第8話『小さな温もり』
泥まみれのバズ事件から数日。
俺の所持祈力は、ちょっとした富豪レベルになっていた。
アリアに新しい盾をプレゼントした。
彼女は最初「私に構うな」と断ったが、「パーティ全体の戦力アップのためだ」と理屈をこねて、半ば無理やり押し付けた。
受け取った時の、少しだけ嬉しそうな困ったような顔。俺は見逃さなかった。
【神託】:美の女神ヴィーナス:きゃー! 今の表情! 今の表情よケンタ! よくやったわ! 【恩寵:3000祈力】
ヴィーナス様、ありがとうございます。
少しずつアリアとの間の空気も和らいできた気がする。
旅の道中、彼女の方から話しかけてくれることも増えた。「あの森には珍しい薬草が自生している」とか、「この辺りは盗賊が出るから気をつけろ」とか。まあ、会話の九割が実用的な情報だけど。
その日、俺たちは隣町へ向かう街道を歩いていた。
道の真ん中に一台の荷馬車が止まっている。よく見ると車輪が壊れていて、周囲には屈強な男たちが何人か倒れていた。
そして、荷馬車の檻の中から、何かが小さく鳴く声が聞こえる。
【神託】:ん? イベントか?
【神託】:奴隷商人っぽいな
【神託】:面倒ごとには関わらないのが吉
俺もそう思った。関わりたくない、と。
だが、アリアが眉をひそめて荷馬車に近づいていく。
「待て、アリア」
「だが、中に誰かいるようだ」
彼女が檻に近づくと、中から小さな女の子が怯えた目でこちらを見ていた。
ボロボロの服。汚れた顔。そして、頭にはふわふわの犬みたいな耳がついていた。
獣人という種族らしい。
「……助けて」
か細い声だった。
その時、倒れていた男たちの一人がうめき声を上げて立ち上がった。
「てめえら……何者だ。これは俺たち『黒蠍団』の商品だ。邪魔するなら容赦しねえぞ」
男は錆びた斧を手に、よろよろとこちらへ向かってくる。どうやら奴隷商人で間違いないらしい。
【神託】:うわー、テンプレ悪役
【神託】:アリアさん、どうするの?
【神託】:ここで助けたら絶対面倒なことになるぞ
神託の言う通りだ。こいつらを倒してこの子を助けても、俺たちに何の得もない。
むしろ厄介な組織に目をつけられるだけだ。合理的じゃない。
配信的にも、地味な人助けがウケるとは限らない。
俺はアリアの腕を掴んだ。
「行くぞ、アリア。関わるな」
「……しかし!」
「いいから!」
俺は彼女を引っ張ってその場を離れようとした。
その時。
檻の中の少女と、目が合った。
大きな黒い瞳。その瞳には絶望の色が浮かんでいた。
俺に向けられた、小さな、小さな諦めの視線。
――ああ、この人も見捨てるんだ。
そう言われた気がした。
気づいたら、俺はアリアの腕を離していた。
そして、ゆっくりと奴隷商人の男に向き直っていた。
【神託】:お?
【神託】:ケンタ、どうした?
【神託】:まさか……
理屈じゃない。
損得でもない。
ただ、あの目を見て見過ごすことができなかった。
衝動というやつだ。人間らしい、矛盾した行動。
俺は何も言わずに鋼の剣を抜いた。
その意味を、アリアは正確に理解した。彼女も無言で剣を構える。
「……愚かな奴らだ!」
奴隷商人が斧を振りかざして襲いかかってきた。
後のことは、よく覚えていない。
何人かの仲間を呼ばれた気もするし、アリアが俺の背中を守ってくれていた気もする。
俺は、ただ夢中で剣を振るった。
気がつくと、奴隷商人たちは全員地面に倒れていた。
俺は檻の鍵を剣で叩き壊した。
中から獣人の少女がおずおずと出てくる。
「……あの」
「もう大丈夫だ。どこか、帰る場所はあるのか?」
「……ない。パパもママも、この人たちに……」
少女の目から大粒の涙がこぼれた。
どうする。この子を、どうすればいい。
俺が困っていると、少女は俺の服の裾を、小さな手できゅっと掴んだ。
その手のひらから伝わってくる小さな温もり。
それはなぜか、今まで手に入れたどんな恩寵よりも温かい気がした。
【神託】:あーあ、厄介ごとしちゃった
【神託】:でも、まあ……
【神託】:軍神マルス:くだらん感傷だ。だが、悪くはない。
【神託】:美の女神ヴィーナス:……いいじゃない。ロリゲット、おめでとう。【恩寵:5000祈力】
神託は賛否両論だった。
でも、どうでもよかった。
俺は目の前の小さな命を守ってしまった。
その事実だけが、そこにあった。
第8話の更新です。
新しい仲間(?)との出会いでした。
獣人の少女、ポポロです。(今、名前を決めました)
今回は、ケンタが初めて、損得勘定を抜きにして、自分の意志で動いた回かもしれません。
いつもは神託の顔色をうかがってばかりの彼ですが、やっぱり根っこには、見過ごせない優しさがある……と、作者としては思いたいです。
もちろん、神様たちの反応はバラバラ。
「面倒ごとだ」と言う神もいれば、「悪くない」と評価する神もいる。ヴィーナス様は相変わらずですね(笑)。
こうして、ケンタのパーティは三人になりました。
無口な女騎士と、幼い獣人の少女。
ますます賑やか(で、大変)になりそうです。
お読みいただき、ありがとうございます。
よろしければ、感想や評価など、お待ちしております!




