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風呂に溺れる18歳

俺の名前は筒地つつじ 柳やなぎ。極めて普通な大学2年生だ。


大学というのはいい。授業をそれなりに真面目に受け、課題を提出し、そしてテストやレポートもぼちぼち頑張れば後はどれだけダラダラしてもいいのだ。もともとあまりやる気を出すことのできない怠惰な人間である自覚はあったが、大学に入ってからは拍車がかかってきている。このまままでいいのかと思う気持ちはあるが、それを実行に移せる人間は少なくとも怠惰な人間を自称はしないのだ。


「やなぎ~!」


「どうしたよ」


「課題終わった?」


「全然」


「......」


この俺の課題事情を気にしている女は蕪かぶら 香澄かすみ。俺の幼なじみで同級生。幼稚園からの付き合いがあり、よく口うるさく説教をされている。


「終わってないってねぇ...。大丈夫なの?」


「心配するな、あと2日もある」


「あと2日しかないけど?終わらなくなっちゃうよ?」


「あの教授の課題は楽だからな。適当に書けば1、2時間でできる」


「そりゃ確かに難しくはないけど...。やっぱりちゃんとしないと...」


「俺には俺のペースってもんがあるの。お前は俺のオカンか」


「私は柳のことを心配してだね...。まあいつも何とかしてるから多分今回も大丈夫か」


1つ彼女について補足をしておこう。今、俺は彼女に対して「オカンか」と言ったが、これがあながち間違いな訳ではない。と言うのも、彼女は現在祖母の家で暮らしており、その都合でどうも考え方やセンスがおばあちゃんティックなところがある。その結果、彼女の友人が付けた呼び名が「カスミ婆かすみばあ」。ちなみに最初にこのあだ名で呼ばれたとき、香澄は白目を剥いていた。本人に自分がおばあちゃんっぽい自覚はなく、よほど不服だったらしい。何度も呼ばれていく中でついに諦めたらしいがそれでいいのか。


「それよりこれで今日の講義終わりだよな」


「そうだね」


「久しぶりにどっか遊びに行こうぜ」


「いいねぇ....。どこ行こうか?」


「まあその辺は無計画なんだけども。また飯食ってからどっか行くの流れでいいんじゃね?」


「結局いつも通りか...。あ、それなら私、行ってみたいお店があるんだけど...」


「ほほう?」


「この間ギュルギュルで見つけたんだけど...」


※ギュルギュルとは、この世界における検索エンジンの一つである。名前がとても気持ち悪いことと極めて精度の高い情報を提供してくれることで有名である。便利なので俺も愛用しているが、この「腹下しました」みたいな名前は未だに口にしたくない。


「ほうほう......いいなここ。行ってみるか」


「さすが柳。レッツゴー!」




ということでやってきました、定食屋「蓬」。香澄が見つけてきたお店であり、料理がとても美味しいと友人に聞いたらしい。それで自分でも調べてみたところ、猛烈に行ってみたくなったとのこと。店内の雰囲気もかなり落ち着いている様子で、店内にいるのは老夫婦3組と俺たちだけ。まあ平日の昼間なんてこんなもんだよな。


「おお、この生姜焼き美味い」


「へぇ、いいなぁ。確かに生姜焼きもいいなぁって迷ったんだよなぁ」


「お前の肉じゃがだって美味そうだけどな」


「もちろん美味しいけどそっちも気になるな....。ちょっともらってもいい?」


「あいよ、ほい」


「ありがと。...ほんとだ、美味しい」


「だろ?」


「うん。あとこのお漬物も美味しい。」


「...なぁ」


「なに?」


「1つ聞いてもいいか?」


「うん」


「大学生の男女が集まる場所の相場ってカフェとかじゃないのか?」


「そう?」


「そう」


「まあ私たちが今更そんなこと気にするもんじゃないでしょ。幼なじみだし」


「そりゃそうだけどさ......あともう1個聞いてもいい?」


「なに?」


「俺の皿から漬物が消えてるんだけど?」


「あ、ごめん。美味し過ぎてさっき生姜焼きと一緒にもらっちゃった」


「お前そんなんだから『カスミばあ』なんて言われるんだぞ」


「なんでよ」


「じゃあ聞くけどこの店で一番美味かったのは?」


「お漬物」


「そういうとこだぞ」


「むぅ...しょうがないじゃん、美味しかったんだから。...ごめんね?食べちゃって」


「...まあ、いいよ」


ちくしょう、かわいいとこ見せてくれるじゃねぇか。なんとなく察した人もいるかと思うが、俺は香澄のことが好きだ。幼稚園からの付き合いでずっと一緒にいる中で香澄とは色々な思い出を共有してきた。そして徐々に、「これからも沢山思い出を作っていきたい」と感じるようになっていったのだ。特に好きな理由なんてない。気がついたら好きになっていたんだ。それこそ、漬物を食べられるなんてしょうもないことでも「かわいい」と思えるくらいには。


