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遠日点  作者: 深月織
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(9)


 ギュッと丸く結った髪の辺りに蝶のモチーフと花飾りのついた簪が差し込まれる。抜けないように角度を調節して、志穂さんが、よしと頷いた。

「はい、出来た」

 ポンと肩を叩かれ、姿見の中の自分を見つめ直し、私は感嘆の声を上げる。

「おおう」

「ふふ、私が高校生のときに着ていた浴衣だけどね。ほたるちゃんは大人っぽい雰囲気だから、似合うと思ったの」

 ちょいちょいと襟や袂のシワを直しながら志穂さんが笑う。

 志穂さんが私に着せてくれたのは、黒に近い藍色に、透けるようなユリの絵が入った浴衣だった。白い半幅帯がすごく映える。

 普段はザックリな私ですが、やっぱり年頃の乙女なのだ。着飾ると嬉しくなる。

「ありがとう志穂さん」

「どういたしまして。流くん喜ぶわよー」

 別に流は関係ない。

「待ち合わせてるんでしょう? 気をつけて楽しんでらっしゃいね」

「……はーい」

 志穂さんの笑顔に若干後ろめたい気分になりつつ、私は履き慣れない下駄に足を滑り込ませた。

 今日は北奥神社の夜祭りだ。毎年、私と流、ユキたちという代わり映えのしない面子で遊びに出掛けている。

 当然本日も――だったんだけど。

 はあぁ、と重いため息を吐いた。

「ほたるちゃんっ!」

 うちの前の坂を下りると、すでにユキがそこにいた。ぶんぶん手を振る彼女は、白に桃色の花が散りばめられた浴衣を着ていた。帯は深い緋色で合わせられている。

「ユキ、めっちゃカワイイ」

「おじいちゃんが買ってくれたの! ほたるちゃんもすっごい美人さんだーっ」

 お互いを誉めあって、どこか浮かれた面持ちで神社までの道を歩き出した。

「流くん、ごねなかった?」

 一緒に行くのではなく、わざわざ神社で待ち合わせをしているヤツの名を出されて言葉に詰まる。

「……浴衣着てお洒落して行くから、お楽しみは後だってムリヤリ納得させた」

「あーあー。せっかくほたるちゃんの浴衣姿にウキウキして来るのに。――待ってるのが、色ボケ矢田と女狸だってわかったら、流くん怒るだろうなぁ〜」

 数分後の未来を予知するユキの言葉に、私はまたため息をついた。

 いつものようにみんなで夜祭りに行くつもりでいた私のところへ、強張った顔をした矢田が来たのが昨日のこと。



「――頼む!」

 いきなりの土下座とセットの訴えに、私は顔をしかめた。

「何、やぶからぼうに。課題なら見せてやらないし」

「えっ、見せてくんないの……じゃなくて!」

 他に矢田が私に頼むようなことあったっけ、と後ろで呆れた顔をしているユキと草野に目で訊ねる。

 二人から帰ってきたのは、大仰に肩をすくめるという、アメリカンちっくなジェスチャーだった。

 何、そのおバカな子を見るまなざしってば。矢田がおバカなのは前々からわかっていることじゃない。なんだっつうの。

 頭上で交わされる私たちの無言の会話に、気づくはずもない矢田が叫ぶ。

「流を貸してくれ!」

 ……何かしら、このおバカな子は。私も二人と同じ目で、矢田を見てしまった。

 聞けば聞くほど頭が痛くなるハナシ。

 今日の夜祭りに、矢田は好きな子を誘うことに成功したらしい。いつの間にそんなマセたことを、というツッコミは置いといて、ただし、という条件がつく。

 ――流も一緒じゃないと嫌。


 な に さ ま だ と。


 自分を好きで誘った相手に一体どういう神経をしているんだか、まったく謎だ。それを受け入れて私に流の貸し出しをお願いする矢田も謎なんだけど。

「知るか。自分で流に頼め」

「流が来てくれるわけないし! 芝浦から言いきかせてくれよ!」

