばないという田舎っぷり。

 何らかの事情や目的がない限り、うちの中学の生徒はあそこへ進むのが慣例になっている。

 ものすごく思ってもいなかったことを聞いた、なんて顔をしている流に、私は疑わしいまなざしを向けた。

「ナニお前、峪高落ちるほどヒドイの」

「違うよ! いや、うん、そうだね……天文部かぁ……」

 遠い目をして首を巡らせた流の視線が、街の北側、高台にある白い校舎へ向かう。

 私たちが進学するだろう高校には、天文部がない。それはもと峪高生の兄たちにリサーチ済み。

 だから、いっそのこと同好会でも部でも作ってしまえばいいと思ったんだ。

 別に今までのように、二人だけで観測するのが悪いって訳じゃないけど、人数がいればもっと星を観る以外のこともできるだろう。

 星を観るのは好きだけど、専門知識に興味はないから、部でも作れば同じ趣味の奴も現れて、流にも張り合いが出来るだろうし。


 狭い世界で、

 私や家族しかいない、なんて決めつけないで、

 もっと広い世界が、流にはあるはずだから。


 こちらに顔を戻して、流が笑う。

「――そうゆうのも、いいかもね。でも、ほたるちゃんは協力してくれないの?」

「私は生徒会に入って学校を牛耳るつもりだからさ」

 融通利かせてやるくらいのことはできるかもな――ニヤリと笑って高校生活の抱負を掲げると、流の眉が情けなく下がった。

「……ほたるちゃん、遊兄の影響受けるのもホドホドにしておこうよ〜」

 失敬な。特に兄をリスペクトしているつもりはない。

 ただ、学生時代の話をいろいろ聞かされていたから、いかに充実した高校生活を送るかと考える訳で。

 やっぱり自由に行動できる方がいいじゃないか。

 つまり。

「めんどくさいから権力握る」

「それが影響受けてるっていうの!」

 うちの兄は峪稜在籍中に生徒会長を経験している。二期に渡り独裁政治を貫いた伝説持ちなのだ。

 と言っても自分の好き勝手にしたという訳じゃなくて、単により良い高校生活を送るために、様々な改革を行なったということで。

 十年たってもまだ、兄の名前を出せば「ああ、あの」と頷かれるくらい。

 その妹である私が無様な姿を見せられない、と思うのは間違っていますか。

「まずは皆の度肝を抜かねば……」

「ほたるちゃん何する気っ!?」

 大げさにおののいて後退った流に、拳を振りかざしていると、友人たちが合流してきた。

「っはよ〜!」

「……よう」

「おっはよ、ほたるちゃんっ」

 三人三様に挨拶をしてくる彼らと声を交わしながら、田に囲まれた通学路を行く。

 能天気でお調子者の矢田に無口で動じない草野、私の親友でもある愛嬌満点美少女ユキとは、小学生のときから一緒に行動することが多い。

 狭い街、変わりばえのしない同級生の中でも、特に私たちと仲の良い友人たちだ。

「また朝からジャレあって〜。あっついのにあっついぞお前ら」

「矢田は言うことが寒いよね、あはは」

「あはははは!」

 流に悪意はない。

 それが無邪気で裏のない発言であっただけ、矢田のダメージは増えたが。

 ショックを受け、ヨロリと傾いだ矢田をよそに、ツボにはまった私たちの笑い声が通学路に響いた。


 さて、期末テストを一週間後に控えた我々は、バカばかりしている余裕があるわけではない。

 特に流と矢田は。

 頭はいいくせに自分の考えに没頭して大半の授業を上の空で過ごしている流には、とりあえず試験範囲のノートを読ませておけば赤点になることはない。

 しかし、もう一人の方はと言えば。

「……お前、ちゃんと人のハナシ聞いてる?」

 頭を抱えて机に突っ伏している矢田を私は見下す。

 広げられたノートに書かれた問題の答えは、見るも無惨な有り様だった。

 いつものメンバーで、放課後の教室に居残って、勉強会。

 矢田に泣きつかれて、めんどうながらも教えているわけだが。毎度のこととはいえ、こいつの物分かりの悪さに血管が切れそうだ。