「じゃあお詫びとして私の肉じゃがもちょっと分けてあげる」


「ずっと思ってたけど肉じゃが定食って中々珍しいよな...」


「言われてみればそうだね。調べたときからこれが一番気になってたんだぁ」


「確かに美味そうだな」


「でしょ?それじゃ、はい」


「...?」


「あーん」


「!!??」


「ほら、口開けて、あーん」


「いや、自分で食えるから...」


「まあまあ、いいじゃんいいじゃん。」


「...あ、あーん」


............


「どう?」


「...美味しいよ」


「でしょ?ほら、もう一口」


「...」


その後、数回にわたる「あーん」攻撃により、俺の心が大きく揺さぶられたのは言うまでもない。なんか周りでご飯を食べていた老夫婦3組が微笑ましそうな目でこちらを見ていたがもはや知らないふりをすることにした。


その後は香澄と共にカラオケで時間を潰した。結局、俺たちがいつも遊びに行くときと同じプランに落ち着いたことになるが、結局好きな人とならどこにいても幸せに感じるものなのだよ。ちなみに香澄は歌が結構上手い方だが、一方で選曲が絶妙に古いところがある。いくらおじいちゃんおばあちゃんと暮らしているとは言え流石にそこまで昔の曲を歌う訳ではないが、それでも昭和末期から平成初期くらいの曲を好む傾向にある。


「~~~~~~♪」


何回も一緒にカラオケに来たことで、すっかり俺も香澄の好きな曲を覚えてしまった。最も、香澄の歌声で聴くのが一番好きなので特別調べたりはしないけど。


そうして時間を忘れて歌っていたらすっかりといい時間になってしまった。


「いやぁ、楽しかった楽しかった」


「だね。結局私ばっかり歌ってた気がするけど...ほんとに楽しかった?」


「何も歌うだけがカラオケの楽しみ方じゃないだろ?人の歌聴くのも楽しいもんだ」


好きな人の歌を聴くのは特に


「それならいいけど...」


「お前は気にせずに歌いたいもん歌ってていいんだ」


「でもやっぱり柳の歌も聴きたいし...」


「...」


かわいい。


「今度行くときは柳も歌ってね?」


「...」


とてもかわいい。


「できれば柳とデュエットもしてみたいし...」


「...」


海内無双のかわいさ。


「...まあ、今度はな?」


「うん、約束」


さらっと次回以降の約束も取り付けたところで、香澄の家が近づいてきた。ちなみに、俺も香澄も地元の大学に進学したため、実家暮らしである。正確には香澄は祖母の家で暮らしているが。


「それじゃ、また明日」


「うん、ちゃんと課題終わらせないとダメだよ?」


「思い出させないでくれよ...」


「言わないと忘れちゃいそうだからダメ」


「俺のことがよく分かってらっしゃる」


「何年の付き合いだと思ってるのよ。...じゃあね」


「ああ、じゃあな」


こうして俺たちの1日は終わった。




家に帰り、風呂で一人反省会が始まる。


(今日も一日楽しかったな)


振り返って思い出すのは、定食屋やカラオケでの出来事。何気ない一日だったが、香澄と一緒にいるだけでとても充実していたように感じる。そして思い返す中で印象に残っているのは、


(香澄の「あーん」、よかったなぁ)


香澄との定食屋での出来事。恥じらいを見せるわけでも照れを見せるでもなく、ただただかわいらしいものを見るかのような目で「あーん」と口に箸を運んできたあの情景が心から離れない。ただ同時に、


(恋愛対象としては見られてないってことなのかなぁ)


少しも恥じらいを見せないその様子に、あまり異性としての意識は感じなかった。幼なじみとしての距離感には安心を覚えると同時に、自分をそういう対象では見ていないのだという現実を突きつけられる。


(そういう風に見てもらうためにはどうしたらいいもんかねぇ)


...と反省会を進めていくと、


「柳~、ご飯できたよ~」


母さんの呼ぶ声がする。実家暮らしは飯に困らないからいいんだよな。


(さてさて、反省会もそこそこにして、さっさと風呂から上がりますかね。)


