(11)
「今日は街が明るいから、星があまり見えないね」
「うちに帰る?」
「それもいいけど――せっかくほたるちゃんが可愛いから、もうちょっとブラブラしたい」
「ふふん」
指先だけで、手を繋ぎあって屋台が並ぶ道を行く。
何かを先送りにしていることには気づいていたけれど、今は、流と二人でいることを大事にしたかった。
「……そういえば、何で私たちがあそこに隠れてるってわかったんだ?」
ちらりと私を見下ろして、流は頭の横に作られたお団子を、指先でつつく。
「この簪。蓄光性で、光るの。知らなかった?」
へ? と頭に手をやると、流が気づいて抜き取ってくれた。暗い方へかざしてみると、蝶のモチーフが淡い光を発している。
「うお……バレバレか」
「目印になっていいよね」
よりによって何故志穂さんはこれを、と眉をしかめている私から簪を取り上げて、流が髪に指し直してくれる。
「似合ってよかった」
満足そうに笑う流の言葉に疑問を覚えた。
――似合ってよかった?
「俺が選んだの。インターネット通販で買ったんだよ」
見返すと頷いて、得意気に言ってくる。
いつの間にそんなワザを……! と、いうか。
「猫の鈴かい……」
「どっちかというと、蛍火?」
蛍なだけに。
駄洒落で済まそうとする流の脇腹を殴った。
あははと笑う流は、自分に視線が集まっていることに気づいているのかどうか。
色とりどりの浴衣姿の人々が泳ぐ賑やかなこの場所でも、流の容姿はやはり目立つ。
目印をつけなくとも。
ふと目を引かれて、見つめてしまう、そんな雰囲気を持っていた。
「ほたるちゃん焼きそば!」
パッと顔を輝かせてぐいぐいとこちらの手を引きながら目的へ向かう様は単に子どもだったが。
あちらこちらと屋台を冷やかしていると、パトロールに来ていた遊兄と行き逢った。
「珍しく二人か? あっちでお前らのツレがラムネ飲んでクダを巻いていたが」
兄の言葉に流と顔を見合わせる。どうするよ、と肘で突いて流を促すと、ムッとしてそっぽを向く。仕方ないなぁ。
あんな風に矢田に言ったはいいものの、気にしてないわけはないんだ。間を置くと、拗れそうだし問題は片付けておくか。
「ありがと遊兄、行ってみる」
「もうちょっとしたら帰れよ。酔っ払いが増えてくるからな」
「はぁい」
流の手を引き強引に歩かせながら、まだ怒ってるのかと訊ねる。
「矢田の馬鹿さ加減に呆れてるだけだよ。俺にほたるちゃんがいることわかってて、何であんなことするかな……しかもあんな女でも好きなくせに……どこがいいんだあんな女……まだユキちゃんの方がずっとマシだろ……」
ユキの方が矢田は御免だろう。
ぶつぶつと文句を言うが、結局は、本気で厭うてるわけではないのだ。ようするに、自分に会いたいがために矢田を利用した彼女が許せなくて、利用される矢田も歯痒くて、その原因の自分にも腹をたてているということか。
「さすがに目が覚めたと思うよ? それでも好きだっていうなら、もう仕方ないんじゃない」
「あんな女と付き合うなら縁を切ってやる」
遊兄に教えてもらった方向が、どことなく騒がしい。
ラムネ屋の側、狛犬が鎮座する辺りに三人の姿が見えた。
「うっせぇのよこの考えなしが。あんな頭カラッポな女のために友人売るような真似するから二兎も追えんのよ」
……なんだかブラックユキちゃんの声がするなー。
「最初から、どちらかに、嫌われる、覚悟が、ないなら、止めとくべき」
おお、草野が長ゼリフを口にしてる!