「矢田はさぁ、一年生からやり直したほうがいいと思うよ?」

 かわいい声でユキが残酷なことを言った。

 まったく同感ですよ。

「頭のいいやつらに……! 俺の気持ちはわからない……ッ!」

 何を悲劇ぶっているんだか。

 丸めた教科書でその空っぽの頭を叩いて、腕組みした。

「お前は最初っからわからないものはわからないと思い込んでいるところがダメなんだ。何でもいいから、自分でその頭を働かせて、考えてみろ」

 答えを詰め込んでテストに対応させることはできる。

 でも、“自分で考える”ことを放棄させたら、いつまでたっても馬鹿なまま。

 ……そう私が気を回しても、本人がこっちの意図をわかってないと意味がないが。

 案の定、私の言葉に『ナンダカヨクワカラナイ』という顔をした矢田に、ダメだこりゃとその場にいた皆が判定を下した。

「ほたるちゃん、出来た〜」

 一人で黙々と問題を解いていた流が、パッと顔を上げてノートを差し出してくる。

 こちらは矢田と違って問題を見れば直感で答えを導き出すという、ある意味、私たちと脳の働きが違う奴だ。

 途中をすっ飛ばして結論に至るから、数学で例えると、【問題( 空白 )答え】 などというアクロバットなことをやらかすが。

 ようするに、減点です。

「途中式、省略してないだろうな……、おー。スゴイ、スゴイちゃんと書いてるじゃんかー」

「ほたるちゃん、感動するところそこ?」

 違うところで流を褒める私に、ユキの冷静なツッコミが入る。

 だってどうせ答えは正解なんだし。それよりも、毎回うるさく言っていた注意点を、忘れず直したってところを評価してやりたいじゃないか。

 ぐりぐり頭を撫でる私と、嬉しそうにそれを受け入れている流を見て、「なんか違う……」とユキが首を振り、草野が頷いた。

「ほたるちゃんは、やっぱり教師になるのかな」

 矢田以外それぞれ自分の勉強を済ませて喋っていると、流がふと呟いた。

「似合いそうー! ほたるちゃん教えるの上手いもんねっ」

 それに乗ってユキがはしゃげば、

「……遊斗先生の女バージョン……」

 寡黙な草野らしくポツリと言葉を落とす。

「イヤアアアア! こ・わ・い!!」

 己の身を抱きしめて、矢田が震えた。キモイ。

「鬼畜教師と一緒にしないで」

「ほたるちゃんのお母さんも先生だったし、遊兄の影響強いし」

 まだそれを言うか。

「そういう流くんは? ほたるちゃんのお婿さんー?」

「甲斐性のない男は嫌だ」

「……ほたるちゃんヒドイ……」

 茶化したユキの言葉に私が即答すると、流がヘタレる。

 うんうんと否定するでもなく頷く草野によって、さらに追い討ちをかけられていた。

「将来なんて、今のことでいっぱいの俺には遠い未来のことだぜ……」

 ふっとニヒルな笑いをこぼした矢田の言葉は全員スルー。そうだな、その問題を解かないと矢田に未来はないな。

「あたしはいろいろと資格技能取って、稼ぐんだー! おじいちゃんに恩返ししなきゃっ」

「消防士」

「俺、高校生になりたいな……」

「矢田は置いといて、みんな考えてるんだな。私はどうすっかなー」

 口々に将来設定を言い出したのは、やっぱり受験というものが目の前にせまっているからかもしれない。

 子どもでいられる時間が、少しずつ短くなっていることを、否応なしに思い知らされる。

 流は淡い笑顔を浮かべたまま、私たちのやり取りを聞いていた。その穏やかさに、何故か苛立ちを感じて私は口を開く。

「流は、天文関係の仕事に進みたいんじゃないの?」

 朝と同じく、一瞬キョトンとした流は、「そうできたらいいな」と曖昧に答えた。


 後から考えれば。

 流はずっと“そのこと”を隠していて、迷っていたから、あんな表情をしていたのだろうと理解できた。

 私はそれを、そのときになって、ようやく知った。




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