こうして、今日の一人反省会は幕を閉じるのであった。




「ふぅ...」


柳に家まで送ってもらった私・は、今日一日の出来事を振り返っていた。そして思い返すのは、


(ふふふ♪今日も柳はかわいかったなぁ)


幼なじみであり、私の想い人でもある柳のこと。私は柳が好きだ。かわいくて、頼りになって、とても優しい柳のことが。特別に何かがあったわけではない。ただ、「柳」だからいいのだ。そんな中で思い返されるのは柳に「あーん」をしてあげたときのこと


(あんなに恥ずかしがっちゃって...私に「あーん」されるのがそんなに嫌だったのかな...?)


昔から祖父母にかわいがられながら育ってきた。祖父母はよく、私に「あーん」とご飯を食べさせては、「かわいいねぇ」と言ってくれたものだ。


(私も柳に「あーん」ってしてあげたい...。かわいい柳の顔が見たい...)


私の中の母性なのか、はたまた好きな人の一面を心に刻みたいという一心なのか、どちらにせよ柳に嫌がられているのではないか...そう考えていると心が沈んでくる。そう、心も体も沈んで...




「......すみ」


...............?


「......かすみ」


誰かが呼んでる...?


「香澄!!」


...ああ、おばあちゃんだ。


「ああ、香澄!よかった...」


「あれ、私...?」


お風呂に入っていたはずなのにここは...畳?


「あなたお風呂の中で溺れかけてたのよ」


「えっ!?」


「ご飯ができたから呼んだら返事がないんだもの、慌てて突入したら完全に気を失ってて...」


「そうだったんだ...」


心配をかけてしまった。私を心配してくれるこの人こそが私のおばあちゃん、蕪かぶら 無花果いちじく。齢81だが、その片鱗は一切なく、とても若く見える。18歳と言われても違和感なく感じるが、一体どれだけ美容に気を付けたらこうなれるんだろう?


「あんまりおばあちゃんを悲しませるようなことしないでね?おじいちゃんだってまだ来るなって言ってるはずだよ?」


「うん、ごめん...」


私のおじいちゃんは2年前に亡くなってしまった。とても優しくて、面白い人だった。もしかしたら今回おばあちゃんが気づいてくれたのも、おじいちゃんがSOSを送ってくれていたのかもしれない。


「一体どうしたの?」


「いや、何も...ちょっと考え事してただけ...」


「ふーん...もしかして柳君のこと?」


「...えっ?」


「だと思った。香澄が悩んでるときは大体、愛しの柳君のことだもんね?」


「もう...まあそうだけど...」


「それで?今回は何があったの?」


「いや、まあ大したことではないんだけどさ...」


「うん」


「もっと柳のかわいい顔が見たいと思って、柳に『あーん』ってしてあげたの」


「うんうん...うん?」


「そしたらなんか顔赤くしてちょっと嫌がるような素振りで...食べてはくれたんだけどもしかしたら嫌だったのかもしれないなと一人で反省を...」


「...柳君も苦労するね」


「?」


「いい?香澄」


「なに?」


「柳君は香澄のことを嫌がったりしていないよ」


「そんなのわかんないじゃん...」


「いや、わかるね。長年生きてきた勘は当たるの」


「そうなんだ」


「ただね、『あーん』は仲良しな相手とじゃないとあんまりしないようなことなの」


「...?私と柳は仲良しだよ?」


「いや、そうじゃなくてね?例えば恋人同士とか...そういう関係でやるものなの」


「そうなの!?」


「そうなの」


「そうなんだ...あれ?でもおばあちゃんは私によく『あーん』ってしてくれたじゃん」


「いや、そうだけどそうじゃなくてね?」


「難しい...」


「とにかく、柳君にそういうことするのはもっと仲良くなってからにしなさい」


「...分かった」


「分かればよろしい。...さて、それじゃあ、ご飯食べようか」


「うん。今日の晩ご飯は何?」


「今日はエビフライを作ったよ」


こうして私には柳に対する「あーん禁止令」が出された。どうやら私がやっていたことは恋人同士でやったりすることだったらしい。それは柳も恥ずかしがる訳だ。...でもいつか、恥ずかしがらずに「あーん」ってできるようになれたらいいな。

おまけ

筒地 柳:ツツジ&ヤナギ

蕪 香澄:カサブランカ&カスミソウ

蕪 無花果:カサブランカ&イチジク


もし、こんな駄文を読んでくださる方がいらっしゃったらとてもありがたいです。

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