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遠日点  作者: 深月織
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(2)


「――昨夜、また来てたのか、流」

 くぁ、と茶碗と箸を握ったまま行儀悪くあくびをした私を見咎めて、兄の遊斗(ゆうと)が言う。

 リビングテーブルには私と兄、兄嫁の志穂さん。朝の早い父は、既に仕事に出ていた。

 いつもの朝食の席。

 離れと母屋は距離があるとはいえ、やはりそれなりに騒がしくしている気配がするのだろう。故の兄の言葉だ。

 私と流の真夜中の天体観測のことは、家族みんなが知っていた。

 赤ん坊の頃から家に出入りしている流は、うちの家族にとっても末っ子のようなものだから、夜中に私と騒ごうが、わりと野放しだ。

「夜更かしは美容の敵よ、ほたるちゃん」

 めっ、と可愛らしく叱ってくる兄嫁に、そんなの流に言ってよ、と唇を尖らせた。

「夏だからね、水を得た魚のように絶好調だよアイツ」

 付き合わされる私は寝不足気味。

 どっかで帳尻合わせないとなー、と私が考えたのを読み取ったように兄が鋭く目を光らせる。

「お前も流も授業中寝やがったらグラウンド五周させてやる」

 クイと指先で眼鏡を押し上げる仕草はインケン教師そのもので、身震いした。

 年の離れた兄遊斗は、私たちが通う中学で教鞭を取っている。

 クールな国語教師というものに分類され、既婚者と知りつつも女子が夢中。

 しかし、妹である私と、そのオマケである流に対しては容赦がないドエスっぷりを見せてくれる。

 この暑さにグラウンド走るとか冗談じゃないし。あのおバカにもよく言っておかねば。

 兄のことだ、連帯責任なんて言って巻き添えにされる危険がある。鬼畜教師横暴。

 お茶碗に残ったご飯にお味噌汁をぶっかけ、かっ込んでいると、噂をすれば影、流がやって来た。

 玄関から能天気な声が響いてくる。

「ほ〜たるちゃんっ、ガッコ行こ〜」

 小学生か。中学も三年になったというのに、まったく気の抜ける奴だよ……。

 車通勤で余裕のある遊兄の「タラタラしてんじゃないぞー」という余計な一言に、こんにゃろう、と睨みつけてから、カバンを引っさげ玄関へ向かった。

 パタパタと駆け足で出てきた私を、流の笑顔が迎える。

「おはよう、ほたるちゃん」

「おー」

 靴を履きながら髪を結ぶという乙女にあるまじき横着ぶりを見せている私を眺めながら、流の話題はもっぱら昨夜の星のこと。

 そのうち脱線して、天文関係の小難しいことまで解説し出すので、私は聞き流すことにしている。

 口を挟むと嬉しがってエキサイトしやがるからな。

「まってまって二人とも、お弁当!」

 そろって出ようとした私たちを、志穂さんが呼び止めた。ランチクロスに包まれたお弁当箱を私と流に渡しながら、「お勉強頑張ってらっしゃい」と母親のように送り出す。

 それが私たちの、昔から繰り返された、朝の光景。

 ずっと、いつまでも、変わらないと思っていた。



 やかましく鳴く蝉の声が頭上から降り注ぐ。七月に入ってから、日差しが狂暴になったと思うのは私だけだろうか。

 木々に囲まれた家の前の坂を降りると、畑仕事をしているご近所さんと顔を合わせた。

 流と二人、声を合わせる。

「おはようございま〜す!」

「おはよう、今日も仲良しだねぇ」

 ご挨拶は欠かさない。

 いろいろと事情のある流と、街のお偉いさんの娘である私とのコンビは、わずらわしくも曲解された噂話のネタにされがちなので、愛想よくしておかないとね。

 子供の頃から私たちを知っている人たちは微笑ましく見守ってくださっているが、そうじゃない人もいるワケで。

 さすがにもう手を繋いだりはしないけど、当たり前に一緒の登下校をする私たちに、他人がアレコレ言ってくるのは、もうお約束なのだ。

 良識家ぶるオトナの方々は、「小さいときは良いけれど、年頃なんだから、あまりベッタリなのも」と苦笑いして。

 同年代の奴らは、そのものズバリ、色恋沙汰方面で。

 流は天然ボケだが見てくれは良いし、私だって水面下の努力の結果、それなりなのですよ?

 いやホント、ヘタに外面の良い幼なじみやら兄弟やらを持つと、側にいる私は大変なんだって。

 中学に上がるまでは、流と私、どっちが女なんだという有り様だったけど、一度「オトコオンナのくせに!」と意味不明な罵り言葉を投げられてから、髪を伸ばし一応は女っぽい格好をするようになった。

 私の乙女プロデュースに、身近な淑女である志穂さんにはお世話になっています。

 言葉使いがぶっきらぼうなのは直らないけど。お手本である兄の口が悪かったので、仕方ない。

 母子家庭の流の家と反対に、我が家は母がいない。

 私が小学校を上がった頃に、亡くなったから。

 母がいなくとも、父に兄、兄嫁(そのときはまだ嫁じゃなかったけど)がいた私はさほど寂しい思いをしなかったが、流はどうなんだろう、と思うことがある。

 ものごころついたときから、父親がいない流。

 唯一の家族である母親が、働きに出ているため、普段、家でも流は一人でいることが多い。

 うちに入り浸ったり、私から離れる様子を見せないのは、そういうこともあって、なのだと思う。

 私だって、寂しいのは嫌だから、流の気持ちはわかっているつもりだった。



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