第9話『焚き火と距離』
獣人の少女の名前はポポロと言った。
結局俺たちは彼女を保護し、一緒に旅を続けることになった。
アリアが「見捨てるわけにはいかんだろう」と言い、俺もそれに反対する理由はなかった。
いや、本当はあったのかもしれない。
足手まといになる、とか、金がかかる、とか。
でも、そういう理屈っぽいことを考えるのはやめた。
【天覧者数:980】
ポポロを助けてから、天覧者数は少し減った。
派手な戦闘を期待していた神々が何人か去っていったらしい。
まあ、いい。知ったことか。
その日の夜。
俺たちは街道から少し外れた森の中で野営をすることにした。
ぱちぱち、と焚き火がはぜる音が静かな夜の森に響く。
俺は火の番をしながら、昼間に仕留めた兎の肉を串に刺して焼いていた。じゅう、と肉の焼けるいい匂いがする。
ポポロは俺の隣にちょこんと座り、膝を抱えてうとうとしていた。
昼間あれだけ泣いていたのに、今は少しだけ安心したような顔をしている。
時々こくり、こくりと船を漕いでは、はっと目を覚ます。
その仕草がなんだか小動物みたいだった。
「……眠いのなら、先に休んでいいんだぞ」
「ううん。ケンタお兄ちゃんと、一緒にいる」
そう言って、彼女は俺のマントの裾をまた小さく握った。
お兄ちゃん、か。
なんだかむず痒い。
【神託】:かわいい
【神託】:これは守らねば
【神託】:美の女神ヴィーナス:はぁ……尊い……(語彙力消失)
ヴィーナス様、あんたブレないな。
俺は焼けた肉を串から外し、少し冷ましてからポポロに渡した。
彼女は「ありがとう」と小さな声で言って、夢中で肉にかぶりついた。
よほどお腹が空いていたんだろう。
ふと、アリアの方を見る。
彼女は俺たちから少し離れた場所に座っていた。
焚き火の光が届くギリギリの場所。光と闇の境界線。
彼女は夕食もそこそこに、ひたすら自分の剣を布で磨いていた。
その真剣な横顔は、俺たちのいる温かい輪の中から自ら距離を置いているように見えた。
なぜだろう。
その背中が、やけに遠く感じた。
ポポロを助ける時、俺たちは確かに息の合った連携を見せたはずだ。
目的は一つだったはずだ。
なのに今、俺と彼女の間には見えない壁があるような気がした。
俺が悪いのか?
いや、彼女がもともとそういう人間なのかもしれない。
馴れ合いを好まない、孤高の騎士。
そう思うことにした。そうしないと、この気まずい距離の理由を考えてしまいそうだったから。
【神託】:アリアさん、こっち来ないのかな
【神託】:ケンタ、なんか話しかけてやれよ
【神託】:軍神マルス:無駄話は不要だ。常に刃を研いでおく。その姿勢、評価する。
マルス様はアリアのそういうところが好きらしい。
俺は自分の分の串焼き肉を手に取った。
そして立ち上がって、アリアの方へ歩いていく。
「……なんだ」
俺に気づいた彼女が、訝しげな顔を上げた。
「いや……その、お前も食えよ。腹が減っては戦はできぬ、だろ?」
我ながら、ひどいセリフだと思った。
アリアは俺が差し出した肉串と俺の顔を、何度か見比べた。
そして小さなため息をついてから、黙ってそれを受け取った。
「……すまない」
ぽつりと呟かれた言葉。
俺はそれ以上何も言えず、自分の場所に戻った。
隣ではポポロが肉を食べ終わり、俺の肩に頭を預けてすうすうと寝息を立て始めていた。
温かい重み。
遠い背中。
揺れる焚き火の炎。
なんだか不思議な夜だった。
本当は違ったのかもしれない。
あの時アリアの背中は、遠いんじゃなくて、ただ寂しそうに見えただけだったのかもしれない。
でも、その時の俺にはまだ分からなかった。
第9話を更新しました。
今回は、戦闘なしの日常回です。
新しい仲間ポポロを交えての、初めての野営。
ポポロ、すっかりケンタに懐きましたね。「ケンタお兄ちゃん」呼び、破壊力高めです。
ヴィーナス様でなくとも、これは尊い。
一方で、アリアとの微妙な距離感。
彼女はなぜ、一人離れた場所にいたんでしょうか。ただ単にそういう性格なのか、それとも何か理由があるのか……。
不器用なケンタが、不器用なりに彼女に歩み寄ろうとするシーン、個人的には気に入っています。
こういう、何気ない焚き火のシーンって、いいですよね。
パーティの人間関係が、静かに描かれる感じがして。
さて、一行は隣町を目指します。
そこでは、どんな出会いや事件が待っているのでしょうか。
お読みいただき、ありがとうございます。




