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青空とカレーと尻ぬぐい

作者: 御田文人
掲載日:2026/02/26

本作はしいなここみ様主催の「瞬発力企画2」参加作品の校正版です。

書いてみたら、春でかつお仕事だったので、公式規格向けに再編しました。



 駅の改札を出て右に曲がり、南口を抜けると憂鬱な青空が広がっていた。


 空の他は何もない・・・と言ったら言い過ぎだが、少なくとも気軽にその辺で買い物できる場所では無いだろう。

 何か買うとしたらここの駅ビルが最後だ。


「菓子折りは用意した方が良いですかね?それとも火に油を注ぎそうですか?」

 ここに来る前、オレは電話で上長に聞いた。

「どっちとも言えんな。そこはケースバイケースで頼む」

 上長はありがたいアドバイスをくださった。

 ケースバイケースも何も、見るからに菓子折りを持ってたら渡すしか無いだろう。空気を読む前に決断しなくてはいけない。


 オレは意を決して駅ビルを素通りして、地図を確認し、目的地近くの公園に向かって歩き出した。

 

 買い物する場所は何もない駅だが、徒歩10分の所に大きな公園がある。

 遊具広場に、野球場、テニスコート、ランニング走路等が充実しており、休日になると遠方からも親子連れで遊びに来るような公園だ。

 その公園から通りを挟んですぐの所に、我が社が運営するカレーショップのフランチャイズ店が本日オープンする。


 本来めでたい日なのだが、一つだけめでたくないことがある。

 担当するSVがバックレたのだ。


「佐藤と連絡が付かないんだ!オーナーからも苦情が来ている。。。何か知らないか??」

 朝、オレは自分が担当する別店舗に向かう途中で上長から連絡を受けた。

「いや、知らないです。。。ただ、オーナーとはあまり上手くいってないみたいでしたが・・・」

 フランチャイズとは簡単に言えば看板貸しだ。ウチのブランドとして出店することを他社に許可し、ウチの商品知識、技術、経営ノウハウも提供する。その代わりにロイヤリティーを頂くという形態である。出店企業の経営者が「オーナー」で、オーナーと我が社の橋渡しをするのがSVスーパーバイザーという役割。


 佐藤は新店開業前の研修についてオーナーとひと悶着あったとこぼしていた。

 研修中にスタッフが一人辞めてしまったのだが、オーナーはその原因は佐藤のパワハラじゃないかと疑い、佐藤はオーナーのパワハラじゃないかと疑っていると。


 こういう場合、辞めた本人に聞いてみたい所なのだが、退職代行で辞められた為、連絡がまったくつかない。真相は分からないまま、わだかまりだけが残ったと。


(代行で辞めたことに対して、さんざん文句を言ってたくせに、お前も一緒じゃねーか!)

 オレは内心佐藤に毒づいた。


「とにかく、新規オープンは今更ずらせない。今から向かえそうなのお前ぐらいしかいないんだ。なんとかしてくれ!頼む!」

 上長は言葉こそ懇願だったが、オレに断ると言う選択肢は無かった。


 オレはアポを取っている担当オーナーに、本日伺えない謝罪の電話をしながら、電車を乗り換えた。

 幸い担当オーナーは

「災難だね。がんばって」と同情を示してくれた。


 そんな事情だから、謝罪するにも菓子折りというのは場違いだ。

「何を悠長な!危機感が足りない!そんなの用意している暇があったらさっさと来い!」

 と怒られる場合がある。ただ、無きゃ無いで「誠意が足りない」と言われかねないから悩みどころだ。

 こういう緊急かつ10ー0でウチに非があるトラブルの謝罪は本当に難しい。


「申し訳ありません。何を差し置いてもまず、駆け付けなくてはと思いまして・・・正式な謝罪は改めて上長と伺います。まずは今日のオープンを責任もって私が対応させていただきたいと思います」

 手土産無しで伺ったことを非難された場合の文言を、脳内で確認しながら早歩きでオレは公園に向かった。


 汗がこめかみを伝い落ちる。

 うっすら汗ばむ陽気だ。そして焦っているせいもあるだろう。


「あっ咲いてる!」

 前を歩く子供が、親の手を引いて公園の方を指さした。

 

 つられて顔を上げると、ハッキリとピンク色の木々が見える。


「すごい」

「綺麗」

「五分咲きぐらいかな」

 それを契機に周りから声が上がる。いや、前から上がっていたのかもしれない。

 気が付くと、周りには多くの親子連れや、花見に向かうとおぼしき若者達が増えていた。


「天気よくて良かったね」

「ホント、半袖でもいいぐらい」 

「あっ良い匂い」

「お腹空いたな」

「そう言えば、今日新しいカレー屋さんが出来るんだって」


 その言葉が痛い。。。

 いや、好材料じゃないか!新店オープンには絶好の日和だ!

 まずは現場を仕切り、オープンを成功させ、売上を立てる。現金だがそれが一番の信頼回復の道だ。ドライに考えろ!

 自分にそう言い聞かせる。


 公園に入ると、更に活気が襲って来た。

 広い原っぱにはレジャーシートやテントがひしめき合っている。

 クレープやケバブといったキッチンカーには、どこも行列が出来ていた。


 ボール遊びをする子供、写真や動画を取り合う若者たち、穏やかにベンチで桜を眺める老夫婦。

  

(この人数が殺到したら、急増チームで捌けるのか・・・)


 この休日を、そして花見を楽しんでいる人達に、内部のトラブルなんて露も感じさせてはいけない。

 初対面で練度も分からないスタッフ達だ。全部自分が指示を出し、接客も率先垂範する必要があるだろう。


 そして、その前には謝罪とお叱りという難所も乗り超えなければいけない。

 オレはオーナーとスタッフにまず神妙な顔で謝罪し、その後で明るく元気な顔に切り替えるイメージトレーニングを繰り返した。


「ご迷惑、ご心配をおかけして本当に申し訳ありません。ただ、今日と言うオープンを成功させる為にも、ここからは切り替えさせていただきます」

 こんな感じか?いや、「切り替えさせていただけないでしょうか?」の方がいいかな。そこで了承いただいたら「ありがとうございます!」と更に一段スイッチを入れる感じで。


 そんなことを考え、眉間にシワを寄せたり、作り笑顔になったり、ブツブツ呟いたりしながら、オレは歩いた。

 この楽しそうな人達の中では、一際浮いていることだろう。

   

 それでいいさ。。。


 オレは桜と青空、そして、その下の人々の姿を目に焼き付けた。

 そして、大きく一つ、息を吐く。


(なんとかケリつけて、帰りにはここの人達みたいに笑って公園を歩いてやる!) 


 覚悟を決めて、オレは店舗に向かった。



―了―


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