「だってよ……、どうしても流と話がしたいって、お願いされたら断れないじゃんよ……」
「で、流くんの逆鱗に触れたと。バッカじゃね?」
黒ユキさん絶好調です。
「流が、芝浦しかいないの、最初からわかってるのに、馬鹿」
草野までシビアだ。
彼女の姿が見えず矢田がヘコみまくっているということは、どうやら喧嘩別れしたらしい。
どうすんのさ、と流に視線で問いかけた。ムッツリ黙り込んだ流は、そのままラムネ屋へ向かう。
ユキたちがこちらに気づいた。
「あ」の形に口を開けたまま固まる矢田を無視して、流はラムネを買う。私と一本を半分こ。
そのまま反対側の狛犬にもたれかかった。
そわそわする矢田は、流に話しかけたい素振りだがそのきっかけが掴めず、流は流で自分からは話しかけないと決めているようだった。
(しょうがないなぁ)と、ユキと目を交わし、苦笑した。
先に動いたのは矢田だった。
キッと前を睨み付けたかと思うと、ダッシュで目の前の屋台へ。
何だ何だと首を傾げ、その動向を窺っていると、ラムネを二本手にし、再びこちらへ戻ってきた。目が据わっている気がするんだけど。
ズイッと流に向かってラムネの瓶を突きつけて、叫ぶ。
「勝負だ!」
……意味不明。
すっかり脱力した私やユキを後目に、流が意を決した表情で瓶を受け取った。
え、受け取るの受け取っちゃうの? 男共のノリについていけていない私とユキは、ポカンとして、ただ彼らを見守るしかできない。
そして、同じように唖然としているものだと思っていた草野が、スッと一歩前に出た。
片手を上げ、「……Ready,」静かに合図を口にする。
って オ マ エ も か !
――Go。
淡々とした“始め”の言葉と上げられた手が落ろされた瞬間、流と矢田がラムネ瓶を一気にあおった。
炭酸に噎せながらガフガフと早飲み勝負を行う男二人を見て、呟く。
「……アホだ」
「……アホだね」
力の入らない声でユキも同意して。
わけのわからん勝負は、炭酸が変なところに入ったらしい矢田が噎せ吹き、それを見た流が笑いの発作に教われてまた吹き、決着がつかないグダグダのまま終了したのだった。
帰り道で、駄菓子の屋台を攻略したり、再び流と矢田のアホな勝負が始まりヨーヨーの屋台で何十分だか無駄な時間を取られたり。
子どもより大人が多くなった夜祭りの会場から、私たちは家へ帰る道を進む。
バチンバチンと戦利品のヨーヨーを叩きながら流がぼやいた。
「まったくね、矢田は趣味が悪いよ。あの子のどこをもって可愛いと思うの。肌に悪そうなくらい化粧塗りたくってるし頭は弄りすぎで今にもハゲそうに劣化してるし、自分に気のある男に他の男との取り持ちをねだる薄気味の悪い言動とか、最悪の部類だよ」
よほど彼女が合わなかったのか、あの短時間で最悪の印象(無理もないが)を持ったらしい。遠慮なくこき下ろした。
しかし矢田はまだ未練があるのか、小さく彼女を擁護する。
「可愛いじゃないか……そりゃ、ちょっと、甘やかされてワガママっぽいところはあるけどさ。化粧とか、髪とか、それはお洒落に一生懸命ってことで。何にもしてない芝浦とか倉石の方が珍しいんだっつの」
付け加えられた余計な一言に私が反応するより早く、ユキが眦を吊り上げる。
「ちょっとあたしたちを引き合いに出さないでよ。あのね、あたしとほたるちゃんは何もしないでも天然で可愛いの! あんな改造美少女と一緒にしないでもらいたいなっ」
ユキの勢いにどん引く中、流が余計な一言を付け足した。
「ほたるちゃんは何もしてない訳じゃないよ? 基礎化粧品とか普段食べる物とか、そういうところ気をつけてるんだよ」
「バラすな」
水面下の努力を台無しにするバカの頭を小突く。
「……正しい、努力の仕方」
姉が三人いるため、そのあたりの事情に詳しい草野が静かに首肯した。
みんなして俺をイジメやがってー、と矢田は拗ねているが、腹を立てて去った彼女を追いかけなかったということは、流との友情の方が大事だったんだろう。
ラムネ一気飲みで仲直りと言うのが未だ意味不明だけど。
「あーあ、一緒に夏休みお出掛けしたかったなー」
ギリギリな受験生がデートでも目論んでいたのか。アンタはそれより勉強しなさい。
「なー、海とか行こうぜぇー」
「人が多いとこやだ」
「花火とかー」
「うちの庭でやる?」
「バーベキュー」
「お金ないよ」
ダラダラと吐き出される矢田の夏休み計画に、却下だったり提案だったりを返しながら。
みんなで過ごした最後の夏祭りが、終わった。