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結婚式当日、花嫁が私ではなかったのでそのまま帰りました。私は何もしていません

作者: カルラ
掲載日:2026/04/17

 結婚式当日。

 私は、自分の名前が書かれているはずの席に座っていた。


 ――ただし、花嫁席ではない。


 親族席の端。

 まるで“関係者の一人”みたいな位置だった。


 違和感は、会場に入った瞬間からあった。

 けれど、それを確信に変えたのは、壇上に立つ“花嫁”を見たときだ。


 知らない女だった。


 純白のドレスを着て、幸せそうに笑っている。

 その隣には、私の婚約者――いや、元婚約者になる予定の男が、同じように笑っていた。


 私は、式次第をもう一度見た。

 そこに書かれている新婦の名前は、確かに私ではなかった。


 ……なるほど。


 理解した。


 つまりこれは、そういうことだ。


 私は席を立たなかった。

 騒ぐ気も、怒鳴る気も、泣く気もなかった。


 ただ静かに、最後まで見届けることにした。


 司会者の進行が進む。

 祝辞、余興、指輪の交換。


 拍手が起こるたびに、私はその音の中に紛れて、少しだけ笑った。


 よくここまで準備したものだと思う。

 招待客の配置も、会場の手配も、日取りも――全部、私と彼で決めたはずなのに。


 それをそのまま使って、別の女と結婚式を挙げる。


 大胆というか、雑というか。


 いや、違うか。


 きっと彼は、私が何も言わないと思っているのだろう。


 あるいは、言えないと。


 そう思われている理由には、心当たりがある。


 私は、あまり表情を変えない。

 人前で感情を出すことも少ない。


 だから「何を考えているかわからない」とよく言われる。


 それを“都合よく解釈された”のだろう。


 ――この女は、何をされても黙っている、と。


 式は滞りなく進み、最後の挨拶へと移った。


 新郎――彼は、少しだけこちらを見た。

 一瞬だけ目が合う。


 そして、すぐに逸らされた。


 その顔には、罪悪感のようなものが浮かんでいたが、すぐに笑顔に塗りつぶされる。


 ……その程度か。


 私は立ち上がった。


 まだ式は終わっていない。

 だが、もう十分だ。


 静かに会場を出る。

 誰も私を止めなかった。


 止める理由も、立場もないのだから当然だ。


 外に出ると、春の空気がやけに軽かった。


 深呼吸を一つして、私はスマートフォンを取り出す。


 そして、短いメッセージを送った。


『終わりました』


 それだけ。


 数秒後、すぐに返信が来る。


『了解しました。こちらも動きます』


 私はそれを確認して、画面を閉じた。


 やることは、それで終わりだ。


 三日後。


 彼から連絡が来た。


 着信は何度もあったが、すべて無視していた。

 さすがに面倒になってきたので、一度だけ応じることにする。


「……もしもし」


『あ、やっと出た! おい、どういうことだよ!』


 開口一番、それだった。


「どういうこと、とは?」


『とぼけるなよ! なんであの日、何も言わずに帰ったんだよ!』


「言う必要がありましたか?」


『はあ!? あれは、その……誤解なんだよ!』


「そうですか」


 私は相槌だけ打つ。


『あいつとはただの、その、仕事の関係で……急に事情が変わって……』


「結婚式を挙げるほどの事情ですか?」


『いや、だから、それは……!』


 言葉に詰まる。


 当然だろう。


 整合性の取れる言い訳など、最初から存在しない。


「ご安心ください」


 私は淡々と言った。


「私は、何もしていません」


『……は?』


「何も、言っていませんし、何も、していません」


『だったらなんで――』


 そのとき、電話の向こうで別の声が聞こえた。


 女の声だ。


『ちょっと、あなた! 大変よ! ニュース見た!?』


『今電話中だって――』


『そんな場合じゃないの! 会社が……!』


 雑音が増える。


 私はそのまま、通話を続けた。


『……は? なにこれ……なんで……』


 彼の声が、明らかに変わる。


 混乱と、恐怖。


『おい、これ……どういうことだよ……! なんでうちの会社が調査対象に……』


 私は静かに言った。


「さあ。私は何もしていませんので」


『嘘だろ……お前、何かやっただろ!?』


「いいえ」


 本当に、何もしていない。


 私はただ、“終わりました”と報告しただけだ。


『じゃあなんでこんな……!』


「偶然ではないですか?」


『ふざけるな!!』


 怒鳴り声。


 だが、その裏にあるのは明確な焦りだ。


 彼の会社は、ここ最近急速に成長していた。

 その裏で、色々と“無理をしている”ことも、私は知っている。


 知っていて、何も言わなかった。


 ただ、必要な情報が“適切な場所に届くように”整理しただけだ。


 それをどう使うかは、私の関与するところではない。


『おい……頼むから、何とかしてくれ……! お前なら何かできるだろ!?』


「できません」


『なんでだよ! お前の家なら――』


 そこで彼は、はっとしたように黙った。


 言ってはいけないことに気づいたのだろう。


 遅い。


「ご存じでしたか」


 私は少しだけ、声の温度を下げた。


「私の家のこと」


『……それは、その……』


「知っていて、あの式を?」


 沈黙。


 数秒の空白。


 それが、答えだった。


「なるほど」


 私は頷く。


 納得はできないが、理解はできた。


 彼は、“分かった上でやった”のだ。


 ならば、これ以上話すことはない。


「では、失礼します」


『ま、待て! 本当に頼む! このままだと――』


 通話を切った。


 それきり、彼からの連絡は途絶えた。


 一週間後。


 ニュースは連日、同じ話題で持ちきりだった。


 彼の会社の不正。

 それに関わる取引先。

 資金の流れ。


 雪崩のように問題が発覚し、あっという間にすべてが崩れていく。


 私はそれを、テレビ越しに眺めていた。


 感想は特にない。


 強いて言えば、「早かったな」という程度だ。


「お嬢様」


 背後から声がかかる。


 振り向くと、いつもの執事が立っていた。


「すべて片付きました」


「そう」


「関係各所も、対応を終えております」


「ありがとう」


 私は軽く頷く。


 これで本当に、終わりだ。


「……お嬢様」


「なに?」


「よろしかったのですか?」


「何が?」


「今回の件です。もう少し――その、手心を加えることもできたかと」


 私は少し考えてから、答えた。


「私は、何もしていないわ」


「……はい」


「彼が選んだ結果よ」


 結婚式の日。

 あの場で、彼は選んだ。


 私ではなく、別の女を。


 それだけの話だ。


 その結果として何が起きたかは、私の責任ではない。


 少なくとも、私はそう考えている。


「そうでございますね」


 執事はそれ以上何も言わなかった。


 私は立ち上がる。


「出かけるわ」


「どちらへ?」


「新しいドレスを見に行くの」


 少しだけ、口元が緩む。


「今度は、ちゃんと私が花嫁になるための」


 窓の外は、よく晴れていた。


 あの日よりも、ずっと。


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