「他力本願。だいたい、そんな失礼なオンナのところへ流を送り込む気はない」

 お前も、そこまでバカにされて、よくまだその女のこと想えるな。

「……オカンめ……」

 ぼそ、と矢田が呟いた言葉に、眉をひそめる。

「前から思ってたんだけどな。お前、流を囲みすぎじゃないのか。過保護の母親みたいに」

「ちょっと、矢田」

 ユキが矢田の言い草に待ったをかけようとしたが、私はそのまま喋らせた。

「芝浦がそうやってアイツを縛ってる限り、成長なんて出来ないだろ」

 矢田のくせに、誰にその正論を吹き込まれたんだか。

 言われたことは、どこかで私も思っていたことだ。だから反論はしない。

 流は私に依存している。

 依存しすぎて、自らの世界を小さくしている。

 私自身、気になっていたことでもあった。――だからって、他の女に会わせるのが解決になるなんて思わないけど。

「明日、流とは別行動する。とりあえずアイツがそのオンナと顔を合わせればいいんだろ。神社には一人で行かせる――そこで誰がどうしようが、自由だ」

 好きにすれば、と言い置いて、あとはそっぽを向いた。

 矢田が何やら礼のような言葉を吐いていたが、耳にも入れなかった。

 結果的に許可を出してしまった私も、その女も、矢田も、全てが腹立たしくて黙り込んだ。

「矢田ってホント馬鹿よね」

「……死んでも治らない」

 喜び勇んで女に報告しにいった矢田を見送るにまかせ、そう呟くユキと草野に、一番の馬鹿は私だろうと思った。

 放したいのか、放したくないのか。

 相反する思いを抱えた私が、一番――



 神社についたときには、すでに屋台が立ち並び、そこそこの賑わいを見せていた。

 普段の待ち合わせ場所である橘の木の下に、矢田と草野がいる。

 矢田と流の緩衝役に抜擢してしまった草野には、貧乏くじな状況。あとで詫びなければ。

 しばらくすると、フラフラと小麦色頭がやって来て、辺りを見回した。

「ほたるちゃんは?」

 第一声がそれですか、流くん。

 こりゃオカンって言われるのも仕方ないなと思いながら、私は流たちのやり取りに耳をすます。

 流のヤツめ、わかってたけどあたしのことは丸っきりスルーかコラ、とブツブツ言いながら黒い空気を醸し出しているユキは見ないふり。

 今にも私を探しにどこかへ行こうとする流に、矢田が焦って言い訳をする。

「さっき倉石と屋台見てくるって行ったんだよ。そのうち見つかるだろ」

 こちらの屋台に隠れ潜んでおりますが。矢田に何やら言いくるめられて、シブシブ流は彼らと共に移動し始めた。

 何で俺まで付き合わないといけないんだろう、と冷めた目をした草野がチラリとこちらを見て。それにピラピラと手を振る。

 不機嫌そうに周りを見回す――おそらく私を探して――流の様子に、帰ったら大変だ、と私はユウウツな気分になった。

 三人の姿が小さくなり、ようやっと潜んでいた屋台の陰から出ることができる。

 かがんていた腰を上げ伸びをしていると、グッと手を引かれた。一緒に隠れていたユキが、ニヤリ笑いで「行くよ」と宣言。

「尾行開始だよっ、ほたるちゃん」

「はああ?」

「こんな面白いこと見逃せるものですかー! 流くんの出方も気になるし、行・く・よ!」

 ……ユキは野次馬根性上等な生き物でした。

「い、嫌だ! 何が楽しゅうて女に鼻の下伸ばしてる奴等の間抜け面を見物しなくちゃならないんだ! 私は焼きそばを食う!」

「見届けるのが保護者の責任だよっ」

 武道をたしなんでいるというお祖父さんに日頃から鍛えられたユキに、インドア派な私が逆らい切れるはずもなく。

 見かけによらない怪力でズルズルと引きずられ、流たちのあとを追うはめになったのだった。




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